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たwきwとwーさん のコメント

楽しいという感情は直感だ。論理では量れないものだと思うよ。
ブラックとか言われても、楽しむ事ができればそれで万々歳だよ。少なくとも自分は。

更新おつかれさまです。
No.1
72ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
こんにちは、Mistirです。 さっきゲーセンから帰ってきました。 いやー、最近もポップンやってるんですが。 なんとか、最近クリアしました。 当分、またクリアできる気がしません。 さて、最近ブログ書かなかったのは、何故か 何も降ってこなかった からなんですよね。 言葉というか、思考がずっと上滑りしてた。 どうも、自分が何を目指せばいいのか分からない。 まあ、ちょっと体調崩したりもあり、なかなか思考がまとまらなかったんですね。 で、 ポップンやってると何故かアイデアじみたものが降ってくる 。 多分、 ポップンやってると何かしらの境地に達してる んでしょう。多分マジで。 あと、ポップン抜きに僕は何も語れません。 ポップンやって初めて「 あ、人間ってどこまででも行けるんだ」 ってことと 「上には上がいるんだ」 ってことに気付きましたからね。マジで。 で、今回ポップンやりながら何を考えたかっつーと。 金払ってでも上達したい娯楽と、金もらってでもやりたくないことの違いってなんだろう? ってこと。 いまいち分からないんだけど、なんで金払ってまで僕はポップンやってるんだ? ついでに言えば、ゲーセンまで行く時間かけてまで。 自分で言うのもなんだけど、こんな無駄な時間ねえぞ? だけど、全然この時間が無駄だと思わないんだよねぇ。 ちょっとだけ逆説的だけどさ。 逆に言えば、ポップンやってるときのような感情を継続させることができれば…… オラ、超人になれるんじゃね? 多分、何やっても上達するぞ。 まあ、多分これは今まで常々言われてきた「ゲームのように人生を楽しむ」とかそういう話になっちゃうのだろう、どうしても。 でもそれじゃあつまらないよなぁ。 いわゆる「強者」……とはいってもマシな方の「強者」が言いそうだ。 「 人生、楽しんだほうがいい 」と。 何故マシな方かっつーと、マシじゃない強者は人生の楽しみを棄てて棄てて棄てて棄てて棄て去ったあとにようやくよし、って言うから。まあ、あまりいないけど。 ちょっと話がそれた。 で、「楽しむ」って間違いなく論理をハズレた感情だから、論理で制御しようと思った瞬間、楽しくなくなるわけだ。 結構前に、僕はこの「楽しむ」って感情を生むためには「待つ」ことが大事だとか、そういう話をしてる。 何やっても楽しくない人へ まあ、だからそこで一度、結論は出ちゃってるわけだけど。 僕も短気だから、できれば待ちたくない。 というか、 待ってるって感覚を「無くしたい」 。わりと、焦っている。あらゆることに。 あらゆることに焦って焦って、結局何もできなくなる……んだよね。 そりゃあ、良くない。 ものごとを上達させるために必要なことって、極限までそぎ落とせば間違いなく二つしか無い。 ・楽しむこと ・継続すること もちろん、「削ぎ落とさねば」もっと色々と語れるだろう。楽しんでる独学の人間と、楽しんでないけど凄い師匠を得た人間と、どちらが上達が速いか?とかね。 でも「とりあえず」上の二つの条件が大事なことに間違いはなさそうだ。 で、継続はなんとでもなる。ぶっちゃけ。継続させるための方法なんて、たくさんの本が出てる。 でも……楽しむために、どうすりゃいい? 実は「楽しむ」を手に入れるための方法ってあまり真剣に語られてなかった気がするんだよなぁ。 「楽しむのは、技術だ」 誰だよこんなこと言い切ったの。 俺だよ! ……で、なんでまたこのテーマでブログ書いたかというと。 ……掴めそう、なんだよなぁ。 普遍的にものごとを楽しむメソッド。 ……掴めそう。 ってことは。 掴めてないんだな、これが。 ……ごめん。 いやー、やっぱ論理にできねえ。 でも、ちょっとだけ掴めた部分を言えば。 「楽しい」って思えるまでに時間がかかるとしたら……。 とりあえず、まずは「楽しい」を感じようとせずに、思考を軽く麻痺させるところから始めたほうがいいんじゃないか、と。 理屈で考えようとしたときに、一瞬スイッチを「オフ」にする。 理屈で考えると、絶対に楽しさは吹っ飛ぶから。 損得勘定でものごとを考えちゃうから。 だから、「スイッチを切る」。 そう、「スイッチを切る」のだ。 この感覚。 で、書きながら「怖いなぁ」とも思ってる。 だってこの考え方、一歩間違えたらブラック企業じゃん。 「今苦しくても、思考のスイッチを切りなさい」。ね。 はっきり言って、ブラック企業的であることを否定出来ない。 それに……絶対に、考えること自体はやめちゃダメだ。 思考のスイッチを切るのは、あくまでも思考をクリアにするためなんだから。 思考にも数パターンあってさ。ぐだぐだと言い訳しちゃうタイプの思考と、明晰にものごとを把握するための思考ってそれぞれあるじゃん? 僕が言ってるのは、とりあえずぐだぐだ言ってくる思考を、その刹那「切る」ことができるんじゃないかって話。 ……って、この辺りが難しいなぁ。 ものごとを明晰に捉えることが足枷になることもあるし。 ああ、この辺り泥沼にハマる前に一度抜けよう。 問題は、どうやって「スイッチを切るか」ってことだ。 ……どうやって切るかって? そうですね。「トレース・オフ」とか言えば…… 無理ですね。うん。 僕も実はわかんねーんだ。 これは言い換えれば「切り替えの早さ」っていう言い古された言い方もできるのかもしれない。 あー、そういえば。 話めっさ変わるけど。 僕、飲み会が好きっちゃ好きなんすけど、さすがにオールとかはあまりしたくない。 でも、会社の人とかに誘われると(余程の用事がない限り)「ハイ行きますッ!」って一瞬で了承しちゃう。 ネットとか見てると「会社の飲みとかマジで嫌」とか言ってる人結構多いよね。 で、僕は飲みが別に嫌いじゃないっていうのはあるけど、一応自分の時間を超大事にする性格なんですよ。 でも、別に「嫌」とかそういう感情を出さずに行動してるなぁって考えたとき…… ああ、そうだ、こういったとき。 「 確かに、そういうときって思考のスイッチ切ってるわ 」って思うんすよ。 損得勘定。「ここで飲み会に行ったら、自分の時間が無くなるぞ!」……そう考えると、断っても、行っても、辛い。 だったらグダグダ言わずに、思考のスイッチ切っちまえ。 ごく一部だけど、やっぱ意図的にやってる。 できてる。 ……うーん、やっぱりブラック企業的だ。自分のやり方は。 ……あ、僕の勤めてるところはブラックじゃないです。はい。決してそういう問題じゃなくて。 ものごとで極限まで上目指すってどうしてもごくごく一部に「黒い」要素が含まれるんじゃないか、とも思わないでもない。 ……まあ、ね。身体だけは壊したらあかんで。 さて。結論に入ろう。 大事なことは、これだけ。 思考停止せず、思考を停止する。 ……思考停止(停止するとは言っていない)。 ……むちゃくちゃだけど、そうと表現するしかないのだ。 いや、もっとシンプルにいこうか。 思考停止せず、負の感情を切る。 ……いや、こう書くと逆にすっげー難しく見えるよなぁ。そんなことできねえって。 じゃあ、もういっそこれでいいや。 心の中でこう呟いてみる。 「 (スイッチを切るためにあなたの好きな厨二詠唱を入れてください) 」と…… ま、要はさ。 結局、何かものごとを楽しむなり、ノリでできるようになるには、ある程度ベースになる実力手に入れないと無理なんだよね。 だから「とにかく」やってみること。 もちろん「とにかく」やりたくなるまで「待つ」のも大事だけど、「待てない」ときには意図的に損得勘定や感情のスイッチを切ってみること。 ……それができるといいよなぁ!(本気でできるようになりたい)。 そういう趣旨のお話でした。 ちなみに、このブログは露骨に「スイッチを切って」書きました。 みなさんの「スイッチの切り方」、よろしければ教えて下さいね。 ……普通、ここ「スイッチの入れ方」聞くよなぁ。「や◯気スイッチ」とかいう広告に思いっきり喧嘩売りながら、今日の記事はここまで。 ではまた次の記事で。 ……考えるな、感じろ(エロス)
語れることを、語りたい。



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