世間からは「なんで?」と思われることでも、本人に聞くときちんと理由がある。そんな個人の「原動力」に迫ります。
──ドンドコさんはいま即興指揮パーカッション集団「La Señas(ラセーニャス)」の代表なんだよね。もともと音楽の活動ってしていたの?
「はい。音楽を始めたのは、高校2年生のとき。ピアニストをしている姉が、山口県でおこなわれた一週間のワークショップに参加していたので、それについていったんです。1日目のコンサートで、岩瀬立飛(いわせ・たっぴ)さんのドラム演奏を見て、僕も音楽やりたい! って思ったのがきっかけ」
──運命の出会いだね。
「そこで初めて立飛さんとお話しして、ドラム超初心者の僕にもていねいに教えてくださったんですよね。ワークショップが終わって、立飛さんは東京に戻られたんですけど、それからもメールのやりとりは続いていて。ちゃんと立飛さんから学びたくて、東京付近の音大を目指しました」
──うん。
「無事受かって、音大でジャズの勉強をしていました。でも、3年に上がるときに、自分は世界中に学びたい音楽家がいるなと思い、その人たちに直接学ぼうと思って音大をやめて、いろいろな国を旅しながら音楽を勉強しました」
──えー! 直接会いに行って、教えてもらえるものなの?
「教えてもらえますよ。たとえば、自分が和太鼓やっていたとして、スペインからわざわざ日本まで来て『和太鼓教えてほしい!』って言われたら、めちゃくちゃうれしくないですか? それは、多分万国共通だと思う。だいたいみんなよろこんで教えてくれますよ。一回も断られたことはないです」
──たしかに、国境を超えて自分に会いに来てくれたらうれしいね。ミュージシャンに会うときはアポ無しだったの?
「アポ無しです。アポ取ってたら、時間がかかっちゃって会えない。たしかに、なかにはアポ取ってなかったがために会えなかった人もいますけど(笑)」
──すごい。私だったらビビっちゃう。
「僕は絶対教えてもらえるっていう謎の確信があったんです。行かないと何も始まらないし」
──教えてもらいに行ったミュージシャンたちのジャンルは、みんなバラバラなの?
「バラバラですね。僕、世界中の民族音楽を勉強して、カメレオンみたいなプレイヤーになりたかったんです。どんなジャンルでも、中途半端じゃなくて、現地に通用するレベルで習得したくて。だからこそ、日本にいるよりも世界中を回って、直接音楽に触れたほうがいいと思った」
──いろいろな国に行ったと思うんだけど、いちばん思い出深い国は?
「スペインとアルゼンチンですね。わりと長く住んでいたので」
──どれくらい?
「半年ずつ住んでいました」
──言語はどうしてたの? もともと英語を話せたとか?
「いや、英語はゼロです(笑)。言葉は現地に行って覚えました」
──どうやってコミュニケーションとったの?
「簡単ですよ。僕、挨拶だけは必ずその国の言葉を覚えていくんです。あとは、だまされないように数字の読みかたと、『これは何?』っていう言葉。それさえわかっていれば、あとは勝手にスペイン語が入ってきます。恥を捨てれば大丈夫ですよ」
──たくましい。そうやって言葉を覚えながら、いろいろなミュージシャンに音楽を教えてもらったんだね。
「はい、ありがたいことです。うちの実家には『師匠を超えることが礼儀』っていう教えがあるんです。まずは師匠に追いつく。そこから自分なりの発想を付け加えて、超えていくっていう」
──じゃあドンドコさんは世界中に師匠いるから大変だね。
「そうですね。大変なんですよ(笑)」
──師匠と再会する機会はあった?
「ありましたよ。去年の夏、僕が世界でいちばん尊敬しているミュージシャン、マリアーノ・ティキ・カンテーロ(Mariano Tiki Cantero)っていう方が来日したとき。日本人のなかで、彼が教えている人って僕しかいなかったんです。だからジャパンツアー中ずっとついて回って、お手伝いしていました」
──そうなんだ。
「ライブの前とかの空いた時間には、一緒に演奏してくれたり、教えたりしてくれました。歩いている間もずーっとレッスンしてくれて。インド音楽で数学を使ったリズム遊びがあるんですけど、それをずっと教えてくれました。歩きながらだったからぜんぜん覚えられなかったけど(笑)」
──ドンドコさんは、世界中を回っていくなかでいろいろな楽器に触れたと思うんだけど、どこでパーカッションに決めたの?
「僕、ジャズが好きなんです。とくに、いろんな民族音楽とジャズが混ざっているのが好き。そんな音楽を演奏するときに、より表現の幅が広がるのはパーカッションだなと思って。それから、いつの間にかパーカッショニストになった、って感じです」
──それで、いまではパーカッショニストの集団を率いているんだもんね。いまやっている音楽はどういうジャンル?
「"ボンバスタイル"という音楽をやっています。アルゼンチンで、2005年にできたんです。もともと幼児教育のために発案された150種類のハンドサインを指揮として、それに合わせて演奏するっているスタイル。アルゼンチンでは、国をあげて支援していて、コネックスという野外会場で週に一回コンサートがおこなわれています。それを僕が見に行って、日本で広めたい! ということで、『La señas』というグループを作ったんです」
──ハンドサインが指揮になるんだね。おもしろい!
「リズムとか、ロールとか、音響で聞こえる方向を変えたりとか、とにかく細かいところまでハンドサインで指示できます。なので、即興で演奏するっていうよりは、フロアを上げるためにDJをやっているような感覚でパーカッショニストを動かしているんです。大人数の演奏ってカオスになってしまう印象があるんですけど、ボンバスタイルは指揮者が絶対なので、きちんと統制された演奏になる、ということは自信をもって言えます。『人力DJグループ』って言われるのがいちばんしっくりきますね(笑)」
──ドンドコさんは指揮者なの?
「指揮者をすることもありますがけど、将来的には『La señas』のプロデューサーになりたいんですよね。現時点では、グループの人数が多いので、全国ツアーをするにしても現実的じゃない。でも、フォーマットがあれば、ある程度の技術があるパーカッショニストなら誰でも入れる音楽なので、それぞれ東京、大阪、福岡...という感じで日本中にグループをおきたいんです。そしたらもっとフットワークを軽く全国で演奏できるので」
──なるほど。
「ボンバスタイルは、まだ10年ちょっとの歴史しかない音楽で、アルゼンチン以外にはほとんどまだ知られていない。最近ヨーローッパのほうでチームができましたけど、それ以外だと演奏しているのは日本の『La señas』だけなんです。だから、これからどんどん流行ればいいな、って思ってます」
「僕、1日1人は新しい人と出会うっていうのを自分に課してるんですよ。出会いから生まれる仕事ってたくさんあるから。そのためには、もちろん仕事での出会いも多々ありますけど、お酒の場はいちばん交流しやすい。たまたま隣に座った人と仲良くなったり。そこから実際に仕事につながったこともあるし」
──普段どこで飲むの?
「よく飲みに行くのは、浅草周辺、上野かな。恵比寿・六本木もたまに行きますね」
──六本木にそんな隣の人と仲良くなれるところなんてある(笑)?
「意外とあるんですよ(笑)。六本木の僕のよく行くお店は、クリエイター関係の人がよく集まってますね」
──お酒は何が好き?
「ラムとビールが好き。どこの国に行っても、お酒の工場があったら、絶対に見学に行っちゃいます。おもしろい」
──へぇ! いままで行ったなかでおもしろかった工場は?
「僕はバカルディの工場がいちばんおもしろくて好きでした。プエルトリコにあるんです。入場するときに2枚チケットがもらえて、そのチケットで2杯飲めるんです。お酒の作りかたとか歴史を学べますよ。好きなものをちゃんと知れるのっていいですよね」
──好きなものはとことん勉強したいんだね。
「そうですね。でも、逆に興味ないことは本当に興味ない。普通はみんな知っているようなことでも、自分はぜんぜん知らない、ていうことはよくあります。最近やばいなって思って、改善しようと努力はしています(笑)」
[La señas ライブ情報]
8月1日(火) シンフォニークルーズ25周年記念パーティ
8月5日(土) 錦糸町シルクロード [Tの森イベント]
Open18:00 Start19:00 ¥1,500
9月3日(日) 旅祭2017
9月24日(日)
La Señas1周年ライブ@六本木Varit
Open 18:30 Start 19:30 ¥3,000
[La señas Twitter, 佐藤ドンドコ Twitter, Instagram, Facebook]
撮影・取材/グリッティ編集部
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