「ハレ」と「ケ」
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「ハレ」と「ケ」

2016-08-16 19:00
    ・私はよく文章の中でも、知人と話していても「ハレ」と「ケ」という言葉を使うのだが、もともとは建築家の宮脇壇氏が著書の中で使っていたのが記憶に残って、自分でも真似て使うようになったのだと思う。今は手元に本がないので、具体的にどの本で読んだのかよく覚えていないのだが。そのうち図書館ででも確認しようと思っていていつも忘れてしまう。
     宮脇氏は住宅を得意とする建築家で、その世界では有名だったが、エッセイも上手な方で、一時期よく読んでいた。

     確かその中に、人間の営みには「ハレ」(特別な日、お祭り)と「ケ」(特別ではない普通の日)があって、住宅設計にはそのどちらも考えなければならない、みたいだったような気がするが ケ の語源が何だったかとか、詳しい事はよく覚えていない。
    昔は子供が生まれる時には産婆さんが家にやってきて、元服のお祝いなんかも家でたぶんやって、結婚式も家でやって、お葬式も家でやる。冠婚葬祭の特別な日も行事は全て家でやって、さらにそうしたことが無い日常も延々と自宅でやるわけだったのだろう。
     今の団地では冠婚葬祭で残っているのは、誕生日とか、入学祝いとかで家でケーキを買ってきたり寿司をとったりするくらいか。クリスマスや正月を祝う家庭も多そうだ。
     でも外食派も少なくないだろうし、単身赴任のご主人はそれさえ参加できないかもしれない。冠婚葬祭を全く考えなくても今は家を造れちゃいそうでもある。
     江戸時代の長屋や、京都の町屋みたいな広いとは言えない空間でも冠婚葬祭は営まれてきたのだろうから、団地だから出来ないというわけでもないのだろうけど。
     そういえばマンションの設計の時には、棺桶がきちんと運び出せるような動線を確保するのは基本だと聞いた(それを忘れた欠陥マンションの設計変更例、という形で聞いた)こともある。団地であっても、そこに暮らす人は「ケ」だけでは息がつまるだろう。 

     前後して池波正太郎氏のエッセイで、氏の母親について書いた文章を読んだのも影響していると思う。池波さんのお母さんは2度離婚して、女一人で父親の違う子供二人を育てることとなり、朝から晩までほとんど休み暇もなく必死で働いていたという。雨傘も買えない貧乏な生活だったらしい。
     だが、何の楽しみもなしに、長い年月を働いているだけでは、油が切れてしまう。
     そこで十日に一度、御徒町の金鮨という店に行っては、大好物の鮨をつまんだのだという。

     もちろん子供には内緒。自分ひとりの、十日に一度の、愉楽の時間。

     そうしたハレの時間があるから、残りのケの毎日に立ち向かう元気が出る、みたいなエッセイだったと思う。

     とにかく「ハレ」(特別な日)と「ケ」(普通の日)があって、そこでメリハリがあることが生きる上でのリズムを作っていくんだ、みたいな考え方がいいなと思って、意識的に自分の生活の中に「ハレ」と「ケ」を作ろうと心がけたような気がする。
     もちろん、ものすごいイベントがそうそうあるわけではないので、ささやかな事を無理やり自分の中で「ハレ」の出来事にする。あくまでも自分が無理なく出来る範囲で、「ハレ」を作る。「ケ」の時はひたすらガマン。そのガマンした分を、「ハレ」で楽しむ。
    「ハレ」を楽しむためには、「ケ」をおろそかにするとダメで、むしろ「ケ」の日常的なこまごましたあれこれをこなすことを、「ハレ」のための準備と思って無理やり楽しむようにしている。

     先月までは三ヶ月ほどずーっと「ケ」が続いていたので、8月お盆前後は少し「ハレ」を多めに、と思っていろいろ出かけている。MMDの動画作成なんかも私には「ハレ」かも。
     映画は「ハレ」だけどDVD鑑賞は「ケ」だなあ、とか 本は電車の中で読むと「ケ」だけど机でコーヒーでも飲みながら読むと「ハレ」だったり、遠出しても疲れるだけで「ケ」だったり一日中家にいても今日は「ハレ」だったなあ、という日があったり、その判断基準は自分独特のもので全然論理的ではなかったりする。
     ブロマガなんかは毎日書くようになっちゃったから今は「ケ」かな。  



     
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