【連載6回目】15年勤めたドワンゴを退職しました。【みんなゲーム大好き】
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【連載6回目】15年勤めたドワンゴを退職しました。【みんなゲーム大好き】

2014-08-22 05:21
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第六回

ドワンゴ社員はとにかくゲームが大好き

自分がドワンゴに入るよりも前、
社内で "Die By The Sword" というゲームが大流行し、
3日3晩、みんなが会社でやり続けたらしい。
流石に森さんも「このまま続けたら会社が滅ぶ」と危機感を覚え、
会社でそのタイトルのプレイを禁止するに至った
※ noguso「なんか他にも3日3晩遊ぶぐらいのゲームはあった気がする」KAF「EverquestとかAoEあたりじゃね」noguso「たぶんAoEだよな 川上さんがやりすぎって話」
※shi3z 三日三晩狂ったように遊んだのはCommandos、KAFがとにかく意味なくトリガーハッピーで毎回ナチスに見つかって全員死亡してた

そんな森さんは、
ファイナルファンタジーXI のとき、
ラテーヌ平原で敵の登ってこれない丘を発見し、
その安全地帯から魔法で敵を狩りまくっていたら GM に見つかり牢屋に入れられそうになっていた。


自分が入ったころのドワンゴでは、
ウルティマオンライン(UO)が流行っていた。

noguso の会社 PC 上で常に UO マクロが動いていたのは先に書いたが、
当時、家庭用のネット回線はテレホーダイ(23時~8時のみが月額固定料金)だったため一般人のプレイ時間は限られていた。だがしかし、
ドワンゴは OCN 専用線(1.5M)を引いていた為、24時間ネットが使い放題でかつ ping も速く、そのため会社でゲームをし続ける者が後を立たなかった。

UO は新しい日本サーバが立つと、数週間は満員のためにログイン規制がかかる人気ゲームだった。
そこで Jam さんという先輩社員は UO の通信をパケットダンプし、
ログイン時にサーバから返ってくる "サーバー満員" のシグナルを無視して、
無理矢理サーバにログインするツールを作成していた。
「あんまりこれ使うと本当にサーバ落ちちゃうからほどほどにね」とコッソリ自分にも使わせてくれた。
日本でも数少なかった通信プログラムの技術はゲームの為に使われていたのである。


ディアブロ2の発売日の夜 (※2000年7月1日)
shi3z「これから秋葉原に 0時販売のディアブロ2買いに行くけど一緒に行く奴はいないか?」
と声をかけていたので自分もタクシーに乗せてもらってついていった。
会社に残った人の分も合わせて10本くらいを買って会社に戻ると、
早速、みんな会社のパソコンにゲームをインストールして、社内 LAN でネット協力プレイが始まった。
そうして外が明るくなってもプレイは続き、朝の8時くらい、眠気の限界まで宴は続いた。


他にもウイニングイレブンの社内 No.1 を決める大会が頻繁に開かれていた
元々は腕に自信のある 4人(ひるけん、なかのやん、カズー、ヒロ)から始まった1晩で決着をつける大会だったが、(終電を逃して朝までやるの意)
あまりの熱中ぶりと面白さに次第に参加者が増えていき、最終的には16人によるグループリーグ制の大会へと発展していった。
ここでは web ツールが作られ、ウイイレの対戦成績を入力するとリーグ戦の勝ち点・順位計算やトーナメント表が生成されブラウザで見る事ができるように整備されていた。
社外交流戦もやりはじめ吉本興業から申し入れがあり、新宿まで乗り込んでウイイレ対戦を行い圧勝してきた。
コナミのウイイレ開発チームとも飲み会があり、企業対抗戦をやろうという話になっていたがこちらは流れてしまった。


誰よりもゲームが大好きなのが川上さんだ。
ブラウザ三国志のときは、ひとたび川上さんから masaki に出陣の号令が掛かると、それから社員100人以上を巻き込んでの大合戦となった。
あの時は、業務中も会議中も至るところでブラ3をやっている姿が見受けられたし、
ゲームを開始するための初心者講習会が会議室で行われたり、情報交換の IRC チャンネルもできた。
加熱のあまり社内ルールで月収の1/3以上は課金してはいけないという自粛ルールまで作られたりもした。

そして、ここでも web 開発力を駆使した攻略ツールが作られ、
あまり詳しく書く事はできないが、それによりドワクエ軍は大幅に連携をとったプレイが可能となる。
着実にネットの開発力はゲームをより有利に進めるために使われてきたのである。


いまでもドワンゴは会社でのゲームが自由にできる。
流石に、昔ほど大っぴらに仕事中にゲームをする人は居なくなったが、
それでも夜はぷよぷよ部(非公認)が活動していたり、
ボードゲーム部(会社公認)があって会社からの部費でボードゲームの購入が可能となっている。
そのため会社のボードゲーム置き場棚はこのように溢れんばかりのゲームが置かれている。

このボードゲーム棚は
社内見学で立ち寄るルートの名所の1つになっていて、
会社の雰囲気を分かりやすく伝えるのに一役買っている。

金曜日の夜はボードゲーム卓が3つは立つし、TCG も盛ん、
人が集まればランチ時にだってゲームがはじまる。


そしてまたボードゲームを大いに楽しんでいるのが川上さんで、
会社の忘年会のプレゼントに、
"いま最も社員にやって欲しいこと" と語って、ボードゲームを山のようにプレゼントした。

休みの日には知り合いを呼んでのボードゲーム会を会社で開いていて、
この写真の日はシヴィライゼーション(ボードゲーム版)をプレイしていた。


驚くべきことに 1ゲーム 5、6時間はかかる超ヘヴィーゲームなのだが、
この時も5時間かかった1ゲーム目が終わったあとすぐに

川上「もっかいやろう」

でこれに他の参加者も同意し、11時間ぶっ通しでボードゲームをし続けた。
かれこれ10回くらいこのシヴィライゼーションをプレイしているハズで、
会長職ってヒマなんだろうか?とふと疑問に思うことがあるが、
いや、多忙の合間を縫ってでも面白いゲームがやりたい、それに尽きるのだろう。


忘れてはならない存在。
ドワンゴ社員にこの種を撒いたのが "shimobayashi" だった。
彼は自分がカタンがしたいがために、社員にボードゲームの楽しさを布教し、
そしてそれは俺の運命すらも変えていった。


余談
・(ngs_2nd) TGSのマイクロソフトブースでドワンゴを使ったQuake2大会の決勝戦があったんだけど、俺が勝って賞品貰って帰った
・(onari) 秋葉原で洋ゲーの対戦大会賞品用意してイベントしてたら毎回 KAF さんが飛び入りで参加してきて賞品かっさらってった
・UO であまりにも KAF が強すぎるため、GM コールされ不正していないかチェックされたが無実が証明された。実際強い(確信)
・UO 内で滅ぼしたギルドの人が、知らずに入社してきて、あの時の廃人軍団ってお前らだったのかー!と驚愕された。
・メンテナンスの待ち時間によく AoM で対戦していたこと。
・ドワンゴは PS2 版カタンの通信部分開発に携わっていた
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面白い、更新楽しみにしてます。
57ヶ月前
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人間関係に希望が湧いてくる記事 俺も15年後に仲間のことを覚えていたい
57ヶ月前
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