• 不登校からの生還 その後の話

    2017-09-02 17:50

    前回の記事で不登校から転校。

    そして出席日数や白紙の通知表の問題を転向後の中学校の

    先生方に助けてもらいながら、クリアして高校に入学、

    そして3年間の高校生活を楽しみながら

    卒業を迎えたということを書いた。




    私が卒業した私立の女子校は短大が併設されていて

    卒業すれば希望者は優先的に短大に進学することが出来た。

    その短大は幼児教育を学べるところで幼稚園教諭や保育士の資格を

    取得することが出来た。





    だから、不登校だった時期があっても短大で資格をとって

    幼児教育の現場で働くことは可能だった。


    他にも外部の大学に進学した子もいたし、日本郵政だとか

    大手の企業に就職した子も多く、就職率だって悪くはなかった。



    だけど、高校卒業後、大学に進学することも、就職することも

    私はしなかった。

    高校ではクラス委員もやってたし、取り立てて問題のある生徒ではなかった。

    担任の先生には併設の短大への進学を勧められた。

    だから就職も進学も「できなかった」ではなく「しなかった」だ。




    ※卒業した高校のパンフレット アホ面である

    これ、勘違いしてもらいたくないんだけど、自慢とかではないからね!!

    不登校だった時期があってもそれを乗り越えれば

    決してハンデにはならないってことを伝えたいから

    読んでて自分でも鼻につくなと思いながらも敢えて書いてるんだからね。



    じゃあ、何故、就職も進学もせず、今、フリーターなのか?

    ここから先に書くことはライブ活動や歌を続けていくために何をすべきなのか?

    ってことなんだけど、これ自分がやりたいことに置き換えて読んでほしい。



    私の一番やりたいことは歌をうたうこと。

    自分で曲を作って歌っていくことだ。



    それを聞いて世間一般の人が思うのは

    「歌手として、或いはアーティストとしてメジャーデビューしたいんだろう?」

    ってことだと思う。



    ライブ活動を始めたばかりの頃は私もそう思っていた。

    だから、事務所に所属していた時期もあったし、

    お誘いを受けた事務所の方の話も聞きに行ったりもした。



    12歳のことから19歳の今までライブ活動を続けてきた今、

    色々なことを知り、色々なことを経験してきて大きく考え方が変わった。

    必ずしも事務所に所属して活動することがいいことだとは思わなくなった。



    勿論、有名になるためには大手の事務所に所属したほうがいいだろうし

    そこを否定するつもりはない。

    規模の大きなライブイベントやテレビや雑誌に取り上げてもらうには

    事務所の力が必要だし、プロモーションだって資金が多ければ多いほど

    効果があると思う。

    スポンサー的な企業や団体に繋がるには個人より

    事務所のほうが有利に決まっている。

    事務所はアーティストやタレントを売り込むために様々な努力をするし

    所属した人間は事務所の意向に沿うよう努力しなきゃいけない。



    それはどんな会社でも同じことだと思う。



    ただ、私は自分のやりたいこと、歌いたい歌を自分で作っていきたいと思った。

    じゃあ、どうやってライブ活動を続けていくか?

    そこで私が考えたのは自分ができることで資金を作っていくというやり方。



    まずはオリジナル曲のCDの制作。

    初めてのCDはあさがやドラムさんの協力を得て、自費で制作した。


    その制作費の元が今、やっと回収できたところだ。

    今後、売れた分のCDの代金は次のCDの制作費に充てることになる。



    高校3年生の冬コミからサークル参加している、

    コミケのコスプレ写真集やROMも制作費分を回収できたら

    次の写真集やROMの制作費用やライブ活動のための資金になる。




    隔月で開催している、主催撮影会の収益も普段のライブの物販も

    主催ライブの経費や普段のライブ活動のための交通費や

    物販の制作費になる。




    今のところは経費を回収するのでいっぱいいっぱいで

    赤字にはなってないけど、趣味の範疇を超えて

    仕事としてやっていくにはまだ時間がかかると思う。

    だけど、事務所に所属しなくてもやりたいことを

    自分のやり方で実現できる方法はきっとあるんだと思い始めている。



    まだ未成年だし、親の脛かじりの実家ぐらしだから生活費はほぼ掛からないし、

    自分の服や趣味に使うお金はアルバイトで賄っているけど

    いずれは歌やコスプレ写真集やROMで生活費まで捻出できるようになるのが

    今のところの目標だ。



    これ、いつか、ちゃんとできるようになれば不登校からの

    起業っていうやつになるだろうか?

    何年かかるかわからないけど。



    では、またあとでε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ


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  • 不登校は正当防衛だ 不登校からの生還

    2017-09-02 17:36

    酷いいじめを受けて学校に居場所がない

    学校に行くことが怖い

    死にたくなるほど学校に行きたくないなら

    不登校を選ぶべきだと何度も書いてきた。



    だけど、実際に不登校を選ぶには自分だけでは

    どうにもならないという子が大勢いる。

    親が許してくれるわけがないだろう。

    親に余計な心配かけたくない。

    不登校を選べない理由は私にもわかる。



    私もオカンが気付いてくれるまで毎日、駅前の床屋さんに

    いさせてもらってたから。

    だけど、ちゃんと話せばわかってくれる親のほうが多いと思う。



    自分がどんな風に学校での時間を過ごしてたのか?

    誰に何をされたのか?

    話を聞いてそれでも学校にいけっていう親は少ないと思う。



    それでもわかってくれないならこれを読んでもらってほしい。



    正当防衛の定義 ←クリックして読んでみてほしい。


    自分の命を守る権利は子どもにだってある。

    わからず屋の大人たちは不登校になることを犯罪みたいに言うけど

    不登校になることは絶対に過剰防衛にならない、正当防衛なんだ。



    不登校になって命を守ることに成功したら

    ボロボロになった心と身体を休めて、その先のことを考えよう。



    公立の小中学校であれば、同じ市内、区内、町内での転校は勿論、

    県外であったとしても住所をそのままで転校することはできる。

    教育委員会に寄っては無理だと言われるかもしれないが

    私自身、2ちゃんねる裁判の時に千葉県から神奈川県の中学校に

    住所をそのままで一時的に転校していたから出来ないわけはない。

    無理ですって言われたとしてもそれは法的にどうこうってわけじゃなく、

    ただ担当者が面倒くさいからだ。

    もし、住んでる地域の教育委員会で門前払いを食らったら

    転校したい地域の教育委員会に話してみよう。

    私の場合、千葉では無理だと言われたけど

    オカンが神奈川の教育委員会に話をして受け入れてもらえることに

    なった途端、手の平返しで千葉でも許可が出たそうだ。



    私の場合は2ちゃんねる裁判の後、一度千葉に戻ったけど

    いじめがエスカレートして結局、2年の2学期に完全な不登校になって

    3年になる時に引っ越しして転校した。

    転校先では毎日、普通に学校に行けたし、友だちもできた。

    修学旅行、合唱コンクール、体育祭と学校行事も参加できて

    楽しい学校生活を送ることが出来た。



    前にニコ生の公式で他の出演者さんに

    「いじめられるやつはどこに行ったっていじめられるんだ、

    だから転校しても無駄だ」って言われたんだけど、

    そんなの大嘘だから!!!



    小中学校だったら不登校、転校

    高校だったら、通信制、定時制高校(今は夜間だけじゃなく昼間定時制もある)

    高卒認定試験 と大学に進学するための手段だってある。

    ※青字の所をクリックすると詳しい情報が見られます。



    不登校になったから人生詰んだなんて思う必要ないから。



    とにかくまずは生きよう!



    では、またあとでε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ



  • よっさんVS某暴走族元総長 第一回ロックな人生を送っている人に聞いてみた

    2017-06-11 14:26
    昨日の夜、第一回「ロックな人生を送ってる人に聞いてみた」という配信をしました。
    第一回目のゲストは某暴走族の元総長さんの23さん。

    この23さん、実はうちのオトンの自衛官時代の教え子だったそうです。
    23さんが新隊員教育隊の時にうちのオトンは班長(教官みたいなもの)で基本教練から戦闘訓練、自衛隊服務という自衛官としてのイロハを教えたわけだそうです。
    23さんが駐屯地に配属になった時、自衛隊始まって以来の問題児ということで、当時、全国自衛隊徒手格闘選手権青少年の部(18歳から24歳まで)で準優勝したばかりの腕っ節を買われた、オトンが23さんのいる班の班長になったんだそうです。

    とにかく、言うことは聞かない、脱走はする、挙句の果てにオトンを屋上に呼び出すという、
    傍若無人ぶりだったそうです。23さんにしてみれば、喧嘩で暴走族の総長にまで昇り詰めたという自負があるから23歳のおっさんになんか負けるわけないだろ?と高をくくっていたんだそうです。ところがいざ屋上に呼び出して殴りかかったら赤子の手をひねるように簡単に返り討ちに遭い、「俺に食って掛かってくる根性を人助けに役立てようぜ!」と諭されて、そこから毎日、一緒に体を鍛えたり、格闘技の訓練をしたそうです。

    まあ、そんな感じで23さんが自衛隊を辞め、オトンもあんちゃんの病気で(あんちゃんは昔、体が弱く細菌性の髄膜炎で生死の境をさまよいました)自衛隊を辞めたあとも、道場で若い生徒さんに一緒に格闘技を教えたりしていて、何年かに一度音信不通になりながらも今も時々、連絡を取り合ったりしているわけです。

    今回の企画を思いついたのも、3年位音信不通になっていた、23さんからまた、連絡が来たことがきっかけでした。私のことを赤ちゃんの時から知っている、23さんが昨年の11月の世界仰天ニュースを見て、今も何かしらのトラブルに巻き込まれてるんじゃないかと心配して連絡してきてくれたんだそうです。私も来年、20歳になるし色んな人生を送ってる人の話を聞いて、カッコイイ大人になれたらいいなーと思ったわけです。

    さて、前置きが長くなりましたが、昨日の配信の前にニコ生でリスナーさんから聞きたいことを募集しまして、それにそって私が質問していきました。23さんもニコニコ笑いながら和やかな感じで一つ一つ、意味の分からない質問にも丁寧に答えてくださっていました。一枠目の最後には私のある意味、ライフワークでもあるいじめ問題についても質問させていただきました。23さんの答えは「誰でも本当はいじめられる要素はあるんだよ、それがいじめられる側になるか、いじめる側になるかはその時の状況による。社会が変わらないといじめはなくならないのでは?」とのことでした。

    そんな和やかな空気が変わったのは一枠目で聞けなかった質問をしようと始めた、二枠目の後半でした。たまたま、ミラーしながら配信を見てくださっていたよっさんこと森義之さんのリスナーさんたちが画面が見えなくなるほどの弾幕を打ってくださいまして・・・。
    更には23さんを煽りまくり、「よっさんが自枠でめちゃめちゃディスってるぞ!」とか「電話してこいって言ってる」とか親切によっさんさんの電話番号をコメントしてくださる方もいたり・・・。23さんは45歳でもう26年もまえに暴走族は引退して、今はクレープ屋さんを経営してるのに社会不適合者だのなんだの。

    枠が終わったあと、イラッとした23さん、配信中のよっさんさんに電話しちゃったんですね。せっかくなんで話してる様子を自枠で配信しました。
    色々私が質問するだけということでお願いして話してくださってた23さんにしてみれば初めてのニコ生で知らない人にああでもない、こうでもないとディスられたら面白いわけないじゃないですか。

    結局30分間、電話でディベートですよ。私はああ、喧嘩凸ってこんな感じなんだとお二人の会話を見ながら個人的には物凄く面白くて、ずっと画面の端っこで笑ってました。
    最終的には私も電話でお話させていただいて、なんとなく和解ムードで電話を切ったのですが、その後のよっさんさんのTweetで1ヶ月の間、配信できなくなってしまったとか!!

    よっさんさんはめっちゃ有名な方ですし、私のような底辺生主に絡んできても美味しいことはひとつもないのに!私的には綺麗な弾幕を見られて、23さんとよっさんさんのやり取りも面白く見せて頂いてたんですが・・・。

    こないだ、言論の自由と誹謗中傷という記事を書いたばかりだったので、ああ、こういうこともあるよなーと思いました。

    最後になりましたがよっさんさん、また、配信できるようになったら放送見に行かせていただきます!!!昨日はありがとうございました~。