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ポップコーンなんかいらない  ちとく
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ポップコーンなんかいらない  ちとく

2013-04-02 00:47
     春特有の嵐から一夜明けた駅前公園で、鷲掴みにされたポップコーンが無造作にばら撒かれた。
     公園風景の一部に過ぎなかった数羽の鳩が、一斉にポップコーンを見た。その瞬間、風景上に点在していた鳩とは思えない程の鳩が数十羽、散らばったポップコーン目がけて沸き立つように集まった。
     その中に一羽だけ、その凄まじい光景から浮いてしまっている雄鳩、すなわち俺がいた。

     俺は、気がついたときには、求道的に生きていたのだ。俺が求めているのは、形而上的な真理や哲学などではない。たぶん、突き詰めてみれば「何故俺が求道的に生きる鳩なのか」ということなのだ。
     ばら撒かれたポップコーンは数分で食べ尽くされ、公園の鳩は風景の一部に戻っていった。ところが俺は、風景に戻ることなく、何も無い公園の真ん中に立ち止まり、他の鳩の原始的な、欲求そのままの行動を冷ややかに見ていた。俺の中にも幾分残っている本能的な部分、それは求道的な俺にとって厄介な足枷に過ぎず、俺の嫌悪の対象だ。特に最近では、身悶えするほど気障りな、原始的欲求に悩まされている。

     見よ、俺の前を、一羽の雌鳩が通り過ぎ、ベンチの日影に入って休息している!
     俺は求道的に生きてきたから、いまだに独り身だ。本能剥き出しの鳩一般と同じ行動はもはやできない。にもかかわらず、適齢期の雌鳩が視界に入ると、体中の原始的な欲求が活動を始めてしまう。
     俺は、日影で休息する雌鳩に向き直った。傍目には落ち着いているように見えたかもしれないが、俺の体内は劇的に活動し始め、体中の血や体液が、まるでポップコーンに群がる鳩のように、一斉に下腹部に集中していた。
     一般的な雄鳩であれば、早足で雌鳩に近づく場面であった。ところがその変った雄鳩つまり俺は、拡げた尾羽を地面に引きずって、きわめてゆっくり雌鳩に対する求愛を始めたのである。

     尚も見よ、俺は恥ずかしくて恥ずかしくて、今にも逃げ出してしまいたいのに、体毛が膨れ、下腹部が脈打っている滑稽!
     俺の求愛行動を認めた雌鳩は、お約束通りにトコトコ逃げた。痛々しいほど興奮しているぎこちない俺は、雌鳩のトコトコに歩調を合わせて、お約束通り雌鳩を追いかけた。
     追いかけている最中、俺の思考は乱れに乱れ、嘲笑すべき肉欲を無理やり求道的生き方に結びつける出鱈目な解釈を、次から次へと発明していたようだ。

     俺がもたもたしていると、視界の雌鳩を遮るように、俺より若い別の雄鳩が尾を向けて割り込んできた。そいつはさっさと雌鳩に追いついて、嘴をつつき合ったり背中に乗ったり降りたりして、あっという間に一組のつがいとなった。
     俺は、目の前の一連の出来事を一度に消化できなかったが、俺の体はすぐに反応を示した。一旦は下腹部に集中した血や体液が、今度は一気に頭部へ昇っていったのだ。

     春特有の嵐から一夜明けた駅前公園で、鷲掴みにされたポップコーンが、再び無造作にばら撒かれた。
     あれほど嫌悪した本能に身を任せ、目の前のつがいに攻撃しようとしていた俺は、思わずポップコーンを見た。その瞬間、おびただしい数の鳩が、散らばったポップコーン目がけて沸き立つように集まった。本能剥き出しの鳩一般と同じ行動ができない俺は、攻撃対象を見失い、眼下の地面をひたすらつついた。
     何故俺は、求道的に生きる鳩なんだ?……嘴が削れて無くなっても、いつまでもいつまでも俺は地面をつついていたのだ。
     
     
    ****

    春は寂しいです。出会いも別れも関係ないです。街に人が溢れ出て、居場所が無いと感じるからです。(深呼吸する言葉・chitokuより)

    ●「ポップコーンなんかいらない」 ちとく(リアルテキスト塾12期生)
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    橘川幸夫放送局通信
    更新頻度: 不定期
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