不登校改め自由登校youtuberを何故応援できないのか
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不登校改め自由登校youtuberを何故応援できないのか

2019-05-24 11:17
    ぶっちゃけ、何か旬終わっちゃった感が凄いあるんですけども、まあそうなるのを待ってた部分もあるので自分が思うところを書きたいと思います。

    そうです、不登校youtuberとして一躍時の人となった「ゆたぼん」についてです。
    今確認してみましたが、話題になった直後は百万超えた動画の再生数も、最新の動画は数万……という具合で、やっぱりもう「ブーム」は終わっちゃったようですね。
    この数万再生した人たちの中に「本気で応援しようという人」がどの程度いるかですが……どうでしょうねぇ。

    なお、以下はあくまで「ゆたぼんとその親父さんの言い分をある程度肯定した上で」のお話なので、「◯◯が××なのは自明なのに何言ってんのこの人……」と思ったとしたら、だいたいその部分はわかった上であえてこういう言い方をしてるんだという点をお察しください。

    一応ニコニコニュースの方でもああだこうだと言ってたわけですが、基本私はゆたぼんの活動については否定的な立場で意見していました。今もそれは変わりません。
    それは何故か。

    人間楽しい事だけをやっていれば生きていけるわけではない。

    これがどうあがいても回避できない真実として、この世の中には厳然として存在しているからです。主に彼の親父さんのブログでの「フォロー」を読んでいて思ったのですが、ゆたぼんは基本的に今「彼が嫌だと思うこと」を何一つやっていない状況にあるようです。やりたい事をやりたいようにやれ、と親父さんも応援しているようですしね。

    それが問題です。

    冒頭でも述べたように、人間は生きていく上で、必ずしも好きな事、やりたい事ばかりを選択して生きていけるわけではありません。これは多くの方が実感している事でしょう。自分は好きな事だけして生きてこれたという方も探せば多少はいるかもしれませんが、それは稀な例だと断言して構わないでしょう。皆が皆そうやって「好きな事」をできているならば、日本に限ってもこれほどの「人手不足」になる事はありえないわけです。より正確に言うならば「人手不足」というレベルで済んでいる事がありえない、という形になりますね。

    他人が嫌だ、やりたくないという仕事をそれでもやっている人間がいるから、そういった問題があくまで「人手不足」で済んでいて「完全な破綻」に陥っていないわけですね。
    そういう人は好きでやってるんだろう?と思う方もおられるかもしれませんが、好きでやってる人たちだらけならアレだけあちこちが愚痴まみれになるわけがありませんよね。

    結局、社会の構造上誰かしらが「他人がやりたがらない嫌な事」をやらざるをえないなんて事は、それこそ社会に出て何らかの職について働いていれば誰でもわかる事……のはずです……はずなんですけど、それを最近理解できない人が多くてね……誰かがそういう仕事をやってるから、今の自分達の生活があるんだって想像すらしない人たちばっかでね……そこで皆して一斉にやめたら困るの君らなんやで……。

    話が逸れました。閑話休題。

    この話がゆたぼんと何の関係があるの?と思われた方はおられると思います。社会に出てから嫌な事しなくちゃいけないからって、別にゆたぼんが今自由にやってるのとは何も関係なくね?と。もちろん、関係が大アリだから言っています。

    上記した通り、今の世の中というのは好きな事だけやって生きていける構図、システムになっていません。仮に好きな職業に就く事ができたとしても、その中で好きな業務だけを選択して生きていく事なぞできようはずがありません。どのような道を歩むにせよ「嫌な事」というのは必ず立ちふさがって来る物です。

    そこで生きてくる経験が「宿題」だと自分は考えます。

    宿題が好きな小学生なんて稀です。
    まあ、自分は正直小学校では全教科で満点を取ってたような人間なので(なおそこが全盛期だったもよう)小学校の宿題で苦労した覚えというのはありません。ですが、宿題それ自体が嫌な物だった事ははっきりと覚えています。それに関しては多くの人が同じ意見でしょう。
    ですが、その「嫌な物」を四苦八苦しながら乗り越える経験は、少なくとも社会のシステムが現状の物である以上は必ず糧となります。自分は、宿題だとかの学校教育での「嫌な思いをする部分」というのは、将来的には必要になってくる割合の方が大きい、と以上のような理由から考えます。期日を設けて計画的に物事を片付ける訓練としても有用でしょうね。夏休みの宿題とかは。……有効活用できているかどうかは置いとくとして(ぉぃ
    そこで、今のゆたぼんのやりたい事を自分の思うようにやっていて、それを手放しで親御さんや周りの人間が認めてくれるという生活を思い出してみましょう。

    これ、将来どうするんでしょうか?
    将来ゆたぼんが自分だけで生きていかなくならなければいけないタイミングが来た時、今の全肯定されて何も嫌な事をせずに済む生活から放り出されて、世の中でやっていけると考えられるんでしょうか?

    宿題が嫌だからと不登校になったわけじゃない、という旨の「フォロー」をゆたぼんの親父さんがしていましたが、その原因となった教師との軋轢に関しては、間違いなく「宿題をやらなかった」事が根底にあります。そこで宿題をやらなくてもこうすればいいという代替案がゆたぼんにあるのならばともかく「どうして宿題をやらなきゃいけないの?」と質問してるくらいですから、その理由は「やりたくなかったから」以外に無いでしょう。そして、その質問にあろうことか親父さんは答える事ができなかったともあります。
    答える事ができなかった結果、子供に嫌な事を何一つさせずに好き放題させて、自分はその裏で自身のブログで「フォロー」をして責任を果たしたつもりになっている、というのが残念ながらゆたぼんの親父さんの現状のようです。

    宿題云々、不登校云々ばかりが取り沙汰されますが、問題の本質はここにあると思います。将来的に社会が激変しなければありえない、そして激変する事自体がありえない「やりたい事だけやって生きていく」という考えを周囲の大人が全面的に肯定しているという事です。
    もちろん、全肯定しているわけではないと親父さんは言うでしょうが、あれだけ「ゆたぼんの意志」を繰り返し主張しておきながら全肯定していないは流石に無理があります。

    「大人になったら時には嫌な事だってしなければならない。だから今その練習の為に、嫌な事である宿題を頑張ってみないか?」

    こう言うだけで、恐らくゆたぼんは宿題をしたでしょうし、それが問題の教師を調子づかせる事などを危惧するのであれば、学校を変える程度の事はしてあげるべきでしょう。実際学校を変える為に沖縄に移住したという経緯もあるようですしね。それができなかった、そしてできないのは何故なんでしょう? 宿題をしたくないから不登校になったというわけではないのなら、沖縄に移る事によってその不登校になった原因が解消された今でも「自由登校」をしているというのは何故なんでしょう? その辺りは率直に聞いてみたくもあります。もちろん、聞く相手は客観的に側で見ていたはずの親父さんですが。

    実際に親父さんのブログのコメント欄であったやり取りですが、教師だと名乗る人が「それでも自分は学校の大切さを教えていく」とコメントしたのに対し、親父さんが「大切さを教えた結果がこれですか!?」と、小学生の自殺者が増加しているという記事を突きつけているのを見ました。こういうやり取りを見ていると、親父さんが学校を全否定したいという意志があって、それを暗にゆたぼんに押し付けていないか、という危惧があります。後に「人間は多様性が大事」と自ら言っている部分を見て余計にそう思えます。学校を大切にする多様性は守られる必要がないのか、と。

    散々言われている事ですが、子供はどうあがいても親の影響を受けます。親父さんの影響を受けてブルーハーツを歌うようになったそうですが、同じように影響を受けて学校を全否定するようになっているのではないでしょうか? 全否定する気が無いのならば、自由登校などという冠を未だにつけておく(つけようとする)必要はないですし、そもそも「不登校youtuber」「ゆたぼん@不登校」という当初の自称自体が間違った物であるとも言えるでしょう。
    というか、ブログなどで「不登校」という言葉の不適切な使用に関して謝罪釈明の1つもないのは本当に保護者としてどうなのかと……そこが一番「フォロー」が必要なはずのポイントだと思うのですが、そう名乗ったのはゆたぼんの意志では無かったという事なんでしょうかね?

    他にも「カンペなんか使ってない!」と言っているようですが、むしろカンペは出すべきなんですよね。十歳の少年がネットという全世界に公開される場で本当に好き勝手に物を喋っているのだとしたら、これを認めている保護者の正気は疑わざるを得ません。それは信頼だとかそういった言葉では誤魔化しが効かない部分での話になります。基本的にネットの世界は「永遠」ですからね。運良くそれを免れる例も無いではないですが、基本的にはネットの世界で発した情報は永遠にWWWを漂い続ける事になりますその危険性を全く危惧する事無く、主張している通り十歳の少年が喋るがままに任せているというのならば、これほどの阿呆(とあえて言わせてもらいますが)は稀に見ると言えるでしょう。

    あまりにも、ゆたぼんの周囲の大人が保護者として、十歳の少年という立場にある息子を守る気が、将来的に自立させようとする気が無さすぎる。

    これが本質的な問題として最も重視されるべき物ですね。
    将来的に彼はどのような職業につけるのでしょうか。既に「ブーム」が終わり、再生数は20分の1まで激減している上にあの低評価では、youtuberとして生計を立てていくのは無理です。もう数年もすれば、小学生というレアリティも失い、そこらに転がる有象無象の中二病をこじらせたyoutuberの仲間入りです。そうなった時に彼はどう自立する気なんでしょうか。
    通信教育を受けさせるという話もあるそうですが、その前に学校と話し合って宿題などの諸問題を解決し、安定して登校できるようにしてあげるのが先決でしょう。自由登校をする程度には「行きたい」という意志はあるわけですから。「行きたい時に学校に行っている」とはこれも親父さんの言です。学校を全否定しているわけではないのならば、取るべき道はそこでしょうし、何より「学校教育を変える」という大目的の為にはそれこそ必要なはずではないのかと傍で見ている限りには思えます。そういった話し合いに応じてもらえないという事であれば、それこそ公表すべき事実かと。

    ちなみに、ここまで言っておいてなんですが、正直ゆたぼんの主張を全否定するつもりというのは実はなかったりします。
    確かに学校制度、というか学校教育におけるノウハウというのは、更新の必要性がある事は傍で見ていれば自明とも言えるでしょう。宿題の存在などについても大きく議論の俎上にあげて、その有効性などについて論じられるべきたぐいの物である事に異論はありません。

    ただ、その問題提起を十歳の自分の息子にやらせるなよと。
    息子がそういう事を言っていて、それを応援したいと考えているのならば、自分が代弁して矢面に立てよと。
    法律的にどうこう以前の、道義的な親の責任だぞそれはと。


    そういう部分で裏で「フォロー」(主に後出し)は続けるも決して自分は矢面に立とうとしない親父さんへの不信感が拭えないが故に、私は自由登校youtuber「ゆたぼん」を応援する事はできかねます。いっその事、「フォロー」を完全にやめていただければ、あるいは考えも変わるかもしれませんが、それは「親の責任」を口実に決してしないんだろうなぁ……。
    でも最低限ご自分のブログであってもゆたぼんの活動などに言及する時は「ゆたぼんがこう主張している」という形で意見を述べる事を心がけるようにはしていただきたい物ですね。
    持論を語った時点で、それはどうあがいても「ゆたぼんへの便乗」になるわけですから。

    以上です。

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