ちょびの東京放浪記 その伍
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ちょびの東京放浪記 その伍

2015-05-13 11:31
    都市伝説でこういう話がある。上野公園の西郷隆盛像の犬(ツン)と渋谷駅のハチ公像は、
    対となった狛犬であり向かい合わせになって東京を守護していたが、誰かの手によってハチ公の向きがかえられ、そのせいでバブルが崩壊した…

     あえてマジレスすると元々ハチ公の向きは北向きで現在の場所に移されたとき、駅の出口の方に向くように置き直されて東向きに変わった。確かに向きは変わったが、もう一方の西郷隆盛像(ツン)は建てられた時からずっと南東を向いている。

    そもそも最初から正確に向かい合わせになっていなかったのだ。それにハチ公の像が建てられたのは昭和で西郷隆盛の像は明治時代に作られたから時代がまったく合わない。





    もし風水的呪術的な意味でハチ公像が置かれていたとするならその意図するものは1945年に失われていたはずだ。なぜならそのときハチ公像は金属供出のために融解されてしまったのだから。奇しくもその日は終戦の前日8月14日だった。こちらの方が都市伝説的には受けがよさそうな気がするがどうだろう。

    ちなみにというわけではないが、犬の銅像を狛犬にするのに東京は事欠くことはない。落語「元犬」に出てくる”シロ”、水天宮の子宝犬、靖国神社のシェパード、南極物語のタロ・ジロ、乙女と盲導犬、名犬チロリ、中野の犬屋敷(引用、「東京 犬の銅像を歩く」 ttp://dog-assemble.com/blog/0903.html)ハチ公の代わりはいくらでもいるのだ。

    ※前回渋谷のハチ公の話を完全に忘れていたのでちょっと紙面をとって紹介させていただきました。

     さて、前回からの続きである。東京に来たならば、あの”お方”にあいさつせねばなるまいとやってきたのは東京駅である。復元工事を経て、創建当時のモダンなデザインが現代によみがえったようだが、元々がどんなものかを知らない僕にはただすげえなあという言葉しか出てこない。

    そんな東京駅の中にぽつりと置かれた大きなパネルがあった。観光地では必須の顔出し看板である。通勤ラッシュで忙しそうに移動する人々は、まるでそれが存在していないかのように目もくれず素通りしていく。

    K女史の勧めもあり、僕は生まれて初めて顔出し看板にチャレンジした。
    行き交う人たちが冷たい目線を時折こちらに向けた。なんという屈辱感であろう。
    昔、斬首刑になった人たちはこういう気持ちだったに違いないと、ひきつった表情で
    K女史に写真を撮ってもらった。







    東京駅の前は現在工事中ということで、少々迂回しながら皇居前に出る。巨大なビルに囲まれた一服の清涼剤、心のオアシス。それが皇居であり、言わずと知れた江戸城跡だ。

    江戸の都市計画を呪術的な意味から推進したのは徳川家康の右腕、天海であることはよく知られている。彼は何故この地を江戸の中心にしたのだろうか?一説によるとこの地は五行陰陽、風水的に最悪の場所であったらしい。






    それを補うため、土地を改良し(治水)、地名を変え、神社仏閣を建て、密教・神道・風水などありとあらゆる手段を使い江戸に霊的なバリアを張った。その一つが神田明神である。

    現在の神田明神は、江戸城拡張の時遷宮された。その場所は江戸城から見て家康の鬼門にあたる北東に置かれた。鬼門を封じるために神田明神は移されたのだ。では神田明神が元々あった場所とはどこだろう。それが今から向かう将門塚いわゆる将門の首塚である。

    平将門についてはWikiを参照してもらうことにして本題に入ろう。平将門は東国のヒーローであり当時すでに畏敬の対象となっていた。家康も将門に思い入れがあったに違いない。

    ここで一つ疑問がおこる。神田明神遷宮の際、首塚も移さなかったのは何故か?
    祟りを恐れたから?それなら最初から神田明神を他の場所に移すなど考えなかっただろう。

    地図をよく見ると東京には将門にまつわる神社が多くある。そのうち、鳥越神社、兜神社、首塚、神田明神、筑土八幡、稲荷鬼王神社、鎧神社を線で結ぶと北斗七星が現れる!

    また、神田山日輪寺、鳥森神社、水稲荷神社で形作られる三角形はこの北斗七星に覆いかぶさるように位置している。荒ぶる神である将門を封印しているのだ。

    鬼門からやってくる魑魅魍魎を獰猛な番犬将門によって威嚇し、その獰猛な番犬は手綱によってしっかりコントロールする。いやはやよくできている。東京にはこういったバリアが幾重にも張り巡らされている。

    K女史と皇居のお堀に沿って歩く。お堀には白鳥がいて優雅に泳いでいる。なんというか品がある。さすが皇居に住む白鳥だ。いま現在、京都御所ではなく江戸城跡に天皇陛下がお住まいになる理由があるのだがこれはまた機会があれば書くことにしよう。

    ほどなくして件の将門首塚に到着する。再開発が続く中、この場所は今も神聖な場所として祀られている。恐る恐る敷地に入った。驚くほど静かだ。青々と茂った木々が風でかすかに揺れる。明らかにここの空気は違う。左手には立派な案内板があり、この周辺の企業が合同で建てたものらしい。





    入って右手にその首塚がある。大きな石塔婆がありその後ろに隠れるようにして石灯籠があった。今でこそ欠かさず手入れされている首塚だが当初は荒れ果て放置されていたらしい。
    社を修復し祀ったとき「神田明神」と名付けられ後に江戸総鎮守となった

    敷地の三方は巨大なビルに囲まれ、少し薄暗い。よく見ると塚に面するビルのブラインドはものの見事に全ておろされている。やはり塚にまつわる都市伝説は本当なのだろうか?

    今回の旅の無事と家内安全を願ってお参りするつもりだったが、神聖な空気に圧倒されたせいか手を合わせても言葉が出てこない。ただ無心に手を合わせた。

    首塚の周囲にはカエルの置物がたくさん置かれていた。K女史によれば京都から将門の首が飛んで帰ってきたことから、無事に”帰る”ことを祈念しているのだそうだ。
    また父の無念を晴らさんと将門の娘五月姫が妖術を得てガマガエルになったという滝夜叉伝説から来ているのかもしれない。





    それほど広くない敷地の探索はあっという間に終わり、僕たちは将門公に別れを告げた。
    とここで不思議な現象が起こった。K女史のスマホがおかしくなったのだ。これからどう移動するか確認するため地図を検索したところ、現在位置が特定出来なくなったのだ。

    地図上に今いる場所がカーソルで示されているのだが、そのカーソルがふらふらと地図上をさまよい固定されないのだ。別に移動しながら使っているわけでもないのに、カーソルは右に左に上に下にとさまよい続ける。

    周りに高いビルがあるからGPSが安定しないのだとその時は自分たちを納得させてみたものの薄気味悪いのは否めない。その怪現象が起こったのはその時だけだったことを考えるとやはりここには何かがあるのかもしれない。





    東京に来たらもう一人あいさつしなくてはいけないと思っていた。四谷怪談で有名なお岩さんだ。こちらも祟りで有名な人だが、実際は真逆の人だったらしい。というわけで我々は四谷を目指して電車に飛び乗ったもちろんPASMOを使って!


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