アラン「幸福論」名言集②
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アラン「幸福論」名言集②

2014-03-16 12:52
    自分でつくる幸福というのはけっしてだまさない。それは学ぶことだから

    「47 アリストテレス」
    働くことはもっとも楽しいものであり、働くことはまた、もっともつらいものである。

    社会の秩序が乱されるのは、いつも退屈さからだ。また退屈さからくるばかげた行為からである。

    「48 楽しい農夫」
    怠惰なものは「いつかやるだろう」と言うのだ。ほんとうは「今やっているところだ」と言うべきだろう。なぜなら、行動はいつも未来の意味を多く含んでいるから。

    「50 始めている仕事」
    正しい動きによって、われわれは自分自身から遠ざかる。そのことは眼と同じように、精神にも健康をもたらす。

    自分のことなど考えるな。遠くを見るがいい。

    「51 遠くを見よ」
    「われわれが耐えねばならないのは現在だけである。過去も未来もわれわれを押しつぶすことはできない。なぜなら、過去はもう実在しないし、未来はまだ存在しないのだから。」

    「53 短剣の舞」
    われわれは情念によってだまされてしまう

    でもぼくは、このまやかしの光がやがて消え去ることを知っている。

    大げさに言わなければよいのだ。

    「54 大げさな言い方」
    よろこびは権威的ではない、若いがゆえに。

    よろこびが良いものだというばかりでなく公平でなければならない

    「55 泣き言」
    頭痛や目の疲れは辛抱できるもので、長続きもしない

    しかし、絶望はおそろしいものだ。ひとりでにその原因をひどくするから。

    「56 情念のみごとな説得力」
    これが曲者なのだが、悲しみはいつも空高く飛翔するものであって欲しいのだ。

    「57 絶望について」
    よろこびは情念や憎悪を殺すであろう。しかしまず、悲しみはけっして高貴なものでもなければ、美しいものでも有益なものでもないと考えることから始めよう。

    「58 憐れみについて」
    生きるのが困難になればなるほど、人間はよく苦労に耐え、より多くの楽しみを味わうとさえ言ってもいいだろう。なぜなら、単にありえるというだけの不幸まで考えている暇がないからである。

    「59 他人の苦痛」
    モンテスキューのように、「私は一時間の読書でまぎらわすことのできなかった悲しみなどない」と言って赤面するだろう。ほんとうの読書をすれば、本の世界に没頭し、われを忘れるのは明らかなことである。

    「60 慰め」
    よく見たまえ、よく聴きたまえ。死者たちは生きようと欲しているのだ。君のなかで生きようと欲しているのだ。君の生を通して、自分の欲したものがゆたかに展開されることを望んでいるのである。

    「61 死者のための祭儀」
    自分を慰めることに専念しなければならない。淵に身を投げるように不幸のなかにとび込んではならない。本気になってそのことと取り組んだ者は、思っているよりもずっと早く慰められるであろう。

    「62 とんまな人間」
    哲学者とは、どんなことがらにおいても、いちばんぴったりして最も人を元気づける言葉を選ぶこと、すなわち、真理の的を射抜くことのできる人間である。

    「63 雨の中で」
    まず幸福になりたまえ。なぜなら、幸福は平和がもたらす結果ではない。幸福とは平和そのものであるから。 

    「64 興奮」
    どのような恐怖を癒すのも、どのような抑圧的感情を癒すのも、治療法は同じなのだ。ことがらの核心にじかにぶつかって、何が問題なのかを見なければならない。

    「65 エピクトテス」
    どんなに激しい苦痛を受けていても、ただ不幸な者が力を抜いてさえいれば、必ず休息を与えてくれる。

    眠れないと言う人に、ぼくはこう言うことにしている。「死んだ猫のまねをしてごらん」と。

    「66 ストア主義」
    友人をつくることよりも敵をつくり出すことにもっとずっと熱心であるのがふつうである。

    最大の敵はつねに自分自身である。

    「67 汝自らを知れ」
    軍人の徳が戦争をなくすだろう

    どう考えたら、宗教の中で失われているが、救わねばならないものを救うことができるか、わかるであろう。すなわち美しき希望である。

    「68 楽観主義」
    信じなければならない。希望をもたねばならない。そしてほほ笑まねばならない。

    「69 結び目をほどくこと」
    「まちがった臆断をとり除きたまえ。そうすれば君の不幸はなおる。」

    血の気があることはいいことだ。でも、この地球上で勝利を収めた動物は、もっとも怒りっぽい動物ではなかった。

    自分に親切であること、自分の友人となることを学ばねばならない。

    「70 我慢強く」
    流れてきた雲のように、たちまち落ち合った二つの気分のうち、一方の気分がほほ笑みはじめるだけでよいのだ。もし君の方からほほ笑まないとしたら、君はほんとうのばか者である。

    「71 親愛の情」
    ののしりことばはすべて、訳のわからないことばである。そのことをよく理解するとは、悪口には理解すべきどんな意味もないと理解することだ。

    「72 罵詈雑言」
    人生の小さな不幸について、それらを吹聴したり、見せびらかしたり、誇張したりしないことである。他人に対して、また自分に対しても親切であること。他人が生きるのを支えてあげること、自分が生きて行くのも支えてあげること。これこそ、本当の愛徳(シャリテ)である。親切とはよろこびにほかならない。愛(アムール)とはよろこびにほかならない。

    「73 上機嫌」
    ほら、すごい一撃がくるぞ。かわすか、それともまともに受けるかだ

    「74 一つの治療法」
    情念に囚われている人間というのは、そもそも情念について書かれたことを、一言も信じない人たちのことである。

    すべてはほとんど、いかに読むかを知るにある。

    「76 乳への讃歌」
    君の薪を君の穴ぐらの中で朽ちてゆくままにしてはならぬ。

    「77 友情」
    裸の人間は狂気の沙汰である。服装はもう立派な法則である。どんな法則でも服装のように気に入られている。

    「79 儀式」
    ほんとうの力は礼儀作法に反するものではない。それは礼儀作法を引き立てるものである。つまり「力の力」[力の上に加えられた力]である。

    「82 礼儀正しさ」
    礼儀作法とは、身についた物腰であり、ゆとりである。

    優雅な物腰とは、表現と動作の安らかな幸福である。

    「ほんとうの生き方」を考えるとき、これらの美点はけっしておろそかにすべきではない。

    「83 処世術」
    「楽しませるべし」

    推測にすぎないときは、すべてを最もよい方にとってあげたまえ。

    「84 楽しませること」
    ぼくがやろうとしているのは、ギリシャの名医ヒポクラテスの帽子(キャップ)を借りて、その健康法にならって、ほんとうの謙遜を、つまり健康法の妹であり体操と音楽の娘を、描くことだ。

    「85 名医プラトン」
    騎手は怖いと思ってかたくなると、落馬することもよく理解しておけば必ず役に立つ。偉大で強力な策略である一種の無頓着はあるものだ。

    「86 健康を維持する方法」
    幸福とは、報酬など全然求めていなかった者のところに突然やってくる報酬である。

    「87 克服」
    人に考えを強いるな、自由にさせてやりたまえ、怖がるのはやめたまえ。自由な人間は柔和な者で、武器など持たない。

    「88 詩人たち」
    人に幸福をあたえるためには自分自身のうちに幸福をもっていなければならない。

    「89 幸福は徳である」
    幸福になりたいと思って、そのための努力をしなければならない。どっちにころんでもいいという見物人の態度を決めこんで、ただドアを開いて幸福が入れるようにしているだけでは、入ってくるのは悲しみである。

    「90 幸福は気前のいい奴だ」
    ぼくの言いたいのは、不幸に直接見舞われたとき幸福になる方法ではない。

    まあまあ何とかやって行けて、人生の苦しみといったところで、精々、ちょっとした退屈さや、ちょっとした厄介さだけのときに幸福になる方法である。

    各人が灰の上で泣き真似をする代わりに、それぞれの薪を火にくべたら、人間の社会は何とすばらしいものになることだろう!

    「91 幸福になる方法」
    幸福は見た目にも美しいものである。これこそもっとも美しい光景である。

    「92 幸福にならねばならない」
    悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。

    幸福とはすべて、意志と自己克服とによるものである。

    「93 誓わねばならない」



    あとがき


    興味を持たれた方はぜひアランの幸福論を手に取ってみてください!

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