【再考】現代の、子供を産む理由って何?
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【再考】現代の、子供を産む理由って何?

2018-12-12 11:31
  • 52

 過去記事、「現代の、子供を産む理由って何?」を再考してみることにします。
 上記の記事を簡単に要約すると以下のようになります。
・戦時中の子供を産む理由がイマイチ(著者である僕自身が)分かっていない
・もし自分が女性なら子を産もうとは思わない(行政・企業に利用されるだけ)
・今の時代に子供を産んでも迷惑なだけだからそもそも産むことが間違ってる

 幸せを願って産むという親の切実純粋な祈りが、物心ついたときから裏切られることがあります。「いじめ」です。そして受験戦争や就活戦争、そこからくるマネーゲームという名の就労戦争によるストレスです。結局は争いがあり、武器によって命を残酷に奪い合っては無残に切り刻んだり奴隷にしたり者を物として戦争の道具にするといったことが蔓延ってきた政治体制、そして自由を謳っては多大なる犠牲を払い、そのためにだけ産まされたといっても過言ではない「亡き彼等」、いつか未来が、将来が明るくなると信じて止まずに生き続けてきた大戦後からの生き残り、1次大戦のあとの冷酷極まりないホロコースト、強制収容所によって無残に終わった理想主義としての(ある意味個人主義としての)アンネの日記、そしてそれを終止符として位置付けた核戦争、2次大戦の生き残りが老害という言葉で差別・非難される(逆としてはゆとり、最近の若者は説な)現代、サイバネティックスという言葉が台頭するようになってからは、個人主義と見せかけた全体主義の、新たなる全体主義の始まりを黎明と見せている。そんな中でやはり現代のあなた達は、どこまで行っても個人主義、どこまで行っても自分時は自分ということを相対主義や実存主義の変なところだけをカジって都合よく、それこそオブジェクト指向よろしく物として、道具として使い果たし、使えない(使いこなせない)ならば即刻捨て去ってスルースキルを発動させ、無かったことにする。もしそのオブジェクトたる精神性が復讐心を滾らせてきたとしても、外部システムによるブロック機能に甘えるか、中途半端な優柔不断な偽善によってずっと見守るという名の放任を採る。そしてそうやって捨て去っては都合よく摂取し続けた先にようやく見つけた環境があったならば、そこにずっと都合よく居ついて、自分自身の都合に合わせてカスタマイズしては、他人の意見を全く聞く耳をもつことなく、逆に自分自身の意見を聞いてほしいと言わんばかりの身勝手な主張を行い続ける。そしてそれをお互いに理解している場合は、暗黙のスルーを了解するし、これにて結婚出産にたった場合は、その価値観を子供たちに押し付けるどころか、予め植え付けられる。なぜこうなるかと言えば、刷り込み以前の行動心理学からくる受動的な学習によるところが大きいからだ。

 これが今の現代ならしい。つまるところ要約してみるとこうなる。
嫌なことは忘れ離れて、立ち向かうことを極力避け、無かったことにして蓋をする

 もう一度書こう。これが今の現代ならしいのだ。憂うどころの話ではない。3から5年くらいを平気で惰性に消費して何ら変わってないのがこの世の中の心のサイバネティックスだ。まるで恒常性でもはたらいてるのか?、と錯覚させられるくらいの下らなさである。

 平和というのをどこか勘違いしている人がいる。上記の引用枠のように極力立ち向かうことを避けることはあるだろう、しかしフランス革命などの様々な自由を謳ってきた革命においては、ひたすらに自分たちの理想追及や欲求満足のために活動というのを行ってきた。日本も安保理がーなどのデモ行進、SEALDsのような活動家が現れても、あたかもそういう存在がどのような結末を辿るか分かっていたかのような嘲笑によって、今ではあまり日の目を見ることはなくなっている。秋葉原無差別事件も、あれは見方を少しいじってみれば「個人的な秋葉原革命」だったはずだ。もはやです・ます調で穏やかに言える話ではなくなっている。既に、とっくのとうに口調が変わっていることにはお気づきだろうか?





 「子は宝」と昭和世代の人達はよく言ってきたし、不妊の関係で産みたくても産めない人もいるからそんなことを言うなと言う人もいる。ハッキリ言って前者に関しては論外だ。宝が資本の奴隷になっている時点で察していただきたい。後者に関しては、本気でこの世の中で子を産む必要性があるかどうかをまず考えていただきたい。そこまでして子供を本気で産みたいならば、この世の中はそれに値するほどの幸福と安寧が「期待されるのだろうか?」





 この種の問題、つまり子供を産む必要性に関する問題は、一概な画像の切り抜きのように答を出した気になってもらっては困るんです。一貫して強い論理が発見されたとしても、それが運用されていく頃には人々の順応や適応が既にモチベーションやインセンティブという言葉でなくして、受動、パッシブ、アイドル状態という言葉で象られていることになるでしょう。





 現代の若者はこう主張する。「お前に俺の人生の何が分かる?」「俺だって苦労してきたんだ、でもどうせ自己責任論、上には上がいるのと同様、下には下がいるから文句言えないんだろう?」

 全く持ってその通りである。そうやって殻に閉じこもって個人主義の空気をひたすらに醸し出してきた個人個人の責任は、誰もとろうとしないし、とらされていることにも気づかされていないのだから。そして何より、生きる意味を確立させず、教育によって押し付けられ、機関の赴くままに生かされては、自分自身の生きる意味をようやく見つけたと思うようにさせられ、結局は他の人と変わらないパターンな生き方しかしていないのにもかかわらず、「それでもよい!」などとほざき切って、あたかもそれを自分自身のオリジナルな生き方として摂取し、他者を巻き込むようになる。これが社会的な人間精神環境汚染、精神の公害問題であることを、誰一人として理解していないかの如く、びっくりするぐらい、老若男女問わず、同じ生き方というのをしている人が大多数である。これは僕の実地経験にも基づくが、メディアがそうさせているという動向から、そういうパターンや傾向を生み出そうとする一つの目的意識の問題にも絡んでくる。




監視型社会における子供を産む理由について

 監視型社会というよりも管理型社会の方が生易しいのであるが、結局は監視に行き着くので監視型社会という言葉を用いることにする。


 さて、「個人的な○○革命」という言葉よろしく、個人主義社会がますます拍車をかけているこの世の中で、まるで素粒子物理や素語理論といった、還元主義よろしく、極限まで分解し切ってその構造を把握すれば全体に寄与せんといわんばかりの認識構造に立脚していることはお気づきだろうか? これによって歴史的な全体の動向が如実に個人レベルに圧縮されて押し付けられていることにもお気づきであろうか? これは巷の社会学の論文よりは、あなた方の経験に基づいた方がシックリくるだろう。詳しく知りたければ自分の言葉でググることをお勧めする。

 このような繰り込み式の相似型として、なぜこのような同期現象が起こり得るのかはサイバネティックスの専門家にお任せするとして、そのようなフィードバックの方向に僕の主張したいところの主張木(ステートメントツリー)のような木構造を作ろうとは思っていない。寧ろ本論は以下の通りである。
なぜ子供に生きる意味を早くに与えなかったのか、否、与えてこなかったのか?

 人生の目的は人それぞれと言って雲隠れさせようと必死に生の目的を擁護せんかのように主張してくる人がいる。実のところそういう人達にとってはこの種の問題は扱いたくない面倒な問題なのだ。なぜなら結局は人それぞれと言って分からないままにしておきたいらしいのだから。

 ハッキリ言おう、「人生観は自分自身を動かすためのコマンドであり、コントローラーであり、夢や理想はそのためのインタフェースに過ぎない」

 したがって、次のような生きる意味が導かれる。
アートを創る。創り続け、作り、造ること、そして継承していく楽しさを伝える。
 
 実にシンプルだが、実践的な生き方は以下の通りである。
天使であること。天使であり続けること。厳しくでなく、優しくあり続けること。
 常に優しくあり続けることは無理かもしれない。しかしそれでも為さねばならない。優しくあることは義務であると言っても過言ではない(哲学者アランが「幸福は義務である」と主張していた真意がおそらくココにあると僕は考えている)

 以上が僕の二通りの生きる意味兼目的である。人生は一生が勉強たるゆえんである。

 


 つまり、僕の主張せんことは以下に収まる。
子を産むなら生きる意味を与えなさい。そしてそれを自身の背中で学ばせなさい。


 以上が、現代の、子供を産む理由となろうか。数年前に比べて僕は子供は産んだ方がよいと考えるように至った。この話はまた、気が向いたら記事にするとしよう。

 それではまたどこかで、会えたなら。


【余談】
 オイラーは26歳にして13人も子供がいたそうな(いやはや羨ましい。彼こそ現代における愛されるべき父親像ではなかろうか)


【追記】 
 記事の途中に
監視型社会における子供を産む理由について」
 という副題を設けてみたのだが、時間が足りなかったので後回しにすることにしました。





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他42件のコメントを表示
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文が滅茶苦茶で何が言いたいのかサッパリ分からなかったが、主題の子どもを産む理由について言及すれば、そんなものはないと思う。他の方が仰られている様にただの本能。
ただ個人的にはこんな腐った世の中に産み落とす訳だし、その理由も結局親のエゴになっちゃうから、産もうと考えてる人はちゃんと責任取れるのかいったん考えてみるといいかもね。
12ヶ月前
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こういう人って自分が生まれてきたことや今生きていることやこういう文章書くことになんか強烈な理由があるんかね?w
12ヶ月前
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ひとが子を作る理由は、「これまでに味わった愛を繰り返したいという願望」もあるように思われます。希望として輝かしく見えるこれ、あるいは子供が、現実的な障害に対して盲目の態度をとらせるのかもしれません。あるいは、その明るい感情の裏返しに、生きることのあらゆる苦痛を(子に向けても、親としての自分に向けても)反復させるような願望がある気もします。どちらもエゴに回収されるものではありますが。

私は子を持っていませんが、同じ苦しみを歩く自分の子いたとして、その姿に奇妙な高揚を覚えます。ただ実際にその場に立ち向かえばやはり、自分もまたたいへん苦しむことになることも明白です。
興味深いお話でした。

12ヶ月前
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生きる意味なんて与えられなくていい。
他人に与えられた意味なんて、邪魔なだけ。
自分にとっての意味は自分で勝手に作ればいい。
12ヶ月前
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書いた人、高校生くらいですか?
12ヶ月前
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痛い
12ヶ月前
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うんち出そう
12ヶ月前
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黒歴史の小説なら書いたことあるけど、ポエムってのは書いたことないなぁ
12ヶ月前
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 真面目に子供を産む理由を問わないまま、現代生きてけるわけないでしょ。
 社会経験積んでる人なら尚更わかることでしょうに。自分の欲求不満のぶつけ方も知らない社会人もどきが偉そうに。
 さ、朝の仕事はテキパキこなして、今日の昼食のメニュー想像しながら頑張りましょ!
12ヶ月前
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営業メールの一つも打った経験ないだろ?
改行くらい使い分け出来ないのかね。
改行は使いこなせないくせに、文頭にスペース入れるから、
読みにくい読みにくい。

日頃から小説書いてるんだろ?だから文頭にスペース入れちゃうんだよ。
で、知識(語彙)もラノベからの受け売り垂れ流し。
12ヶ月前
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