• 春待ちのハウトゥー世界征服の動画を投稿した言い訳

    2018-02-20 11:08

    動画ご視聴ありがとうございます。


    今回こういう形で作品について触れさせて頂くのは、この作品が私が私の為だけに作ったものだからです。
    だったら投稿すんなよ、とかタグなしとか、コミュ限とかそういうのも分かるんですが、
    この動画は作って普通に投稿させてもらうところまで含めて私のワガママな動画でした。


    創作のお話にはなっても解説の話にはならないし、多分どちらかというと「私」の話になるので見る必要のない文章になります。


    ともかくご視聴ありがとうございます。


    動画を見てくださった方にお礼を言ったり、感謝したり、そんな自己満足動画を懺悔するのはここまでです。

    なのでこの動画に意味とか、解釈とか正解は私の中にしかないし、分からないと思います。
    創作品としたら失格です。
    なので見ていただけるのはすごく嬉しいですが、懺悔したくなるんです。


    なのでここから下は、特に読まないで欲しい様な…でも自己満足を投稿した一人の創作をやる人として言い訳というか、どうしても投稿しなくちゃいけなかった個人の理由です。





    ――――――――

    餅丼を振り返り解体するお話(出任せ

    もう三年前になるんですかね、露誕という合作を主催させていただいたのに投稿前に入院という形で全て放棄してしまったのは。
    そんな無責任な主催にも関わらず無事投稿させていただいて、そこまで続けてくださった合作の参加者様には今は本当に感謝の言葉しか浮かび ません。
    ありがとうございました。
    きっかけは声をおかけした私でも、自分の作品と皆様の気持ち、そして誕生日を祝いたい、最後はそんな思いで、投稿までしていただけたのだと思ってます。
    でもそれでもありがたく、ありがとうです。

    その後に退院を経て、私は私と向き合う時間をいっぱい過ごしました。
    無責任に主催を投げてしまった事、そうなった理由、そんなその頃の身近なことから、生まれてから今までのそしてその時の私を何度も見て、
    考えて、知ろうとして、時に上滑りや逃げ回ったりしながら、私を見続けてきました。
    三年をその時間に当てても、やっぱり自分の全てを理解するのは難しくて、本当に私というものは面倒くさいと実感してます。
    それでも三年前……もっと言うなら十年以上前から立ち止まったまま、どこに進めばいいのか渡らなかった状態から、今は歩き出してるんだって思えたから、それを日記とか自分だけの中でなく作品としての記憶を残したかったんだと思います。
    多分こうして歩き出しても、転んで立ち上がらなくちゃいけなくなった時に、立ち上がる為のものになるはずだから。

    作中に歌詞とは別に入れさせていただいた文字も私の為で、普通の画面では多分読めないんじゃないかと思ってます。
    ちなみに1920×1080のサイズで作ってるのでその位のモニターをお持ちでいたら充分全画面で耐えられる動画でもありますw
    見てみてくださいとは敢えて言いませんが、勇気ある方はどうぞ。

    どうやら普通の人と少し違った脳みそはポンコツで、それが私なんだって認めて受け入れるのはすごく簡単でした。
    そうだって思った方が楽だったんだと思います。
    だから出来ない事、分からない事、それを分かって貰えない事をそのせいに出来るので。
    それはただ過去を楽にしてくれても、自己嫌悪を持ってきました。
    初めは良いトコも悪いトコも、自分がそう思ってるだけの事で、とにかく全部の私が私だと認めるところから始まりました。
    自分で嫌いなところ、譲れないところ、それを真正面からそれが私で、私はそれだけでもなくてとにかく全部が私なんだと。
    どれか一つでもかけたらいけないもので、良いとことか、悪いとことか、長所だとか、短所だとか、そんな評価は後回しで、とにかく全てが私であって、どれも必要なものだと認めること。
    一年もかからずそれは出来たと思います。でも面倒くさい奴だと自覚し始めたのもその頃で、認めて受け入れても自分が分からない、そんな時間がそれから続きました。
    特定の病名をもらって十年以上でしたが、実際自分でもその病名通りの症状を感じた経験はなく、入院をきっかけにその病名とはさよならをして、その時の私の状態を作った本当のきっかけは他人とすこしだけ構造のちがうらしい脳みそになりました。
    実際外科的に検査はしていないので、真実かは不明と言えば不明です。
    ただ成人してからその生まれつきの脳みそをそれだと、診断が下るのは難しいとネットでは言われてましたが私の場合はころっと診断されました。
    主治医が変わって2年目だったこともあり、その病院とも付き合いも十年は超えてて、その中にはそうじゃないかと思っていた方も多かったのかと思います。
    ただそれが全てではなく、言ってしまえば【障害】という区分にされるものでも、【障害】にならない人もいるし、【障害】となってしまっても同じ名前を抱えようとその【障害】は誰とも同じではない様な本当に面倒くさいものだと思います。
    あえて名前は言いませんが、とりあえず今の【障害】の基準だけお話すると、その人が生活をしていく上で困る事が【障害】です。身体も知的も精神もそれは同じです。つまり生活していく上で困らなければ【障害】にはならないと私は思ってます。
    私のそれは生まれつきで今までの人生で生きづらさを助長してきたので【障害】だと私は認識してますが、同じ構造の脳みそをしていても困ってなければ【障害】にはならないし、そもそも病院にすらいかないだろうから、そういう脳みそだって周りの知識から思っても診断を必要とはしないだろうと思います。
    面倒くさいと思いだしたのはその【障害】がきっかけでも生きづらいのはそれがきっかけでしかなく、全部私の行動して感じて生活してきた中にあり、所詮きっかけにしか過ぎないものの所為にしきれるほど器用ではなかったからかもしれません。
    それなりに歳は食っているのでその時間を生きて、その時間を不幸に聞こえるように話す事も幸運に話す事も出来ます。
    一方的に被害者として語ることも、自己嫌悪にまみれて加害者だったと語る事も可能なそんな生活が長い私の生きてきた時間でした。
    2年目位からは生きてる事の辛さ、生活のしづらさ、どうやらそれは人よりも強く感じているらしいと思い、とにかく楽に、少しでも楽に……生きていかなくちゃいけないならそうしたいとそればかりでした。

    「自己肯定感」の低さ「自己評価」の低さ、そこを改善して下さろうと病院のスタッフが関わってくださっても、面倒くさい私には逆効果だったり、自分でも投げ出したくなる自分の面倒くささにずっと関わり続けてくれた病院の方々には感謝しています。それが仕事だとしても関係なく私は嬉しいし感謝してるんです。その病院みたいなところで外科的な治療は少ないし、怪我みたいに治ったのかも分かりにくいところで、その方がどれだけ仕事をしているか、書類や記録では残せないものが沢山あると私は思ってます。
    その中で関わり続けてくれた方は、そんな仕事として自身が評価されるとかしなくてはの範疇を度外視して仕事をされている方たちだと思ってて、そういう仕事のできる方は実は以外に少ないと知ってしまったので、その人達と出会えた事は私の自慢でもあります。

    私は自分の生きる道が辛いとしても、人との出会いには酷く恵まれていると思ってます。それは過去形でもあり過去形にしていきたいという思いのあるところですが、感謝をしてる事、出会った人と会えた喜びは変わりません。
    もうダメだって勝手に諦めてしまいそうな時、その時は気づかなくても手を差し伸べてくれる人との出会いが必ずありました。
    その方ともう一生会わないだろう可能性が高くても、その人の存在は私の中でずっと支えで有り続けます。
    そんな方と何人も出会えました。それはともう幸運で、本当に自慢です。
    確かに嫌だなと後で思ってしまう出会いもあったし、そこで傷ついたりもしたけれど、必ずその後でその傷を治す手助けをして下さる方との出会いがありました。
    それがどれだけ幸せな事かは分かっているのに、その縁をずっと私は「幸運」と思い、私自身と関係ないところで恵まれている幸せものだと、だから自慢出来てました。
    例えその縁を人に対して感覚が過敏な私が掴むチャンスを逃さなかったとしても、それが「私」の中での何かではなく、偶然のような「幸運」だとだから自慢できて、生きづらい私に神様が(あんま神様信じてないけど)くれたものだとか思ってたんです。


    自分の良いところ、悪いところ、長所、短所、それらをとりあえず横において自分を知ろうとしてたのは、経験上それらは簡単に反対にひっくり返るものだと知っていたからです。
    ほら履歴書に長所も短所も書き方を変えるだけで同じ事を書くというテクニックがあるじゃないですか、それは嘘でもズルでもなく人と違うところはいつだって簡単に良いところになったり、悪いところになったりするもんだと思います。
    なのでそれが他人から見て長所だとしても、私が今までの人生を苦しめてきたものならば、私は簡単に長所だと思えない。
    でも長所にできるものだとは知らなくてはいけない。
    それを長所にするか短所にするか悪い癖にするか、それは自分を全部知ってからって思ってました。
    特に面倒くさいという中に自分でそう感じたり、思ったりしないと理屈として理解でき頷けても、実際に自分が納得できないという性格があるので、全部を私は私の中で私が決めなくちゃいけませんでした。
    診断が代わり薬の調整で、頭の中が整理されていくに連れて、心にゆとりが出来たのか、そもそも整理さえれてない状態が酷すぎたのか、自分の中の歪みも見えてきました。
    自分でも自覚もあってなくしたいと思っていた発作的な承認欲求の原因も、他人に優しくしたい理由も、それ自体は悪くない事でもその歪みを直さなければいい結果はではしないと、歪みに気づいた時点でもうないものでしたが理解しました。
    ストレスって奴はその歪みをすぐに引き寄せます。例え私みたいに元々なにかの要因がなくても、視界や思考を狭める事があると思います。そんな時にその歪みは、視界を歪めたり思考を歪めたり感情を歪めたり、そうやって歪んだ状態はその人の普段ではありえない行動や思考、発言 をさせてしまったりすると思ってます。
    普段はイライラしないけどストレスが溜まってるとイライラしてしまうとか、そんな身近な体験の中にその歪みはいたりするんです。
    大抵の人はストレス環境から離れれば歪みもなくなって、あの時は疲れてたなぁとかで済むことです。
    ただ私の歪みは薬で正常に働く前の頭で生きた年数をかけて歪んできたものだたりで、根が深くその事に気づけない期間には他人をも巻き込んでしまっていました。
    新しく出会ったお薬は初めて薬の効果を実感出来る薬でもあり、初めて大抵の人の思考を知ることが出来た薬でもあります。
    なるほどなぁ……と効果を感じた時は思ったりもしました、私が出来ない事が当たり前のように出来る事は、当たり前だったんだぁ……みたいな。
    それだけ薬と出会う前の脳内は仕事してなかったんです。それまでの過去をそれでも自分とは切り離せないし、そのせいに出来るような性格でもないので、ゆっくり過去に絡まったままの糸を解す作業は始まりました。
    歪んだ状態で起きた出来事に、違う視界で振り返ると色々見えてきたり、頭を抱えて埋まってしまいたくなるような気持ちになったり、新しい怒りが湧いたり、心というか頭だけは忙しかったです。
    指摘されていて直そうと思って直せたのは、自分の感じた事のを否定する事。
    どうやら私は普通なら2、3しか感じなかったら思わなかったり考えたりしないことに100くらいそれをしてしまうらしく、とにかく自分のフィルターとやらの薄さを自覚しました。
    例えば誰かの発言に怒りを覚えた時に、怒りを持つ事を否定するのが私の感情処理だったのですが、それは処理出来た気になっただけにしか過ぎないんだと、気づかせてくださった方がいます。
    フィルターの薄さは、怒りを感じた本当の理由を見失わせてくれたりもして、便利ではあるのですがでもその時に怒りが沸いたのは私の中で本当に起きたことで傷ついたから沸いた怒りだったのに、100の情報が相手の弁護もするし自分の行動の問題を持ってくるので怒りを覚える事は間違えてると考えられる材料を沢山用意してくれるんです。
    そうしてお膳立てされた脳内で怒るのはおかしいと答えを出すのは楽な方法でした。
    でもその怒りは【傷ついた】事から生じたもので、その傷は怒りが間違いになった時点で無かった事になります。
    怒りがわいた事は間違いなくあった私の感情で、それを否定し収めたとしてついた傷は無かった事になっても傷はあったんです。
    でも無かった事になってるのでその傷は見えてはいけない。
    過去から今までそうやって無かった事になった傷と向き合うことにそこからはなりました。
    10年以上前についた傷はきっと放置されて、酷い事になってたでしょうね……膿んで痛みすら麻痺するような……見るのに眉をしかめたくなるような。
    でも心の中の傷って体とは違うんだと思ったのは、傷に気が付けば治すのは体の傷が治るのなんか目じゃない速度で治ったりするんです。
    そういやって治った傷はそれこそ無かった事に出来るくらい傷跡も残らなかったから自分でも面白いなって思いました。
    ただ厄介な傷も何個かあって、自分でつけた傷、とでもいえばいいんですかね。
    人との関係で人から傷つけられた傷は、時間と新しい出会いがあれば比較的治りやすい印象なのですが、そういう自分でつけた傷見たいなのは時間も、人との出会いも治す手助けはしてくれなかったです。
    そういう傷はまだ自覚してないところも含めまだたくさん抱えてるのですが、なんとなく最近思うのは実は「傷」自体がないのでは?という思いです。
    傷がないのに治すことは出来ないから、治らなくて当たり前だし、多分それは勝手に傷にしてる私の気持ちでしかないのかも。

    そうやって三年間自分を知ろうと向きあって、時に歴史のせいとか社会のせいみたいな事を言ったり、でも結局苦しいのは私でそのせいにして楽になるならそれでも良かったとは思うんですが、私は全部私の中の原因と決着をつけないとダメでした。
    私の中の問題に私が答えを出す、時に答えの出せない事もあると、気づきながら私の問題を私が解決してきたんです。

    三年前の退院後薬の効果があってもどれだけ手助けする人が居ても、私は生きてなかったのかもしれないんです。
    最近ね、生きてる時間を感じるから余計にそう思ってしまう。
    イメージに過ぎないんですが私というものを限界まで削ったところに何かコアみたいなものがあって、それが今まで死んでたのか止まってたのか動かなかったのか、それが最近動いてることを感じると生きてるって思うんです。
    死にたいわけじゃないし、生きてるからしょうがないから生き続けてる、そうじゃなくて生きてるから生き続けたいと思える時間。

    基本的に楽観主義でポジティブを体現したかのような性格なんですが、そんな性格でもこの苦しみが死ぬまで続くと思うと生きてるの嫌だなぁとか思ってました。でも自殺願望があるわけでもないし。
    それでも前に進まなくちゃと思っても一歩目の場所も分かんなくて、これは一歩を踏み出すことが人生の課題ではなんて思ったりもしてました 。


    この動画を投稿した日に気づいたんです。
    あ、私もう歩き出してるわってw
    一歩目を踏み出せそうでもやっぱりビビったっり怖気づいたりとかしてたのに、もう歩いてんじゃんwwwってなりました。


    三年前まで私は私が作り上げた歪んだ世界で生きてそれしかないと思い込んでました。
    三年前から世界はもっと違う形なのかもと私と向き合いだして、自分を知ろうと足掻いてました。
    そして三年後の今歩き出してた。


    それはこれから生きていく時間に苦しのが続くことを辛いと思わなくなった事であり、あれだけ楽になりたいと思ってたのにとっくにあの頃より楽に呼吸をしてたってことでもあって、世界が変わっていったという事でもあるんだと。
    でも世界は、社会は、周りは何も変わってはなくて、変わったのは私の中の思い込みや決めつけがすこし緩んだだけの事。
    頑固なのも面倒くさいところも健在だけど、少し緩めてもいいと思えるところがいくつも増えたから、世界は息をしやすい場所になりました。
    ならば世界とは自分だと、くさいなぁと思いながら考えて、なら世界征服ってのは自分をきっちり把握してコントロールすることかなってなったんです。

    持って生まれた【障害】が人より優れてるところを作っても、劣っているところを作っても多分私はそれを【障害】を理由に出来ない。
    今まで私は自分で考えて決めて行動してきたし、これからもそうだけどその私のなかに【障害】はあっても、それを含めて私には違いなくてその一部を何かの理由にはならないから、【障害】はあってもなくても関係ないものだし、ただそれがあると知っていないと自分を把握できないから無かった事にはならないけれど、いつだってその時の最善だって思えることをしたい。
    それが後から後悔したくなる結果をだしても、その時そうしてなければ後悔すらできない。
    何もしなかった後悔は大嫌いなので、やっぱりそういう私はずっと変わってないし、変われないと思う。
    でも後悔もただ悔やむためにしたくないし、次があったらその反省を生かしたい。
    バイタリティーは溢れてるはずだから、めげないと信じて。


    変われないところを変えようとしたって無理ならば、少し幅を持たせればいいと知った。
    出来ないことは他の事でカバーする方が私には向いてると思えた。
    そうやってやっぱりちょっとだけ起きた私の中の変化は世界を優しくしてくれたから。
    でも一人だったら出来なかったから。


    人に恵まれてると自慢できたのはそれが私の力じゃないって思い込んでたからだけど、もしそうじゃないならそれほど嬉しい事も誇れる事もないと思う。自慢なんて出来なくなるけど人との縁はなんであれ大切だって譲れない私が居たからまだ居続けるだろうから、もしそうなら……


    【自己評価】とか【自己価値】なんてどうでも良くなるくらいの事だったんです。



    長所と短所が見方を変えたら反転するように縁も、良い・悪い、は簡単に変わるかも知れない。
    なら良いとか悪いとか所詮自分の見方でしかないものに拘るなんてバカバカしいから、人との縁はいつだって大切なものだとそう思ってる自分は自分と矛盾してないと思った日でした。
    いつか……どれだけ時間がかかっても、もしそうならいいな、じゃなくて、その縁を私が私だから感謝出来る出会いにしたいって、今は思ってます。


    私には分かりやすい【障害】があったけど、誰だって理不尽で不公平な世界で生きてると思うんです。
    それを嘆いて愚痴って楽になるなら、それでいいんだと思うんです。
    その愚痴が他人を傷つけてもその人には必要な愚痴だったのだから。
    でも傷つけたとしたらいつかその咎は来るかもしれない。
    でもそれごと抱え込める人なのだろうと思います。


    でも嘆いても愚痴っても責任転嫁しても自己嫌悪しても苦しい世界は変わらない事がある。
    その世界を変えるのはきっと誰かとの出会いだと思います。
    でもそこから変わるのは自分だし、その過程が楽しい事じゃないかもしれない。
    ただそこまで苦しい世界にいる人は、その過程がどれだけ苦しくても乗り越えるでしょう。
    それだけ今の世界はその人に苦しいのだから、そのきっかけを運んでくる人を間違わないように逃さないようにいつだって他人は自分ではないから、無責任で分からない存在だけど、自分を否定し続けると大切な人の否定に繋がるように、自分ではない他人はとっても大切なのは誰だっていつだって同じだと、そう思うんです。


    そうですね、そんな自分の歩いてるぞ!クララが立った!を記録するする動画ですが、もし息をするのも苦しい世界にいる人がいたら責めるのをやめてじっくり自分を見つめて見て欲しいかな。
    あなたが存在することは何も悪くない、当たり前のことだから。
    そこに価値がある必要もないし、ないから苦しむ必要もない。
    でも苦しい世界を私は私の中で知っていて、耐えるのは限界だったから。

    この動画のメリカみたいな存在がいつか苦しい世界に生きてる人に現れることを強く祈ってます。

                                      餅丼/のど飴リカP



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