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【クッキー☆SS】補欠の大勝負
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【クッキー☆SS】補欠の大勝負

2021-02-14 12:15

    「ショートいくぞ!」
     高校三年の春、俺達は最後の大会に向けて、
    練習に励んでいた。
     私立横浜学園高等学校野球部。
     2001年に共学化され、それと同時に立ち上げられた歴史の浅い部だ。
    甲子園の出場経験は一度もなく、地区大会での敗退が大抵だった。
     部員は全部で二十一名、その内の六名が三年生だ。
     監督は甲子園の出場経験があり、部としてレベルは悪くない。
     四年前に県大会まで行き、ベスト8になり一時期話題になったこともある。
     俺達の世代はそれでここに来ることを決めた奴も二、三人位いる。
     練習もしっかりしているし、悪くない部だ。
    「お前さ、うざいんだよ」
     部活が終わり、各々が帰路に就き始めている時に、
    古川が石川につっかかり始めた。
    「毎日毎日、これ見よがしに筋トレしやがってよ、
    努力アピとかマジにキモイんだよ」
     石川は毎日、筋トレをしている。
     補欠である彼は小学校の頃から野球をしているらしいが、
    お世辞にも野球が上手いとは言えなかった。
    それでも、彼は野球が好きだということはひしひしと伝わってくるし、
    なによりも人柄がすきだ。今日行ったノック練習の時にも、
    彼は必死にボールへ食らいついていた。
     対極的に古川は優秀なスポーツマンだった。
     小学校まではバスケをしていて、関東大会まで行ったことがあるらしい。
     野球は中学校から始め、そっちでもそこそこにいい結果をだしたらしいが、
    学力のない彼はこの高校を選んだ。口癖は「なんで俺が」だ。
     実力は部の中では彼が一等で、チーム内での発言力もあり、
    彼が部の雰囲気を作っていると言ってもいい。
     周りの部員達は彼に逆らえることは出来ず、
    石川に対しての中傷は部の人間ならば、しなくてはならない
    一種の儀式のような立ち位置になってしまっている。
    しなければ、古川から睨まれ、最初は抵抗していた部員も、
    次第に彼に媚始め、今となっては俺以外にしていない者は誰もいない。
    「この時期になって、補欠のくせに腕立て伏せとか、ヤバいだろ」
     彼は人を馬鹿にすることが生きがいなのではないか、
    と思う位、よく人のことを馬鹿にする。
    「じゃあ何してればいいんだよ?」
     石川がドスの効いた声で訊く。
    「ボール拾い、グラウンド整備、備品整理、部員の性処理、
    なんでもあるぞ」
    「なあお前ら、もう止せよ。同じ部に所属している仲間なんだからよ」
    と俺は彼らに声をかけた。
     二人は振り向き、俺の顔を見つめる。
    「お、そうだな。こんな奴と話してると、あずきアイス藍丸の生放送に遅れちまうわ。
    早く帰って宿題しなきゃ」
     古川はリュックを手に取り、足早に去って行った。
    「あいつ、ひどい奴だよな」
     俺は彼が去って行った方向を見つめながら、石川に言う。
     イキリシイタケの囲いにはまともなのがいない。
    「俺が野球が下手なのは事実だよ」
     彼はそう言いながら笑い、古川によって中断させられた居残り練習を
    再開し始めた。
    「以上九名がレギュラーだ」
     大会三か月前、監督から総体の正式なメンバーが伝えれた。
     俺はキャッチャーで古川はピッチャー、
    今まで、キャッチャーをやってきたが、こんな奴の妻役なんて、
    正直やりたくはない。ましてや最後の大会だ。
    優秀なピッチャーだとは理解しているが、気は重い。
    「お前なんか万年補欠だよ、この先ずっと、社会に出てもな」
     古川が石川の前に、取り巻きと共に取り囲んでいる。
     取り巻き連中は、普段は真面目に練習に励むような奴らで、
    古川にほだされたのだろうが、その自己の無さに俺は嫌気がさした。
     きっと奴らは石川のことなんか、どうでもいいと思っているはずなのに、
    自分らよりも強者からの圧力に負け、あっさりと従ったのだろう。
     自分がイエスマンになったことにすら気付かない思考放棄的思考回路。
    古川と同じ位、そんな奴らに激しい嫌悪感が湧き出てくる。
     流石に暴力沙汰になったら不味いと思い、彼らを止めようとする。
     石川に俺を睨んできて、こっちに来るなという意思表示をした。
     数秒、俺達は見つめ合った。
     俺は彼を信じることにし、身を翻して、帰路に就いた。

     次の日、彼らは至って平常で、俺は胸をなでおろす。
    きっと、石川のことだから奴らを説き伏せることに成功したのだろう、
    と思い、その日は特段に練習に打ち込んだ。
     練習が終わり、帰り支度をしている時に、
    ふと石川がいないことに気が付いた。
     彼は練習終わりに。惣菜パンやおにぎりなんかを適当に腹に放り込み、
    それから居残り練習を始めるのがセオリーで、
    その小休憩のような時に、俺はよく彼と野球の話をするから、
    珍しかった。
     彼は昨日、古川とその取り巻きがいた場所につっ立っている。
    「おい、だいじょぶか?」
    と俺は彼に声をかける。
     返事もせずに、目を細めてグラウンドを眺め続ける彼の姿は、
    奇妙だった。
     沈黙を破ったのは、それから一分程度後、
    「やるか」
     ただその一言だけだった。

     最後の大会が始まり、我が校は一回戦、
    二回戦と勝ち進んでいった。
     三回戦も苦戦しながらも勝ち、
    このまま順当にいけるかと思ったが、
    四回戦の相手は昨年ベスト3まで残った強豪校で、
    俺達は敗退を悟った。
     予想通り、試合は惨憺たるもので、
    六回裏の現時点で5-0、絶望的だ。
    「お前らがきちんと守備できてないからだろ!
    クソ! なんで俺が!」
    と古川が吠え、周りの部員は俯く。
    「このままコールド負けか……」
     誰かが呟いた。
    「石川、お前出ろ」
     八回裏、7-0の時に監督は石川に声をかけた。
     周りの人間は驚愕し、古川に至っては思い切り顔をしかめている。
    「監督、なんでですか。こいつなんかに打順回しても意味ないですよ」
     彼は監督に食って掛かった。
    「もうここから勝つのは難しいだろうし、
    最後に努力したご褒美として、華をもたせてやってくれないか?
    いいだろ一年坊主?」
     横を向き次に打つはずだった一年に訊き、
    大丈夫ですと返事が返ってくる。
    「というわけだ、行ってこい石川!」
     彼は立ち上がって、ヘルメットを被り、
    金属バットを手に持った。
    「あの日のリンチのお返しだ」
    と言い、古川の腹に思い切り金属バットを打ち付ける。
     ゲロを吐き出し、その上に顔から倒れこむ。
    「おい! なにしてるんだ!」
     監督は駆け寄り、二人の間に押し入ろうとした。
    すると、石川はベンチを出て、グラウンドに上がった。
     狭く鬱屈としたベンチからひょいと抜け出し、
    サンサンと照る太陽で乾ききった土を踏みにじり、
    ヘルメットを左手で押さえながら青空を仰いだ。
     持っていた金属バットの反射光がチラチラとベンチに入り込み、
    俺は目を細める。
     彼はバッターボックスに立ち、素振りをした。
    「何があったんですか?」
     入れ替わりで三振を取られた後輩がずけずけと訊いてくる。
    「他に訊け、おいお前ら古川の介抱頼む」
     俺はこいつよりも彼の動向の方に興味がある。
     監督は背中をさすり、もう片方の手にはペットボトルの水が
    握り締められている。
    「ボール!」
     石川は捕手を一瞥し、再び前を向き始めた。
    「あいつに何ができる!」
     水を飲み終え、ベンチの外を憎々しげに睨み、
    青ざめた顔には全く似つかわない声を張り上げる。
    「努力の否定は負け組のすることだ」
     古川はペットボトルを地面に叩きつける。
    中身が飛び散り、他の部員は思わず顔を隠す。
    「いいか、俺は努力を否定しいるわけじゃねんだよ。
    ムカつくんだよ、あいつ。少年漫画の主人公じゃあるまいし、
    努力! 友情! 勝利! ってか? 古クセーよ馬鹿」
    「ストライク!」
     石川は一振した。
    「毎日毎日飽きもせず筋トレばっかしてる割にはよ、
    全く実ってねえじゃん、センスないんだよ」
     彼はホームベースの方に、
    冷ややかな視線を送り付け、言う。
    「古川、じゃあもしお前が途方もない夢を見つけ、
    途方もない目標を打ち立てたとして、
    達成のための努力を嘲笑われても、
    文句は言えないよな」
    「ボール!」
    「まずそんな馬鹿な夢、持たねえよ」
     彼はなんだか、あずきアイス藍丸によく似ていた。
     方々に喧嘩を売り、自分に注目を集める。
    けど、発言には責任も、思いも何もない。空っぽだ。
    「ストライク!」
     二振。
     ふと、俺は周りの連中の様子を見てみる。
     誰も彼もが、石川に対して、これっぽっちの敬意も抱いていなかった。
     ただボールがキャッチャーミットに入るその様子を眺めているだけだ。
     バチンと小気味のいい音がベンチに響く。
    彼らは今にも「よしよし、入ってる入ってる」
    とでも言いだし始めそうだった。
     俺は何だか、情けなくてたまらなくなった。
     こんな下らない連中と今まで野球をやってきたこと、
    監督でさえ、そんな表情していることに、
    俺は果てのない虚しさ、悲しさ、やるせなさとを、
    いっしょくたに味わう。
     監督も石川が打つなんて、最初から信じてなかったのだ。
     俺達は石川の絶望的なまでの実績のなさはよく知っている。
     それでも、俺は信じてほしかった。
     彼の最初で最後の大勝負に、眩かんばかりの大金星がつくことを。
    「ボール!」
     一同は同じ感情だったのだろう。
    「お前は無能だ、石川」
     古川は小声で独り言ちる。
     俺は一切が嫌になって仕方がなかった。
     こんな奴らと同じベンチに座るのも嫌だ。
     途方もない努力を嘲笑う、何時の時代も、
    どんな場所でも起き続けていることだ。
    しかし、彼の人柄に二年以上も触れてて、
    なぜ彼に敬意を持たないのか。ゴミくずみたいな気分だ。
     もうこんな奴らを見るのはやめよう。彼も含めて。
     俺はうなだれ、帽子を目一杯深く被り、視界を黒く染め始めた。
    「カキーン!」
    打った。
     顔を上げた。ベンチにいた連中も馬鹿面を引っ提げ、
    顔を上げる。
     奴らの顔を、俺は一生、忘れないと思う。
     金属バットに当たった球は、その距離をぐんぐんと伸ばし、
    文字通り、飛ぶ鳥を落とす勢いで飛んで行った。
     彼は金属バットを放り投げ、スパイクで地面を蹴り始める。
     球はショートの頭上を越えても、勢いは衰えていなかった。
     一塁を踏み切り、二塁へと向かう彼の横顔は素晴らしかった。
     球は高さを落とし始め、外野手は必死に着地点へ走り続けている。
    放物線を描きながら、地面に向かい落ち続ける球をなんとしても
    ミットに放り込もうと前のめりだ。
     二塁を走り抜けた。
     敬意なき視線、リンチ、あずきアイス藍丸。
     彼はそんなものに囚われず、風のように走っている。
     レフトとセンターのちょうそ真ん中辺りに、
    球が落ちた。
     三塁を汚しても、彼は止まらなかった。
    「馬鹿野郎! 止まれ!」
     監督は叫びながら大手を振る。
     ホームへとひた走る彼の顔には「勝負」と
    書いてあった。多分文字より、伝わりやすいと思う。
     レフトの選手は球を握り締め、全身の筋肉を鞭のように
    しならせ、球を放り投げた。
     放たれた球は石川に、ホームに、一気に距離を縮め始める。
    その様子を祈るかのように見つめるレフトの選手、
    傍観者へと成り下がった彼のたたずまいを見て、
    俺はこの白球をめぐる戦いが終わりに近づいていることを悟った。
     石川は腕を大きく振り、走っている。
    「頑張れ!」
     俺は思わず声を張り上げた。
     彼が走り抜けた後には、土煙がもくもくと舞い上がり、
    空に昇っていった。
     キャッチャーは前のめりになり、球を今か今かと待ち構えている。
     球はもう目と鼻の先だ。
     俺は野球の神様に、彼の勝利を祈り始めた。
     レフトの選手と俺、どちらが上かな?
     バックホームと同時に球もキャッチャーミットに深く刺さる。
     審判は審判を下した。
    「セーフ!」
     私立横浜学園高等学校野球部。四回戦、敗退。

    「いらっしゃいませー。お好きな席にどうぞ」
     のれんを潜り、古くなった合皮が張られた椅子に座る。
    「ご注文は?」
    「生と唐揚げ」
     テレビでは巨人対ロッテの試合が行われていた。
     俺はふと、高校時代のチームメイトだった、
    石川のことを思い出した。あの最後の試合、
    ワクワクしたなあ。
     会社で糞みたいなことがあった時にはここでヤケ酒をする。
     入社したその年から始めた、ルーティンみたいなものだ。
     年々来る回数は少なくなっている。
    まあ、成長したんだろうな。
     試合は七回裏4-0、二三塁に走者が二人、
    ロッテはそこそこの劣勢だ。
    「さあ、ここで打者の変更があります。
    田所が石川に変更です」
     俺はボーっとテレビを眺めていたが、その顔と名前が映されたとき、
    思わず立ち上がった。
    「テレビの音量、上げてくれ」
     実況が読み上げる彼の情報を必死に聞きかじり、俺はまた驚いた。
     彼は大学でも野球を続け、
    東芝の社会人野球部からプロ入りしたらしい。
    「いやー、石川選手はかなりの遅咲きの選手であると言えますね」
    「はい、あの年になっても諦めない、強い心根の持ち主です。
    どんなプレイを観せてくれるか、非常に楽しみです」
    「お待たせしました、ご注文の品です」
     俺は酒と料理に目もくれず、テレビを観ていた。
     彼はバッターボックスに立ち、素振りをした。
     面影がある。
     昔の彼を思い出すと共に、古川とあずきアイス藍丸のことも思い出した。
     もしかしたら、あずきアイス藍丸は努力をしていたんじゃないかと、
    十年たった今、そう思い始めた。多方面かたヘイトを買い、自分に注目を集めて、
    クッキー☆に人を呼び込む。
    そんな目的があったんじゃないかと。
     彼女は今何をしているだろうか?
     俺はテレビに映った彼の姿を再び見、
    筋トレに精を出す彼を、逆境に負けまいと踏ん張る彼を、
    鮮やかに脳裏に浮かべる。
    「さあ! 決めてくれるか石川、ここ一番の大勝負だ!」
     アナウンサーが大きな声で言った。


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