• しょうせつ ロボトミー

    2014-08-03 02:014
    いちおーさいうぷ

    ロボトミーって小説ですう。。。。。。。。。。。





     もう一週間ほども外出をしていなかった僕は、たまには散歩にでも行こうと、深夜にひとり、外へと出た。まだ少し肌寒いかと思って、カーディガンを一枚はおってきたが、Tシャツ一枚で十分なほどの暖かさを、歩く道に漂う空気は残していた。僕はカーディガンの袖を肘の上まで捲くると、歩いて十分ほどの公園へと向かった。
     公園へと着くと、公園のなかを縫うように繋がる歩道を歩く、横目にはブランコやのぼり棒といった遊具が、公園内にぽつぽつと点く街灯に暗く照らされている。子供のころにはよく、これらの遊具で遊んでいたものだ、と僕は回想する。ブランコに乗っている僕の背中を押してくれる祖母の姿や、鉄棒にぶらさがる僕を、優しく見守る母親の姿が、鮮明に頭のなかで蘇る。一瞬、深夜のこの公園が、あのときの穏やかな陽光に包まれたかのような錯覚をも覚えるほどだった。
     公園を抜けてしばらくすると、街頭も疎らな田圃道に出た。遠くで、コオロギの鳴く声が僕の耳に届く。夜空には、遠くの山を覆うような曇り雲があり、それから千切れるような格好の小さな雲もあった。その千切れた雲の丁 度真上に佇む月は、その二分ほどを欠けさせている。遠くのほうに、この田舎道にはまるでそぐわないまぶしい電飾の明かりが見える。昨年に開店したばかりのパチンコ店だった。平日の深夜に一人、田舎のあぜ道を歩くことで「不毛」な感傷に浸っていた身としては、その店は酷く迷惑な存在だった。その店が出来てから、僕の散歩のコースは、変更を余儀なくされた。視界にあのような景色が入ってくるようでは、とても自身の感傷になんて浸れない。
     僕はさらに街灯の少なくなる山の方角へと続く道へと、歩くその進路を変更する。すると虫の音がいっそう大きく聴こえるようになる。繁る木々を掻き分けるように続く道の上を僕は歩く。このまましばらく歩き、突き当りを左折する。そうするとまた街灯や住 宅は増え、深夜の住宅街の中では異質なほどの存在感を放つコンビニエンスストアが見えてくる。そのコンビニエンスストアをさらに左折してそのまま直進すれば、一分も経たぬうちに自宅へと着く。これが僕の、決まった散歩のコースだった。
     壁に掛けられた時計の針を確認すると、五時二十一分を指していた。閉じたブラインドから淡い橙色の光が直線状に漏れ、布団の上を照らしている。昨日、散歩を終えた僕は、羽織ったカーディガンを乱雑に床へと脱ぎ捨てると、そのまますぐに寝てしまったのだ。確か、部屋に着いたときに見た時計は三時頃を示していたはずだから、十五時間も寝てしまったことになる。しかし、この十五時間という睡眠時間は、僕としては、さほど長いわけでもなければ短いわけでもない。極めて標準的な時間であるいえるだろう。僕は溜まり切った小便を済ますと、本やらビールの空き缶やらで本来見えているはずのフローリングの床が、もはや一坪分も見えない床に、これもまた同じく粗雑に置かれた菓子パンの封を 開ける。それに噛り付くと、二日ほど前から(生活のリズムが滅茶苦茶である為、定かではないが)キャップの開けっ放しであるペットボトルの緑茶で、それを喉の奥へと流し込む。ブラインドを開けようかと思ったが、どうせもう夕方であることに気付き、やめた。菓子パンと緑茶のその全てを飲み下すと、僕は床と同様に散乱した机の上に置かれたノートパソコンを開き、電源を入れた。基本ソフトが起ち上がるまでの時間に、煙草に火を点けると、吸う。火種が丁度紙巻の半分程にまで到達すると、ようやくデスクトップ画面が表示される。不規則に配置されたアイコンの中から、「原稿」とのファイル名がついたアイコンをクリックする。原稿用紙三十枚分ほどの小説のデータが入った文書作成ソフトが起ち 上がる。僕は煙草の煙を口から吐きながら、物語の続きを考えた。不器用な自身の性質により、仕事のミスを連発し、先輩や社員に怒られながらも、アルバイト先の女性と付き合いたいが為に、どうにかこのまま辞めずに働き続けたいと苦悩する二十四歳のニートが主人公の小説であった。この小説というのはほとんど私小説のようなもので、そこに描かれる物語はほぼ、昨年の自身の姿そのものだった。
     僕は中学二年生のとき、ひきこもりとなった。特に学校で嫌なことがあったわけではないが、自分でもよくわからないが、ある日突然、行きたくなくなってしまった。その日、僕はいつものように母親に起こされ、顔を洗い、朝食を食べた。寝巻きから制服へと着替え、あとは鞄を持って家を出るだけだったのだが、その日、僕にはどうしてもそれが出来なかった。母には体調が悪いと嘘をついて、休んだ。それっきり僕は学校へと行かなくなってしまった。高校へも進学せず、家でテレビを観るかインターネットをするかで毎日を過ごした。それまであまり小説は読んだ事のなかった僕だったが、父の部屋にたくさんの小説が置かれていたこともあって、小説も読むようになった。それ以外は特にこれといっ たことはせず、気付くとそれから十年程もの月日が流れた。さすがにこのままではいけないと感じた僕は、思い切って近くの居酒屋でアルバイトを始めることにしたのだが、元々が不器用であった事と、長い間社会にも触れていなかったという事で、自分自身が嫌になるほどに仕事がこなせず、居た堪れなくなって、結局三ヶ月ほどでそのアルバイトは辞めたのだった。そのとき両親は、良くやった、と褒めてくれたが、僕自身には、普通に働くことは、もう不可能なのかもしれないという諦めが、頭の中を支配していた。
     それから僕はまた以前の生活に戻ったのだが、ある時、つまらないバラエティ番組をベッドに横になりながら、虚ろな目で眺めていると、ふと、小説を書いてみよう、と思い立った。その発想が 思い浮かんだとき、なんともいえぬ高揚感が体の奥から湧き上がってくるのを感じたのを憶えている。早速書いてはみたものの、いざ書き始めると、頭の中に書きたいことはその輪郭も確かに思い描けているのに、なかなか文章にすることが出来なかった。それは僕を実にもどかしい気持ちにさせたが、少しずつ、例え一日一文でも良いから書き続けていこうと思った。その久しく感じることのなかった高揚感は、それを苦にさせなかった。
     あれからもう半年以上も経つが、まだ小説は三十枚ほどしか書けていない。それでも、僕は良かった。今まで久しく感じることがなかった歓びや楽しさが、そこにあったからだ。
     しかし、その一時も、長くは続かなかった。僕の体調が、どうにもおかしくなってしまった。小説を書き始めてからの高揚感は勿論、あらゆることに対するやる気というものが、SSSSのように、すとん、と急に抜け落ちてしまった。小説を書いても楽しくもなんともないし、小説を読んでもテレビを観ても、インターネットをしても、何も感じなかった。つまらない、とすら感じない。空虚だった。さすがにおかしい、と感じた僕は、精神科の診察を受けることにした。先ほどのことと同様のことを医者に述べると、鬱病だとの診断を受けた。その日のうちに数種類の薬を処方され、僕は自宅へと戻った。医者の診断は、しっくり来ないというか、腑に落ちなかった。確か鬱病に掛かると、食欲が低下する といった事を、以前に本で読んだことがある。僕の場合、食欲は今まで通りあるし、むしろ増えたくらいだ。それに、特に気が滅入る事もない。ただ、やる気が出ないのだ。しかし、このような形の鬱病もあるのだろうか。
    「どうよ、最近は」
     車に乗り込むと、猪井が訊いた。
    「べつに、これといって何もないよ、いつも通り」
     そっか、猪井はそう呟くとサイドブレーキを引き、車を発進させた。
    「そっちは? 彼女とは上手くいってるの」
     猪井は両サイドのフロントガラスを開け、ポケットに入った煙草を取り出すと咥えた。
    「まあ、一応な」
     そう答えると、咥えた煙草に火を着けた。僕もつられるようにして、煙草を咥えると火を点ける。
     猪井は僕の唯一の友人である。僕がひきこもるようになってから、何度も家まで訪ねて来てくれた。最初の一年ほどは、なかなか会う気になれず、玄関で猪井と母親が話している声を自室から聞いているだけだったが、その後も、途切れることなく、月に一度は必ず訪ねに来てくれた。小学生の時はクラスも何度か同じになったこともあり、何度か遊んだことはあったが、中学ではクラスも別々になり疎遠になっていたので、どうしてそんなに僕のことを気に掛けてくれているのかわかならかった。後に聞いたところ、何となく、だそうだ。そうして今でもこうやってドライブに誘ってくれる。彼がいなかったら、きっと僕には一人も友達がいなかったことであろう。そう考えると、彼には感謝しかない。
     車は駅前の商店街を通り過ぎると、薄暗い田舎道の中を走る。開いた窓の外を眺めながら、うっすら輝く半月と、煌く多くの星が見える。こんな夜空を見ることができるのは、田舎に住んでいる者の特権だろうな、と僕は思った。
    「仕事のほうはどう」
    「相変わらず上司はめっちゃうざいけど、なんとかやってるよ。この前なんかすげえむかつく事があってさ」
     猪井は仕事でのちょっとしたミスを、上司に厭味ったらしく注意されたということを話した。その上司の言い方というのは、関係のない僕まで腹立たしい気持ちにさせた。しかし、こういう話をユーモアを含めて話すことの出来る猪井が、僕は好きだった。
    「そっちはどうなんだ」
     猪井が言う。
    「またバイトしようとか、これからどうしていきたいとかさ」
    「今はとくにないかな」
    「自分のペースでやっていけば良いと思うぜ。前だって、初めてのバイトで三ヶ月も続けたんだからたいしたもんだよ」
     猪井がドリンクホルダーに置かれた灰皿で煙草を揉み消す。その後も僕たちは他愛もない話を続け、市内を一周すると、そのまま自宅まで送ってもらい、別れた。

     相変わらずに僕には気力というものが抜け落ちたままだった。薬を飲み始めてからもう一ヶ月ほどが過ぎたが、回復する兆しは一向に無い。あれほど楽しかった小説の執筆も、まるでやる気が起きない。僕は一体どうしてしまったのだろうか。それでも、書きたい、という意欲はあるのだ。しかしどうしても手が動かない。せっかく見つけた僕の生きがいとも呼べる物を失ってしまったと思った。僕は読書もしなければテレビもみない、インターネットすらしない毎日を過ごすことになった。
     それからさらに三ヶ月ほどが過ぎると、以前の僕がなんだったのかと思うくらいに、僕は以前の状態へと戻っていた。それが薬の影響であったのか、僕は本当に鬱病であったのかも、わからない。しかし、僕にはそんなことはどうでも良かった。また小説を書くことが出来る。それだけで十分だった。しかし、小説を書こうと久しぶりにノートパソコンを開いたとき、ある考えが脳の表皮を掠めた。以前、インターネットで精神薬は科学的なロボトミー手術であるという記事を読んだことを思い出す。ロボトミー手術というのは、側頭部に穴を開け、その穴から入れたメスで、前頭葉を切除してしまうという、今から八十年ほど前に行われた手術のことである。精神疾患を抱えた患者に対して行われたが、重大 な副作用なども認められ、今では禁忌とされている手術である。ある患者は手術を受けたことによって感受性が著しく低下したとの事もその記事には書かれていた。精神薬は、その手術となんら変わりは無いという内容の記事だった。
     僕は不安になった。僕にそんな大袈裟な才能があるとは思わないが、もし精神薬の影響で感受性が低下していたとしたら、僕にとっては大きな問題だ。実際に小説の続きを書いてみたが、これまで通りに書けているとも思えるし、書けていないとも思えた。これは僕の気にしすぎであろうか。それとも実際に僕の感受性は低下してしまっているのか。こんなことを精神科医に相談したところで、そういうことはあるかもしれないしないかもしれないとの答えが返ってくるに決まっている。小説を書くことに対して薬の影響があるかどうかなんて誰にもわかるはずがない。
     もはや僕には、それを確かめる術は無かった。

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  • しょうせつ 街道

    2014-08-03 01:511

    たぶんけっこーおもしろい小説書けましたっ!!!!!!???????!!!!!☆

    ニートがアイドルにガチ恋しちゃってお近づきになろうとするお話ですっ☆たぶんちょっと切ないお話ですっ

    よかったら読んでください!! 今の僕的には一押しです☆



     射精後のこのなんともいえぬ脱力感に、僕はひたすらに部屋の天井を眺めていた。先ほどまでは女こそが我が全て、とすら思っていたのに、今となってはテレビ画面に映るその映像は、僕に嫌悪感しか与えない。ベッド脇に置いてあったティッシュ箱から数枚を引き抜き、股間にまとわりついた白く濁った粘液を丹念に拭き取る。くるぶしまで落ちていたパンツを上げ、履くと、体を起こした。もやついたこの気持ちを晴らそうと、ジャージを履いてTシャツの上にカーディガンを羽織ると、僕は外へと出る。
     月が綺麗に出ている夜だった。気温も今の服装にぴったりといった様子だ。どこからともなく聞こえてくる虫の音が、初夏の訪れを僕に感じさせる。誰一人として居るはずのない近くの公園へと着くと、ベンチに座り、ポケットから取り出した煙草に火を点けた。国道を挟んだ向かい側のコンビニエンスストアからの光が、僕の心を少しほっとさせた。この時間帯だけあって客は一人も入っていないらしかった。店員が一人、なにやら商品棚の整理をしている様子が伺える。その店員を、僕は知っていた。勉強も運動も、まるで出来なかった、恐らくは友達すらいなかっただろうと思う、典型的な「駄目」な奴で、小中学校の同級生であったヤスユキだった。高校を卒業して以来、ずっとあのコンビニでアルバイトとして働いている。僕が客として、彼が店員として会うとき、軽く言葉を交わす程度の関係だった。あのヤスユキにすら、今の僕は社会的に劣っているのかと思うと、なぜだか思わずふき出してしまった。高校を卒業して以来、二十四歳の今に至るまで、ずっとニートなのだ、僕は。
     よお、僕は菓子パンをひとつ、レジカウンターへと置くと、いつものようにそう言った。まるで好みのAV女優を発掘したかのような気味の悪い笑顔をしながらヤスユキは、同じく、よお、と返してくる。ヤスユキは菓子パンのバーコードを読み取ると、百二十四円になります、と気味の悪い笑顔をそのままに言った。今日に限って、なにか話でも振ってみようか、と僕は思い立つ。百円玉を二枚差し出すと、言った。
    「もう長いんだっけ、このバイトは」
     ヤスユキはレジを打ち、お釣りを僕に返しながら、例の笑顔のまま答える。
    「うん、高校を卒業してからずっとだから」
    と、そのあと、彼は、
    「直樹くんは、今どうしてるの」
     などと続けた。彼自身よりも社会的に劣っている今の自分の状況をどうしても悟られたくなかった僕は、
    「普通にリーマンやってるよ」
     などと虚言する。このかたヤスユキが友達と遊んでいるところなど見たこともなかった僕は、この虚言をヤスユキが見破る可能性がないことを知っていた。ヤスユキは、そっかあ、などと相槌を打つと、どこか照れくさそうな素振りで、ありがとうございました、と呟いた。
     帰路の最中、僕は先刻の自らの発言において、ひどい自己嫌悪に陥った。それは、現在の自分の社会的地位の低さから来る、自らの情けなさを、ヤスユキとの会話において、思い知らされたからであることに他ならない。僕はポケットのなかの煙草を取り出すと、吸う。澄んだ夜空を見上げ、天に向かって煙をくゆらせる。煙は、どこにゆけばいいのかわからずに彷徨う今の僕のように、その身をゆらゆらと散開させていった。

     翌日の夕方、僕は駅前のレンタルDVD店に向かって歩いていた。あまり外出したい気分ではなかったけれど、丁度先週借りたアダルトビデオの返却をするために、しぶしぶ外へ出た。数少ない地方都市の高層ビルへと斜陽が落ちてゆく。僕はその光を背にしてレンタルDVD店へと入った。
     下校途中の学生たちが多く見えた。僕はそれらの間を抜けて受付カウンターへと向かう。幸い、店員は中年の男だった。僕はDVDの入った袋を男へと差し出す。男は何食わぬ顔で袋の中身を確認すると、ご返却ありがとうございます、などとやる気のなさそうに呟く。僕は軽く会釈をしてその場を離れようとする。と、横目に女子高生が僕の後ろに並んでいたことに気付き、「五十歳、恵美子」のラベルを見られてしまっただろうかと、少し恥ずかしくなるのだった。
     その後、何を見るわけでもなく、適当に店内をぶらつき、外へ出ると、すっかり夕陽は沈んでしまっているようであった。電燈で無駄に明るい駅前の商店街のなかを歩く。スーツを着た、おそらく僕と同年代のサラリーマン達が、帰宅前に一杯やるのであろうか、群れだってビルの居酒屋の中へと入っていく。僕はそこで、なにか得体の知れない心苦しさを感じ、足早に帰路を歩いた。
     玄関を開けると、甘いデミグラスソースの香りが僕の鼻腔を突いた。台所へと向かうと、すでに父も帰宅していて、テーブルの上には先ほど僕の鼻腔を突いたデミグラスソースのかかったハンバーグや色取り取りの野菜が盛りつけられたサラダボウルなどが所狭しと置かれていた。シンクで手を洗うと、空いた席のひとつに腰掛ける。冷蔵庫内をなにやら漁っていた母も、その手を止めると椅子へと腰掛ける。誰からともなく料理を口にし始めると、黙々と家族の夕食は始まるのだった。毎回僕はこの空気に耐えられず、リモコンを手にするとテレビの電源を入れるのだった。お笑い芸人が司会を務めるバラエティ番組が、僕たちのなかに漂う空気を、いくらか和ませてくれる。僕はいつものようにいち早く食事を済ますと、自分の分の食器を流し台へと持って行き、それらに軽く水を溜めた。すると僕はごちそうさま、も言わずに黙って台所を後にした。夕食をあのような空気にしてしまう原因が、他ならぬ僕であることが、後ろめたかった。
     自室に戻ると埃で画面が曇ったパソコンの電源を入れ、お気に入りのロックバンドの音楽を再生する。そしてそのままベッドに倒れこむと読みかけであった小説のページを開く。滅多に読むことのないホラー小説だった。行きつけである駅前の古本屋で小説を物色していたところ、たまたま目に留まったのがこの小説だった。きっと普段なら気に留めない類の小説であるのだろうけれど、季節にも合うし、たまには読んでみようかということになったのだ。読んでみると、これが意外に面白かった。映像で観る恐怖とは違うタイプの恐怖があった。他人が作り出したどのような写像より、自らの想像が作り出すそれのほうが、自身にとって最も恐怖を感じるのだろうか。これはしかし、小説全般に言えることなのかもしれない。
     僕はすっかり小説に熱中してしまったようで、気付くと時計の針は夜中の十二時を回ったところだった。短編集がいくつも入ったアンソロジー小説であることがあって、まだ三分の一ほどのページ数を残していた。生活が昼夜逆転していた僕は、当然この時間に眠れるはずもなく、またいつものように散歩へと出かけた。今日は気分転換にいつもとは違うコースを歩くことにした。普段は駅や商店街とは間逆のあぜ道を歩いているのだけれど、今回は駅前のほうへと歩くことにした。家から五分ほど歩き高架下を抜けると、通りに小さなビル郡が目立ち始める。街灯の明かりなどで住宅街よりは幾分明るいものの、地方都市なだけあって歩く人影はゼロに近い。それは車も同じだった。ビルの一階に入った小さな居酒屋の前を通り過ぎる。大学生であろうか、男女数名のグループが楽しそうに酒を酌み交わしている様子が窓ガラスの先に見える。店内の明かりが逆光となり、まるで僕にその姿をまざまざと見せ付けているようであった。僕は自身でも気付かぬうちに舌打ちをして、先へと歩いた。駅に着いた。最終の電車はまだ着いていないらしく、構内からは明かりが漏れていた。しかし窓口に立つ駅員を除いて人の姿は望めない。僕はそこもさらに通り過ぎて商店街へと進む。全ての店のシャッターは閉まっている。しかし、それは昼間でも同じことであるから、ただ日が出ているか出ていないかの違いに過ぎなかった。昔、よく通っていた駄菓子店の前に差し掛かる。数年前に閉店したこの店のおばちゃんは、一体今、何をしているのだろう。もしかしたらもう死んでしまっただろうか。よく無理を言って値段をまけてもらったものだった。ふと当時の友達と店内の支柱が錆付いた椅子に腰掛けてはギイギイと音を鳴らしてふざけあっていたことを思い出す。気付くと僕の口角は微かに上がっているように思った。また少し歩き、商店街を出る。商店街の脇を流れる川に沿った、木々に囲まれた大きな歩道の中を歩く。今日は曇りで月は出ていなかったが、川を挟んだ向こう側の住宅街に立つ街灯の明かりで、川は、水面の動きに合わせては、点滅しながら光っていた。僕は河川敷へと座ると、煙草に火をつけた。遠くに見える住宅のほとんどの灯りは消えていた。あのなかに、多くの旧友の家があるのだろう。でもきっと、ほとんどの連中は、家を出て、ここではないどこか遠くの都会で、それぞれの道を歩んでいるはずなのだ。僕は明かりのついた一軒の住宅の窓を、煙草の火が消えるまでのあいだ眺めると、煙草を川へと思い切り投げ捨てた。

     どうしても働きたくなかった。僕は、アルバイトですら、いまだに経験がなかった。どうしてもやる気というものが起きないのだ。学校に通うことは、少なくとも高校までは出来ていたのに、どこかに務めるとなると、僕の中ではどうやら別問題らしかった。だるい、とは思いつつもほとんど毎日通えていた高校と、一度ですら入りたいとも思えない社会のなか。なんにせよ、働かずとも生きていけるこの環境が、現在の僕を作り出していることは明白だった。しかし、思い切って僕を家から追い出してくれ、と両親に言えるほどの覚悟も、僕には当然なかった。
     僕の日課といえば、深夜の散歩と、音楽を聴きながらの読書くらいだった。たまには好きな曲のライブ映像でも観ようと、パソコンでユーチューブの画面を開く。再生ボタンをクリックすると、動画が再生される。三回ほど観たところで、関連動画に今流行のアイドルグループのミュージックビデオが張られていることに気付いた。このグループは、音楽ファンのあいだでも楽曲のクオリティが高いとの評価を受けていることで有名なグループだった。しかし僕は、所詮はアイドルグループだろう、と、今まで一度も彼女たちの楽曲は聴いたことがなかった。僕は特に期待をするわけでもなく、そのミュージックビデオを再生した。
     楽曲自体は、まあまあといったところだった。しかし、ダンスの振り付けが個性的であったり、ビデオ自体の作りが奇想天外で面白味があることもあって、好感を抱いた。少し僕の好みだった女の子がメンバーに居たというのもあるかもしれない。僕は最後に一度だけお気に入りのロックバンドの曲を再生すると、パソコンを閉じた。開いた窓の外から虫の音が聞こえ始めたので、今日はその音をBGMに、小説を読む。
     僕がその小説を読み終えた頃には、窓の外は、少しの明るさを持っていた。時計は朝の五時を示している。いつもよりも遅い時間帯(早い時間帯とも言える)にはなるが、日課にしている散歩に行こうと、僕は外へ出た。それにしても、散々ホラー小説を読んだあとだというのに、少しの恐怖心を持つこともなく過ごせてしまう自分が、自分でも不思議だった。以前はこんなことはなかったはずだ。怖い映画を観ればトイレに行くのが怖くもなったし、背後に人の気配を感じてはその身を縮こまられていたものだ。今の僕のようになったのは、一体いつからであっただろうか。

     どこの街でも老人は早起きだ。口を半開きにさせ、目の焦点もうつろな老人の男は、自分の意思とは無関係に体が動いてしまっているかのように、片足を前へ出してはもう片方の足を引きずり、また片方の足を出しては、もう片方の足を引きずりながら歩いている。散歩のつもりなのだろうが、僕には大きな人形がその身を操られているようにしか見えなかった。僕はいつものあぜ道へと向かう。通り過ぎる公園の向こう側に見えるコンビニではきっと今日も、ヤスユキがアルバイトに精を出していることであろう。その足は止めずに、店内をざっと見渡してみたが、彼の姿はおろか、人の姿すら捉えることは出来なかった。
     あぜ道を歩きながら、僕はポケットに入ったウォークマンを取り出し、イヤホンを耳へと差し込む。再生ボタンを押すと音楽が再生された。あのアイドルグループの曲だった。初めて楽曲を聴いたときはそこまで良いとは思わなかったのだけれど、なにせ僕には時間が有り余っているせいで、あの後、彼女たちのミュージックビデオやらライブ映像やらを観漁ってしまった。そしてついには、現時点でリリースされているCDの全てをレンタルするにまで至ってしまった。彼女たちのメジャーデビューに至るまでの涙ぐましい努力や研鑽をネットで知れば知るほど、楽曲も、以前より良く聴こえてくるから不思議だ。
     なにより、メンバーの一員である『マヤリン』に恋愛感情を抱いてしまっていることが、大きいように思える。
     それを恋を呼んで良いものなのであろうか。それ以前に、そのようなことを考えている自分への自己嫌悪感が、僕を苛む。二十四歳にもなって、アイドルに恋愛感情を抱くなんて、我ながらどうかしてるとしか思えない。一度も女性と付き合うこともなく、この歳までニートとして生きてきた人生の弊害であろうか。僕は得体の知れないどうしようもない胸懐を抱えつつも、パソコンで彼女の映像や画像を観漁ってしまうのだった。すると、そのどうしようもない胸懐というのは高まる一方であり、僕はパソコンの画面を思い切り閉じると、ベッドへと突っ伏した。もし、こんな人生を歩んでいなければ。と、僕は不毛な空想を始める。もし僕が、大学へと進み、テレビ局にでも入社出来ていれば、もしかしたら彼女をなんらかの接点を持つことが出来たかもしれない。いや、テレビ局でなくても良い。芸能関係の仕事さえしていれば、少なくとも今の僕よりは、彼女と近づけていたはずである。しかし、芸能関係者になるだけでは、彼女と接点を持つことは出来ても、恋仲になることは難しいかもしれない。もし僕が大学へ進学していたら、大学の友達と起業をすることになった可能性もなくはない。そしてその企業が成長し、金持ちになって、その社会的地位を大いに活用し、彼女と付き合うことだって出来たかもしれない。僕は、自分でも意外な形で、現時点での自らの人生の散々たるそのさまを、ようやく初めて理解したような気がした。
     僕はとにかく、彼女といかにして近づくかに焦点を当てて行動しようと考えた。今から起業して金持ちになるなんて、さすがに現実味がなさすぎたのだ。まずは、東京に出ることだった。僕は夕食の最中、早速両親に上京したいとの旨を伝えた。予想通り、二人は快諾してくれた。僕がようやくなにかを始める気になったのかと、喜んでいるようだった。     

     承諾をもらった翌日、僕は早速東京へ出て部屋探しを始めた。出来るだけ都心に近いほうが良かったので、中野の古くて安いアパートを借りることにした。昔から決め事をどうも面倒がる気質のある僕は、二つほどの物件を内見すると、一つ目の物件に決めた。
     部屋の荷物は少なかったので(自室のなかのほとんどは、ゴミと本やCDくらいしかなかった。)、家の車に全て積み込むことが出来た。会社が休みである日曜日に、父に運転をしてもらい、三時間ほどかけて、中野のアパートまで送ってもらった。母も、一度アパートを見ておきたいということで、一緒に来ることになった。夕食以外では久々に家族三人が揃う形となった。父も母も、久しく感じることのなかった明るさを持っているように思った。
    「どんな仕事をするつもりなんだ」
     父は普段とは違う緊張感のない顔で僕に訊いた。まだ決まってない。あっちに着いてから、求人誌とかで探すつもり。僕は答える。
    「最初のうちは食費とか出してあげるけど、いずれは自分ひとりで食べていけるようにしないとね」
     母が矢継ぎ早に言った。僕は軽く相槌を打った。窓ガラスの先に見える晴天の陽光に、僕は目を細めた。

     アパートの前へと着くと、先程アパートの管理会社からもらった鍵で玄関の扉を開けた。二階建て木造建築の一階の角部屋で、日当たりは最悪だけれど、家賃を考えると仕方がない。両親が部屋の様子をざっと見渡したけれど、特に感想はないようだ。
     車の後部座席とトランクに積まれた段ボール箱を父と僕で部屋の中へと運び出す。五箱ほどしかなかったので、あっという間に引越し作業は終了した。丁度昼時だったので、近くで昼食をとろうと母が提案する。僕と父は快諾すると、近くの洋食屋で昼食を済ました。
     アパートへと戻り、両親がそれぞれに、僕へ餞別の言葉をかけると、少しだけ東京観光して行こうかな、などと言い残し、車を発進させた。
     僕は意味もなく中野駅前を散策していた。そんなことはあるはずもないのだが、ここは東京であるのだし、彼女に偶然遭遇してしまう可能性があるのではないかと考えたのだ。全く持って有り得ないことだろうとは自分でも思っているのだけれど、部屋の中でじっとしている気には、どうしてもなれなかった。
     二三時間ほど歩いただろうか、当然彼女に出会うこともなく、僕の体力は消耗する一方であったが、不思議と倦怠感は感じなかった。今の僕は、彼女と同じく東京に住んでいる。その事実が、僕を果てしなく快然たる気持ちにさせていたのだ。
     アパートの近くのコンビニで弁当を買うと、部屋へと戻った。ダンボールが五つと、寝具だけが置かれた床に、僕は座り込む。弁当の蓋を開け白飯を一口つまむと、マジックペンで「本①」と書かれた段ボール箱のガムテープを剥がし、お気に入りの作家の小説を取り出す。僕はページを開き、おかずのチキン南蛮と白飯を交互につまみながら、小説の世界へと没頭していった。
     とうに弁当は食べ終わっていたのだけれど、その後も四五時間ほど小説を読み続けてしまったせいで、既に夜の十時を回ってしまっていた。昼夜が逆転している僕は、本来なら昼前には寝ている計算になるので、いつもよりも十二時間ほど長く起きてしまっていることになる。それに気付くと、睡魔が一瀉千里に僕を襲う形となり、布団を無造作に床に敷くと、蛍光灯の明かりを消し、須ゆに眠ってしまった。

     出窓から差し込む朝陽に起こされる形で、僕は目覚めた。瞬間、見慣れぬ景色の違和感に頭が混乱したものの、すぐぞの状況を想起すると、僕はスマートフォンで時刻を確認する。画面のデジタル表示は八時半を示していた。僕は久しぶりに寝起き良くその身を起こすと、「生活②」との文字が書かれた段ボール箱からバスタオルと石鹸類を取り出し、シャワーを浴びにユニットバスの浴室へと向かった。これは僕が確かめなかったのが悪かったのだが、温度を適温に保つ限界にまで蛇口を捻っても、実家の水圧の半分にも満たないほどの水力しかシャワーヘッドからは噴き出てこなかった。僕はしくじったな、と思いつつ、その弱弱しく噴き出るお湯で、自らの身体に染み付いた汗と汚れを洗い流した。
     バスタオルで丹念に水滴をふき取ると、浴室を出た。そういえば、ドライヤーは両親からもらったお金で、こっちに着いてから買うことになっていたので、まだ持っていないことに気付く。僕は仕方なく自然乾燥に任せることにして、「生活①」の段ボール箱に入った下着とTシャツに着替える。
     僕は、既にどのようなアルバイトで働くかを、決めていた。テレビ局の大道具スタッフである。他にも制作会社のADだとか、色々と選択肢はあったのだけれど、過去のインタビュー動画で、彼女が大道具スタッフが好きだと語っている映像を観たのだ。彼女いわく、「男らしいところがチョーカッコイイ」らしい。僕は事前にインターネットの求人サイトで、テレビ朝日の大道具スタッフへの応募を済ましていた。面接日時は、今日の夕方四時であった。
     面接地に着いてみると、そこは僕の住むところとほとんど変わらないような、古びたアパートだった。スマートフォンで地図を確認したが、どうやらここで間違いないらしい。
     面接時間の丁度五分前といったところで、僕はメールに記載されたとおりに、103号室のチャイムを鳴らした。しばらくして、はあい、と、図太く間の抜けた声が扉の向こうから返ってくる。すると、扉が開いた。
     トランクスとランニングシャツを着たその男の腹は、今にもはち切れそうなほどに膨らんでいる。カーテンの開いた窓からの光で、頭頂部はぬらり、と嫌な輝きを放っていた。一見ただの民家にも見えるこの部屋が、どうやら本社であるらしい。片隅に数台も並んだデスクトップパソコンが、この部屋には不釣合いに思えた。
    「いつから働ける」
     男は大きく隙間の空いた前歯をちらつかせながら言った。いつからでも大丈夫であると答える。
    「好きなミュージシャンとかいるかい」
    「え、はあ、まあ、いますけど」
    「ひょっとしたら音楽番組で会えるかもしれないなあ」
     男は隙間の空いた前歯から息を漏らして笑った。
    「二十四歳かあ。今までは何もしてなかったの? 履歴書にはなにもかいてないけど」
    「はい、高校を卒業してからは、とくに……」
    「ニートってやつか」
    「まあ、そうですね」
    「どうして急にこっちに出て来たの」
    「このままではいけないと思いまして。東京に出て働いてみたいという思いもありましたし」
     男は腰掛けていたソファーから立ち上がり、冷蔵庫から缶ジュースを一本取り出すと、僕の前のテーブルに置く。
    「それ、飲んでいいよ。それじゃあ、明日からとか、大丈夫かな」
     現在のところ、テレビ局内の大道具スタッフを募集していた企業はこの会社だけだったこともあって、採用とも取れるこの言葉に、気持ちが高揚するのを感じた。
    「はい、大丈夫です」
     思いのほか場にそぐわない大きな声が出てしまった。
    「そしたら明日、六本木のこの店の前で待ち合わせだから」
     男をそう言うと、地図がプリントされたコピー用紙の、喫茶店の場所を指差す。
    「あとこれ、一応名刺渡しとくね」
     テーブルの上にかさばる書類のなかから引き抜いた名刺を僕に手渡す。そこには代表取締役社長の文字がプリントされていた。

     実家から届いたばかりのテレビを眺めながら、僕は一人、祝杯をあげていた。五百ミリ缶チューハイの、その半分ほどを一気に飲み下す。僕の上京生活は、今のところ、この上なく順調に進んでいる。もしかしたら。淡い期待を抱きつつ、僕は明日が来るのが楽しみで仕方なかった。テレビからは、どうしようもなくつまらないバラエティ番組が流れているけれど、それすらも心地よく感じられるほどであった。番組がコマーシャルへと切り替わる。コンビニで買ったミートソーススパゲッティをすすりながらぼんやりとテレビ画面を眺めていると、彼女がCMキャラクターを勤めるスマートフォン向けゲームアプリが流れてくる。僕は顔をほころばせながらそのコマーシャルを見届けた。幸福な心持だった。

     約束の時間よりも幾分早く待ち合わせ場所の喫茶店に着いた。社長はまだ来ていない様子だった。僕はスマートフォンでとくに興味もないニュースを閲覧しながら、彼の到着を待った。
     五分ほどして、彼が横断歩道を渡って歩いてくるのが見えた。僕は軽く会釈をする。
    「いやいや、あっついなあ今日は。入ろうか、ここ」
     僕は彼に言われるまま、喫茶店内へと入った。彼が言うには、ここはアイスココアが美味しいということだったので、二人ともそれを頼んだ。ウエイターが注文を復唱すると、カウンター内へと去っていく。
    「今日は局内を案内するだけになると思う。本格的に働いてもらうのは明日からになるかな。初めてでしょ、テレビ局に入るの」
     僕は、はい、と頷く。
    「といっても今日はスタジオと倉庫くらいしか行かないから、すぐ終わると思うよ。君は早く働いてお金が欲しいだろうけどね。今日は君のやるような仕事はないから、我慢してくれ」
     彼はまた、歯の隙間から息を漏らしては、がはは、と笑う。アイスココアが届くと、芸能人のあいつとあいつは性格が悪いだとか、どうでもいいような話を十数分ほど聞かされた。
     正面口ではない、恐らく機材やらを搬入する入り口に案内される。彼が入館証のようなものを警備員に見せ、僕の分の、本日限定の入館証を警備員から受け取ると、僕に手渡す。僕はそれを早速首へ掛けた。思い金属製の扉を開けると、中はいかにも裏口というような雰囲気で薄暗い廊下が続いていた。そこを進み階段を下ると、さらに長い廊下が続いていて、いくつもの事務所のような部屋が、扉を開け放した状態で、連なるように続いていた。彼はその一番奥の部屋へと僕を招き入れる。部屋の奥の、ロッカーとコの字型のソファーが置かれた場所まで僕を案内すると、ソファーへと座るように促される。どうやら彼がここに立ち寄るのは久々なようで、おそらく社員である男たちに、最近の仕事の調子について話しているようだった。
     その話も落ち着くと、数名の社員に、僕のことを紹介し始める。僕は、よろしくお願いします、と挨拶をする。すると彼らも、よろしく、と返してくる。
    「今日は、ちょっと局内案内するだけだけど、明日からは働いてもらうから。あんまりいじめるなよ」
     社長がそう言うと、男たちは笑った。
     僕は早速スタジオ内へと案内された。どうやらこれからゴールデンタイムに放送されている人気クイズ番組の収録が始まるらしく、既に多くの人気タレントたちが集まっていた。しかし彼女以外の芸能人というもにはまるで興味がない僕は、社長に、どうだ、凄いだろう、と言われても、曖昧な言葉を返すだけであった。
     次には倉庫へ案内され、どこにどんな道具やセットがあるかなどの説明を受けた。
     彼の言った通り、今日の見学はあっという間に終わった。明日のシフトの時間と、入館証は帰りに警備員に返しておいてくれ、などといったことを伝えると、自分はここに残るから先に帰るように言われた。僕は言われたとおりに入館証を警備員へと渡すと、僕はテレビ局を後にした。

     翌日、僕は約束の時間である夕方の四よりも五分ほど早くテレビ朝日へと着く。社長に言われたとおり、入り口前の警備員に所属する会社名と名前を伝える。警備員はインターホンで、恐らく僕の所属する部署へと確認を取ると、僕に入館証を差し出した。入り口の扉を開け中へ入る。裏口であるためかあまり空調が効いていなかったが、外方よりは幾分涼しく感じられた。
     階段を下りると、一番奥の部屋へと向かう。僕が室内へと入ると、パソコンで作業をしている者が数名と、ソファーに腰掛けてテレビを眺めているものが数名居た。ソファーに座る男の一人に僕は話しかける。
    「あのう、今日からここで働く者なんですけど」
     男は顔を僕へ向けると言う。
    「ああ、君か。まだ収録中で作業までは時間が掛かるから、座ってていいよ。あと、テーブルの上の弁当も今のうちに食べときな。今日は作業が始まると三四時間は食えないだろうから。」
     僕は頷くと弁当のひとつを手に取った。発泡スチロール製の蓋を開けると、なかには豚肉とキャベツを甘辛いソースで炒めたおかずとたくあん、白飯が溢れ出しそうなほどに盛り付けられていた。弁当が出ることは知っていて空腹だった僕はそれらを勢いよく頬張る。寸刻にその全てをたいらげると、僕は二つあるうちの一つのテレビ画面に目を留めた。片方の画面にはテレビ朝日の番組が流れていて、もう一方には現在のスタジオ内の様子が映されている。それを見る限り、まだ収録は続いているようだった。ソファーに腰掛ける人数も徐々に増えてきて、賑やかさが増してくる。幸いテレビ画面が二つもあるので、僕はなんとなく気疎い雰囲気のなか(気疎く思っているのは僕だけであろうけれど)、視線をそこへ留めることが出来た。一方の画面から、夕方のニュース番組が流れ始める。とくに気になるようなニュースでもなかったので、僕はふと視線を下へと向ける。テーブルの下の棚のような場所に、僕も好きなギャグ漫画が数冊置いてあることに気付く。僕はそれを手にすると、ページを開いた。十五分ほど読んだところであろうか。一人の、四十台くらいであろう男が部屋へと入ってくると、腰掛けていた全員が、それまで続けていた無駄話をやめ、崩れた姿勢を少し立て直す。
    「収録終わったから、今日は先にバラシな」
     彼がそう言うと、皆はいっせいに立ち上がり、部屋を出て行く。彼は僕の姿を認めると、戸棚からヘルメットと金槌などの道具一式の入ったポーチを僕に手渡す。
    「君が皆森くんね。現場の責任者の川口です。とりあえず、今日は俺についてくればいいから」
     彼は微笑みながらそう言った。彼の後に続き、スタジオ内へと入った。出演者はまだスタジオに残っていて、人気男性アイドルグループのメンバーである男が、客席に向かい、ありがとうございました、と頭を下げると、客席からは黄色い歓声が上がる。その男に続くようにして、他の出演者たちもスタジオ内から去っていった。
    「まずはセットのバラシ方から教えるな」
     男は僕をスタジオの裏へと招く。そこには大きなセットを支える木枠(人形と呼ぶらしい)が何本も並んでいた。彼は僕に人形のはずし方を丁寧に教えてくれた。まず、釘をはずす専用の道具を釘と木の間に差し込み、金槌でその道具を叩くことにより、てこの原理ではずすというものだった。僕は言われたとおりに作業をする。すると、簡単に釘は抜けたのだった。
    「上手いじゃん。その調子で人形を全部はずしちゃってくれ。はずした人形はそのままでいいから。終わったらまた俺のところに来て」
     彼はそう言い残すと他の作業場所へと去っていった。僕は言われたように、無数に打ち付けられた人形をひとうひとつはずしていく。ようやくその全てをはずし終えると、台車でセットを倉庫内へと運んでいた川口さんへ、作業を終えたことを報告する。
    「終わったか、それじゃあ次はこのセットを倉庫に片すのを手伝ってくれ」
     僕が台車の前を引っ張り、彼が後ろを押しながら、倉庫へと続く十坪ほどはあるエレベーターへと乗り込んだ。彼が大きな赤いスイッチを押すと、上からシャッターがゆっくりと降り始める。シャッターが完全に閉じると、轟音を立てながら、エレベーターはゆっくりと地下へと下っていった。
     エレベーターが地下へと着くと、ゆっくりとシャッターが開く。そこは体育館二個分ほどはありそうな広大な敷地だった。テレビ番組の巨大なセット類が、所狭しと置かれている。そっちいくぞ、彼はそう言って左方面を指差す。僕は台車の方向を転換させるように強く引いた。遠くの壁に掛けられた時計が米粒大ほどにしか望めないほどに長く続く通路のなか、台車を引っ張っていく。二十メートルほど進んだところで彼が言う。
    「ここで止まるよ」
     僕はそこで足を止めると、セットが並ぶ狭い通路へと台車を引き入れる。彼が台車に積まれたセットに掛けられたロープを解く。すると背丈の二倍ほどはある木板を、立てかけられたセットの隙間へと器用に差し込んでいく。僕もそれに習ってセットを空いた隙間へと差し込もうとする。しかし、それが思った以上に重く、僕はよろめき、持ち上げたセットを倒しかけてしまう。彼は慌てて倒れるそれを支えると、僕に代わって持ち上げる。僕は先刻のものよりも幾分小さいセットを片すように彼に言われる。それは僕にも容易に持ち上げることが出来た。数枚あったものの全てを片し終えると、空になった台車を押し、エレベーターへと向かう。シャッターが閉まり、上へ上がるエレベーターのなかで、彼が言う。
    「もっと体力つけなきゃ駄目だぞ。今のままじゃあ使い物にならないよ」
     僕は申し訳なさそうに頷いた。
     その後僕は、セットに取り付けられた小さな飾りなどを取り外すといった簡単な作業を任せられ、それを全て終えると、箱馬と呼ばれるいくつもの台を倉庫内へ片付けた。それらを全て終えると、最後にゴミ拾いやモップがけをし、ようやくその日の仕事を終えたのだった。
     結局、局を出たのは十一時半を回った頃だった。
     僕は着替えを済ませ、ソファーでくつろぐスタッフにお疲れ様でした、と声を掛けると、数人と一緒に局を出た。警備員に入館証を返す。すると、一人の同年代らしい男が僕に言った。「そっか、まだワンデーパスなのか」
     僕は彼に訊く。
    「ちゃんとした入館証って、いつ頃にもらえるんですか」
    「どうだったけなあ。何ヶ月か続けてればもらえると思うよ」
     他のスタッフは皆、僕とは帰り道がぎゃくであったのだが、彼だけは、どうやらぼくと同じ駅へ向かうようだった。駅への最中、彼が言う。
    「僕、山科って言います。皆森さんっすよね。今日一日やってみてどうっすか。この仕事は」
     彼は人懐っこそうな笑顔を見せながら言った。
    「けっこう大変ですね、ずっと動きっぱなしって感じで」
     僕は本心を言う。
    「でも、けっこう慣れるもんっすよ。僕も最初のうちはだいぶしんどかったですけど、今はそうでもないですし」
    「もう長いんですか」
    「高校を卒業してからずっとだから、もう七年くらいになりますねえ」
    「てことは、八十八年生まれですか」
    「そうっすね、皆森さんは何年ですか」
    「八十九年です。僕のほうがひとつ下ですね」
    「今まではなにをされていたんですか」
     僕は正直に答える。
    「なにもしてなかったんですよね。さすがにこのままじゃいけないな、と思って、初めてアルバイトを始めた感じで」
     彼は目を見開いて、へえ、と呟く。
    「さっきも言いましたけど慣れちゃえばどうってことのない仕事なんで、頑張りましょう」
     地下鉄の駅へと着くと、彼は僕とは方向が逆らしく、僕たちはホームで別れたのだった。

     アパートに着き、汗でべたついたTシャツを脱ぎ捨てると、僕はシャワーを浴びる。そのとき浴びたシャワーは、今まで浴びたいつよりも心地よく、爽快だった。 
     風呂から上がると、帰り際に買ってきたドライヤーで髪を乾かしながら時計を確認する。時間まではまだ二十分ほど残されていた。僕は寝巻き用のTシャツに着替え、コップに注いだ水道水を飲み下す。一週間前から待ち焦がれていたそのときが来るのが待ち遠しかった。
     その時間が来ると、テレビの画面に彼女の顔が映し出される。僕は心苦しいような心が華やぐような不思議な気持ちでその番組を見つめていた。少なくとも、以前の僕よりは彼女に近づけているはずなのだ。
     彼女のグループの冠番組も終演に差し掛かり、エンドロールが流れ始める。制作、テレビ朝日の文字が流れる。僕はなんとしてでもアルバイトを続ける。僕は自らに、一入強く誓った。

     僕は事務所のソファーに座りながら、皆と同じように弁当をつまんでいた。今日の弁当は、八宝菜にたくあんと白飯であった。それらを軽くたいらげ、収録が終わるのを待つ。なにやら廊下のほうがざわつき始めると、ソファーに座る皆が一斉に立ち上がり、スタジオへと向かった。僕もその流れについていくようにしてスタジオへと向かう。僕の作業は昨日とほとんど変わることがなく、人形をばらすことと、セットを倉庫に片す作業が主だった。しかしどうやら今日は、バラシのあと、少しの休憩を挟んで、設置の作業もあるらしかった。局内の自動販売機で買った炭酸ジュースを飲みながら、ソファーへと腰掛ける。
     川口さんが僕の隣へと腰掛けると、言った。
    「暇なときとかは、全然スタジオとか入って収録観覧しちゃってもいいよ。誰か好きなタレントとかいないの」
     僕は彼女の名を口にするには恥ずかしさがあったので、とくにいないです、と答える。
    「そっかあ。でも次の作業まではまだ時間があるし、ずっとここにいる必要もないからな」
     彼は僕にそう言うと、缶コーヒーを片手に部屋を出て行った。少しの間をおき、僕もジュースを片手に部屋を出た。
     会議室が連なる広々とした廊下は、僕が通う薄暗い廊下とは違い、いかにもオフィスという感じだった。テーブルと椅子が置かれ、外の景色を眺めながら飲食が出来るようなスペースまでもがある。そのうちの一つに座る女性は、とても整った顔立ちをしているように思った。おそらくタレントか何かであろう。次の作業が始まるまでまだ三十分ほどの時間が残っている。僕は彼女の腰掛けるテーブルの隣のテーブルへと腰掛ける。僕が局に入ったときには、まだ明るかった空も、今は文目もわからぬほどに黒く沈んでいる。隣に立つオフィスビルも、構内のその明かりを完全に消していた。遥か下方を走る車の音が、静かに聞こえてきた。
     僕は立ち上がると、明るい廊下のなかを歩く。僕が休憩時間なのにも関わらずこれほどまでに歩き回っている理由は言うまでもなく、もしかしたら彼女と出会えるのではないかという淡い期待を持っているからであった。すでに顔を知っているタレントとは数名すれ違ったが、やはり彼女以外のタレントになど、僕は全く興味がなかった。次の作業の時間がせまってきて、僕は仕方なしに、事務所へと戻ったのだった。
     初めての設置の仕事であった。今度は、今まで取り外してきた人形を、セット裏へと釘で打ちつける作業だった。一連の流れを川口さんから教わると、僕は足元へと運ばれてくるセットへと、ひたすらに釘を打ち付ける。その作業が全て終わると、それらのセットを連なるようにしてくっつける作業になる。しかし、どうやら今回はそれは僕の仕事ではないらしく、山科さんにこちらへ来るようにと呼ばれる。
    「これ、運ぶの手伝ってくれ」
     彼は国会議事堂を象った、像のようなものを重そうに顔をゆがめながら、セット内へと運んでいるところだった。僕はその像の反対側に手を掛けると、セット内へと運び入れた。サンキュー、彼はそう言うと、忙しなくエレベーターのほうへと歩いていく。すると丁度そこへ川口さんが通りかかり、倉庫からここへ台車を一台運んで来て欲しいとの旨を伝えた。
     その日、会社の負担でタクシーを呼んでもらい、アパートへ帰ることが出来たのは、深夜の二時過ぎであった。シャワーを浴びたいところだったけれど、限界にまで疲れが来ていた僕は、ベッドへと倒れこむと、そのまま寝てしまった。
     翌朝目覚めた僕は、久方ぶりに目覚めよく起きることが出来た。出窓を開けると、アパートの小さな庭を眺める。働いていることによる充実感というものは、正直全くないのだが、僕は何より、彼女と近づけているというその事実に、心が踊るのだ。ただそれだけのことなのだが、もう何年も感じていなかった心の高鳴りを感じることが出来たのだ。

     二週間ほどが経ち、仕事も徐々に慣れてきた頃、僕は事務所内のテーブルに置かれた新聞のテレビ番組表を見て、その胸が大きく波打つ鼓動を感じた。今夜八時からの生放送音楽番組に、彼女のグループが出演するとのことであった。ここのところ忙しくて彼女のメディア出演情報のチェックが甘かったことで気付かなかった。幸い、次の作業が始まるのは、八時半からである。今が丁度七時半であるから、十分、彼女を直に望むことは可能である。僕はいても立ってもいられずに、高鳴る気持ちのままに事務所を後にするとスタジオへと向かった。

     彼女に関連する物は全て捨てた。グラビア写真などはもちろん、CDやDVDまでもだ。あの日、僕は彼女を直に望むことは出来た。しかし、人気のお笑いタレントと楽しそうに談笑する彼女の姿を見て、なにか、漠然とした、諦めのような感情が、僕のなかいっぱいに広がったのである。きっと、彼女とそのお笑いタレントは、僕が思っているような関係ではないのであろうが、そういう問題ではなかった。彼女と僕の間に生じる、なにか大きな壁のようなものの存在を、感じざるを得なかったのである。大道具スタッフが好き、彼女はそうは言っているが、それは所詮建前に過ぎないのだと、どんな言葉よりも説得力のある形で思い知らされたと感じた。
     僕は、その日を持ってアルバイトを辞めた。
     存在意義をなくした東京の街を歩く僕は、力なく、ビルに掲げられた広告を見つめた。彼女が、いまだ強い輝きを持って、やさしく微笑んでいた。


  • はいっ!!!!近況報告っ!!!!!!☆☆☆

    2014-08-02 07:06
    おはようございますっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!☆☆☆☆☆☆☆

    なまのーとと申しますっ!!!!!!!!!!!!!!!!!


    近況報告させてくださいっ

    最近はまた昼夜逆転しちゃってるでごわす、、。
    朝の8時に寝て夕方の4時に起きる的な。


    直してえええええええええええええええええwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

    けど直せないのよね。。。。。。。。。。。一度逆転した生活って直すのがガチ大変。
    直したいって想いだけじゃあ直せないものです、



    てか、

    僕最近ニコ生の生霊にとりつかれてるんじゃね?ってくらいにニコ生やってますよねー!!

    いや、継続は力なりです。ほんとに。これからも続けていきたいなー。

    いや、その前に小説書けよってハナシ!!!!!!!!!!

    いやその前にバイトしろよってハナシかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


    金ねーもんなーまじで、、、、、、、、、、、、、、、、、。


    欲しいもんなんも買えねーよ。AV(オーディオビジュアルじゃないほう)とかエロ漫画とか高級オナホとか。。。。。。。。。。。。。。。。


    エロ系以外に欲しいものねーのかよ俺。


    まーでもなんにせよ最近僕はなんだかちょっと活動的になってるっぽくて嬉しい。ル○ックスのおかげかしら。なんにせよ嬉しい。


    てかてか中古じゃないちゃんとしたパソコンが欲しいっ!今のパソコン低スペすぎて使えねー。配信しながらワード起動しただけでフリーズするとかふざけてんの????いつの時代のPCだよお前はっ!☆って突っ込みたくなっちゃいますよね。
    パソコンは高いから無理としても、やっぱお金欲しいから、この夏は短期のバイトでもしようかな。人間関係後腐れないバイト。

    あ、あと、今書いてる小説が今のところけっこー良さげに書けてます!このまま良さげに最後までかけたらいいなーーー。未来の僕お願いね!!!!!

    てなわけで近況報告でしたっ
    ここまで読んでくれてありがとうございますっ!