「50歳からの満足生活(三津田富佐子著)」メモ
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「50歳からの満足生活(三津田富佐子著)」メモ

2016-02-17 19:00
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・50歳あたりに何か人生の境界線みたいのがあると思う人は多いらしく、「50歳からのナントカ」みたいな本はよく見かける。何となく買ったまま最初の方だけ読んで放置状態だったので、読んで有用と感じたことがあれば抜き書きして、何も無ければそのまま処分してしまおう。


・「50歳からの満足生活」
 書名は50歳から~だが、この著者がこの本を書いたのは88歳の時らしい。何故50歳からの、という書名になっているかというと、著者は50歳でご主人を亡くして、19歳の娘はすぐに嫁いだものの自分は窮乏する事になり、50歳で生まれてはじめての就職をし、それから88歳のこれまでこんなふうに楽しく生きてきました、という内容が書かれているから。
 
 その間趣味で新聞の投書欄に投稿を続け、それがきっかけで取材を受け、本を出すことになったという。
 実はこの人は加賀百万石の前田家の家老の家の子孫という事で、ちょっと庶民とは違うところはあるのだが、それを自慢げに語るわけではなく、ご主人は国家公務員で、特に資産は無かったらしい。
 当主を継いだ弟さんは、前田の物理 という参考書で名の知れた人だそうだ。
 ものの考え方が、ちょっとこの年代の主婦や女性と異なり、非常に割り切りがいいというかこだわりがないというか、独特の部分があることも出版に至った一因みたい。

 この方は見合い結婚で、夫はやさしかったと言いつつ、ご主人に恋愛感情を持ったことは無かったと言い切る。本当はもう一人娘さんがいたが、二歳で亡くしているとも。だがそれは過去のことと割り切り、感傷的なところが無い。いわゆる人付き合いの常識みたいな気配りを一切しない人(例えば親戚が自費出版した本を送ってくると、私は読みませんから、と受取拒否したりする)で、それで娘さんと喧嘩になったりするらしいのだが、それが元気の秘訣とも言える。

 この辺がちょっと非凡なのかもしれないが、ご主人が亡くなり、在職中のことだったので退職金が出たので、それで家を買ってしまう。どうせ官舎は出ないといけないし、家さえあればなんとかなるだろう、と全額使ってしまう。思い切りの良さがハンパじゃない。
 それから就職して、定年の60歳まで勤め、さらに辞めたならウチに来てくれ、とお向かいの会社に誘われて、65歳まで勤めたという。その後はご主人の遺族年金と自分が働いた分の年金でほそぼそと暮らしているという。
 今とは時代も違うが、運もいい人でもあるようで、最初の就職はご主人の上司がちょうど会社を設立したのでそこの書記兼お茶くみとして雇われ、二度目の会社は同じテナントビルの中で廊下を挟んで向かい側だったところで、そこの偉い人が よく働く人だな~と思って誘ってくれたという。再婚とかは全く考えなかったというか、イヤだったそうだ。

 基本的に、せっかくひとりになったんだから、ひとりを楽しもう、という考え方。
 住む場所があって、なんとか食べていけるだけの収入があるんだからそれで十分と。
 未亡人になった時点で、冠婚葬祭に関する付き合いを全て絶ったという。それで疎遠に
 なった友人や親戚もいるらしいが、それまでの間柄だったのだ、と気にしない。
 もともとご主人の交際が広く、交際費が家計を圧迫していた面もあったようで、
 生活を切り詰めるためには必須だったという事情もあるのかもしれない。
 貯金も無く、年金収入だけを頼りにカツカツで30年以上暮らし、自分の経験として
 老後の生活に何千万の貯蓄とか不要だ、と言い切る。病気もほとんどしなかったらしい。
 90歳になっても高血圧や糖尿病など生活習慣病とは縁が無く、生まれてはじめて体調不良で病院に行ったのが90ちょっと前だったという。本人は歩くのが好きだからじゃないか、
毎日21時には寝て5時には起きて、毎朝牛乳を飲んで、毎日風呂に入るからじゃないか、ちびちび酒も飲むからではないか、ひとり暮らしでストレス無縁だからではないかと言う。
 自分自身の健康を最高に持っていく努力をしたほうがいいと言う。
 運や体質もあるんだろうが、実際それで40年近く過ごしているわけだから説得力はある。
 また、仮に病気になったとしても、この人はサバサバしてじゃあこの辺でいいわ、と
 言うような気がする。
 また、葬儀には一切金をかけるな、娘夫婦と弟夫婦4人だけで、お経もいらないと言う。
 一日2回、朝晩に風呂に入り、古典の勉強に通い、新聞読者の会に出るなど、毎日が
 充実して、本当に楽しいと書いている。5時起床、21時就寝のリズムは、会社勤めの
 頃から変わらないそうだ。

 この人は、自分の出来ない事はうまく人に頼んでいる。
 家の増築をしたくなったが、伝手も無いので、役所に行ってシルバー人材センターから人を
紹介してもらったという。
 実際にどうだったかはわからないが、身体が悪くなったら遠慮なく介護保険のサービスを
受けようと、元気なうちからどんなサービスが受けられるのか聞きに行っている。
(90歳を超えて要介護1と判定され、ヘルパーさんに毎日来てもらい、家事援助をお願いするようになったそうだ。92歳ではじめてデイサービスに行き、そこで習字や華道などの習い事ができるので楽しい、とも書いている。)
 お風呂の段差を無くす、バリアフリー化工事もこんな伝手から補助金をもらって信頼できる
大工さんに頼めたそうだ。

 孫がかわいくないわけではないが、孫に会うのが唯一の楽しみという心境が理解できない。
 孫に自分の時間を取られるのはヤダナと思う。他人を生きがいにするのは避け、自分優先。

 社交ダンスや日舞などもやるようで、無料の講習会などをうまく使っている。

 外出先から戻ると必ずうがいと手洗いをし、珍しいが指頭消毒器というのも使うそうだ。

 
 消毒用アルコールがしみこんだ脱脂綿が金属ケースに入っていて、これを持ち歩いて外食の時に指先を消毒するという。そんなものの存在をはじめて知った。

 効果はわからないが赤ワインとカルピスとサイダーを三分の一ずつ混ぜて飲むという。

 風呂は朝晩だけでなく、夏は外出から戻れば入るそうだ。ただし時間は5分程度だという(90歳を過ぎて一日一回にしたらしい)。

 朝食は38年間、全く同じメニューだそうだ。バタートースト、牛乳、果物。正月も。
 果物もイチゴか巨峰かサクランボかビワで、出回る時期に合わせて変えるという。

  私には関係ないが、年をとってもオシャレは大事、と言う。この人はダンスもするので、
 ちょっと派手目の衣装を作ったり、化粧をしたりもするそうだ。おしゃれは楽しみという。
 会社には和服で通い、着物は好きな柄を選んで自分で縫ったりもしたという。
 アクセサリーも買い、時にはメガネのいいもの(なんと40万)を作ったりもするという。
 家には毎日のように花を飾る(風通しがいい家で、一度飾れば2~3週間持つらしい)。
 そうした心のおしゃれが、自分をなごませてくれるという。
 女は死ぬまでお洒落でなければ、と繰り返し書いている。メイクは控えめがいいが、年寄りこそ派手な色の服を着るべき、と言うのが持論で、紫や藤色やピンクがお気に入りとか。
 90歳でもマニキュアもするらしい。
 関係無いな、と読んでいたら、男性もお洒落心は忘れないで、と書いてあった。

 新聞投稿を50年以上続けており、掲載されたものはスクラップ帳にしてあるとのこと。
 十冊以上あるそうだ。書くのが好きなわけではなく、義憤から意見を言いたい!という
 思いが強いと書いてある。自分が一番自分らしいのは、この投稿を書いている時だと言う。
 いくつか投稿して採用された例が掲載されているが、この人は自分の不満を書くのでは
 なく、見聞きしたニュースに対する直感的な自分の意見を言っている、という感じ。
 義憤と言っているが、掲載例はそこまで大仰なものではなく、大人の男性も半ズボンに
 した方が洗濯が楽なんじゃないか、とか 選挙カーには立候補者本人しか乗っちゃいけない
 ことにして、ウグイス嬢は不可とすれば選挙は静かになるんじゃないか、というたぐい。
ご本人はこうした投書をしたくなる気持ちを「もの申さん」と思った時、と表現している。
私のブロマガも同じようなもんかもしれない。

 この「自分だけの時間」、「自分がひとりで過ごして充実を感じ、楽しいと思える時間」を、何でもいいから持った方が、人生は楽しいのでは、と書いている。この点は賛成。

 何かに熱中する時間と、何もしないでボーっとする時間、どちらも大切だとも書いている。

 また、65歳で年金生活に入ったときに、生きがいになるものは何だ、と考えて、勉強だろう、と古典の勉強をはじめている。カルチャーセンターの講座で源氏物語を15年かけて全部読み、漢文も十数年学んでいるという。でも孔子は偉そうでお嫌いとか。

 外出すると、あのお店であれを食べよう、上野ならあそこ、渋谷ならあの店、などと自分の楽しい場所を持っている。
 あるいは、あの店のあれを食べよう、という理由だけで一時間以上かけて出かけて行ったりする。毎月、浅草とか巣鴨とか、お参りに行くのも生活のアクセントになっているようだ。

 娘さんと月1回程度、日帰りのバス旅行にも行くらしい。88歳としてはかなり活発だ。
初詣や七福神巡り、花見の名所や藤棚、滝巡り、軽井沢など 90回以上行っているとか。

 繰り返し、一人暮らしは楽しい、孤独は寂しくない、と書いている。自分に友人はいない
と言い切る。話し相手は大勢いるが、自分の心がわかるのは自分だけだから、自分の悩みなどを話せる心の友はいなくて当たり前だと言い切る。
 人生の慰めを他人に求めず、人に依存しない、しょせん人間はひとりである、家族や友人がいても死ぬときはひとりだし、と とにかく自分が楽しい事をする。
 自分の中に癒しや楽しみを見つけていく。
 人の世話をする必要がないのが、こんなに気楽なものか、再婚なんてとんでもない、と。
娘夫婦との同居も断り、気ままが一番と。

 「いい人」と思われようとするとストレスがたまるだけなので、わがままに過ごす。あえて人に迷惑をかけようということではなくて、自分が欲することを遠慮せずにやりましょう、という感じ。
 相手が自分の言ったことで傷付いても気にしない。人の気持ちを気にして相手に振り回されたり、自分の意志を曲げてまで我慢することはない、と割り切っている。
 こちらが思うほど、相手はこちらの事を思ってくれるわけではないので、自分の考えを通した方がいいと言う。それで反発があるならそこではじめて対処を考える。他人への思いやりを否定しているわけではなく、それで娘さんに意見されると反省したりもしている。親子喧嘩も楽しいらしい。「もう絶交だ!」みたいな喧嘩をよくするらしいが、翌日には何事もなかったかのように電話が来るという。
 対人関係で気をつかうよりも、自分の好きなことに神経を集中させた方がいいと言う。
 自分の生活はできるだけシンプルに。考えても仕方のないことは、考えない。
 ご主人のお葬式の翌日に、行きたかったバーゲンに行ったそうである。この割り切り方は凄い。
 考えても仕方のないこと、夫や娘の死のような悲しみも、割り切ることが人生の知恵と書いている。
 自分ではどうしようもない辛い事も、時が必ず癒してくれるとも。まずあきらめて、自分に出来る最善、ベストを尽くせばいいと。

 そんな感じで、もともと他人を当てにしていないところがある人で、だから他人に腹を立てるという事もあまりないという。対応の悪い人に出会っても、ああ、そういう人なんだな、と思うだけ。腹を立てて余分なエネルギーを使ってイヤな気分になるのは損。

 怒っても、ちっともいい結果は得られない。それなら怒らない方がいいというのが持論。

 電話はかけない。必要ならハガキか手紙を出す。厳選した友人には年賀状も出す。

 人生って何だろう、と考え、これからを可能な限り、より良い状態で過ごすしかない、と
考える。人間それぞれ、財力にも健康にも運にも差があるが、自分の選択で過ごしてきたこれまでを すべて良しとするしかないだろう。と言う。

 今日よりも明日の方がもっと利口になっているはずだから、一日でも長く生きるのが楽しみである、と締めくくっている。

 この人はこれを書いて12年後、100歳で亡くなったとのことだ。
 その様子は本人が書くことはできないわけだが、「どう暮らしても百年の人生なら、できるだけ楽しく暮らしたい」と書き残している。

 上記の本はかなり売れたらしく、二匹目、三匹目のドジョウみたいな本も出している。
90歳と94歳の時に出したようだ。内容は半分くらい重複している印象。ご本人には楽しかったろう。私は読んでいないが、その後も何冊か本を出して、99歳まで出していたようだ。


 上の文章には、一冊目には書いていないけど、二冊目、三冊目に書いてあることも混ぜている。
 
 人生半ばの人が理屈で言うのではなく、88歳の人が自分の実体験として語るのに説得力もあり、受けたのかなとも思う。
 せっかく買った家が火事になったり、重い病気やケガ、好きなバス旅行で事故に襲われたり、その結果寝たきりになったりすればそうも言ってられないと思うが、そうならずにここまできてしまっているから何も言えない。笑う門には福来たる、と言うが、この前向きの姿勢が不幸を寄せ付けなかったのかもしれない。
 86歳ではじめて日帰りバス旅行に行って、なんて楽しいんだろう、とそれから毎月のように行くようになる。いくつになっても新しい楽しみは見つかると言う。説得力がある。

 この人は90歳になっても、いわゆる終活をしない。見られて困るものなど無いので、と
手紙や日記も整理しない。言いたいことは普段から娘に言っているので、特に言い残す事もない。葬儀も法要もいらない、と言う。自宅で死ななくてもかまわないし、娘が看取れなければそれはそれでかまわないと言い切っている。それだけ毎日全力で生きている自信があってのことだろう。

 「孤独死」という言葉がよくニュースで報じられるようになり、朝日新聞は「孤族」なんて造語まで作って特集したりしていたが、
 ひとり=悪い事、寂しい事、悲しいこと みたいな印象を マスコミは何かと強調するが、
 心の通じない家族と長年暮らしたり、介護に明け暮れたり、配偶者の浮気やDVやギャンブル癖や借金に苦しんだりするよりはこういう一人暮らしの方がはるかに楽しい人生だろう。

 ちょっと前までの日本は、そんな老後をほとんどの人がその気になれば過ごせるようになっていたが、昨今は若い人の貧困のニュースも多いし、年金制度も何かと話題になる。
 今の年金事情だと、私の頃にはそうもいかないことになりそうだがはたして。70歳まで働けと言われても、あちこち持ちそうにないが。

 この本に書いてあって、自分の参考になりそうなことは、

・歯医者は名医をみつけて、長く通え。
(総入れ歯だそうだが、長く通って調整しているので不具合が全く無いという)
・白内障は手術で直る。
(左目が見えなくなっても、手術が怖いと放置していたが、イヤイヤ手術したらすごく見えるようになったので右目もしてもらう)

 の二つかな。ほぼ頭に入って、忘れたらここを見ればいいから、今度処分してこよう。

 
 
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こんばんわ。
白内障は治らない(白濁した眼内レンズは元に戻らない)けど、たしかに手術で見えるようになりますね。
私は両目とも手術しておりますが、手術前は近眼でクルマの運転時にはメガネをかけておりました。
でも手術後は運転時にメガネは不要になりました。といっても視力が良くなったわけではなく近眼が遠視(老眼)になっただけなのですが。
手術で入れる人工レンズは単焦点なので決められた距離にしかピントが合いません。
私はPCで仕事したりMMDをやったりしますし、文庫本を読むのが好きだったりするので、手術する先生には「近場に焦点を合わせてください」と頼んだのですが、「いや、中間的な距離にしておきましょう」と言われ素直にしたがったところ現在はかなりの老眼状態です^^;
ただ、人口レンズには多焦点型もあり、こちらは遠近両方にピントが合うようです。(ただし高額)
今後はこちらが一般的になって安くなるんじゃないかなー、と予想しております。
52ヶ月前
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>>1
みーほん様、コメントありがとうございます。

 すでに手術をされたとのこと、いろいろ不便を感じることもあろうかと思います。

 私の祖母も手術して見えるようになった、と喜んでおりましたので 怖がるよりは
手術した方がいいのかな、と思いましたのでそう書きましたが、いいことばかりでは
ないのかもしれませんね。

 私も目は弱って来ていて、MMD動画などでちょっと無理すると眼がかすんだり、
目の奥が痛くなったりします。携帯の細かい文字も読みにくくなってきてます。
文庫版の漫画などもちょっと読むのはきついです。
 やはり焦点を合わせる力が衰えてきますね。

 今のところ白内障は大丈夫なようですが、将来そうなった時には、みーほんさんの
ご経験も参考にさせていただきます。情報ありがとうございました。
52ヶ月前
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