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蒼の夢 第一部・一話
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蒼の夢 第一部・一話

2013-05-20 01:16
    Suiren Since 2004~2013
    文:明梨崎史貴 絵:夏宮ゆず SpecialThanks:ぺ☆
     
     プロローグ

     暗い闇の中を漂う夢。
     もう、ずっとそんな夢しか見ていない。
     その夢を見るが当たり前になってしまうくらい、同じ夢を見続けていた。
     夢には普通は変化があるという事を既に忘れていた。
     夢とは暗い闇を漂う事。
     それが現実。
     どうして、そんな夢しかみないのかは考えなかった。
     その事に何の不都合も無かったから。

     ◆1
       
     質素な部屋だった。
     コンクリート打ちつけの壁、流行りのインテリアの一つも無く、デカイ机とくたびれた大型ソファー、有線電話と幾つかの紙切れ。
     あとは起動限界ギリギリのPCが一つ、小さくファンの音を立て机の上で電気を喰らっている。
     そんな部屋の中に息を吸って吐く存在がいた。
     部屋の主――山内達彦(やまうちたつひこ)だ。
    「……」
     彼はPCのモニターを睨んでいた。
     そこには彼宛メールが表示されている。
     そのメールを最初に開いたのは、今から数時間前。
     達彦は改めてメールの内容を確認していた。
     内容は彼への仕事依頼だった。
     彼の仕事は個人の興信所経営。
     助手の一人もいない個人業だった。
     そんな彼に調査の依頼がある場合は、彼の所まで尋ねて来るのが大抵のパターンだった。
     メールでの依頼を受け付けていない事はなかったが、今回のメールは内部関係者の連絡用メールアドレスに届いたものだった。
     しかし、そのメールの差出人の名前は記憶になかった。
     単純に考えれば怪しいメールだったが、差出人のアドレスが非常に公共性のあるものだったため、達彦はそのメールを開いた。
     メールには丁寧な秋の季節の挨拶と依頼したい仕事の内容が書かれていた。
    『本校で起きている生徒連続失踪を調べて欲しい』
     差出人は学校関係者と名乗る個人で、学校名は誰もが知る有名私立高校。
     達彦は資料を検索して、学校の学長や事務長の名前を調べたが、その名前とメールの名前は別だった。
     イタズラという可能性も否定は出来ないと思った。
     だが、それは最後の一文が無ければの話だった。
    『すでに前金として金壱百萬を、貴殿の口座に振り込まさせて戴きました』
     本当に入金されているなら、どんな場合でも無視は出来なくなってしまう。
     達彦はメールを見てからすぐに銀行に向かい入金を確認した。
     そして、今、銀行から帰って来て、再びメールを読んでいるという状況だった。
    「全く……俺にどうしろと」
     メールには前金を返す方法は一切書かれていなかった。
     仕事を受ける場合についてだけ、その時は直接学校に赴いて欲しいと書かれていた。
     それは、このまま前金だけ貰って無視しても構わないとも取れる内容だった。
     ただ、それはあまりに気持ちが悪い。
     何にせよ、相手に会ってその真意を確認する必要があった。
     呼び出し先は学校だった。それは、相手に悪意があったとしても、無茶がしにくい場所という事だ。
     達彦はひとまずメールに従う事にした。
     メールに書かれた指定日は明日だった。
     幸い、明日の予定は空いていたが、相手はその事を見越して日程を指定して来ている気すらした。
     考えれば考える程に怪しいメールだったが、行くと決めた以上、達彦は覚悟を決めた。
     
     *

     翌日、山内達彦が指定の場所に立った時、辺りには誰の姿もなかった。
     依頼者が指定した場所は某有名私立高校の正門前。
     待ち合わせの時間はメールには書かれていなかった。
     仕方がないので、達彦は常識的な範囲で訪問時間を考え、昼過ぎという時間を選び、その場所に立った。
    「……」
     生徒達は午後の授業を受けているのだろう。
     沢山の気配が校門から見える校舎の方に集中していた。
     校門から一歩入り、どこに向かうかを考える。
     依頼者がいない以上、中に入って探す必要があった。
     まずは事務所で聞くべきだろうと思い、校舎の方に向かって歩き始めた。
     その時、
    「こんにちは、山内さんですね」
     突然、脇から声を掛けられた。
    「!! ――き、君は?」
     達彦は動転した。
     声を掛けられるまで、その場所に誰かいる事を感じていなかった。
     そして、声の主を見てもう一度驚く。
     そこにいたのは、私服を着た中学生くらいの綺麗な女の子だった。
     丸めの愛らしい顔に薄くリップを塗っている。
    「はい、初めまして、私は村井七瀬(むらいななせ)と申します。用件については全て私が承ります」
    「よ、用件という事は……私を知っている訳ですか?」
     達彦は含み持たせて聞いた。
     部外者だったら、仕事の事は話は出来ない。
     その上で、もし仕事絡みとなれば、気持ちを切り替えなくてならない。
    「ええ、存じています。想像していたよりお若いですね。三十二才には見えません。――今日、山内さんをここにお呼びしたのは、この学校で起きている事件を調査してもらう為です。これで問題ありませんか?」
     柔らかな口調で、それでいてきびきびと七瀬が言う。
    「は、はい」
     達彦はそのしっかりとしたもの言いにたじろいだ。
     中学生のような子にお使いをさせる理由が分からなかったが、七瀬ならば特に問題が無いように思えた。
    「ではこちらへ、室内で詳しい事をお話します」
     七瀬が校舎へと歩き出した。
    「はい」
     達彦は彼女に従って校舎の中へと入った。

     *

     校舎の中は静かだった。
     予想通り授業中で廊下を歩く人影はまるでない。
     七瀬は達彦を先導する形で進み、一つの扉の前で立ち止まった。
    「こちらです」
     部屋名のプレートに茶道室と書かれた部屋だった。
    「ここで?」
     こういう時、応接室や学長室というのなら理解出来たが、茶道室は意外だった。
    「ええ、どうぞ」
     七瀬が靴を脱ぎ、扉の奥にあった下駄箱にしまう。
     達彦も戸惑いつつ、それに従った。
     中は普通の畳の部屋だった。誰の姿もない。
     大きめの座卓が一つおかれていて、そこに座布団が用意されていた。
    「山内さんは、そちらに」
     そう言って七瀬は座卓を挟んで反対側に移動した。
    「すみません」
     達彦は座布団の上に座った。
    「お茶の席ではありませんから、座卓を用意しました。お茶も普通のものを」
     七瀬の横にはポットと盆に載った茶碗それとお茶請けの菓子が、いつの間にかに揃っていた。 
    「どうぞ」
     七瀬がお茶を注いで達彦に差し出す。
    「――ありがとう御座います」
     達彦はお茶を受け取り、飲む事なくテーブルの上に置いた。
     そして、一呼吸おいた後、七瀬が切り出す。
    「では早速ですが、本題に入ってよろしいですか?」
    「え? 貴方が話を?」
     子供に任せて依頼人は出てこないつもりなのかと思った。
    「ええ、全て一任させていますから、それとも私では問題ですか?」
    「問題というより……貴方のような方に一任するというのは、こういう場合、少し引っ掛かるのですが?」
    「あ、それは」
     七瀬が分かったという顔をする。
    「どうやら私に対して誤解があるようですね。こう見えても、私はここの一教師です」
    「え……」
     達彦は驚く。
     見た目には完全に十代前半にしかみえない、確かに落ち着きはあるが、それでも子供にしか見えない事は変わらなかった。
     しかし、七瀬が冗談を言っているようには見えなかった。
     実際は幾つなのか推測する、教師である以上は、短大出だとしても二十才にはなっている事になる。
     そう思って見ても、やはりそんな年齢だとは思えなかった。
    「保護者の方も初めは驚きます」
     年齢を探る達彦に向かって、七瀬が微笑んで言う。
    「あ、いえ、失礼しました」
     達彦は非礼を詫びつつ、ひとまず年齢について考えるの止めた。
     今は仕事の話をする時だった。
    「別に構いません、いつもの事ですから。――それで、それはともかく、話の方を初めてよろしいでしょうか?」
    「ええ、お願いします」
    「では、お話します。山内さんに依頼したいのは、現在この学校で起きている連続失踪事件についての調査です。事件は四日程前に発覚して、今日までに五名の生徒が自宅に帰らず行方が分かりません」
    「四日で五名ですか」
    「はい」
     七瀬は頷いた。 
     五人という数が多いのか、少ないのかは微妙なところだった。
     学校の質にもよるが、今の時代三~四人の家出が重なっても珍しくはない。
     友達同士でのプチ家出という事もあり得た。
    「その五人の繋がりは?」
     まずそこを確認する。
    「ありません、学年クラス性別ともにバラバラです。また、最近、特に素行が荒れていたという報告も受けていません」
    「では、警察の方に家出人捜索願いは?」
    「いえ、まだ家族の方に差し控えてもらっています。その辺りは校名に対しての想いなどを、汲んで戴ければと思います」
    「ええ、それは理解しています」
     私立は学校の名前に傷が付く事を嫌う。
     それは良く分かる事だった。
    「では事が表沙汰になる前に、こちらで調べて解決すれば良いという事ですね?」
     達彦は相手の言いたい事を汲み取って言った。
    「掻い摘んで言えば、そういう事です」
    七瀬の返事は随分と裏表の無いものだった。
     達彦的にはその方が好感が持てた。
    「そうですか、状況は大体、分かりました」
    「依頼は引き受けて戴けますか?」
    「その前に二、三確認をよろしいですか?」
     まだ、依頼を受けると決めるには気になる事があった。
    「はい」
    「誘拐という線も考えられますが、その線が浮上した場合は?」
    「その場合は警察にお任せする事になります。しかし、今のところ脅迫に類するものはありません」
    「分かりました。では次に秘密裏にとなると期間が限られます。何時まで家出人届けを出さないつもりですか?」
    「一週間程度です。ただ、父母の方も自分の子供の不名誉になるという事で、届けを出す事を遅らせています。状況次第では多少の延長はきくでしょう」
    「そうですか、では最後に報酬についてです」
     達彦は一度言葉を切り、
    「――前金の額が、少々多い気がしますが?」
     真剣な表情で言った。 
     額の多さイコール事の危険性だと考えるのが妥当な気がした。
    「額に付いては不足が無い金額というつもりです。事の進展の関わらず、お引き受け戴けるのであれば全額お納めください。事件が無事解決した場合は、前金の五倍を用意しています」
     七瀬は淡々と答えた。
     その内容は、要するに受けると答えて事が解決しなくても、百万はもらえてしまうという事だった。
     豪華過ぎる報酬だった。
     あり得ないと言えば、あり得ない。 
     何も疑念を抱くなという方が無理だった。
    「……」
    「何か不都合でも?」
     黙った達彦に七瀬が問い掛ける。
     その口調は達彦が感じている疑いを見透かすようなものだった。
    「いえ、額については分かりました」
     達彦はすぐに答えた。
    「そうですか、ではお引き受け戴けますか?」
     受けるか受けないか。
     依頼には、明らかに怪しい部分が含まれている気がした。
     しかし、依頼主が達彦に依頼を受けて欲しいと思っているのは確実だった。
     誰でも良いなら、わざわざ、達彦自身の事を調べる必要もない。
     何故、自分なのか? 
     それに裏があるなら、それを探るのも仕事だと思った。
    「分かりました。引き受けましょう」
     何にせよ断れない仕事だと思った。このまま断ると後味が悪すぎた。
    「ありがとう御座います。――では、これがこちらの方でまとめた失踪した生徒の詳細データと全校生徒の簡単なデータです。あと学校内での貴殿の権限もまとめてあります」
     七瀬がどこからと無くCDケースを取り出す。
    「はい、確かに」
     達彦はそれを受け取った。
    「それから、山内さんの捜査がしやすいように、表向きはゲスト講師という事で生徒に話を通す予定です。そうすれば校内を自由に行動出来ますから、何か得意の分野などありますか? 一講義くらいはカモフラージュのためにやってもらう事になる可能性もあるので」
    「ゲスト講師ですか……PCのインストラクターとかでは駄目でしょうか?」
     正直、講師という柄では無いと思った。
     PCの扱いを教えに来た部外者という形でも不都合は無い気がした。
    「いえ、多少、問題があります。捜査のために毎日学校にいらっしゃるのだとすると、その肩書きでは不自然かと」
    「それは確かに」
     毎日学校に捜査に来る必要があるのかは、まだ何とも言えなかったが一応頷いた。
    「あと、今回の調査は内部の者にも秘密で行っています。その為、半端な肩書きでは行動を教職員から咎められた時に困ります」
    「それは、内部の人間も疑っているという事ですか?」
     感じていた疑念が多少強くなる。
    「疑っていないとは言えませんが、当校に限って、そんな事は無いと思っています」
    「そうですか、では、先生方の中では今回の失踪はどういう扱いになっているのですか?」
    「家出だという方々と事件だという方々が半々というところです。ただ私立ですから、学校の面子は全員気にしています」
    「……という事は、先生方の中で事件に関わっている人間がいるとしたら、学校の面子を傷付けたいと思っている人とも言えますね」
    「ええ。ただ、先程も申したように当校に関してそれは無いかと、ただ念のための処置です」
    「まぁ、そうでしょうね」
     学校の面子に傷付けるだけなら、もっと別な方法がいくらでもある。
     それに自分が在籍している学校の評価を、台無しにする理由も普通はない。
    「分かりました、ひとまず話を戻します。ゲスト講師の件ですが、そう言う事なら、それで構いません。何を教えるかは理系でお願いします」
     達彦は話をまとめて言った。
    「はい。では、こちらで決めておきます」
    「お願いします」
    「では、捜査の進展については私に報告してください。携帯及び校内の内線番号とメール先はCDの方に入っています。それから、今日この後、校内を案内する予定ですが、問題ありませんか?」
    「ええ」
    「そうですか、では、校内では同僚という立場でお願いします。こちらもそう接しますので」
    「分かりました。多少、話し方を崩すとかで構いませんか?」
    「そうですね、そうしてください。あとそれから、この部屋は自由に使ってください。校内でもっとも人気が無い場所なので、何かと都合が良いと思います」
    「それは部活など使う予定もないと?」
    「ええ、ここは旧茶道室ですから。普段は使われていません」
    「それなら了解です。使わせて戴きます」
    「鍵はこれです。あと、部屋の中に必要な物は揃えておきました。寝具も念のためありますが、泊まる時は私に連絡をください。警備とトラブルになるので」
     七瀬が鍵を達彦に渡した。
    「まぁ、泊まる事は無いとは思いますが、その時は連絡します」 
     達彦はそれを受け取りポケットにしまった。
    「お願いします。――それでは校内の案内に移ってよろしいですか?」
    「ええ」
    「それなら、私に着いて来てください。途中で職員室に寄って待機している先生方への挨拶を挟みます」
    「分かりました」
     七瀬が立ち上がり、達彦もそれに続いた。
     茶道室を出て校内の案内が始まる。
     案内自体は特に問題なく進み、途中で寄った職員室での挨拶も特別な事はなかった。
     職員室を出た直後チャイムが鳴り、授業終了を告げた。
     その途端に廊下に制服を着た生徒が溢れる。
    「今日、このあと授業は?」
     何も無いのなら、手始めの捜査しようかと達彦は考えていた。
     少しだけ気になる事があった。
    「はい、もう一時限あります」
    「そうですか、なら――」
     達彦がそう言いかけた時、
    「村井先生、こんにちは」
     一人の女生徒が、七瀬に声を掛けて来た。
    「あら、夏本さん、どうかした?」
     七瀬が笑顔で迎える。どうやら親しい生徒の様子だった。
     夏本と呼ばれた彼女は、セミロングの髪に控えめにリボンを付け、一見真面目そうに見える子だった。
    「あの、見知らぬ方と歩いていたから……ぁ」
     その子が言い達彦と目が合う。
    「……」
     その瞬間、その子の視線が固まる。
    「何か?」
    「――あ、い、いえ、それで、えっと……」
     硬直が解け、一転してしどろもどろになる。
     達彦には何が何だか、いまいち分からない。
    「この人は、今度ゲスト講師として来てもらった山内さんよ」
     七瀬が夏本に達彦を紹介する。
    「山内です。よろしく」
     達彦は七瀬に繋げた。
    「あ、はい、私は夏本真由(なつもとまゆ)と言います」
     途端に真由は恐縮したように頭を下げた。
     達彦に出会った途端に行動がおどおどしているようにみえた。
     何か怖がらせてしまったのだろうかと、達彦は思った。
     服装などに関しては、一応、小綺麗にはして来たつもりだが、それ以外は変わりようが無い。目つきが悪いと人から言われる方だった。
     真由は達彦の方をチラチラ見た後、不意に顔を上げた。
    「あの、そ、それで山内先生はいつから授業を? に、二年は教えますか?」
     とても緊張したもの言い。
    「ああ、それは――」
     達彦は七瀬を見た。
     適当な事は答えられない、ここは七瀬に任せた方が良いと思った。
    「山内先生は明日からの予定よ。授業はそうね……ちょっと予定表をみてみないと」
     七瀬が受ける。
    「そうですか……それじゃ、あの、失礼しますね」
     真由は一瞬考えたような顔を作り、小走りに二人から遠ざかって行った。
    「……」
     達彦は釈然としない。
    「今の生徒、私の事が怖かったのでしょうか?」
     七瀬に聞く。
    「いえ、それは無いとは思います……多分、山内さんが格好良かったからだと」
     少し笑って七瀬が言う。
    「――は?」
    「格好いい男性を前にして緊張したという所です。今の学生は、みんなそんな感じですよ。他の生徒からも、そう言う目で見られる可能性があるので、一応、注意しておいてくださいね」
    「はぁ……」
     そんなものなのだろうか、と頷く事しか出来なかった。
    「じゃ、もう大体、案内は終わりましたが、さっき言いかけた事は?」
    「え……いや、この後、授業が始まったら、ちょっと一人で校内を歩いてもいいですか?」
    「構いませんが、もう調査ですか?」
    「まぁ、そんなところです。あと、今日はそのまま帰るつもりなので、明日はどういう形にしますか? そちらから指定があれば?」
    「どんな形でも構いません。来て戴けるなら他の先生方へも話を通しておくので、私が居なくても校内を自由に動けます。もちろん外部調査でも構いません」
    「そうですか、なら一応、朝にこちら伺います。無理なら連絡を入れるという形でよろしいですか?」
    「ええ、それでお願いします」
    「分かりました」
     達彦が答えると、丁度、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。
    「では、今日はここで」
    「はい、それでは、調査の方お願いします」
    「はい」
     達彦は七瀬に頭を下げて別れた。
     気になった事を探るには、一人になった方が都合が良かった。
     外からでは分からなかったが、校内を案内されている時、何となくおかしな空気が漂っている感じがした。
     達彦は周りのものの気配を探る力があった。
     それは特別大袈裟な能力ではないが、人が近付いて来た場合などに敏感に反応出来るので、探偵業には役立つ能力だった。
     その勘のようなものが、校内の空気の異常を告げていた。
     空気に殺気が混じっているというか、真剣勝負している武道家が放つような気配が、残り香のように校内にあった。
     学校という空間で、感じられるものでは無い気がした。 
     その気配を誰が残したものなら、発生させた本人がいるはずだった。
     達彦はそれを探った。 
     しばらく歩いて目星を付ける。
    「……上か」
     それは、どうやら屋上に続く階段だった。
     その先に行くに連れ、気配が強くなる。
     先の案内では屋上には行っていない。
     達彦は注意して階段を昇る事にした。
    「……」
     一歩、また一歩と段を上がるにつれて、気配が強くなる。
     何者かが屋上にいるのは確実だった。
     そして、屋上へ出る扉を前にする。
     扉は閉じていた。鍵が閉まっているかは、取っ手を回してみるまでは分からない。
    「……」
     ゆっくりと取っ手を回した。
     鍵は掛かっていなかった。
     小さく金属が軋む音がして回った。
     扉が開いて行き、秋風が吹き込む。
     同時に屋上にいる誰かの気配もより強くなった。
     その気配に動きは無い。
     何が起きても対応出来るように、相手の気配に集中して扉を開け放つ。 


    「――!」
     屋上の光景が目に映る。
     遮る物の何も無い、ただ真っ平らな屋上。
     その端にあるフェンス付近に一人の女生徒がいた。
     女生徒までの距離は達彦のいる扉から十メートルほどだ。
     殺気にも似た気配は、その女生徒が出していた。
     長い真っ直ぐな黒髪を風にそよがせ、厳しい視線を達彦の方に向けている。
     ほっそりとした身体付きで背が高く、全体的に磨き上げられているというイメージがあった。
    「……」
     達彦は覚悟を決めて屋上に一歩踏み出た。
     その位置で立ち止まる。
     相手がただ者では無い事は容易に伺い知れた。
    「――オマエはなに? 見た事がない」
     女生徒がどこか辿々しく、それでいて良く通る声で言った。
    『オマエは誰』なら分かるが、女生徒は『なに』と言った。
    「どういう意味だ?」
     丁寧語を使う余裕はなかった。
    「違うのが来た」
     女生徒が呟く。
    「何を言ってる?」
    「ただ、オマエ、役にはたった――」
     そう女生徒が言った直後、急に彼女の気配がより攻撃的なものに変化した。
     達彦は咄嗟に身構え、女生徒の動きに集中したが、その瞬間、自分の周りに猛々しい気配が三つ同時に発生して集中を乱される。
     三つの気配は突如として現れ、前触れはまるでなかった。
    「くそっ!!」
     三つの気配の位置を読み、それぞれから一番離れた位置へと反射的に身体を動かす。
     そこに突然女生徒の気配が現れた。
    「邪魔っ!!」
     女生徒が叫ぶ。
     彼女は、ほんの一瞬で達彦との距離を縮めていた。
     そして、何時の間にかに右手に握っていた剣のような物で、達彦の脇――何もない空間を切り裂いた。
    「はっ!!」
     ズシュ!!
     鈍い音がして、空間から何かが出現し崩れ落ちる。
     それは、霧のような液体のような黒く動く物体だった。
     大きさは六十センチ程度で、形状は球体に近い。
     何なのかまるで分からない。
    「あと、二体っ!!」
     女生徒がコンクリートを蹴って跳躍する。
     達彦の背をそのまま越えて、彼の後ろの空間に剣のような物を突き立てた。
     また鈍い音が響き黒い物体が転がる。
    「逃がさないっ!」
     着地したと同時に、屋上の端のフェンスまで横飛びする。
     その動きは目で捉えられないくらいに早い。
     そして、フェンスごと何を切り裂いた。
     ガシャンッ!!
     フェンスの一部が斜めに切断され、その下に黒い物体が転がった。
     そこで女生徒の動きが止まる。
     三体を切り捨てるのに、十秒掛かっていない。
     達彦はその様子をただ見ている事しか出来なかった。
    「……」
     と、血が自分の腕から流れている事に気付く。
     見ると二の腕の一部が浅く切れていた。
     女生徒の初撃を喰らったのだろう。
     血がポタリと屋上のコンクリートの床の上に垂れる。
     その血の先に女生徒に切られた黒い物体が転がっていた。
     それは、達彦が知るあらゆる既知の物体と違う異物質としか思えなかった。
     ただ、それは生物であるような気がした。
    「それは、残念」
     達彦に向かって唐突に女生徒が呟く。
    「……は?」
     達彦はかなり間抜けな声で聞き返した。
     彼女の言葉に何の脈絡も無かったからだ。
     今、この状況で出てくる言葉とは思えなかった。
    「そのまま意味。オマエ、こいつらのイイ標的」
    「――何を言っているんだ?」
     女生徒の言う事は、さっきから殆ど良く分からない。
     そして、さっきの動きは、ともすれば、人間とは思えない動きでもあった。
     彼女が手にしている物に目が行く、それは何かの骨のような白色で細長いプレートだった。剣とも形容出来るが刃は無いように見えた。細部まで注意して見ると表面全体に細かい筋が走り、幾何学模様を描いていた。
    「……」
     女生徒は達彦を一見して、右手に持ったプレートを軽く横に薙いだ。
     すると、それは溶けるように女生徒の腕の中に飲み込まれてしまう。
    「!」
     あり得ない光景だった。しかし現実としてプレートは消えていた。
     手品にしては、腕に飲み込まれて行くシーンがハッキリと見えた。
    「――帰る」
     女生徒がおもむろに言い、出口の前にいる達彦の方に向かって歩いて来る。
    「――」
     達彦はその場から動けなかった。
     驚きで身体が固まっていた。
    「邪魔」
     女生徒が達彦の身体を押した。
    「っ!」
     それは何気ない動作だったが、達彦は押し飛ばされて尻餅を付いた。
     立ち上がろうとした時には、すでに女生徒の出口から去っていた。
     すぐに追い掛けて階段を降るが、下の廊下には誰の姿も無かった。
     気配も立ち消えていた。
    「……」
     達彦は一瞬思考して屋上に引き返した。
     追ってもおそらく見付からないだろうし、ここの生徒なら調べれば分かる事だった。
     それより今は、屋上に残った黒い物体の方を先に調べるべきだと思った。
     屋上に戻ると、黒い物体は急速に収縮を初めていて、今にも消えそうだった。
     何か調べるとしたら手遅れという雰囲気だ。
     そして、黒い物体は何の音も立てずに小さくなって行き、あっさりと消えた。
     後には染み一つ残らなかった。
    「……」
     まともな物質とは、とても思えない。
     常識的な範囲で考えられる事件ではなかった。
     達彦は女生徒が切ったフェンスに近付き、その切り口をみた。
     針金を組まれて作られたフェンスは、全く歪む事なく綺麗に針金を切断されいた。
     それは、女生徒が持っていたプレートのような剣の切れ味が、異様に良いという事になる。
     自分の手の傷もかみそりで切った様な傷だった。
     しかし、プレートを凝視した時、刃は無いように見えた。
    「……」
     大量の疑問が沸き上がる。
     一体、彼女は誰で何と戦っていたのか……。
     少なくとも、この学校で何かが起きている事だけは確かだった。
     その事が、依頼された事件と関係があるのかは今のところ不明だが、全く無関係である確率は低いと思った。
    「……」
     達彦はひとまず事務所に帰る事を考えた。
     ここにいても、これ以上の動きは無いと思ったからだ。
     さっきの女生徒がこの学校の生徒なら、七瀬から貰ったCDにデータがあるはずだった。 
     それを調べるのが先決だろう。
     達彦は屋上を後にした。

        2話に続く・・


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