ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

タカさん のコメント

自意識やプライドを満たすためには他者の存在が不可欠という点は同意です。
学歴や年収や成績や外見や運動その他、何に自意識というかプライドを持つかはともかく、そこには他者との比較がなければ成立しないと思うからです。
「俺だけが俺を認めればいい」タイプの人だとココで完結して解決すると思うのですが、他人から認められるとなるとやはり大変ですよね。

ここから少し意見が違うかもなのですが、認められることを目的とした場合やはり他者に関心を持つことは大変だと思います。
というのも、太宰治や出版社にはおそらく自分を認めることはなく、自意識を満たすために他者から認められたいと思うならばその他者は会話が成立したり目に見える形でないと自意識を満たせないと思うのです、少なくとも自分は。
前回の記事の所さんの言葉にあった、結果的にこうなった、という考え方を前提としない場合やはり出来ない人も多いのでは、と思うわけです。

最後になりますがTwitterでフォローありがとうございました!
昨日フォローしていただいたポケモンに生きる男のアカウントの者です。今後も記事楽しみにしてます。
No.1
71ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
こんにちは、Mistirです! 最近、ニュースアプリのSMARTNEWS読んでると、こんな記事を見つけた。 僕はもうすぐ28歳にもなるのに、自分を特別な人間だと思っている 長い記事だけど、要約すると「 自意識が強い男の話 」。 自伝っぽく書いてるけど、この人の他の記事をじーっと読んでみるとどうも「創作」的な記事が目立つので、その文脈で書かれたものなのかなーと思う。 で、この「自意識」だけどさ。 実は、僕の卒論のテーマだった。ゴリゴリに自意識の強い男を主人公にした、私小説的小説の分析。 ジョルジュ・バタイユの『空の青み』分析です。 なんのこっちゃねん、っていう人はスルーしてください。 あと、僕は高校の頃から大槻ケンヂのファンでした。 ……つまるところ。 僕もまあ、自意識が強い。し、自意識の強い人間に関心がある。 でも、最近の自分は自意識をあまりこじらせてない。少なくとも最近は。 昔は異常なまでにこじらせてました。 自意識をこじらせる ってのはどういう状況かって言うと、これが結構むずかしい。 自分を特別な人間だと思って、それが自他に害を及ぼす程度になったら「こじらせてる」といえるのかもしれない。 なんつーか、度を越して「自分の話しかしない」人間っているでしょ。あくまでも「度を越して」ね。ちなみに、僕の知ってる限り「度を越してる」レベルの人って100人に一人もいないので、このブログをお読みのリア友の方々はご安心ください。誰一人該当していません。 強いて言うなら僕自身かも? ……。 ま、いいや。 ところで、僕は「自意識が強い」なんて当然のことだと思うのだ。 「自意識が強くない」人間は、自意識の代替物を自意識を大事にする以上に大事にしちゃってるだけだと思ってる。 「 正義の味方になるために、自分を捨てちゃった 」ゲームの主人公とかいましたねぇ。余談だけどさ。こんな表情になります。 おお、怖い怖い。 で、この「自意識」、邪魔だ邪魔だと思ってた。言い換えると、「プライド」なんてホント邪魔。足にまとわりつくゴミでしかない。 だってそうでしょ? プライドがあるから、できないことが出てくる。 中島敦の『山月記』 って、要はそういう話ですね。自意識こじらせた結果、努力もクソもできなくなって、虎さんになっちゃう。ガオー。 プライドに、自意識に……架空の存在である「自分」に囚われ、何もできなくなる。 ホントはさ、「自分」なんてもんは存在しないんだよね。「ここで珈琲飲んでる自分」は存在するけど。……あれ、これ以上踏み込むと、議論が哲学じみてくるぞ?? うん、それはやめておこう。 で、 プライド捨てて、自意識も捨てて。その先に何があるんだ? ってことを考えると、それはホントに最近になるまで結論が出なかった気がする。 逆に言えば、最近結論が出たって意味だ。 コミュ障に告ぐ。それってホントにコミュ障? この記事で少し書いたことなんだけどさ。 「他の人に話してもらう」ことなんじゃねーの、って思うようになった。 これを聞いて眉間にしわを寄せた人は、正しい。 僕もこういう言い方をすると、妙に「倫理的に」なってしまうのを危惧している。 「 自分を大事にする前に他人を大事にしましょう 」 ご安心ください、Mistirは小学生相手に押し付けられるような、↑のような文脈の「リンリ」が、 大嫌いです☆ じゃあなんで、「他人に話してもらう」ことが、自分の自意識を捨てた先にあるのか。 それは、 結局自分のことを認めてくれるのって他人だから 。 しかも、ごくごく「普通」の他人だから。 それだけ。 俺だけが俺を認めればいいんだよ!って、ホントにそう強くいられる人間は、もうそれでいいと思う。 でも僕は弱っちい人間なので、褒められたいです。共感を得られたいです。 僕はもうすぐ28歳にもなるのに、自分を特別な人間だと思っている にも書いてたけどさ。確かに、世の中は凡百で凡庸な人間ばかりです。 そうです。当たり前でしょ? 理屈で考えよう。 この世に存在するのが凡百な人間ばかりじゃない特別な人間ばかりならば、その特別な人間が凡百な人間の基準値だ ってことです。 ……禅問答? まあいいや。よく分からないから、分類してみよう。 とりあえず、 1.「俺もみんなも普通」 から始めよう。スタートラインは、ここ。つまり、「 普通」の「俺」を評価してくれるのは、「普通」の「あいつ」です 。 2.「俺は特別だから」 からスタートできる方は、どうぞどうぞ、そこからスタートしてください。 あなたを評価してくれるのは、「凡百な人間」です 。 3.「俺も俺以外の人間もみんな特別?」 ……それって、「自分も自分以外も全員凡百」って言ってるのと同じでは?そうですよね?ってことで、 あなたを評価するのは「凡百な人間」です 。 4.「俺以外全員特別」 なんだと!?それは逆でしょ、もしそんなことが言えるなら逆転してます。「あなただけが特別」なんですよ。2番に戻ってください。 結果的にあなたを評価してくれるのは、「凡百な人間」です 。 ……ってことです。これで全パターンです。これで分かりました? つまりね、 どう解釈しても、アナタを評価してくれるのは「凡百な人間」なんです。 アナタが特別であれ、普通であれ、関係ない。 アナタを褒め称え、アナタを好きでいてくれるのは……凡百な人間、なんです。 ……!? 5.「俺と俺を好きな人間だけが世界でたった特別な二人」 リア充は爆発せい! 冗談はさておき。 ……まあ、ホントのことを言えば 6. 「世の中には特別な人間と特別でない人間がいる。俺はどちらかに属している」 これが一番多いパターンだと思うんだけど、もしも……もしも。 「俺は特別な人間にだけ評価されたい、そして特別な人間に評価される超特別な人間になりたい」 だとするとそれはもう凄すぎる話なんで、こんなブログ読んでるヒマがあったら勝手にやっててください、って感じ。 だからそれ以外の人は、やっぱり「普通の人に評価される」でいいと思うの。スティーブ・ジョブズのアップル製品だって、普通の人に評価されてるわけだしさ。 僕はごくごく普通であり特別な、世界でたった一人の人間だから、普通であり特別な世界でたった一人のあなた方に認められたい。承認されたい。 それは、別に「ナンバーワンにならなくてもいい〜」みたいな話じゃない。 ……最近の小中学生、この曲知ってるのか? 世界に一つだけの花 しょーもない曲だ。 なんでしょーもない、って思っちゃうのか、そういう自分自身の感情の動きもちょっと解せないけど。なんにせよ、あまり好きな曲じゃない。 まあ、多分「何出してもトップになっちゃう」ようなSMAPがこういう曲を歌ってることに傲慢さを感じちゃうとか、そういう細かい問題があるのだろうけど、そんなことはどうでもいいこと。 単純に、なんか「倫理的チック」で嫌いなのだろう。 だから、安心してほしい。 この記事に、倫理はない。あるのは論理だけだ。 論理的に、自意識を満たすため……無くてもいい自意識を満たす、つまり、 自意識について意識せずとも良いような状態になる ためには。 それは、 他人に関心を持つしかない んです。 理屈として、そうなってる。 でもまぁ、「他人に関心を持つ」って難しいですよね。無理してやろうとすると。 でも、 実は大抵の人がやってる んだよね。 例えば、「他人に関心を持てないから太宰治ばっかり読んでました!」 →「太宰治っていう他人に関心あるじゃん」 「現代に生きてる人間には関心を持てません!」 →「太宰治を出版した出版社の人がいるんだよ、この世に」 「人間ではなく、生き物に興味があります」 →「何に興味があるの?」 →「鳥類です!」 →「鳥類って分類を作ったのは、誰?」 結局ね、 全て人間の問題に辿り着く 。もっと言えば、 「他者」の問題に辿り着く 。 『寄生獣』の有名なシーンを思い出した。 僕はこのシーンが大好きだ。何故、今このシーンを思い出したのかはよく分からない。厳密に考えれば分かるけど、別に厳密に考えて理屈をつけなくてもいっか、と思う。 今更ですが。復帰後の「Mistiroom(このブログ)」は以前よりさらに意図的に「ふわっと」書いてます。ズバズバ切り開いていく感じじゃなくて、考えながらその場その場で書いてます。 多分、その中から皆さんがズバッと、僕の記事を叩き斬ってくれることをどこかで期待してるってわけです(全否定されることをされることを期待してるわけではないです)。 そーいえば、吉本隆明氏が「鈍い刀のほうがよく斬れるんだぜ」って言ってました。僕はよく斬れる鈍い刀になりたいです。鋭くなりきれない言い訳だけどね。 ま、そんな感じで今回も「ふわっと」した記事ですが、ふわふわした記事の空間になっている部分は、みなさんが独自に埋めてくれると幸いです。 よろしければ、その「埋めた後「」をコメントで知らせてくれると幸いです。 ではまた次の記事で。
語れることを、語りたい。



異論、反論、同意など、どんどんお気軽にコメントしてください!