だけのは(21)昔の思い出
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だけのは(21)昔の思い出

2020-04-07 21:00

    突然ですが、ちょっと昔の話をします。

    小学生の頃ですが、私はよく他の生徒と衝突していました。

    自己中だったというのも大きいのですが、言葉の選び方も知らなかったため喧嘩になったりもしました。

    それはそれでいいのですが、顔を合わせるたびに一方的にちょっかいをかけられたり叩かれたりされる事もありました。

    で、それに怒って応戦するのですが、1対1ならともかく複数人相手だとやられっぱなしになる訳なんですね。

    で、騒ぎを聞きつけた教師陣が間に割って入ってくるんですけど、その時に言われたのが

    「仲直りをしよう」

    という言葉と

    「仲直りの握手をしよう」

    という行為を求められました。

    互いに殴り合った後での、

    A「なかなかやるじゃねーか」

    B「お前もな」





    みたいな感じでの拳で語った後のような状態なら、素直に従う事が出来るかもしれないですし、言われるまでも無く「男同士の友情」的なものが生まれるのかもしれません。


    ですが、一方的に攻撃を受けて、その騒ぎを聞きつけて第三者から「仲直りをしよう」と言われたとします。

    攻撃をした方は、ほぼノーダメだと思います。

    ただ、攻撃された方は、身体的にも精神的にもダメージを受けている訳です。

    そのダメージを解消しないままといいますか、憎しみや怒りの感情を発散させないまま「仲直りしよう」というのは、素直に受け入れる事が出来ないんです。

    心の中に黒い感情のようなものが生まれてくすぶっていますから。

    少なくとも私はそうでした。

    なので私は教師に言いました。

    「私は彼に何回も殴られた。一回でいいから、あいつの顔を思いっきりぶん殴らせてくれ。」


    当然ですが拒否され「早く仲直りをするんだ」の一辺倒で、握手せざるを得ない状況になりました。

    先生も揉め事を起こしたくないですからね。

    ただ、黒い感情を抱いたまま握手をしたところで、

    仲良くなれる訳ね―じゃん

    小学校の低学年での話です。

    気持ちの整理も出来る人もいるかもしれませんが、そもそもコントロールできてないから衝突するような精神状態です。

    自分の感情を抑える事など出来る訳がないです。

    握手をしても、嫌悪感や憎悪が余計に大きくなるだけでした。

    何だったんでしょうね?

    握手をすればすべてが解決的な考えって。
    仲良くなったというパフォーマンスが必要だったんですかね?

    そこまでして仲良くしないといけなかったのかな?と、今でも感じています。

    それくらいから私は皆と遊ぶよりも図書館で本を読み漁り、空想の世界に自分の居場所を探すようになったですね。

    よけいに人間関係の構築に苦労するようになったのかもしれないです。

    ちょっとした昔話でした。


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