the pillows 30周年と俺。
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

the pillows 30周年と俺。

2019-10-21 23:23
    どうもシュウヘイです。

    少し前に劇場版仮面ライダージオウ はthe pillowsだった、って感想を書いた者だ。
    あの時はとても多くの反響を頂いて、驚きと嬉しさが入り混じっていたよ。
    こんなこと考えてるの俺だけだと思っていたのに、結構な人々が共感してくれて、
    感謝している。
    ありがとう。

    もう少し前には、VRアイドルの誕生日イベントに、
    山中さわおを勝手に登場させて新幹線に飛び乗り遊びに行く、というMAD を投稿していた。

    1年間VRアイドルえのぐのメンバーの誕生日にさわおを向かわせて、
    それぞれにテーマソングだ!とピロウズの楽曲を当てはめては遊んでいたよ。

    今日はジオウ やえのぐの話ではない。
    the pillowsの話だ。

    俺はピロウズを愛してやまないニンゲンだが、
    上記のように他のコンテンツと絡めて物事を発信してはいるものの、
    ピロウズ自体についてちゃんと書いたことがないな、と気づいた。
    そんなものに需要があるかどうかは知ったことではないが、
    先日の30周年ライブでとても多くのものを感じたし、
    こんな機会じゃないと書くこともないだろうなと思い、
    個人的な備忘録も兼ねて書こうと思った次第だ。
    多分何も面白くないよ、こんなもん読む暇があったら
    平田ぱんだのロックンロールの話を読んでくれ。

    さて、そんなこんなで10月17日、the pillows 30周年ライブ「LOSTMAN GO TO YOKOHAMA ARENA」へ行ってきたよ。
    スタンディングのAブロックと、いいチケットが入手出来ていた。
    先に全ての演奏が終了した時の俺の感情を書こう。

    ライブハウス横浜アリーナ!
    た、足らねえ〜〜〜!
    日付変わるまでやってくれよ!
    次の!次のライブいつだよ!
    まだ歌ってくれ!まだまだ聴かせてくれ!

    こんな感じだった。今もそうだ。

    この感情に至るまでの経緯を書こう。
    そうあれは30年前、1989年の12月、俺がこの世に生を受けた時のこと…

    嘘だ。

    今年の年明け、渋谷で行われたデリシャスレーベルのカウントダウンライブ会場に俺はいた。
    そこで30周年ライブの詳細が発表された。
    「俺の音楽人生で最高のライブにしてやる」
    以降も横浜アリーナまで、この言葉を幾度も告げていたさわお。
    年明け以降、俺は何本かピロウズのライブに行った。
    REBROADCAST TOURは3回、
    映画「王様になれ」の撮影にエキストラ参加した際に行われたミニライブ。
    ライブに行く度、確実に調子が上がっていることを、ひしひしと感じていた。
    ベストをどんどん更新していくような、そんな気がしていたんだ。

    そして4月に行われたARBAKI ROCK FEST.
    このライブはピロウズアニバーサリーイヤーとしても重要なライブだったが、
    同時に邦楽ロックの歴史としてもとても意義深いライブだった。
    あの場に居合わせることが出来て本当に良かった。
    多分俺がジジイになったら「平成最後のアラバキロックフェス」
    という話を若者に延々とし続けて疎まれると思う。
    それぐらい貴重な体験だった。

    ゲストとして、ピロウズを慕う、ピロウズを聴いて育った現在一線で活躍する
    邦楽ロックバンドのボーカルやベーシストが多数出演した。
    ユニゾン田淵でバビロン天使の詩やった際、
    「混ざりたくて今も奮闘中」って歌詞が本当に混ざっちゃったよこいつ!
    と思って感慨深かったし、
    ストレイテナーホリエアツシがMY FOOTを歌い終えた後、
    「この背中を見て進んできました」という言葉がとても心に残っている。

    そして極め付けは、佐野元春だ。
    「佐野元春がFunny Bunnyを歌った」
    この情報だけでピロウズを、山中さわおを知ってるニンゲンはご飯が食べられるのではないだろうか。
    普段はシンガロングする1番のサビ、誰も歌えなかった。
    あの夜においてあの言葉は、佐野元春から山中さわおに送られていたんだ。
    俺達が歌っていい場面じゃない。
    サビの後、さわおを指差す佐野元春。
    眩しかった。涙が止まらなかった。

    佐野元春のロックンロールの引力に惹かれていた少年時代のさわお。
    いつしかさわお自身が中心に、震源地になって、多くの後輩ミュージシャンがロックンロールにのめり込んでいった。
    その歴史を凝縮して、言葉でなく良い音楽を奏でることで見せつけてくるような、
    4月にしては嘘のように寒い夜だったが、確かに熱い夜だった。
    アンコールのMCで、佐野元春と共演出来たことについて感極まっていたさわお。
    そして歌う曲がストレンジカメレオン。
    こんなにも幸せなステージを、特別な夜を作りながら、お前は孤独と自由について歌うのか。
    そしてハイブリッドレインボウ。
    凄まじかった。またベストを更新しやがった。
    メンバーがはけた後も、俺も含めて多くの観客が帰らなかった。
    ダブルアンコールを望むように手拍子を鳴らし続けていた。
    機材の撤収が始まり叶わなかったが、さっきからこれしか言ってない気がする、
    凄まじい夜だった。

    その後もデリシャス20周年や、
    a flood of circleとの名古屋クアトロ対バンなどのライブも観に行った。
    REBROADCAST TOURの時もそうだったが、
    どのライブハウスでもNo Surrenderをやっていたんだ。

    生き延びてまた会おう!

    そうシャウトしていたさわお。
    聴いていた誰もが横浜アリーナで待ってるぞ、という意味に捉えたことだろう。

    あと完全に余談で厄介なことを言うが、
    名古屋クアトロのライブで運良くめちゃめちゃチケットの番号が若かったので、
    最前で観ていたんだ。
    No Surrender演奏中、一番サビの「悪夢を蹴散らす歌を」の時、
    完全にさわおは指を立て俺を見ながら歌っていた!
    キュン……ッ!ってなったよね。
    うるせーよ馬鹿野郎。

    2019年、俺はピロウズをずっと追いかけていた。
    迎えた10月17日、期待感、高揚感はもちろんあったが、
    かといって過剰にドキドキするでもなく、自分でも結構落ち着いていたと思う。
    横浜アリーナ近くに取ったホテルで、開演30分前までドラフト会議の中継見たりしていた。
    「俺の音楽人生で最高のライブをやってやる」
    年明けにそう宣言したさわおの言葉はきっと現実になるだろう。
    1年間ピロウズのライブを追ってきた俺は確信していた。
    いい夜になることは間違いない。
    Tシャツにカーディガンを羽織って、同じような格好をしたバスターズひしめく横浜アリーナへ向ったんだ。

    アカペラでの「聴こえてくるのはキミの声 それ以外はいらなくなってた」
    この世の果てまで で始まったライブ。
    一曲ずつ書こうかなと思ったけど、多分俺もぱんだみたいに飽きてくるし、
    そもそもの前置きが長いので一番伝えたいとこに的を絞ろうと思う。

    ライブの定番曲が続きながら、一期のぼくはかけら、サリバンになりたい、
    重要なバンドソング 1989 や 雨上がりに見た幻 など、どこを切り取っても無駄のない、
    いやそもそもこのライブで無駄なんて生じてたまるかって話なんだけど、
    適切な言い方かわかんないが、100点を次々とぶつけられるような、
    そんな時間がずっと続いていた。

    普段はおちゃらけたMCをするさわおも、言葉が少なかった。
    ギターのチューニングをしながら低いトーンで、
    「みんな、無職?」
    「俺のいいつけ守って、仕事辞めてきた?」
    と呟く場面があったが、結構会場全体が困り笑いしていたと思う。

    お前それ酒飲んでヘラヘラしながら
    「俺たちレベルのバンドだと平日しか横浜アリーナ抑えられなかったから、
    みんな仕事辞めて集まってくれ!」
    って冗談めかして言ってたことだから、
    そんなマジトーンみたいに言っても伝わらねぇだろ!と俺は思っていた。

    ライブも終盤に差し掛かり、メンバー紹介で真鍋さんが30年間、
    歩んできたことに対して関係者や集まったファンに感謝を述べ、感極まった姿を見せた後、
    「もう少しやろう」
    とさわおが告げ始まったSwanky Street。
    だがここで、イントロをミスって演奏が止まるハプニングが起こる!
    この日初めてだったんじゃないだろうか、ほころんだ表情を見せながら、
    「お前が柄にもなく感動的な話するからだよ!」
    と真鍋さんを指差すさわお。
    「やっぱ俺たち横浜アリーナでやるようなバンドじゃなかったんだ」
    「あんなに練習したのにな…」
    とぼやいていた。

    この失敗によって、メンバーも、横浜アリーナ会場全体も、一気に弛緩してしまった。
    Swanky Streetやり直す際、唐突にシンイチロウさんがドラムを入れるので慌てながら
    ジャージャジャーン!とギターを合わせるさわお。めっちゃニヤニヤしていた。
    一番のサビに入ろうとする際、あ、と思った。

    僕らは間違いながら何度も傷付いたけど

    涙が出てきた。
    そしてあの場にいたバスターズに問いたいが、
    このSwanky Streetめちゃめちゃよくなかったか?
    俺が今回のライブで一曲選べって言われたらこのSwanky Street をあげるよ。

    前々から横浜アリーナに向けて、
    「頭のてっぺんから爪先まで全神経集中させて、
    俺が完璧だと思うステージを作るよ」
    とさわおは語っていた。
    それが崩れてしまった。
    本人にとってはすげぇ悔しいことだとは思う。
    ただこの失敗が、メンバーも観客もいい具合に肩の力が抜けて、いい作用を及ぼしたと思う。

    About A Rock'n'Roll Band, LITTLE BUSTERS, Ready Steady Go!
    とロックンロールナンバーが続く。
    それを観ながら、聴きながら、拳を振り上げながら、
    いつものピロウズだ、と思った。
    ライブハウスで観ている、いつものピロウズだと。

    この時、俺は横浜アリーナの会場の広さなんて忘れていた。
    後ろに何千人ものバスターズがいることなんて忘れていた。
    ステージ上のピロウズと、俺と、同じ音楽を楽しんで踊って拳振り上げてる周りの奴ら。
    それしかいなかった。
    横浜アリーナがライブハウスになった。
    どこのライブハウスよりもブチ上がった三曲だった。
    銀テープ飛んだ時に「あ!そうかここは横浜アリーナだった!」とは思ったけども。
    そしてはけていくメンバー。
    正直Swanky Streetからライブがまた始まった感があったので、
    もう終わっちゃうのかよ!?と俺は全然満たされていなかった!

    アンコール、ストレンジカメレオン。
    真鍋さんのギターキレっキレだった。
    こんないい曲だったか!?
    もともといい曲だバカ野郎、と言われること必至だが、
    いや、これ最高傑作じゃないか!?
    もともと最高傑作だバカ野郎。
    いや、ホントに適切な言葉が浮かばないが、このストレンジカメレオン、
    出来過ぎていた。
    なんか怖かったもん。いい意味で。めちゃめちゃ突き刺さった。

    そしてハイブリッドレインボウ。
    アラバキを再現するかのようなアンコール。
    30年を経ても、叫ぶ、
    「ここは途中なんだって信じたい」

    去り際、マイクの前に立ち、告げた。
    「俺は音楽業界のことを信用していない。でも、キミたちのことは、信じたいよ」

    お前たちが、ピロウズが良い音楽を奏でるのはわかっている。
    十分伝わっている。伝わった。
    俺はそれを楽しみに行くだけだ。
    俺の思い上がりじゃなければ、そんな輩が12000人、あの場にいたと思う。

    会場に流れるThank you,my twilight.
    12000人でのシンガロング。キミを待ってたんだ。
    アラバキで叶わなかったダブルアンコールが叶った。

    Ride on shooting star、
    そして、Funny Bunny.
    幾度となく歌われ、多くの人の力になった、飾り気のない言葉。
    今夜はキミたちのためにと、12000人が歌う。

    キミの夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ
    風の強い日を選んで走ってきた

    トリプルアンコール。
    「古いも新しいもない、それがロックンロールだ!」
    そして始まるLocomotion,more!more!
    Aブロックの観客が更に圧縮された。俺も駆け出していた。ヨコハマシティが揺れていた。

    馬鹿みたいに踊って馬鹿みたいに腕を振り上げて馬鹿みたいに5!4!321!と叫んだ。
    ライブが終わった。
    ただただ楽しかった。
    ロックンロールがそこにあった。

    後から思ったことだが、
    このライブは30周年のお祝いで感動的なものにしよう、というものでなく、
    ただただ愚直に、ギターにかじりつくしかなかった、
    ロックンロールに生きてきた男達によるロックンロールナイトだった。
    ものの見事にそれをぶつけられた。

    終演のアナウンスが流れ、外に向かうバスターズの人混みにまぎれながら、俺は燻っていた。

    た、足らねえええええええ〜〜〜〜〜!!!

    3時間近くのライブを堪能しながらも、
    俺はまだピロウズのロックンロールを渇望していたんだ!

    あれとかあれとかあれとか、歌ってくれよ!
    まだ10時じゃねぇか!
    日付変わるまでやろうぜ!
    みたいな心持ちでとぼとぼ歩いていた。

    16日更新のPodcast、山中さわおのFool on the planetで、リスナーからの
    「横浜アリーナが終わったら喪失感に襲われそうだ」というメールに対して、
    「恋愛と一緒だ、ひとつの恋が終わったらどうやって気持ちを切り替える?
    新しい恋でしょうよ!
    noodlesやシュリスペイロフやTHE BOHEMIANSを追っ掛ければいいのよ!」
    とさわお言っていた。
    ボヘのワンマンチケットはもう取ってるよ。楽しみだよ。

    でも、俺はピロウズがまた聴きたい。

    発表はされてないと思うが、今年もカウントダウンライブをやるみたいな噂を聞いてはいる。

    冬コミに一緒に出るやつ2人にチケット取るから行こうぜ、と言った。
    打ち上げで焼肉行きたいじゃん。と言われた。
    うるせぇ適当にその辺で食っていくぞ。
    合同誌だから他の人も来るかもしれないじゃん。
    おお、じゃあそいつらもみんな連れて行くぞ。

    冒頭でもちらっと書いたが、俺は1989年生まれで、12月に30歳になる。
    数年前から30が近づいてきていること、30を迎えること、嫌でしょうがなかった。

    ただ、実際に30を迎える今年、2019年、楽しくてしょうがなかった。
    他のアーティストやコンテンツも楽しいこと尽くしだったが、
    中心にあったのはピロウズだった。

    横浜アリーナ30周年おめでとう。
    the pillows 30周年おめでとう。
    そして今なら胸を張れて言える気がするよ。

    俺の人生も30周年だ!

    31年目も、ピロウズで幕を開けたいと思う。

    生き延びてまた会おう!

    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。