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  • 映画「ガレキとラジオ」

    2013-06-01 09:46
    ●橘川幸夫

     僕らの体内に残されている記憶遺伝子には、大災害と戦争と疫病による大きな不幸の悲しみが刻まれている。衛生学の発達は、疫病の大被害を最小限に抑えることが出来ているように見える。戦争は、常に人類滅亡の危機をはらみながらも危うい平和が保たれている。しかし、大地震、大津波の恐怖は、何十年サイクルで起きることを知りながら、人間の進化など自然を前にしては児戯に等しいといわんばかりの猛威を見せつけ、人々を物理的に精神的に不幸の極みに追い立てる。

     2011年3月11日の悲劇は、この時代を生きた人間にとって、生涯忘れることの出来ない事件として、語り続けるだろう。祖父母や両親が、関東大震災や太平洋戦争を語り続けたように。更に、大自然の災害は、原発崩壊という高慢な人間の知への信仰を打ち砕く悲劇を生み出し、無限の現在進行形の悲劇を子孫にまで押し付けてしまった。

     「ガレキとラジオ」という映画を見た。海岸に住む人たちですら想像を絶する大津波で多くの肉親、友人たちを失った人たちの表情は、観る者を悲しくさせる。どんなに笑顔を見せてくれても、その裏側の悲しみが伝わってきて、たまらなくなる。ただ、この映画は、単に、被災地の悲しみを共有しようというものではない。

     ある被災者の女の子は、津波以前の生活を思い出す。家族が大嫌いで、喧嘩ばかりして、「死んでしまえ」と、憎しみさえ覚えていた。しかし、津波がその家族を押し流してしまった時に、どれだけ自分が家族を愛していたことを知る。大きな喪失感は、そのことによって、本当に大切なものを知る。日常とは愚か者である。何が大事で、何が大切で、何を愛しているのかを、自分のエゴによって見えなくさせてしまう。災害は悲しいが、その中で生き延びた人は、失うことで発見したことを伝える役割がある。人間は、一人で生きているのではなく、家族や友だちや地域の仲間たちと一緒に生きることによって、はじめて自分なのだと。

     この映画を作った梅村太郎くんとは、彼が博報堂に入社する前からの友人である。太郎くんは、神戸の古い出版社の息子で、阪神淡路大震災の被災をもろに受けた。その経験もあって、東北大震災があって、すぐに現地に向かったのだろう。太郎くんは博報堂に入って、優秀なクリエーターとして、テレビCMの撮影を数多く手がけた。その彼の仕事上のノウハウが、ここに見事に生かされた。太郎くん、君が仕事で選んだ技術は、こういう映画を撮るためだったのだよ。

     311以後、南三陸町のガレキの中に二度ほど立った。そこは生命も生活も根こそぎ奪ったのに、何もなかったかのような平穏な海面と大空が広がっていた。そこには、紛れも無い日常の時間が流れていた。僕たちが、人間の傲慢な意識と欲望によって見えなくさせている本当に大切なものを、非日常の力によってではなく、日常の中で発見していくことが大事であることを、この映画を見て、何度も思い起こした。


  • ポップコーンなんかいらない  ちとく

    2013-04-02 00:47
     春特有の嵐から一夜明けた駅前公園で、鷲掴みにされたポップコーンが無造作にばら撒かれた。
     公園風景の一部に過ぎなかった数羽の鳩が、一斉にポップコーンを見た。その瞬間、風景上に点在していた鳩とは思えない程の鳩が数十羽、散らばったポップコーン目がけて沸き立つように集まった。
     その中に一羽だけ、その凄まじい光景から浮いてしまっている雄鳩、すなわち俺がいた。

     俺は、気がついたときには、求道的に生きていたのだ。俺が求めているのは、形而上的な真理や哲学などではない。たぶん、突き詰めてみれば「何故俺が求道的に生きる鳩なのか」ということなのだ。
     ばら撒かれたポップコーンは数分で食べ尽くされ、公園の鳩は風景の一部に戻っていった。ところが俺は、風景に戻ることなく、何も無い公園の真ん中に立ち止まり、他の鳩の原始的な、欲求そのままの行動を冷ややかに見ていた。俺の中にも幾分残っている本能的な部分、それは求道的な俺にとって厄介な足枷に過ぎず、俺の嫌悪の対象だ。特に最近では、身悶えするほど気障りな、原始的欲求に悩まされている。

     見よ、俺の前を、一羽の雌鳩が通り過ぎ、ベンチの日影に入って休息している!
     俺は求道的に生きてきたから、いまだに独り身だ。本能剥き出しの鳩一般と同じ行動はもはやできない。にもかかわらず、適齢期の雌鳩が視界に入ると、体中の原始的な欲求が活動を始めてしまう。
     俺は、日影で休息する雌鳩に向き直った。傍目には落ち着いているように見えたかもしれないが、俺の体内は劇的に活動し始め、体中の血や体液が、まるでポップコーンに群がる鳩のように、一斉に下腹部に集中していた。
     一般的な雄鳩であれば、早足で雌鳩に近づく場面であった。ところがその変った雄鳩つまり俺は、拡げた尾羽を地面に引きずって、きわめてゆっくり雌鳩に対する求愛を始めたのである。

     尚も見よ、俺は恥ずかしくて恥ずかしくて、今にも逃げ出してしまいたいのに、体毛が膨れ、下腹部が脈打っている滑稽!
     俺の求愛行動を認めた雌鳩は、お約束通りにトコトコ逃げた。痛々しいほど興奮しているぎこちない俺は、雌鳩のトコトコに歩調を合わせて、お約束通り雌鳩を追いかけた。
     追いかけている最中、俺の思考は乱れに乱れ、嘲笑すべき肉欲を無理やり求道的生き方に結びつける出鱈目な解釈を、次から次へと発明していたようだ。

     俺がもたもたしていると、視界の雌鳩を遮るように、俺より若い別の雄鳩が尾を向けて割り込んできた。そいつはさっさと雌鳩に追いついて、嘴をつつき合ったり背中に乗ったり降りたりして、あっという間に一組のつがいとなった。
     俺は、目の前の一連の出来事を一度に消化できなかったが、俺の体はすぐに反応を示した。一旦は下腹部に集中した血や体液が、今度は一気に頭部へ昇っていったのだ。

     春特有の嵐から一夜明けた駅前公園で、鷲掴みにされたポップコーンが、再び無造作にばら撒かれた。
     あれほど嫌悪した本能に身を任せ、目の前のつがいに攻撃しようとしていた俺は、思わずポップコーンを見た。その瞬間、おびただしい数の鳩が、散らばったポップコーン目がけて沸き立つように集まった。本能剥き出しの鳩一般と同じ行動ができない俺は、攻撃対象を見失い、眼下の地面をひたすらつついた。
     何故俺は、求道的に生きる鳩なんだ?……嘴が削れて無くなっても、いつまでもいつまでも俺は地面をつついていたのだ。
     
     
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    春は寂しいです。出会いも別れも関係ないです。街に人が溢れ出て、居場所が無いと感じるからです。(深呼吸する言葉・chitokuより)

    ●「ポップコーンなんかいらない」 ちとく(リアルテキスト塾12期生)
  • ああ、うるわしき、ぼくらの殺人姫。  たかなしみるく

    2013-03-14 00:37
     彼氏が、死んだ。正確に言うと、元彼が、死んだ。もっと正確に言うと、元彼は、私の脳内で、死んだ。もっともっと正確に言うと、元彼は、私の脳内で、私が、殺した。パニック症状で喘いでいる女の子を助けに向かっていた救急車に轢かれて死んだ。っていうことにして、殺した。私が、私の、脳内で。多分、3ヵ月ぐらい前の話かな。ついでにその事故のせいで、女の子もやばいとこまでやばくなったのかもしれない。そのへんは知らない。その女の子にはちょっと申し訳ないとか思ってる。でも、私の脳内の話だからなぁ。とにかく、元彼は、死んでいる。轢かれてfly away して passed awayしちゃった、的な。

     もう1回ゆうけど、死んだのは(殺されたのは)私の脳内での話だから、現実問題、2013年2月×日現在、多分、まだ、生きている。北関東の奥の方で、多分、生きている。らしい。そう、Twitterで回ってきた。そもそも北関東って、まず海ないし、ちょっとなんでそんなところに住めるのかよくわかんないけど。一緒に海見にゆりかもめ乗ったりしたけどさ、なんであんなに汚い東京湾の海ごときではしゃぐの?あ、私、高校の目の前海だった。千葉のね、京葉線の駅が最寄りだった。コウコウ。そうそう、風吹くとすぐ止まるあれね、だから、海珍しいとか、意味わかんない。今、マンション建っちゃって高校から海も見えないけど。まあ、海がないとかあるとかの話じゃなくてさあ。あ、海に掛けて言うなら、死体を東京湾に沈めてやりたいかも。芝浦ふ頭辺り。でもそうすると死体、漂流して、千葉の海の底にも流れてきたりするのかな。えー、やだな。それは嫌だな。ていうか、現実問題はまだ生きているんだから、私それやったら殺人と死体遺棄の容疑で即逮捕じゃん。結構罪重いんだよね。あれ、因みに強盗殺人が刑法的に一番やばいんだっけ?あ、じゃあ、死体遺棄ぐらいにしとく?誰か私の代わりに殺しといて。あ、それじゃあ計画犯でやっぱり容疑かけられる系?まじ?じゃあやらない。

     そもそも、私の中では死んでいるはずなのに、なんでこんなに現実問題は生きていることに固執しちゃうんだろう。勝手に死んでくれないかなあ。うーん…、あ、やっぱ死んじゃダメだ、殺してもダメ、現実問題ね。だって私まだ実は、元彼に、迎えに来て欲しいって、思ってる。本当に死んじゃったら、絶対来てくれない。あ、でも来ないか、私の中じゃ死んでるんだもん。来ないわ。だって、私の脳内にちゃんと、元彼の墓標あるし。元彼が前にゆってたようにしたまでじゃん。「お前の中で死にたい」って、私の首を締めながら『いってた』から。いつだか前にセックスしたときに。(あ、今の『いってた』は二つの意味で取っといてください。)ああ、そんなこともあったねえ、ウケる。懐かしい。ほら。私、えらい。いや、エロい、いや、えらい。

     勿論私も強いわけじゃないからさ。時折ね、季節の虚ろう匂いに惑わされて、私の気持ちに影が見えることがあるよ。彼の。そうしたら、コンビニの安い発泡酒500ml缶を持ってきてね、この墓標の前でぱしゅっと開けるんだよ。で、どばどばーーって酒を墓標にぶっかけてやるの。最初は私も笑いながらなんだけど、残り200mlぐらいで、つつつーって涙流れてくるの。で、仕舞いには、ぶあああああって大泣きしてる。悔しい。悔しいけど、大泣きしてるの。まだ好きなのかな、未練がましいのかな、そっか。わかってる。ごめん。泣いたらちょっと、すっきりするんだけど。早くこの墓標の前に現れるのをやめたいと思うよって、こんなもの立ててる事自体がいけないのかな。引っこ抜けるかな、あ、やっぱ無理。痛い。胸が痛い、なんか、なんか、べろーんって剥がれていく感じがする。気持ち悪いし、痛いし、あっ、感じちゃ…わない。痛い!

     ひとつ言っておくとね、意外と、普段は元気にやってるよ。好きな音楽と、好きなひとたちに塗れて、毎日笑ったりにやにやしたり、ちょっと泣いたり、してる。今日は普通に職場行くはずだったんだけど、インフルエンザかかっちゃってお休みを余儀なくされてる感じ。まじ申し訳ないよね。でもCD買いに外出たいな、あ、だめ?そんぐらいならいいよね、とかね。そんなコトばかり考えている。もしかしたら、墓標を立てているおかげで、こうしてられるのかも。まあなんだっていいか。私が元気で、可愛くいられるのなら。あ、そうそうそうだ、こないだライブハウスで話しかけられた男の子がタイプの顔してて、で、しかもビール1杯奢ってくれちゃったんだけどどう思う?あ、ごめん…。もう下手にじたばたしないよ。まだ元彼好きだよ認めるよ一応。一応。だけど、多分いい人に告白されたら付き合うと思うよ。普通に。いつまでも引きずってても、もうしょうがないっしょ。だって、既に死んでるし。因みに元彼本人も、夏に死ぬって公言してるし。オフィシャル、オフィシャル。Twitterで回ってきた。多分。死因?そこまでわからないけど、自殺するんじゃない?うん、「21世紀の自殺者」、あれいい曲大好き。まさにそんな感じ。何れにせよ、あと少しで<本当に>死んじゃう人と付き合ってもどうしようもなくない?
     だって私まだ生きていたいもん。
     
     
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    「模倣と、想像と、妄想と、創造と、煌びやかな破壊と、なけなしのアイラブユー。」
    2月頭、インフルエンザにかかっていた時期に、書きました。

    ●「ああ、うるわしき、ぼくらの殺人姫。」 たかなしみるく 深呼吸歌人153