「玉勝間」
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「玉勝間」

2016-02-15 19:00

    ・というのは本居宣長が書いた書物名だそうで、たまたまつけたラジオでやっていたので聞いた。高校講座ということだったが、私は高校時代に聞いた記憶は無い、初耳の言葉。無知ですいません。サボったからな~
     読みは「たまがつま」というのが本当は正しいらしいが、現在は「たまかつま」と読むことも多いらしい。「勝間」というのは、検索すると女性経済評論家ばかり出てくるが、竹で編んだ目の細かい籠のことで、「玉」がついているのでその上等なやつ、みたいな感じらしい。
     これに当時は書類などを入れたという事で、本居宣長はこのタイトルで、今で言うエッセイみたいなものを晩年に書き、それに「玉勝間」と名付けたという。
     そういえば会社で管理職の人の机に、木製や紙製の書類入れみたいの置いてあるな。あれって正式名称なんていうんだろう。

     デスクトレーっていうのか。エッセイのタイトルにはなるかもしれないが、格調は無いな。

     全部で1005編、何かしらについて書いているらしい。詳細は以下に書いてあった。
    http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/tamagatsu.html
     以下では講座が聞ける。
    http://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_koten/archive/chapter077.html
    http://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_koten/archive/chapter078.html


     私が聞いた講座では、その中の4巻に入っているらしい「兼好法師が詞(ことば)のあげつらひ」という項目について解説していた。「あげつらう」という言葉は、今だと相手の欠点やミスを責め立てる、みたいな印象があるが、この場合はそういう意味ではなく、きちんと分析してみよう、みたいな感じらしい。

     リンクは来年度になると切れてしまうと思うけど、以下のテキストに全文が載っている。
    http://www.nhk.or.jp/kokokoza/radio/r2_koten/archive/2015koten_77_78.pdf
     著作権は気にしなくていいと思う(原文を最初に解読した人とか、旧かなを新かなに直した人とか、テキスト化した人とかの何かしらがあるのだろうか?)ので全文コピペしとこう。

    兼好法師が徒然草に、
    「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。」
    とか言へるは、いかにぞや。

     いにしへの歌どもに、花は盛りなる、月はくまなきを見たるよりも、花のもとには風をかこち、月の夜は雲をいとひ、あるは待ち惜しむ心づくしをよめるぞ多くて、心深きもことにさる歌に多かるは、みな花は盛りをのとかに見まほしく、月はくまなからんことを思ふ心のせちなるからこそ、さもえあらぬを嘆きたるなれ。いづこの歌にかは、花に風を待ち、月に雲を願ひたるはあらん。さるを、かの法師が言へるごとくなるは、人の心にさかひたる、のちの世のさかしら心の、つくりみやびにして、まことのみやび心にはあらず。

     かの法師が言へることども、このたぐひ多し。みな同じことなり。すべて、なべての人の願ふ心にたがへるを、みやびとするは、つくりごとぞ多かりける。恋に、あへるを喜ぶ歌は心深からで、あはぬを嘆く歌のみ多くして、心深きも、あひ見んことを願ふからなり。人の心は、うれしきことは、さしも深くはおぼえぬものにて、ただ心にかなはぬことぞ、深く見にしみてはおぼゆるわざなれば、すべて、うれしきをよめる歌には、心深きは少なくて、心にかなはぬすぢをかなしみ憂へたるに、あはれなるは多きぞかし。さりとて、わびしく悲しきをみやびたりとて願はんは、人のまことのこころならめや。

      「さかしらごころ」とか「つくりみやび」とかの単語が目にとまる。一見すると、宣長が兼好に喧嘩を売っているみたいな感じだが、講座では批判ではなくて論争を挑んで遊んでいるのだ、みたいな解説をしていた。また、吉田兼好が生きた時代は、イクサや天災が相次ぎ、人間は明日の命もわからない、世の中はうつろっていくもの、ピークに達しても必ず衰えていく無常のもの、だからこそ一瞬のピークである満開や満月は貴重で尊いのだ、というのが世間一般の認識だったのに対し、本居宣長の生きた江戸中期は、人間が穏やかな毎日を過ごすことが可能となった時代という、天候なんかは仕方ないけどきちんと予定を立てて行動すれば花見や月見など、ピークを楽しむことが出来るのだ、という境遇の違いもあり、そこが二人の意見の相違になるところが面白い、みたいな趣旨のことも言っていたと思う。

     本居宣長=「しきしまやまとごころひととはば あさひににほふ やまざくらばな」
     吉田兼好=「つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば、あやしうこそ物狂ほしけれ。」
     ※私はこれを「日暮硯」と長いこと混同していた。

     くらいの連想は働くが、そこから先は全く浮かばない。そうした方面にはとんと興味が無かったので、受験を控えた高校生より多分古典の知識が無いが 年をとるとそうしたものを読みたいなと思うようになってくる。この場合の にほふ というのは花の香りがする、といった嗅覚に由来する事を言っているのではなくて、目に映るとか、映える とかの視覚系の言葉だというのもはじめて知った。

     そんな人間が、上記をラジオ講座で聞いて、あぶなっかしく理解したのは

     吉田兼好は、その著書、徒然草の中で万葉集の歌を例にあげて

     万葉の人たちは、満開の花がきれいだな、とか 満月を見れて良かった、と素直に一番いいところを歌にしないで、花が風に散ってしまう、とか月が雲に隠れてしまった、とかどちらかというとマイナスの心情ばかりを歌にするのはいかがなものか、散る花にも雲間の月にもそれなりの風情はあるのだから、それはそれで楽しめばいいじゃないか。というつもりで
     「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは(花は満開でなくても、月は満月でなくても、それなりの良さや見どころはあるでしょう)」
     そういうのがわからないのは教養のない田舎者だ。私のような上級者になりなさい。

     みたいなことを書いているらしいのだが
    http://manapedia.jp/text/1896

     宣長はこれに対して、花は満開が、月は満月が最も素晴らしい状態で、是非それを見たい、と思うのが人間の自然な心情というものであって、必ずしもそれがかなわないから、その嘆きが歌になるんじゃないか、どこに早く風が吹いて満開の花が散らないかな、とか早く雲が出て満月を隠さないかな、なんて思いながら花見や月見に行く奴がいるか、いないだろ!

     兼好が言うような考え方というのは、日本人の自然な心情に反するもの(人の心にさかひたる)で、万葉の時代から後に外国から入ってきた、仏教とか儒教みたいな日本人とは異なる考え方に染まった(のちの世のさかしら心の)、こう言えば格好いいだろう、と本心と違うことを言ってみせた(つくりみやびにして)ものであって、そんなものは本物の風流とは言わんのだ!

     みたいな事を言っている。

     吉田兼好は 恋についても、成就した恋や今まさに恋人と会っている心情よりも、実らなかった恋や、恋人と会えない時間の方が恋愛の粋であって、そうした心情を詠んだ歌の方が趣が深い、みたいな事を書いているが、これも同様に 人間は誰しも好きな人と結ばれたいからこそ、そうなれないときに趣の深い歌を残すのではないか。結ばれない方が上質の恋だみたいに言うのは逆でしょ?と宣長はけなしている。

     人間の心ってのは、叶ったことは浅くしか残らず、叶わないことのほうが深く残っちゃうようになってるんだから、実らなかった恋を歌った作品の方が趣深くなるのはあたりまえでしょ?何言ってんの貴方!
     人の本心は、満開の花や、満月や、好きな人との成就を望むものであって、歌の趣が深いからといって、そうならない方が現実にも風情が上だ、みたいのは違うでしょうよ。

     という感じで宣長の文章は終わる。

     兼好は悔しくても悔しいと思わず、またそれもいい、と思え、手に入ったものを尊べ、
     宣長は悔しかったら悔しいと言えよ、そして自分が一番嬉しいと思えるように励めよ、

     という感じか。現代人にもこの両方の心があるように思う。
     兼好の方が老成した人の考えのようにも思うが、書いた年代ははっきりしないが中年の頃らしく、宣長の方は晩年の60代に書いたそうだからこれは性格の違いというべきか。

     これで兼好と宣長、どちらが正しいか、なんてことは永遠に結論が出ない話だが、宣長は人間が本心から思うことを優先するのは良しとしているみたいなので、外国の人や兼好が心からそう思っているなら、良しとするような気もする。でも宣長からは、なんかそう言えば格好いいように思ったか、誰かに言われたか、なんかの外国の本に書いてあったからちょっと言ってみただけなんでしょう?本心は違うよね?兼好さん、と直接聞いてみたくなった、という雰囲気も感じる。

     古典を知らない私が書くのも何だが、ここに枕草子を書いた清少納言が話に加わると、
     「そうよ、春はあけぼのが一番だし、夏は夜なのよ。一番いいものがとにかくいいのよ」
    と宣長の味方をしそうな気もする。でも、おそらく三人とも、一番いいものだけがよくて、他には価値が無いのだ、という考えには反対だろう。

     本居宣長は、国学者だったからその研究や思想が軍部に利用された事もあって、「しきしまの~」なんて歌もウヨクの象徴だ、みたいな扱われ方をしたみたいだけど、当時の人としてはごく当たり前の心情のような気もするし、今だってそう感じる人は多いように思う。否定されすぎている面もあるのかな?でも高校講座に出てくるのであれば、そうでもないのか。



     

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