ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

私たちは何を売っているのか?
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

私たちは何を売っているのか?

2013-10-18 21:52
    そんなん、着物と帯に決まってるやん、と想われてしまうでしょうが、そこから突っ込んだ話です。

    食べ物でしたら、たとえば前回も書いた551のぶたまん。

    これは美味しいぶたまんを売っているという考え方もありますが、551のCMを想い起こしてみてください。(関西方面でないとわかりませんかね?)

    551のぶたまんがあるとき→笑い

    無いとき→ガックリ

    つまり、551、蓬莱のぶたまんは、美味しいとか空腹を満たすというだけでなく、『家族の団らん』というシーンをも売っているとも言える訳です。

    わかりやすい例ではケンタッキーフライドチキンのパーティーバーレルというのもそうですね。

    ただ、バケツにフライドチキンがたくさん入っているだけではない。

    そこには、家族みんな、あるいは友達と一緒に、フライドチキンを食べるという『幸福の時』を売っている。

    だから、それを連想させるようなCMやパッケージをするわけです。

    そういう視点で着物や帯、つまり和装というモノをみてみるとどうでしょうか。

    寒さを防いだり、身体を護るという意味では、洋服と機能は同じです。

    では、和服が与えられて洋服に与えられないモノは?

    なんでしょうか?

    日本人としての実感。

    高価な着物を着ているという満足感。

    着物の良さが解る自分への自負。

    日常からの解放。

    おちついた気持ち。

    などなどでしょうか。

    どんな着物かによっても、与えられるものは違います。

    高級かお手頃のモノか。

    フォーマルかカジュアルか。

    手作りか機械か。

    伝統か創作か。

    私が専門に学んでいたマーケティングの中にマーケティング・マイオピアという言葉があります。

    マイオピアとは近視眼の事ですが、ある一定の商品の機能部分にこだわって、広がりを見忘れてしまうことです。

    代表的な礼でよくあげられたのがカルピスです。

    初恋の味・カルピス。

    一世を風靡したこの甘酸っぱい濃縮飲料も、あまりにこの商品に惚れ込みすぎたために、濃縮のカルピスとカルピスソーダしか売り出さなかった。

    それで経営がうまくいかなくなった・・・商品そのものではなくて、商品があたえる効用というか、ソフトの部分をえぐり出して、そこから新たな商品を生み出す事が必要だという考え方です。

    今の世の中は近視眼ではなくて、視野狭窄状態ですね。

    マーケティングというのは、基本的に資源の最適配分の為にあると私は思っています。

    市場を分析して、自分の存在領域を決めて、そこに経営資源を上手に適正に投入する。

    そうすれば、市場全体の資源が無駄にならず、それぞれが存在意義を発揮できる。

    市場にはいろんな個性あふれる商品があふれ、消費者もハッピーになる。

    マーケティングというのはそのためにあるんです。

    でも、いまのマーケティングは『売れ筋の追求』ということのみを指しています。

    洋服なら20代のOLならこんな形のこんな色のものがよく売れる。

    だからそれを作ろう、とこうなるわけです。

    そうすると、市場のどこを見ても同じような商品ばかりになります。

    最近ではフリースとかダウンジャケットなんかもそうですね。

    消費者には選択の余地がないくらい、均一な商品が市場を凌駕していしまう。

    いまはデフレの時代なので、低コストで売りやすいものにどうしても集中してしまうのでしょうが、それにしても、ひどいように見えます。

    なぜ、そんな風になるかといえば、ひとつはメーカーの寡占化が進んで、戦略が全天候型になっているからです。

    リーダー企業は市場を拡大しようシェアをとろうとしますから、売れ筋に特化して、低価格な商品を持っている広大な流通ルートで流す。

    寡占企業以外の企業は、シェアが縮小しているから、独自の色を出した商品を展開しにくくなる。寡占企業の商品にすこし色をつけたくらいに終わってしまう。

    こんなかんじではないかと推察します。

    話をもとに戻しましょう。

    呉服屋、着物屋である私たちは何を売っているのか?です。

    逆にいえばお客様は私たちから何を買われているのか?

    その前にお客様は私たちに何を期待されているのか?

    そこをきちんと自分自身で把握していないと、商品開発が独りよがりになったり、まちがった商品政策になります。

    それは何で感じるかというと、なんの引き合いも無いときに、フツーの友禅の訪問着なんかをお見せしたときです。

    常連のお客様はなんとも言えない、いぶかしげな、悲しそうな顔をなさるんですね。

    喜んでもらえるのはやっぱり、私らしいパンチのある作品なんです。

    この世界はたぶん今、私しか展開できないんだろうと想います。

    力強さ

    のびのびした気持ち

    元気が出る

    ウキウキする

    利休の朝顔の話は有名ですね。

    利休邸に朝顔が美しく咲いていると秀吉が聞きつけて訪れる。

    でも、どこを見ても朝顔の花はない。

    奥に進んでいくと、一つぽつりと朝顔の花が入れてあった。

    その美しさ、利休の作為に秀吉はいたく感じ入った。

    こんな話だったと想います。

    私の世界は逆ですね。

    なにもない暗くて細い山道を歩いて行く。

    息も切れ、のども渇く。だんだん疲れても来た。

    さらに急な坂道をよじ登った先の光景は・・・うっそうと咲き乱れる花花花。

    まさに生命の躍動感を感じる。生きているという実感を覚える。

    私は自分のプロデュースした作品を見て『もずやさんの作品は元気がでますね!』と言われるのが一番うれしいのです。

    料理でも本当に美味しいもの、価値のあるものは、元気の出る料理なんだろうと私は思うんです。

    前述の通り、着物もいろいろありますが、私の着物はやっぱり『元気がもらえる着物』をコアにもっていきたいな、そう思っています。




    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。