「その女アレックス」あらすじと感想(ネタバレ有り)
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「その女アレックス」あらすじと感想(ネタバレ有り)

2015-02-08 18:23
    ・ミステリの新刊を買うことは滅多に無いのだが、書店で平積みになっていて、帯に「このミステリーがすごい!第1位 週刊文春ミステリーベスト10 第1位」と書いてあったので、ふと購入した。面白かった。
     帯には「101ページ以降の展開は、誰にも話さないでください」とある。
     これに従って、101ページまではわりと詳しく書き、以降は興をそがないように示唆する程度に留めて、紹介したいと思う。


    1.女がいる。名前はアレックス。30歳。あらゆる男性の目を惹きつける容姿を持っているが、本人はコンプレックスのかたまりで、もはや人生に期待などしていない。様々なウィッグをかぶって別人のような気分になる事が、ささやかな楽しみ。非常勤の看護師にしては、贅沢すぎる上等なものも買う。
     彼女は引越しもよくする。これを楽しみにしている。人生を変えられるような気がするから。
     恋愛はすでに人生の失われた領域に属しており、関心の対象になりにくい。あこがれ、求めたこともあるがもうあきらめた。
     計画のことで頭がいっぱいな今は 孤独を感じることはない。たとえ独りでも普通にちゃんと暮らし、人生を楽しもうと思っている。ちょっとした楽しみを見つけることなら自分にもできる。そう思うことが心の支えになっている。
     ある日彼女は買い物中に自分を見つめている男に気付く。がっしりした50代と見える男。だが見覚えは全く無い。その男が自分をつけているようにも思う。だがいつの間にか姿を消している。
     最近通うようになった店で食事を楽しむ。その店の常連客と見える男が思わせぶりな視線を送って来る。彼女はそしらぬ顔で食事を終え、一度だけ男に視線を投げて店を出る。
     次にこの店で会う時は、何か進展があるかもしれない。
     そしてその帰り道、彼女は殴られ、蹴られ、車に放り込まれ、誘拐される。
     薄れゆく意識の中で、彼女は思う。死にたくない。今はまだ死にたくない。今はまだ死ぬわけにはいかない。
     

    2.男がいる。名前はカミーユ。50歳。職業は刑事。階級は警部。パリ警視庁所属。母親は著名な画家で、同時に重度のニコチン依存症患者だった。今は亡き母は彼に二つのものを押し付けた。
     画才と、ニコチン依存症に起因する、彼の肉体的特長。彼の身長は145cmだ。コンプレックスも強い。
     怒りっぽくしばしば暴言を吐き、とっつきも悪い。性格も明るいとはいえない。しかしそれを全て受け止めてくれる妻、イレーヌが 彼の心の身長を伸ばしてくれていた。
     彼は第一級殺人の捜査を手がける、極めて優秀な刑事だった。

     4年前までは。

     それ以降、彼は自分の捜査班を解散し、決して第一級殺人は手がけない。担当するのは第二、第三級殺人のみ。これらは被害者は既に死んでおり、もう救うことはできない。だが
    第一・・・誘拐事件の捜査は違う。未来の死を救う捜査は彼にはできない。

     4年前、彼の妻は自宅前で誘拐され、自ら捜査班を率いてこれに挑んだ彼は、ついに妻と8ヶ月の胎児を発見した。惨殺されていた。彼はどちらも救えなかった。
     彼は精神を病み、1年近く休職し、復帰して3年になる今も自分の班を持とうとしない。

     だがそんな彼を、犯罪捜査部長のル・グエン ~彼とカミーユは20年来の付き合いで、互いに一目おきつつ遠慮なくずけずけとものを言える間柄だ~ は呼び出した。

     「他に誰もおらん。お前の精神状態などかまってられるか」
     カミーユは抗議しつつ、誘拐事件は初動が重要な事は誰よりも知っている。出張中のモレルという捜査官が戻り次第引き継ぐ、という条件で、嫌々現場に向かう。

     現場にはルイがいた。34歳の優秀な刑事。かつてはカミーユの班にいた。今はモレル班にいる。だがあれ以来まともに話をしたことは無い。入院中の彼を案じて何度も見舞ってくれたが、それを負担に感じて もう来るな、と言ってしまって以来。

     ぎこちなく会話をしつつ、捜査をすすめる2人。ルイは久々に会うカミーユが出す指示を聞きながら、これでこそ班長だ、さび付いていない、と安堵する。

     だが有力な目撃証言も、証拠も得られない。女が殴られて、車に押し込まれるのを見た、という通報者から聞きだせたのは「これといって特徴のない女性が、これといって特徴のない背の高い男につかまえられ、これといって特徴のない白いバンに乗せられて、連れて行かれるのをみた」という事だけだった。

    3.がらんとした倉庫のような場所で目を覚ますアレックス。身動きできないようにガムテープでぐるぐる巻きの状態。尿意をこらえられず仕方なく排泄する。やがてあの自分をつけていた男が現われ、乱暴にガムテープをほどくと、自分で服を脱ぐように命ずる。

    4.午前2時半。事件発生からもうすぐ6時間。カミーユとルイは捜査を続けるが、手がかりが無い。女がかなり美人だった、という証言がバス運転手から得られた程度(彼女は一度このバスに乗ろうとして、気が変わった様子で歩いて帰り、奇禍にあった)。

    5.アレックスは全裸のまま、一度は逃亡を試みるがこの建物には出入り口が見つからず、すぐに捕まる。さんざん蹴られた後、10cm程度の間隔で、板を格子状に組まれた木箱に自分で入るように命じられる。
     「なぜわたしなの?」
     と聞くアレックスに、男が答える。
     「おまえがくたばるのを見たいからだ」

    6.午前3時。カミーユとルイは今できることは全てすませ、翌朝本部に集合することを決めて現場を後にする。帰路カミーユは誘拐犯の行動を考え直すうちに、犯人は待ち伏せしたであろうと思い至り、車を止めやすそうな場所を探す。そしてそこに防犯カメラがある事に気付く。
     薬局の店主が自衛用に設置したカメラだったが、そこに問題のバンが映っており、ボディ側面の上塗りされたらしい跡から、ほんの少しだけ文字らしきものが見えていた。
     帰宅するカミーユを猫が迎える。もう寝る時間は無い。シャワーとコーヒーで朝を待つ。
     猫の相手をしながら、ルイと久しぶりで仕事をしたこと、そしてル・グエンはわざと 自分とルイを同じ現場に集めたのであろう事に思い至る。
     「あんちくしょう・・・」

    7.アレックスは男の命令に従い、木箱に入る。背中をまるめてうずくまった彼女の上から板がかぶせられ、男の手によって電動ドライバーでビス止めされる。
     一瞬この箱に入っていればもう暴力は振るわれないとほっとするが、続いて男は箱にロープを取り付け、滑車で2m近い高さに箱を引き上げ、吊るされた箱の中の彼女を携帯電話で何枚も撮影し、満足したように立ち去った。
     アレックスはようやくわかった。これは箱じゃない。檻だ。

    8.カミーユには今回のことはもうル・グエンの策略だとわかっている。手が足りないというのは嘘だ。だがおかげで、互いの事を思いながらも互いを避けるようになっていた ルイと再び仕事をしている。
     カミーユはグエンに応援を要請する。15名の増援要請に対し、部長がよこしたのはたった一人、アルマンという男だった。カミーユが自分の班を解散するまで、9年半一緒に仕事をした男。
     アルマンは病的なしみったれで、倹約のためタバコ、ボールペン、食料、コーヒー、何でも人にたかる。だが仕事の面では疲れを知らぬ働きアリ。電話帳を1冊渡せば、全ての番号を確認する。
     あと一人、既に警察を追われた男を除いて、カミーユ班が再結成された。

    9.アレックスは檻に入れられたまま、放置され続けている。男は時々戻って来るが、何枚か携帯で撮影し、しばらく彼女の様子を眺めてまた去っていく。
     もう時間の感覚は無く、飲まず食わず、垂れ流しのまま放置されている。姿勢を変える事もできず、耐え難い苦痛となっている。また、木箱はささくれ立っており、裸の皮膚に突き刺さる。何回目に戻ってきたときか、男はかろうじて彼女が手を伸ばせば届くところに籐のかごを吊り上げる。中には水のペットボトルとドッグフードらしきもの。
     彼女はぎりぎりの距離の籠からそれらを取るが、空腹を満たすほどの量は無く、衰弱は続いていく。
     「なぜわたしなの?」
     何度も同じような事を尋ねたが、男は無言。だが一度だけ
     「それは、お前だからだ」
     と男は答える。
     死を覚悟しながら、彼女はこうも考え続ける。死にたくない。こんなふうに死にたくない。まだやらなければならないことが残っている。

    10.四日経過。捜査は足踏み状態。犯人はもちろん、被害者がだれかもわからない。彼女には親しい知人や、心配する人が一人もいないのか。夫も、婚約者も、恋人も、女友達も、家族も?
     カミーユ、ルイ、アルマンは久しぶりに一緒に夕食をとりながら、捜査の事を話していた。昔のように。モレルは出張から戻っていたが、カミーユは捜査をモレルにまかせるつもりはなく、ルイもアルマンもカミーユの班員として行動していた。それを喜んでいる者たちが、部長をはじめ警察内に大勢いた。
     そこに電話が入る。
     「ボ、ボス、ホシがわかりました!部長がすぐ戻れって言ってます!」

    11.アレックスはもう意識がもうろうとしている。全身はこわばって動かない。自分の身体を傷付け、それで死んだ方がましだと思う。
     彼女は兄の事を考える。兄は7つ上。いつも妹に対し、しつけ役としてふるまった。最後に会った時は 彼女の持っていた睡眠薬の容器を取り上げ、これは何だ、と大声を上げ、なだめようと伸ばした彼女の手が彼の髪に触れ、指輪が髪に引っかかるといらだって彼女を平手で打った。
     自分が行方不明と知ったら、兄はどうするだろう・・・。
     母は・・・あまり話もしない。向こうから連絡してきたことは一度も無い。
     父は・・・父親がいるのがどういう事か、彼女にはわからない。

     彼女は非常勤の看護師だったが、誘拐されたのはちょうど一つ契約を終えたところで、次の仕事は申し込んでいなかった。貯金も少しあるし、やりかけている事があったのでそれを終えたかった。つまり仕事関係で、自分がいなくなったと気付く人はいない。
     夫も、婚約者も、恋人も。彼女には誰もいない。

     そして突然、もうろうとした中で彼女は悟る。男が誰なのか。相手の正体がわかった今、全ての希望が消える。

     いつの間にか戻っていた男が、「ああ、やっと・・・」と声を上げる。
     男の視線をたどった彼女は、食料を入れた籠の中で動いているものに気付く。

     巨大なネズミだった。


     ここで帯にある101ページ。本全体としては、450ページ弱あるのでまだ3割にも達していない。また、最初の方に主な登場人物一覧表が示されているが、この表に示された18名のうち、登場して名前が紹介され、名前がわかる状態でセリフを喋ったのは、アレックス、カミーユ、ルイ、アルマン、ル・グエン、の5名のみである(この登場人物一覧表は、読み終わるまで見ない事をおすすめする。誘拐犯 誰それ と書いちゃってある(それでネタバレというわけではないのだが)し、それ以外にもなんとなくこの後の展開が鋭い人なら読めてしまうかもしれない)


    この作品は第一部、第二部、第三部、に分かれており、それぞれが全く趣の異なる内容になっている。

     第一部は185ページまであり、紹介部分までで半ばをようやく越えたところ。この誘拐事件の顛末と犯人の正体、犯人の動機などが明らかになる。
     だがそれで事件が解決したわけではなく、アレックスはまだ保護どころか身元の特定もされていない。
     そしておぞましい別の事件が同時に進行していたことがわかる。

     第二部では刑事達がアレックスの行方を捜すと同時に、ある凶悪な連続殺人者を追うことになる。だが捜査は難航する。
     第二部の最後で、カミーユは初めてアレックスの顔を直接見ることになる。

     第三部は取調室を中心に話が進行する。カミーユは法で裁けない相手と対峙することになる。この人物の悪事には、証拠も証人も全く存在しない。だが連続殺人は全てこの人物がいたからこそ。
     ある人物が命がけで この人物を裁くためのメッセージと武器を残しており、カミーユはこれに気付く。本来刑事が使ってはいけない武器なのだが。

     そしてカミーユはこの捜査を通じて、妻の死と母親へのあるこだわりを乗り越え、人間として再生していくことになる。

     まあ101ページ以降はネタバレにならないようこんなところで。例えばアガサ・クリスティーの「アクロイド殺人事件」を これは凄いよ!と紹介しようとすると、こんなトリック(例えば密室もの)で、という事さえ紹介できない。どこが凄いんだ、という事をちょっとでも匂わせると、即ネタバレしてしまう。この作品の紹介にはそんなジレンマがある。

     一部、二部、三部で作品の方向性は何度も転換し、最初のうちは章毎にアレックスとカミーユの視点から、交互に事件が描かれていく。
     読者の持つ感情を、ある時は右側に、ある時は左側に、作者は計算した上でコントロールしている。あとがきにも書いてあったが、枠組みを理解したと思ったとたんに足元を何度もすくわれる感じがある。

     陰惨な描写もたくさんあり、特に女性にはおすすめできない部分もあるのですが、読後感は悪くありません。
     アレックスという女性が、必死にあがいて それでも選ばざるを得なかった人生の記録とも言えます。

     あとがきによれば現在作者も脚本に加わった形での映画化が進行中との事。また主役の一人であるカミーユ刑事が出て来る話は今のところこれを含めて4作あり、本作はその2つ目との事。他の作品も読みたくなるが、まだ訳されていないらしい。

     もし興味があればどうぞ。続きは本で。

     
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