循環型・シナジー・監視型社会 プライバシーの生態
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循環型・シナジー・監視型社会 プライバシーの生態

2019-01-16 20:42

     詳細なことはたかだかこの1記事では扱い切れない内容なので、大事なことだけ要約がてらに適当に書きます。

     僕の持論かどうかは置いときますが、確実にタイトルに書いた循環型・シナジーは監視型社会を形成し、そこからプライバシーのあり方ならぬプライバシーの生態を「一人ひとりが」捉えなければならない最重要課題になっていきます。なぜなら、人類が望もうが望まなかろうが、今までの相関関係にとどまってたのが因果関係になったり、その逆にしようと躍起になったりする過程で必然的な循環型ループを形成していくことになり、そこでシナジーという組み合わせを効率化することによって、より円滑な監視型社会が生まれるからです。誰の手によってとかではなく、そういう流れは人類全体(僕もあなたも例外なく含む)が結託してやってることなので、問題になってくるのは、誰が監視型の役割を担うのか、そしてそのための知識と倫理、道徳はどの存在者(書き方をここで濁らせてます)によって規定され、感性と感覚さえもが、経験主義を重んじれば重んじるほどに管理されやすくなっていく。愚者は歴史から学ぼうとしない(というか知ろうとしない)というのが、あまりのも分かりやすく体現されていく時代となることでしょう。楽観主義はある意味通りますが、思い通り、期待通りの結果が得られるわけではないことくらいは、今のうちに覚悟しといた方がいいかもしれません。

     期待は裏切られるどころか、もう今じゃその期待や想定さえもが徐々に管理されていくことになるでしょうし、その流れに抗おうにも、もうほぼほぼ必然性を帯びて固まっていくことに最低限気づいていなければなりません。

     宝くじや抽選で個人情報を売らないことは基本中の基本ですが、今のうちに僕含め、あなた方がデータを発していることがどこまで匿名でどこまで特定可能な情報的個人なのか、今一度見直して考え直した方がいいかもしれません。別にインターネットに個人情報をそれほど売らないようにするのが正解とも言い難いのが現実なのですが、要するに、「よりよい生き方」(より善いとは言っていない)を一人ひとりが考えて実現していくこと、これにつきます。一人ひとりが考え、想定でなく、現実にたたき起こす如く実現させること、これが重要なのです。なぜか? 僕達は存在しないとされていることを存在させることができる創造的生き物だからです。単にフィクション書いて世界観を広げるだけでなく、物を作ったり新製品を開発したりなどで、これまで存在しなかったことをありあわせの言葉でどんどん規定して定義する必要が出てきた。そうなったときに、あなた方はどれほどの語彙力によってその言葉に対する寛容と操作性に堪えることができるでしょうか? 冗談抜きで、これからは語彙力が問われる時代です。表現力の土台にもなりますし、固有名詞を覚えたり新たに創り上げて発信させるのにも大いに役立つばかりか、自分自身が占める自分と自分以外のそれらの占有率の指標にもなり得ます。もしかしたら自分自身の塞翁が馬な規則性の発見にも寄与するかもしれません。

     "Never memorize what you can look up in books" はbooksがあるからこそ成り立つ名言であって、実際にそれが無くなる可能性(隠される可能性)があってもおかしくはありません。自動翻訳機ができたからといって翻訳能力の必要性を問う必要性がないですし、むしろ翻訳能力がないとその自動翻訳機の仕組みについての概要を母国語だけで咀嚼して感性に翻訳できないでしょう。

     同様にして、経験と感性について先ほどネガティブに書いてしまいましたが、経験と感性についての考察を自分なりに済ませていない人の方がさらにタチの悪い管理・監視を受ける(と思い込むようになる)ことでしょう。今でさえ巷ではどこどこの国が~とか言ってますが、もうそういうのに振り回されていること自体、未来の世代にとっては滑稽になるでしょう。

     パターンに対してしっかりと考察できるようにしてください。具体的には、いま自分が感じている感性とは何か、そして、なぜしばしば感情が邪魔者扱いされてしまうのか、音楽がなす効用(いい意味でも悪い意味でも)とは何か? 科学的知識が無くても正しい知識を与えるための能力はどこから得られるか? 経験と感性はどこで鬼のように力を発揮し、どこで鬼の胃袋に針を刺される状況になるのか?

     僕はもう社会になにか訴えることは諦めました。ここに来てくれる人向けでいいから、何か自分が書ける範囲のことを書いていこうと思っています。核爆弾も大層な兵器ですが、今の科学ででき得る直接的な兵器は剣・銃・戦艦・戦闘機・サイバーウィルスなどなどありますが、最も間接的でかつ効果的なのは言語とシステムです。そしてこれら間接兵器は人類全体が結託して作り上げているので、誰の責任かなんてレベルでなく、下手したら全く関係ないのに責任を負わされている可能性さえもあるのです。そういうつもりがなくても、事実そうなってしまっているから責任を! あるいは悪意がいい方向へと向かってしまう事実があったりするかもしれません。

     そして何よりも、関わるということがどういうことなのか、ということです。誰かに関わる、コミュニケーションするということは、その人の何かを自分自身が摂取することにつながります。それが言葉を通して、仕事を通して、会議を通して、感染していくウイルスの如く、そして個人主義と相対主義がもたらすニヒリズムによって。

     ゆくゆくは「それは貴方の意見だから」が通用しなくなりますし、嫌でもそうなっていく傾向にあります。新しい全体主義はゆくゆくできあがり、新しい争い方があなたの経験する感性が思う存分に組み合わせ、組み合わされていくことになるでしょう(とはいえ、この現象はもう紀元前とかいうレベルからずっと続いている筈なのですが、現代の技術がより具体的に露わにし、浮き彫りに出すことでしょう)。

     「別に人類って意識の問題や環境の問題にさえ疎いのに、そんな兵器が云々言われてもなー、今のままでよくない?」と思っているうちが平和です。そのまま幸せに暮らせればいいのですが・・・。

     というわけで皆さん、プライバシーについて、どうかご注意を。

     最後に一言残すなら、「あなたが許せる実験と、それに寄与できる組織にだけ、データを」





     それではまたどこかで、会えたなら。



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