ちょびの東京放浪記 その四
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ちょびの東京放浪記 その四

2015-05-10 00:50
    今回の旅で一番役に立った物は何かと聞かれれば、僕は間髪入れずに「PASUMO!」と
    答える。それほど今回の旅で役に立った物はないだろう。K女史が(特に電車を利用して
    東京観光するなら必須アイテムだと事前に用意してくれていた(なんという細かい心遣いだろう)。

    銀色の地にピンクのかわいらしいデザイン。定期券すら持ったことのない自分にとっては、
    まったく未知のアイテムだ。聞けばこれを使ってロッカーを開け閉めするという。

    なんということだ!!アリババがオープンセサミと唱えるがごとく、扉が開いたり閉じたりするのだ。おお東京はすごい、「未来感ハンパねえ」ではないか。

     K女史は浮かれる僕を冷ややかに見ながら、こんなものは一般常識だといいつつ懇切丁寧にカードの使い方を教えてくれた。チンパンジーに言葉を教えるようなものだ。K女史も歯がゆい思いをしたに違いない。この場を借りて謝っておこう、物覚えが悪くてすいませんでした。






     さて、(たしか)渋谷駅のロッカーで荷物を預け(大きなロッカーがなくてK女史が必死に探してくれた)僕たちは途中寄り道をしながら中目黒を目指すことにした。

    ”目黒”という地名にはとても重要な意味がある。昔江戸には5つの”目”があった。
    江戸城を中心にしてその周りを目黄、目赤、目白、目青、目黒という5色の不動尊が祭られた。今でもお地蔵さまは残っているが地名として残っているのは目白と目黒だけだ。

    この五つの不動尊は江戸を霊的に守る守護者としての役割を与えられている。そして目黒は
    江戸の裏鬼門に当たる風水的、呪術的にもとても重要な場所なのだ。江戸(東京)は呪術に
    よって作られた計画都市なのである。

    なぜ唐突にこのような怪しげな話を書くのかと言うと、今回の旅の目的の一つがこの呪術都市東京の空気を肌で感じたかったからだ。

    そんなばかばかしいことをという人は多いだろう。しかしこの東京(江戸)を作り上げた人たちはそれを信じ、またそれを実行に移したことは本当のことなのだ。そういう(霊的な)現象があるかどうかが重要ではない。それを信じていた人たちがいたということが重要なのだ。

    と熱く語っても仕方がない。呪術都市としての東京については折に触れて説明したいと思う。さて、中目黒に何しに行くのかと言うと…

    ”あの”寄生虫博物館を見学しに行くのだ!なんというマニアックな目的だろう。もっと東京っぽいところはいくらでもあるというのに。

    寄生虫博物館についてはかなり前から知っていたし、博物館は個人的に大好物なので
    いつか行ってみたいと思っていた。せっかく東京に来たのだから寄ってみようと思い立ったのだがK女史は大丈夫だろうか?

    女性にそんなところを案内させて引かれてしまうんじゃあないかと思っていたが、当の本人はケロッとしている。むしろそこ行きたい!という勢いだ。

    寄生虫博物館の開館時間までは相当あるので、いろいろ寄り道しよう。行きたいポイントだけK女史に伝えてあったのであとは彼女に任せきりだ。申し訳ないと思いつつ、カルガモの親子よろしくひょこひょこと後ろをついて行く。






    最初の寄り道は明治神宮だ。朝早くから行ける場所と言えばここくらいしかない(らしい)。
    明治神宮という選択に当初難色を示していたK女史だったが、結局は快く案内してくれた。

    明治神宮はその名の通り、明治天皇、昭憲皇太后が祀られている。元々京都に祀られていたのだったが、国民の声によりこの代々木の地に祀られることになったといわれている。

    実際には国家の重大なプロジェクトだったのは間違いないだろう。なにせ広大な敷地にうっそうと茂っている木々は全て全国各地から集められて人の手によって植えられた人工の森なのだ。遷宮が決まったときは荒れ地だったらしい。わざわざなんでそんな場所に?

    ヒントは代々木という地名にある。空襲で焼失するまでこの代々木の地には古いもみの大木があった。代々受け継がれる木のある場所だから「代々木」だ。

    つまり子孫繁栄を祈念してここに明治神宮は建立された。もちろんそれだけではない。
    明治神宮から東に目を向けると皇居がある。少し北寄りに目を向ければ浅草寺だ。
    浅草寺は都内最古の寺で、江戸時代の前にはこの地の総鎮守だった。

    明治神宮と浅草寺を結ぶと夏至の日に浅草寺の位置から太陽が昇り、明治神宮の方へと沈んでいく。なんと表参道は夏至の日の太陽の運動とほぼ一致するのだ。

    西に目を転じればそこには富士山があり、その間には大正天皇と昭和天皇の墓所がある。
    このラインは一直線に並び富士山から流れ込むエネルギーを増幅するともいわれる。

    そしてもっとも重要なのは、天皇のご先祖さまは天照大神であるということだ。太陽神の力を借りてこの地を守護しているのである。





    これらはただの偶然ではなく意図的に配置されたものだ。そのためにわざわざ全国から
    10万本もの木をかき集め森にしたのだ。子孫繁栄を願って。

    明治神宮そのものにもさまざまな呪術が施されている。紙面には限りがあるので割愛してしまうが(言い換えれば面倒くさいともいう)、いろんな場所で二重三重に呪術が施されているのが東京という土地なのだ。

    広い広い境内を二人で歩く。なんという清々しさ。バスから降りたときの疲労感などどこかへ吹き飛んでしまった。やたら長いほうきを使って掃除をしている人が数人いた。器用に落ち葉を掃いていく。これブラタモリで見たやつだ。なんだか感動する。こう見えてミーハーなのである。

    人工の森は人の手が入らないと維持することができない。100年近くこの森が維持されてきたのは、ここを守る人々が毎日手入れしているからだ。なんとありがたいことだろう。

    平日の早朝だからか人の姿はまばらだった。途中ずらりと並ぶワイン樽と酒樽があった。
    神社にワインとは何とも奇妙な風景だ。

    「よきをとりあしきをすてて外國に 
    おとらぬくにとなすよしもがな」

    伝統も守るが新しい西洋文化の良いところも取り入れようということらしい。調べてみると
    ブルゴーニュ名誉市民でもある佐多保彦氏の呼びかけによって奉納されることになったのだという。

    考えてみれば西洋文化が日本に一気に入ってきた波乱の時代を生きた明治天皇にワインは
    お似合いかもしれない。K女史もこのワインには興味津々のようだ。歩いてのどが渇いていたのかもしれない。

    数年前パワースポットブームがあったが、当然のことながらここ明治神宮もその一つと言われた。中でも清正井という井戸がものすごいパワーを発しているらしい
    ( ( ( ( ( (゚∀゚) ) ) ) ) ) これは行かずにいられないということで行ってみた。
    が、行けなかった。

    結論から言えば拝観は9時からだったのだ。今の時間は8時過ぎ。待つには時間がありすぎる。なんというタイミングの悪さ。K女史が管理人らしき人に声をかける。運がよければ入れてもらえるかもと考えたらしい。しかし答えはNOであった。無念。

    この井戸には様々な逸話(伝説)が残されているが真相は定かではない。そもそも、本当に
    加藤清正が掘った井戸なのかどうかも怪しい。どういうわけでここがパワースポットということになったのかよくわからないが、一時は整理券が発行されるほどの人気だったとか。

    一説によれば、ここはパワースポットではなく悪い気が出る場所だと言うし、まあ別にいいか。単なる負け惜しみだが。

    いよいよ本殿である。本殿に近づくと感覚の鈍い自分でも”気”がピンと張っているのを感じる。戦後再建されたものとはいえ、やはり歴史の重みというものを感じる。写真を撮るというなんでもない行為が憚られるほど凛とした空間だ。







    数人の観光客がいて、ぼくと同様その空気に飲まれているようだった。外国人のひとは目をキラキラさせながらカメラのシャッターを切っている。K女史は気さくに巫女さんにおはようございますと挨拶していた。

    なんという度胸であろうか。気の小さい自分にはとてもできない。もし天皇陛下がお見えになってもハイタッチで迎えそうなそんな気がする。

    正式な作法で参拝し、そそくさと本殿を後にする。ふう、いいお天気で汗ばむほどだ。
    身も心も清らかになったところで、次の目的地に向かおう。

    休憩などしている時間はない。スケジュールはびっしりなのだ。さあ東京の守護神に
    あいさつしに行こう。目指すは東京駅だ・・・つづく







    このペースで連載していて大丈夫だろうか…
    4回目でまだ一日目の半分も終えていないという。記憶があいまいにならないうちに書き終わることを願う(-人-)













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