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CNNやザ・世界仰天ニュースで取り上げられた生主がいじめについて書いてみる
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CNNやザ・世界仰天ニュースで取り上げられた生主がいじめについて書いてみる

2016-12-09 14:50
    仲良しだった友達にある日、一緒にトイレ行こうよ!と言われた。トイレに入った途端、待ち受けていた、数人の同級生に囲まれていきなり、往復ビンタされたのが私が体験した、いじめの始まりだった。

    これ、中学や高校の話ではないんだよ。小学2年生の時の話。
    小学2年生ってザリガニ釣ったり、チャリンコで走り回るだけで楽しくて仕方なかった時期だと思う。そんな時期に同級生をトイレに呼び出して暴力を振るうってどんだけひねた子どもだよ!って今は思うのだが、その頃の私はとてもヘタレだったのでトイレの個室に逃げ込んで泣いていた。そこに追い打ちをかけるようにトイレットペーパーを個室に投げ込まれたり、水をかけられたり・・・。ずぶ濡れになって泣いているところを騒ぎに気づいた担任の先生に保護された。

    首謀者の子は先生に叱られたのか、そこからしばらくはあまり、私に絡んでは来なかったし、私を呼び出した仲良しの友達は脅されたとは言え、いじめに加担したことを謝ってくれたし、その後も仲良くしていた。

    小学5年でブログを始め、小6でコミケに参戦。その後、コスプレサイトに登録をしているのをみたジュニアモテルの事務所にスカウトされて活動を始めた。宣伝を兼ねてコスプレ画像をあげたりしているうちにブログから芸名がバレた。軽くいじられることが増えてきて「にゃにゃえでけんさくけんさくー!」などと軽くいじられだした。この頃はホントに軽くいじられる程度で私もそこまで気にしてはいなかった。

    中学1年の10月。例の仰天ニュースの元ネタでもある、2ちゃんねる事件に遭った。学年主任が不用意に住所を伝えたことで両親が学校に抗議したせいか、はたまた、一時的に神奈川の中学校に緊急避難的に転校していたせいか、中1の2月に千葉の中学校に戻ってからは教師までもが「バカはちゃんとノート取らなきゃダメだろ!」(ノート取ってたのに)「こんな点数しか取れないのか?ちゃんと授業聞いてないだろ?」と点数をバラしたり・・・。こいつはいじめてもいいやつという空気を醸し出したせいで、いじりが完全ないじめに変わった。


    千葉の中学のリアル制服(これは中3で既に引っ越し済み)

    中学2年の5月に2ちゃんねる事件の裁判が始まった頃に、運悪く完全にリンクするように
    「オタクは学校来んなよ!」と言われ始め、ホウキで殴られる。体育の水泳の授業中にデッキブラシが飛んできておでこに的中し、溺れかける。廊下でジャージを降ろされてパンツになる。扉に仕込まれた黒板消しに気づかずまんまと引っかかり、髪が真っ白になる。体育着をゴミ箱に捨てられる。などなど、バラエティーに富んだいじめの数々にバイオレンスな日々を経験させていただいた。

    「オメーのチャリ置き場ねーから!」と学校に指定された私の場所を他の生徒に使われだしたことをきっかけに中学2年の2学期に完全な不登校になった。そして中学3年の4月には神奈川の中学校に転校手続きが済んでいたにも関わらず、5月の連休明けまで学校に行けなかった。ちなみに中学2年の3学期の通知表はまるっきりの白紙だった。




    多分当時のニコ生?

    ニコ生を始めたのは中2の2月。私はほぼ毎日、家族と一緒に配信しているので古くからのリスナーさんは私の不登校時代をそうとは知らずに見ていたことになる。中学3年の5月に偶然、放送を見ていた、緊急避難時の同級生ゆずサマーが「学校おいでよ!」とコメントをくれたのを見てくれていた人もいるかもしれない。彼女のコメントに励まされ、勇気を振り絞って学校に行くと「お!よく来たね!」とゆずサマーは笑顔で声を掛けてくれた。ゆずサマーは割りと最近でもたまーに放送を見てコメントを入れてくれるのでリスナーさんも名前くらいは知っていると思う。私の大切な友人で恩人でもある。本人に直接、言ったことはないけど。

    と長々といじめの経緯や2ちゃんねる事件について書いてきたが、高校を卒業した今、あの頃を振り返って考えてみると気付くことがある。それは何故、私が今も元気にヘラヘラと笑いながら生きていけるのか?ということだ。

    いじめを受けることで一番のダメージは「自分を否定されることなんじゃないか」と私はおもうのだ。いじめをする側は大した意味もなく、或いは何の根拠もなく被害者の全てを否定する。長所だろうが短所だろうがお構いなしだ。
    勉強のできる子には「ガリ勉野郎」「勉強以外、能がないやつ」
    正義感の強い子には「偽善者」「いい子ぶってる嫌な奴」
    おとなしくて優しい子には「ヘタレ」「陰気」「根暗」「オタク」「ビビリ」
    容姿がいい子には「勘違い」「ブス」「ナルシスト」「カッコつけ」

    学校という閉鎖的な社会の中で毎日のように否定され続ける苦痛。そのうち、自分が駄目な人間だからいじめを受けても仕方がないんじゃないかと誹謗中傷を受け入れてしまうようになるのだ。そうなれば自己否定が始まる。
    「私のような人間が生きていたら申し訳ない」
    「どうせ、誰にとっても価値のない人間なんだから」
    「何をしても誰も認めてなんかくれない」

    その結果、自己否定が当たり前になって、褒めてくれる人、認めてくれる人がいてもその言葉を素直に受け入れられなくなる。人と接することが怖くなり、誰かと真剣に向き合うことができなくなる。自分を認められないから他人のことも認められなくなる。どうせ何をしても認めてもらえないなら何もする必要はない。他人と同じ空間にいることが苦痛だから外に出たくない・・・立派なヒキニートの出来上がりである。

    私自身、不登校だった時期に危うく陥りかけたことがある。

    先生がちゃんと話を聞いてくれればまだ、救いはあるのだが、私が通っていた千葉の中学校の先生は「お前にも原因があるんじゃないのか?いじめを解決する努力はしたのか?」と言った具合で正直なところ、話にならなかった。

    私はニコ生やライブ活動をしていたので幸いにも学校以外の自分の居場所を持っていたし、家族も私の気持ちや置かれている状況を理解してくれた。学校で何を言われても、何をされても学校だけが世界じゃないと知っていた。ネットの中で叩かれていた時にも、その一方で私を助けようと動いてくれた、優しい人たちが大勢いた。ニコ生でくだらない話を笑いながら聞いてくれたり、面白いコメントで笑わせてくれたり、一緒に怒ってくれたり。ちゃんと認めてくれる人もいるんだと本当に励まされた。CNNで取り上げていただいたのもライブやネットの中に自分の居場所を見つけることが出来たからだと思う。

    学校以外の場所という意味では塾や習い事などで、他校の人たちや地域の人たちと繋がって行ければいいのかも知れないが、中学生のネットワークは想像以上に広がっていて、同じ学校の生徒が係る場所では校内で起きているいじめと変わらない状況が起きる可能性もある。
    SNSがこれだけ普及すればどこにいても同じだ。SNSをなくせばいじめが減るんじゃないか?
    一日中、繋がっていられるLINEがいじめを助長している。転校してもいじめはなくならないし、意味がないという大人がいる。

    だけど本当にそうだろうか?私は転校して神奈川の中学校に行ってから一切、いじめを受けることはなかった。高校に進学してからも多少のいざこざはあったが、それがいじめになる前にみんなで解決できたし、楽しい高校生活を送って今年の3月に高校を無事、卒業することが出来た。もちろん、小5から続けているブログも、コスプレサイトもニコ生もTwitterも、何一つ、辞めずに続けたままだ。そこから私の全てが始まって今も広がり続けていると、自負しているからだ。




    ネットにだってもちろん、問題点はたくさんある。仰天ニュースの中で中居正広氏が言っていたように「普通の人がネットに画像をあげてしまう危険」そこから情報をほじくり返されて学校に電凸されたことも事実だし、危険がないという気もサラサラない。だけど、だからといって情報を発信すること自体が悪いわけではない。本当に問題なのは他人の個人情報を違法だと知っているにも関わらず書き込むこと。根拠のない情報やデマを無責任に書き込むこと。故意に他人を傷つける内容の書き込みをすること。

    規制すべきなのはそういった犯罪行為そのものであり、インターネットではないはずだ。

    世界仰天ニュースの放送後、Twitterやニコ生のコメントで「自分で制服の画像をあげたことで
    個人情報を晒されたとか、自業自得だろ?」という意見が山のように寄せられた。
    だけど、本気でそう思っているのだとしたら、正直、認識の甘さを笑わざるをえない。
    例えば、学校で書いた作文が何かのコンクールで表彰を受ければ本名と学校名からさらなる情報を特定されることもある時代だ。或いは会社のHPの社員紹介で写真を公開されたら?
    誰もが見られる場所には個人特定をされる可能性のある情報がいくらでも転がっている。

    特定される原因があるから個人情報を勝手に書き込まれても自業自得という考え方はいじめられる側にも原因があるという身勝手な理屈と同じだと私は思うのだ。

    犯罪行為はいかなる理由があろうと犯罪行為にすぎない。それは変わることのない事実だ。
    なんだかんだと理由をつけて被害者に責任の一端があるという暴論はそろそろやめたほうがいい。

    私にとっていじめの問題とネットの問題は常にくっついてくる厄介なものなのだが、だからこそ、そこから目をそらさずにこれからも書き続けていきたいと思っている。






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