独裁国家の民衆は決して不幸ではなかったようだ
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独裁国家の民衆は決して不幸ではなかったようだ

2016-07-25 05:47

    独裁国家のイメージは?弾圧、強制、残酷、抵抗…
    独裁国家といえば、民衆を力づくで言いなりにさせ、強制労働させ、無差別に残酷な仕打ちを行い、民衆はみな悲惨さに抵抗することをうっかりイメージしてしまう。しかし、ナチス政権は選挙で常に民衆の支持を得ていたし、独裁政権は民衆が従順であり続けることで成り立っている。自由のある国から見れば一瞬でも耐えられないような状況が、なぜ安定して維持されているのだろう。

    先日NHKで「独裁者の部屋」というスウェーデンのドキュメンタリーをやっていた。テラスハウス的な集団生活モノだが、設定が奇抜だ。

    「独裁体制にある隔離された施設で8日間生活し、勝者には150万円の賞金が与えられる」という名目で集められた男4女4の8名。しかし、勝ち残る条件は一切明かされていない。

    ルールは3つ。「外出禁止令を守れ」「労働は人生だ」「互いに監視せよ」。朝サイレンとともに起きて朝食をとり、午前中は労働。昼食を挟んで、午後も労働。夕食後、サイレンが鳴れば部屋に戻って外出禁止。ときおり案内人が話をしに来たり、独裁者からの手紙による指示が届く。

    ネタバレ満載のざっくりとした流れ

    ■初日に衣類以外の全てが没収される。物資が不足しているということで、8人で相談して残す生活必需品を選ばされる。不満続出。歯ブラシや薬が残される中、女性陣が化粧品を主張し、トイレットペーパーや寝具が外される。みんなあまり眠れなかったことから、化粧品の選択について参加者間の不満が続出。しかし、これにより物品を取り上げた独裁者への不満が及ばず。

    2日目からは労働を課せられる。クリップを色ごとに仕分ける作業。毒が付着している前提で、手袋とピンセットを使う神経質な作業。馬鹿げている、従うべきではないのではないか、革命を起こすべきだと不満が出る。こんなことはやっていられないと男性が一人退出し脱落。他の参加者はまだ勝ちへのこだわりから労働を続ける。その後、クリップをより多く仕分けた者には報酬にトイレットペーパーが与えられる。しかし、分け合うことは禁止。夕食後、案内人により「誰が次に脱落するか」という話題が振られ、それぞれ次の脱落者の予想や、勝利への自信を語る。しかし、実際には誰も勝利のルールを知らない。

    3日目。簡素な制服が支給され、着替える。馬鹿げた労働を放棄する提案がされる。実際に一人がクリップの仕分けを放棄。その後、これで誰にどんな罰があるのか、どう回避するかを話し合うが、推測できるほどの情報がない。結局今は考えたくないと先送りする。午後には反抗した一人が忽然と姿を消す。消えたのか、消されたのか。独裁者への不満を口にしつつも、自分たちが残ったことを重要視し、むしろ労働に没頭する。その後、労働の成果を褒め称える文章とともに寝具が与えられ、一同大喜び。不満を忘れ、今日は良い日、ライバルが減って有利になったという話題に。

    4日目。指示がなくとも自然と労働へ向かう。仕分けの瓶の名札が、名前から番号になっている。人格を奪われると不安になる参加者。一人の女性が、部屋に嫌いなクリップが落ちていて、誰かに嫌がらせをされているのではと神経質になる。また、移民の黒人女性の参加者が、人種差別についてどう思うかという議論を持ち出し、前述の女性とちょっとした口論になる。しかし、夕食時には閉塞的な環境を乗りきるために結束の重要性が語られる。また2人目が消えたことで、全員が同じ行動をしてはみ出さなくなったことが語られる。

    5日目。ドアも含め名前が無くなり全て番号になる。ベルトが支給されるとともに「制服は全員が誇りをもって着用すること」という手紙。それを読んだだけで、ボタンをしっかり留めるなど、着方を揃え始める一同。昼食のとき、「ここを出たらやりたいこと」を語っていると、高校生参加者が何か思い出したのか、この生活に耐えられないと脱落。これにより、ドアの外の世界を忘れかけていたこと、今の環境が悲惨なことを意識するも、今残っている人と過ごす時間には幸せを感じる様子。

    6日目。残った全員に、現状の生活に関するアンケートが行われる。正直に不満を答える者と、独裁者に気に入られるよう満足と答える者が出る。不満を漏らした者の棚に、赤いシールが貼られる。4日目に口論になった女性二人が再び口論。片方が差別的だと思われ孤立する。黒人参加者が以前住んでいた国で親族に犠牲が出た話などをし、理解し合おうと試みる。全員がギクシャクしたことで、グループ全体の労働生産性が下がる。しかし労働後、報酬として豪華なケーキが提供されたことで喜びの声。「団結は最大の力だ、明日は大切な日になる」という手紙が添えられる。

    7日目。まだ一同にわだかまりが残る中、労働へ。独裁者からの手紙に「チーム11の諸君」という書き出し。そこから、他のチームがいる、競っているのだと想像する一同。まだ見ぬライバルへの競争心が掻き立てられる。日に日に激しくなっていた口論が収まり、団結する。午後の手紙に「チーム11=65357 チーム12=68424」という数字が書かれている。この数字が仕分けたクリップの量だと想像し、他のチームが実在し、それに負けているという不安感が高まり、さらに労働に没頭。悲惨な状況こそ歌が必要と、いつの間にかクリップ労働の歌を作って楽しそうに歌う。再び「明日は大切な日」という文言の手紙。夕食時に口論していた女性陣が和解。

    8日目。普段の生活が昔の話のように思え、独裁体制に貢献することが嬉しくなっている。また、今の仲間との会話を幸せに思うように。チーム12の悪口でガス抜き。いつも通り労働。案内人が現れ、チーム12が存在しないこと、8人が5人残り、それが独裁者を喜ばせる従順な民衆であると話す。全員に私物が返され、アイデンティティが取り戻されたと喜ぶ。さらに窓を開けて太陽の光に群がる。独裁体制で過ごした8日間という体験の価値や、他の参加者との生活を離れる寂しさ、元の生活に戻るストレスなどを語る。案内人が「別の場所に移動する」と告げ、5人はそれに従い外に出てバスに乗る。ここで唐突に終わる。

    最後のナレーション。「独裁体制は不死身だ。戦わなければ、永遠に。」


    参加者が主役のゲームではなかった

    このゲームは参加者が自由な発想で競い合って150万を勝ち取るものではなかった。独裁者が自由を愛する民衆をどう誘いこみ、操り、独裁体制をより強固なものにするゲームだ。本当に参加者に勝者がいたかも分からない。元々勝利条件が無い。

    独裁者は「勝者は150万が貰える」(ルール不明)として、巧みに独裁国家へと誘い込んだ。最初は「独裁者には従わないかも」などと威勢のいいことを言っていた参加者たち。貰ってもいない150万のため、ライバルに負けじと服従した。私物が奪われた不満は、話し合いで私物を選択したことから、独裁者よりも他の参加者や自身に向けられた。さらに、制限された当たり前の物品を労働の対価として支給され、それを喜んだ。実際には多くの私物を奪われ、労働を課せられただけなのに。

    さらに、決められた食事、手袋とピンセット、制服、番号など、ごく小さい強制を積み重ねることで自主性が奪われた。労働の成果による報酬の差や、不満を持つものにチェックを付けることで、どういう行いが有利かを刷り込み、従順にさせた。

    通信機器の没収と外出禁止で情報を制限し、独裁体制への反乱を抑えた。独裁者への不満がたまると、報酬と、対立と、競争を使って矛先をずらした。「明日は大切な日になる」というメッセージ、勝ち残った場合の賞金、8日後に開放されるという近い将来への希望を与え、今日の抵抗を常に先送りさせた。最初の頃の「革命を起こせば?」「模範的になってはダメ」という反体制的な言葉は、日に日になくなった。

    いつの間にか、参加者は少ない情報を模範的に解釈し、独裁者に気に入られる行動を取るようになった。さらに、苦痛な労働や外出禁止の時間をポジティブに過ごす方法を自ら見つけ、仲間と団結し一律の行動を心がけた。

    8人から始まった独裁国家は、最終的に労働に意欲的で従順な5人となり、生産性が高く安定した国家になった。参加者は物を奪われ、考えることも無くなり、苦痛な作業しか提供されない独裁体制の中に、それなりの幸福を見出してしまった。希望があり前向きだった。しかしこれは勝者ではない。勝ったのは、幸せな操り人形を得た独裁者だ。

    独裁者にとっての最大のピンチは、1人目と2人目の脱落者が、共に反乱を口にしていたところだ。ここで全員が反旗を翻せば、独裁体制は早々に崩壊していた。この時点で、勝利条件が分からないことと、独裁者は参加者を自由に追放できると思われるという不満が出ている。すでに、参加者から勝者が出るのかは、独裁者の裁量次第という絶望的に不利な状況に気づいていたはずだ。しかし、自分が不利にならないように、また「全員が騙されている」状況から目を背けてしまい、この独裁体制崩壊のチャンスは見逃されてしまう。ちなみに娯楽室で発見された本「1984年」は、スターリン体制を皮肉ったディストピアSF小説だし、「蝿の王」は無人島に遭難した少年たちがふとした事から理性を失い、目的を忘れて争い合う話。向かい合うべき敵と、回避すべき状況のヒントだったと思われる。結果誰ひとり読まなかったが。

    参加者は既に参加した時点で負けていたのだろう。最初に食べ物や着る物が無かったり、報酬のない強制労働であれば、すぐにでも反乱を起こしただろう。しかし、人間は自由が無くなることには意外と無自覚のようだ。自由の国で生まれ自由を絶対的なものとする若者が、また独裁国家を家族が経験してその恐ろしさを知る若者が、しだいに反乱の牙を抜かれながら、苦痛な生活に充足していく姿はなかなか狂気だった。


    独裁者はまだ多くの手を残している
    今回の8回シリーズでは、第三のルール「お互いを監視せよ」が実際には活用されなかった。おそらく反乱による革命を計画するところまで進めば、密告による優遇が手紙により提示され、腹の探り合いになっただろう。また、連帯で罰を与えることで、個人の反抗的な行動を制限する方法も取られていない。過去の独裁者が使った手法はまだたくさん残されているが、それを使うまでもなく、今回は独裁体制は完成されてしまった。

    ネット上などで感想を見ていると、最後誰が勝ったのか出てこなくて意味がわからないとか、独裁者というわりに残酷なこともしないし物足りないとか、後半は争いが無くて退屈という意見がけっこう多い。しかし、独裁者の勝利に気づかないことこそ独裁の恐ろしさだし、残酷な手段を用いて警戒されなくとも簡単に独裁体制は固められるということだし、むしろ後半の従順さと団結こそ一番恐ろしいのだと思う。独裁は静かにやってきて、その恐ろしさに気づかぬままに服従させられるということ。

    まだまだネタはいっぱい残っていそうだし、シーズン2もあるんじゃなかろうか。同じ企画を日本人でやったら、一人も脱落することなく見事にクリップを全部仕分けてしまいそうで怖いなぁ。

    ぜひ1話から見て欲しいところだけれど、NHKの見逃し配信がすでに3話以降になっていて、しかも特選の方にも入ってない(このNHKオンデマンドのダブル課金システムいい加減やめてよー)。まあ検索すればどこかで見れると思いますが。
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