【連載5回目】15年勤めたドワンゴを退職しました。【偉大なる先輩 shi3zさん tarboさん】
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【連載5回目】15年勤めたドワンゴを退職しました。【偉大なる先輩 shi3zさん tarboさん】

2014-08-15 03:15
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■偉大なる先輩 shi3z さんと tarbo さんの存在

ドワンゴには突き抜けた人間が多かった。
その中でもズバ抜けて印象深い2人について書く。

● shi3z さん
ドワンゴには "清水亮 shi3z" さんというスーパーレア(SR)キャラが居た。
今ではクラスチェンジしてウルトラレア(UR)にグレードアップしているかもしれない。
当時の名刺の肩書は "アーキテクト 清水亮" だった。僕には今でも意味が分からない。

僕から見た清水さんは、行動力の塊のような存在で
火が点いたらまっすぐ目標に向かって飛んで行き、周囲の注目を集める派手な音を出す。
とにかくロケット花火のような人だった。

・釣りゲームを作るとなったら、まず釣具セットを用意して弟子のひるけんと一緒に隅田川に釣りにいく
・囲碁のゲームを作ろうと思ったら近所の碁会所へ出かけて行き体験して常連客に話を聞く
・男女のコミュニケーションゲームを作るのに、他社のコミュニケーションゲームを弟子のひるけんにやらせて、女の子と実際に会えるまでやって報告しろという。(ひるけんはこの難題をクリアしていた)
・昔、広末涼子が大好きでサーバの名前を mk5 (マジで恋する5秒前) にした。(サービス名:胸キュン旅ごっこ)
・運転免許が欲しくなり、多忙の中、出勤前の8~10時の間だけで免許センターに通い免許取得してきた。

なんかもっといい話はなかっただろうか?いくらでもあるはずなのに思い出せない。
自分よりも shi3z さんに近しい人達に書いて貰えば、自分が書くよりもずっと面白いエピソードがゴマンと出てくるのは間違いない。
僕の持っている shi3z さんの鉄板ネタはここには書けないのが残念だ。

夜中まで会社に残っていると、遅い時間にオフィスに帰ってきた shi3z さんが話し始めるヨタ話が大好きで、その周囲には自然と会社に残っていた人が集まってきた。
大概はくだらない話なんだが、くだらない話を shi3z さんがするともの凄く面白いのだ!
少し先輩風を吹かせた感じで始まる「●●くん、君はね、こういう~~だからダメなんだ!これからは~~したほうがいいんじゃないかな?」のフレーズが大好きだった。
大体はトンデモ提案を押し付けられるが、僕ら(主にならっくす)が慌てふためく様を見て楽しんでた気がするし、周囲もそれを見て笑っていた。いつも笑っていた。
僕は shi3z さんの弟子ではなかったけど、先輩として慕い、そして今でもなお尊敬している。


割りと近年になってから、僕が仕事に行き詰まって悩んだとき shi3z さんに相談した事があった。
俺「人生相談があります」当時の人気アニメのセリフを使った。
shi3zさんからの返事は 「今夜時間はあるか?新宿に飲みにいこう」だった。
相談の中身も聞かずに承諾してくれたのである。もの凄く忙しい身であろうにも関わらず自分なんかのために貴重な時間を割いてくれた。

そしてそこで、断定的なアドバイスを僕にしてくれた。僕はそれに従った。
今思っても、その判断は間違っていなかった。人生の恩人である。



● tarbo さん
自分の中でもう1人、大きな存在が "永松貴臣 tarbo" さんだ
shi3zさんとは違って、大人しいタイプで争い事は好まず、
居心地のいいコミュニティ形成を大事にするタイプの人だった。
一緒にご飯に行く事も多かったし、バイクの免許を一緒に取りにいったりもした。
自分が同期と仲が良くなれたのは tarbo さんが中心にいて繋がっていたからという部分が大きかった

何よりもすごいのが
思いついたことが、尋常じゃない速さでプログラミングされ形になることだ。

とある金曜日の24時過ぎ、
小腹を空かせた僕たちは会社の1階にあるファミレスに出かた。
そこでこんなシステムあったらいいよねー、的な夢語りをしていた。
それが "社内ネットラジオシステム" だった。

適当にこんなのあったら面白いよねーと話していると
おもむろに
tarbo「あーだいたい出来たっくす?」
と発言した。
その時点では tarbo さんが何を言っているのか自分には理解できていなかった。

月曜日、会社に行くと、既にみんながラジオ番組の収録をしていた。
もう社内ネットラジオシステムが完成していたのだ。
金曜日の夜中に話していたことが、日曜日にはもう動くようになっていたみたいで、
本当に尋常ならざる実装の速さである。

自分は社内向け音楽番組カウントアップDBと、たまたま社内の自販機で売られていたカゴメトマトジュースの CM を愛飲者であるしおっくすと収録した。
他の人の番組にはネット上のポエムをひたすらに朗読していく番組なんかがあった。

他にも
プログラマが仕事をしている量はタイピング量で決まるんじゃないかと
みんながどれくらいキーを打っているか、かつ正確にキーを叩いているか(修正キーをカウント)計測する機能を作り
みんなの PC でタイピング量を計測し、その集計データを公表していた。

自宅のPCを操作してテレビを録画するシステムとか。
なんとなくあったら面白いなと思った事が次々と実装されていった。

そうだ、プログラムがひと通り出来て動いたとき 「出来た!」 という気持ちを共有する
"できたエックス"
例の tarbo さんツールを入れた PC で Ctrl + Alt + X を押すと
社内にあったスピーカー付きの PC から大音量で 「出来た!!」 という声とファンファーレが流れ、
みんなから「おっ 何ができたの?」と様子を見に来られたり「やったぁ」と拍手が送られるシステムがあった。

会社に最も長い時間居住していたのが tarbo さんだったんじゃないだろうか
本人も家に帰る必要性をだんだん感じなくなってきて、
社内にダンボールで作った家を建てていた。

会社の非常通路に建設されたその家は、
中の居住性をあげるため、天窓がありそこから扇風機が新鮮な空気を送り込んで
熱が篭もらないように工夫されていた。
かなり快適だとは聞いていたが中に入ったことはないので詳しい構造は知らない。

後に会社が株式上場する際に、非常通路に燃えやすい物が置いてあるのはよろしくない、という理由で撤去させられた。

キャッチボールの話も忘れ難い。
健康に気を遣う tarbo さんが社内でのキャッチボールを提案した。
ただし、普通のボールではない。
直径 80cm のバランスボールで、である。

周囲に当たっても壊す物がないエレベーターホール前がグラウンドに選ばれた。
最初は恐る恐る投げ返していたものの、とたんに tarbo さんが体をひねり全力のぶん投げをしてくるようになる。
時に巨大なバランスボールはあらぬ方向に飛んでバウンドしエレベーターホールを跳ねまわった。

今にして思えば "破天荒" という言葉がピッタリなお方だ。
tarbo さんとは長いこと会っていないので、近いうちに直接伺って
とりあえずこの記事の謝罪から始めなければならないだろう。許してもらえるだろうか不安だ。


こんな2人が組んで 初期の i-mode ゲームを作っていたのだから面白くないわけがない。
全幅の信頼を置ける、尊敬できる先輩社員がいるという状況が如何に幸せなことであったか。
shi3z さんは 2002年にドワンゴを退社し、
tarbo さんも 2008年にドワンゴを退社する。


■時代の移り変わり
ニコニコ動画が出来てからの事、自分が新入社員研修の担当をしていた時に、
新入社員を連れて川上さんに挨拶に行く機会があった。
その時に川上さんが
「昔は面白い人がいっぱいいたけど、ほんと最近おもしろい人いなくなっちゃったよね」
とボヤいていたそんな時だった。糸柳が入社してきたのは。
自分が糸柳について語ることはしないが、僕は彼と仲良しで彼の人間性が大好きだった。

このエントリはあと3回くらいで終了する予定
・ドワンゴとは一体何か、自分の目線から見た結論
・みんな本当にゲームが大好きだった
・自分の新しい仕事の話

なんだか書いてみるといろメロ時代の話が思ったより少ないのに自分でも驚いている。
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ドワンゴがゲーム屋じゃしなくなったから、みんな会社でやりたいことなくなって辞めていったんでしょうな。
75ヶ月前
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すげー
社内にダンボールハウスw
自由度の高さと変態度の高さは技術力の高い人材を産むなぁ
75ヶ月前
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>>他の人の番組にはネット上のポエムをひたすらに朗読していく番組なんかがあった。

これは絶対に面白い
アマチュアが作った自分に酔ったポエムを笑ってたんだろうな~
75ヶ月前
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