アラン「幸福論」名言集①
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アラン「幸福論」名言集①

2014-03-16 12:52
    アラン著「幸福論」から名言だと思うものを抜粋。
    想像力の喚起する病については、治しようがないのだ。不幸な人間は、すばらしい出来事でさえもむなしいことだと一笑に付してしまうから。だから幸福のなかには人の思っている以上に強靭な意志がある。

    「3 悲しみのマリー」
    しあわせだとか、不幸だとかいう理由には価値がないのだ。からだと、からだの働きですべてが決まってくる。

    われわれは大事な仕事から、また有意な道から、書物から、友人たちから生きるすばらしさを少しも見つけていないことを恥ずべきだろう。

    われわれは価値のあるものをよしとしているにもかかわらず、それの探求を絶対法則として課していないのは間違いであろう。

    自分がほんとうに得たいと思うものを欲すること、これは往々にして、人生の極意でもある。

    「4 ノイローゼ」
    深い悲しみはいつも、からだが病んでいることから出てくる。心の悲しみは病気でない限り、やがて平安が訪れる。思ってもみなかったようなかたちで。

    「5 憂鬱」
    体の運動が情念を養っているのである。

    「6 情念について」
    本物の思惟が乗り越えねばならない問題は論理(ロゴス)のそれではない。混乱の残りが思考を美しくする。

    「8 想像力について」
    全力をもって真の叡智をはたらかせて、実際の現在を考えねばならない。悲劇を演じようとしないで。

    「9 想像上の苦痛
    一度不安に駆られると、たとえそれをうまく乗り越えたとしても、自分の腸に炎症を起こさずにはいないのだ。

    少し皮膚の表皮が固くなっただけでも胃や肝臓の痛みと同じほど苦しむことがあるというのは、忍耐にすぐれた勇気を与えてくれる教えではないか。

    「11 医学」
    あえて言い切るならば、思考力によってからだを引っかき、そして直接情念のままに心臓を興奮させ、血液の波をあちこちに押しやることができるのは人間にだけ与えられた危険な特権である。

    われわれは礼儀正しさに救いを求め、ほほ笑む義務を自らに課すのである。だからこそ、無関心な人たちのつき合いがあれほど好まれるのである。

    「12 ほほ笑みたまえ」
    最大の苦痛とはものごとを正しく考えることができないことではないか

    「13 事故」
    人間には勇気がある。たまたまそうだというのではなく、本質においてそうだ。行動することはあえてやることなのだ。考えることはあえてやることなのだ。

    「15 死について」
    いわゆるどうにもならないことをあきらめることよりも、ヴァイオリンを取って演奏する方が早道である。

    「16 心のしぐさ」
    われわれが情念から解放されるのは思考のはたらきによってではない。むしろからだの運動がわれわれを解放するのだ。

    「17 体操」
    あくびをすると、拘束するものであれ解放するものであれ、いっさいの思考が逃げ出してしまう。

    あくびにはどんな危険もない。

    「19 あくびの技術」
    どんな人でもこの世の中に自分よりもおそろしい敵は見つからないのである。

    「20 気分」
    人はおのおの自分の気分を開墾する必要がある。

    ほんとうの人間は、自己を揺り動かし、未来をつくり出すのである。

    「23 巫女の心」
    われわれがあらかじめ知っている、しかもきわめて合理的に知っていることは起きないのだ。ぼくが道路の真ん中にいたら、ぼくはあの車にひかれるだろうが、ぼくはそんなところに立ちどまらない。

    「24 われわれの未来」
    精力的な人たちは、さまざまな相違や多様性を好むことを、ぼくは知った。真の平和は力と力の間にある。

    「26 ヘラクレス」
    想像力のはたらきはすごいものだ。君はもう戦う前から逃げている。自分の手の及ばないところは見ない方がいい。

    自分のあしもとだけをみて、行動を開始したまえ。

    「27 欲すること」
    破産というのは至言である。なぜなら、損失は商人とは切っても切れないものであり、いつも彼を引きつける引力だから。このもう一つの重力を感じないものは、むだ骨を折る。

    「28 人はみな、己が欲するものを得る」
    人間をいとも簡単に殺す出来事も、人間を変えることができない。

    「29 運命について」
    想像力は創り出すものではないと言わねばならない。創り出すのは行動である。

    「30 絶望しないこと」
    ぼくが死後の生を信じないと言ってもほとんど意味がない。それについては、ぼくは何ひとつ考えることができないのだ。

    「31 大草原の中で」
    社会の平和は、人と人との直接の触れ合いやみんなの利益の交錯や直接にことばをかわし合うことから生まれるであろう。

    地域ごとの連合が本物なのである。

    「32 隣人に対する情念」
    ほんとうの礼儀正しさとは、何をなすべきかを感覚的に知ることだ。

    「36 私生活について」
    あれこれ考えても、そこでは知恵など大した意味がない。制度の方が感情を救ってくれるのだ。

    「37 夫婦」
    思考というのは、それほど健全と必ずしもいえぬ一種の遊戯なのである。

    人はその生が豊かになればなるほどそれを失うことを恐れなくなっていく。

    「38 退屈」
    戦争にはおそらく、何か賭け事に似たものがある。戦争が生まれるのは退屈だからだ。戦争をもっとも好む人間はいつも、仕事や心配事のもっとも少ない人たちであることがそのことをあかししている。

    「40 賭け」
    自分からすすんであんなに刻苦する人たちも、強いられた仕事はおそらく好まない。

    「42 行動すること」
    閑暇はあらゆる悪徳の温床である。また同時にそれは、あらゆる徳の温床でもある。

    「43 行動の人」
    有名な山の山頂まで電車で行った人は、登山家と同じ太陽をおがむことはできない。

    「44 ディオゲネス」
    人間がふつう好むのは楽しみではなく、むしろ行動であるのを知らねばならない。

    計算の中では、ほんとうの楽しみはいつも忘れられている。なぜなら、ほんとうの楽しみとは、まず第一に労苦であるから。

    「45 エゴイスト」



    あとがき


    興味を持たれた方はぜひアランの幸福論を手に取ってみてください!

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