「蜩の記(葉室麟著)」感想
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「蜩の記(葉室麟著)」感想

2015-07-22 22:07

    ・映画版やラジオドラマ版もあるようだが、原作の小説について。三連休に3時間ほど電車に乗る用事が出来たので、その間に何か読む本を、と思ってキオスクで買ったもの。

     役所広司さん主演の映画があったのは予告を見て知っていたが、当時はさほど心を引かれなかった。なので内容もほとんど知らず、直木賞受賞作品であるのも買って帯を見るまで知らなかった。
     
     舞台は豊後地方にある、羽根(うね)藩とある。これは架空の地名らしいが、隣藩は府内藩とあり、これはぐぐると実在したらしく、今の大分県大分市付近らしい。当時はこの付近は小さな藩が複雑に入り組んで存在していたらしい。
    http://www.coara.or.jp/~shuya/quiz/oita-map-B.htm

     藤沢周平作品の海坂藩のように、架空の地名を与える事によって必ずしも史実に縛られずに物語をつむごうという事か。羽根藩シリーズの第1作ということらしい。

     時代は3年前が文化元年(1804年)という記述があるので、開始時点で1807年か。作中で約3年が経過する。
     長谷川平蔵が1795年、秋山小兵衛(創作の人物だけど)が1811年に亡くなっているそうだから、鬼平犯科帳や剣客商売の次の時代あたり。50年もすると黒船が来てあわただしくなってしまう。ある意味戦乱を忘れた江戸の、最も平和な時期だったのかもしれない。
     将軍は11代徳川 家斉(とくがわ いえなり)。この人はほぼ50年にわたり将軍の座にあった、在位最長の将軍らしいがどうもぐぐると色好みだとか(子供の数がハンパ無い)、権力を手放さなかったとか、ろくな事を言われていない。
     家康、家光、吉宗みたいに主役になった作品も読んだ事ないな。こういういわば無名の有名人に、創作の種があるかもしれないが。人形佐七や遠山の金さんもこの将軍の時代らしいし、鬼平、小兵衛も少し重なっている。将軍が余計な事をしないから捕物帳の主人公たちも動きやすかったのかもしれない。

     まだまだ将軍家のご威光は強かったが、幕府は財政難に苦しんでおり、地方の小藩はもっと苦しんでいる。つまり地方の農民は、不作が続くともはや一揆しかない、と思いつめるほど困窮してしまう。

     そんな中でかつて郡奉行として善政を敷き、百姓達から慕われた男が失脚する。殿様の側室と密通し、それをとがめた小姓を切ったという。その女性はかつて同じ家に暮らした男の使用人であったという。殿様に見初められなければ、もしや、という関係だったとも。

     だが何故か藩主は男にすぐではなく、10年後に切腹をするよう命じる。彼は「三浦家譜」という藩の記録を編纂中であり、これを10年で完成させ、その後に腹を切れと。

     そして7年。殿様は既にこの世に無く、男を許す気があったのかはもうわからない。誰も男の切腹をとりやめにすることはできない。黙々と家譜の編纂を続ける男のもとに、若い監視役がやってくる。彼はつまらぬことで親友でもあった同僚の脚を切って不具にしてしまい、これも切腹ものだったのを、男の監視と、万一男がおじけずいて逃亡した場合の刺客として、表向きは編纂の手伝い、という名目で送り込まれたのだ。

     だが彼は男と日常を共にするうちに、この男が不義密通などするはずがない、と確信する。
    きっと何かわけがあったのだ。彼を送り込んだ家老は、何故か男をうとんじながらも恐れているらしい。男と家老はいわば同期で、切磋琢磨する仲だったという。

     百姓たちは男が郡奉行を退いてからは、搾取が厳しくなり、藩に不満をつのらせている。このままでは一揆が起きるかもしれない。

     男と密通したといわれる側室は、正室との間で熾烈なお世継ぎ争いをしていたが、その正室の素性にも疑問が生じて来る。そして家老は、男が家譜に、この正室の出自をどのように記すかに、非常に神経質になっているらしい。

     さまざまな要素がからみながら、男の残された日々は過ぎていく。 蜩の記 というのは、家譜とは別に男がつけている日記である。


     謎解き要素もあり、男の素朴だが暖かい生活あり、男の娘や息子と監視役の心の交流あり、息子が交流する百姓の兄妹、今は髪をおろし尼僧になっている元側室や、男の相談相手でもある坊主、監視役が脚を切ってしまったかつての親友など登場人物はなにげに多い。
     印象は悪くない。悪くないのだが、手元に置いて、また読み直そう、というほどでもない。一度読めばいいかな、という感じ。藤沢周平や乙川優三郎なんかだと、しばらくしたら再読しよう、と思うのだが、私はそこまでは感じなかった。
    藤沢周平作品の「蝉しぐれ」とどうしても比べてしまう。あちらも、藤沢作品の中で特に好き、というほどでは私の場合無いのだが。

     男と監視役、話の中心になる人物が二人いるのだが、それで焦点が二つにわかれてしまったような気がしてどちらも主人公という感じがしない。二人とも背景のように思えてしまい、主人公不在、という印象を受けてしまった。

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