• 七階で出会った「聖女」について(2)

    2020-02-19 08:4939分前
    今日もばっちり悪夢を見たけれど、ちょっと個人情報が多すぎるので小説(仮)をUPします。

    (註)
    ・原作者様とは一切関係ありません。表現等に不適切な点があればすべて私の責任です
    ・実際の諸制度とそぐわない点があるかと思います。そこはフィクションだと割りきって読んでください
    ・登場人物や医療機関はすべてフィクションです



    シーン2


    私が初めて彼女と声を交わしたのは、夏の盛りで、たたきつけるような蝉の鳴き声が病院を包んでいた頃だったと記憶している。

    私はその日、食堂でぼんやりとコーヒーをすすっていた。あと一口で飲み終わろうかという時、若い女性が二人食堂へやってきた。それ自体は何ら珍しいことではない。この病院は近隣では割と名の知れた総合病院で、多くの人が訪れる。しかしその中で私の目を引いたのは、二人の女性のうち、一人が手首に白の認識腕輪をつけていたことである。まさいに私がそうしているように、その意味するところは明白だった。

    だからと言って、私が彼女に何か特別な感情を抱いたかというとそうではなかった。若いのに気の毒なことだ、と誰もが抱くような感想を持ったに過ぎなかった。彼女たちは私に一瞥もくれることなく、食堂の奥へと向かっていった。それと入れ替わりに、私は食堂を去り、ねぐらへと帰ったのだった。

    しかしその後、この病棟において、若い彼女はとにかく目についた。今まで全く気付かずにいたのが不思議なくらいである。

    彼女の元には友人と思しき女性が足しげく通っていた。私が初めて彼女を目にした際、隣に立っていた女性である。彼女たちは談話室の一角に陣取ると、面会時間いっぱいまで、何かを話していた。いくら時間があっても足りないとでもいうように、それは来る日も来る日も繰り返された。白い腕輪の女性は、この七階の住人には似つかわしくない、本当に澄んだ笑顔で友人の女性と語り、友人の女性も相手が七階の住人であることを知らないかのように自然と向き合っていた。

    白い腕輪の女性はとにかく明るかった。車の話をしているときは、特に目を輝かせていて、友人と思しき女性は少々辟易しているように見受けられるときもあった。しかし私は、そんな彼女が「聖女」となる瞬間を目撃したのである。

    それは病院から見える景色が秋色に染まり始める、そんな頃だった。一人の少年が七階の談話室にぼんやりと座っていたのだ。もしや、と思ったが幸いにして認識腕輪はついていなかった。ということは、七階の住人のご家族か何かだろう。私はそれ以上興味を覚えることなく、談話室の数センチしか開かない窓から外を眺めていた。

    そこに珍しく一人の彼女がやってきた。私はぼんやりとその様を眺めていた。

    「何をしているの?」

    彼女はごく自然に少年に問いかけた。

    「お母さんがおじいちゃんとお話があるってお部屋に行っちゃったんだ。ここで待っとけって」

    人の死にゆく様はなかなか見ていて気持ちの良いものではないし、子供を談話室に待たせておいたのは賢明な判断かもしれない。まあ、小さいうちにそういうのを見せておくのも教育だとも思うが。そのあたりは部外者の私がとやかく言うことでもなかろう。

    「そっか・・・じゃあ、お姉さんもひまだし、ここで少しお話しよっか!」

    白の認識腕輪の彼女も事情を察したのだろう、少年にそう話しかけていた。

    彼女は大変不思議な人物である。今のように人との距離感を全く感じさせず、初めて会った人にでも長年の友人であるかのように接する事ができる。しかしたまに深い影を宿した目をしていることもあり、その時は何人たりとも近寄らせない雰囲気を醸し出している。彼女がこの七階に来るまでどのような生き方をしていたのか、そんなことは私にはわからないし、知ろうとも思わないが、少しだけ興味はある。

    他にすることも、やるべきこともなかった私は、彼女たちの観察を続けることにした。どうも人間というものは、手持無沙汰になると、普段は何とも思わないことにでも関心を抱いてしまうものらしい。

    少年はどうも自分の母親のことを気にかけているようだった。少年曰く、母親が七階を訪れ、祖父の病室を訪ねるときまって悲しそうな表情をしている、と。そしてその頻度は日に日に増えているのだと。おそらく彼の祖父の生命がいままさに終ろうとしているのだろう。

    彼の母親はどのように祖父のことを伝えているのだろうか。人間が死の概念をきちんと理解できるようになるのは十歳を過ぎてからだといわれている。彼はとてもその年齢には見えない。彼の中で祖父の存在はどのように理解されているのだろうか。

    一人思いをふけっていると、白い腕輪の彼女が少年の頭に手を置き、とても優しい笑みを浮かべていた。そして首から下がっているロザリオを握ると、

    「あなたの上に主の豊かな恵みと祝福がありますように」

    とつぶやいた。その瞬間、ほんの一瞬だが、彼女はまさに「聖女」であった。少なくとも私は彼女から世俗とは断絶した、言わば「神聖」とでも形容するしかない雰囲気を感じ取ったのである。

    「お姉ちゃん、今のなに?呪文?お姉ちゃんって魔法使いなの?」

    少年の無邪気な問いかけに、彼女は照れ臭そうに笑いながら、

    「まあ、そんなもんかな。お姉ちゃんの呪文はすっごく効くんだから!」

    と答えた。そこにはいつも通りの彼女がいた。

     冷めた見方だが、その「呪文」にそれほど効果は見込めないだろう。それは彼女が七階にいることからも明らかだ。しかしこの少年にとって、一時の気休めにでもなれば、それはきっと否定されるべきものではないと私は思う。

     ほどなく少年の母親が談話室へと戻ってきた。母親と例の彼女が一言二言会話し、母親と少年はエレベータへと向かった。例の彼女はというとエレベータの扉が閉まる直前まで少年に向けて手を振っていた。エレベータの扉が閉まり振り返った彼女と目が合った。彼女は気まずそうに微笑むと自らの病室へと戻っていった。そしてその時初めて私は彼女の名前が「姫子」であると知ったのである。

     翌日、私は談話室でぼんやりとテレビを眺めていた。自由に外出できないし、娯楽が限られているこの空間ではこれくらいしか時間をつぶす手段がないのだ。

     そんな折、例の「姫子」という女性が談話室にやってきた。彼女は私の顔を見るなり苦笑し、

     「昨日はなんか恥ずかしいとこ見られちゃいましたね」と言った。

     「恥ずかしいこととは思わないが。君はクリスチャンなのかい?」

     「ええ、まあ・・・家の隣が教会だったんで自然と。あんまり熱心じゃないですけどね、なんたってエセ・カトリックですから」

     「エセ・カトリックね。しかし昨日のお祈り、でいいのかな?あれはなかなか様になっていたように思うが。」

     私は率直な感想を述べた。「エセ・カトリック」と彼女は言ったが、私にはそうは思えなかった。あの少年に対する祈り、これは正真正銘、信仰者がもつ独特の雰囲気を醸していたと感じたからである。もっとも私のような不信仰な者からはそう見えたというだけの話で、長年信仰の場に身を置いていた彼女がそういうのだから、そうなのかもしれないが。すると彼女は笑いながら、

    「やめてくださいよ、そんな立派なもんじゃないですから。さっきも言いましたけど、教会の隣で生活していたんで、自然に身についちゃっただけですよ」と言った。

     そういわれれば、私としては納得するしかなかった。

     「私、姫子って言うんです。お姫様の「姫」に、子供の「子」で姫子、あなたは?」

    そう言われてまだ名乗ってすらいなかったことに気付いた。しかしどうしたものか。彼女もわかっているとは思うが、私たちは七階の住人である。今自己紹介をし、よしんば親交が深まったとしてもそれは刹那的なものである。私はそれを良いことだとは思わない。少なくとも私自身はこの世界とのつながりはできるだけ残さないつもりでいるし、例え彼女が私と同じ間もなくこの世界からいなくなるにしても、彼女という存在を介して、私という痕跡が残ってしまわないとも限らない。しかし、だからといって彼女の申し出を拒否するというのも妙な話だ。しばし逡巡したのち、

    「私?私は黒田というんだ。字はおそらく君が想像している通りだと思う。」と答えた。

    「黒田さん?ブラックの「黒」に、田んぼの「田」ですよね。これも何かの縁ですし、今後ともよろしくお願いしますね。まあ短い付き合いになるとは思いますけど。」と言って、また彼女は笑った。本当に不思議な人である。このように純粋に笑える人に対して、私は偽名を使ったのだが、それが少しだけ心に影を落とした。うちのホスピスは基本的に個室だし、プライバシーに配慮してかルームネームも希望すれば外すことができる。職員が勝手に個人情報である名前を口外するとは思えないし、これで彼女はおそらく私の本名をしることなくこの世を去ることになるだろう。そうすれば彼女がこの世を去り、私が死んだあと、彼女が交流を持った「黒田」という人物は世界から消え去るのだ。この決断を私はいつか後悔するのだろうか。しかし今の私はこれが正しいのだと信じるよりほかはなかった。



    改めて読んでみるとなんとも言えない表現がたくさんあるな
    まあそれが私の実力ということで!
    あまりにひどい時はご指摘ください


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  • 200215(奇夢)

    2020-02-15 08:56
    今回は夢の話
    全然関係ないのにこんな夢を見るんだなっていう不意義な気分


    内容的にはほぼ「IT 第一部」と「IT 第二部」を混ぜて私のオリジナル要素が加わった、そんな夢
    ネタバレになるので詳細は省く
    詳細はぜひ『IT ”それ”が見えたら、終わり。』と『IT THE END ”それ”が見えたら、終わり。』を見てほしい
    オリジナル要素だけ列挙していく
    ちなみに私は完全に第三者、というか本当に映画を見ている感じで夢を見ている

    ・名前はわからないけれど、主人公のビルと同じくらいリーダーシップを発揮するイケメンの男がルーザーズに加わっている(なぜ?)
    ・弟君が原作通りペニーワーズの襲撃を受けるけれど生還する
    ・マイクとヘンリーがナイフで切り合うシーンがある
    ・突如大人パートに移項する
    ・舞台が日本っぽい場所になる
    ・仮面を被った謎の五人衆が現れる
    ・ルーザーズと仮面の五人衆の一騎打ちが始まる。それぞれが「こいつは僕が倒さなければならない」と言って一人がそこに残って、残りは先(多分ペニーワイズの所)へ進んでいく



    以上、すごく中途半端なところで夢が終わってしまった
    リッチー(成人)が仮面の男と向き合って、「こいつは・・・」っていてるところで目覚めてしまった
    だからビルとビバリーの活躍が全然わからん
    あとそれぞれの戦いも、私の視点がだいたいビルかリッチーとともに動くから全然わからない

    ちなみに直前に『IT』を見ていたとか、ホーラー映画を見たとか、ドナルドを見たとか、ジョン・ゲイシーについて調べていたとか全く無い
    フロイト先生に是非分析してほしい
  • 七階で出会った「聖女」について(1)

    2020-02-14 20:49
    ありがたいと言うべきか、最近ここに載せれるほど長い夢を見なくなった
    お祈りのおかげか
    というわけで、小説の続きをUPします


    シーン1


    私は、この病棟、つまりホスピスに入院してから、折に触れ人生を振り返るようになった。日記をつけるわけでもないし、誰かに「私はこういう人生を送ったのだ!」と声高らかに主張したいわけでもない。ただ、本当になんとなく人生を顧みる瞬間がある。それだけなのだ。

    しかし今思い返しても平凡な生き方だったように思う。私の若かったころは・・・やはり思い出そうとしても特に印象深いエピソードは思い出せない。こんな思い出が思い浮かばないような私でも、脳は過去を振り返ろうとする。ただただ虚しいことこの上ない。まるで「お前の人生は空虚なものだ」という現実を突き詰められているような気持になる。とはいえ、今更どうすることもできないし、やはり何かいようという気持ちにもならない。

    その時、病室の扉が開いた。定期の検査に訪れた看護師さんがそこにはいた。

    「こんにちは。おかげんいかがですか?」

    彼女は手際よく検温を始める。最近は薬の飲み忘れもないし、何より今日は気分がよいのでこのまま何事もなく終わるだろう。以前薬を飲むのを忘れて発熱した時はたっぷりと時間をかけてお説教されたものだ。私なんかにそんな時間をかけて仕事は回るのだろうか、と頭の中で考えていたのは言うまでもない。

     「よし!今日は調子よさそうですね。また昼食後の検査の時に伺いますね。」

     彼女は確か、今年の春にこの病院へとやってきたと聞いた。今ではすっかり慣れてきているようだ。彼女は明るい。この病院を訪れるヘルパーや神父等教会関係者、患者のご家族、どの層からも評判が良いとおせっかいなヘルパーに聞いたことがある。

     私がこの病院へやってきたのも春のことだった。入院当初、私は一般病棟に入院していた。その頃からホスピスへの転院を望んでいたが、当時の七階は入院待ちをしている患者もいるほど病室は常に満室だった。最近の風潮というのか緩和ケアというものが世間で少し知られるようになり、静かに最期を迎えるホスピスという場所に注目が集まりつつあるのである。

    私がこの七階にやってきたのは、ようやく梅雨が明けたころだったと思う。一通り一般病棟での治療を続け、これ以上治療を続けても顕著な効果は見られないという診断を受けたのだ。ただしそんなことは分かり切っていたし、この治療もホスピスへ至るまでの通過儀礼だと割り切っていた私は、治癒の見込みなしという宣告を聞いても、それほど悲嘆にくれる事は無かった。きっとこれは私という人間がいかに空虚な存在なのかを物語っているように思う。夢中になれるもの、それが仕事にせよ、恋人にせよ、あるものはきっと、この類の宣告を受け入れられず、より高度な医療を求めて各地を転々とするところだろう。それはきっと間違いではないし、とても崇高な事だと思う。私にはそれだけの活力もないし、そこまでして生きながらえる意味もないように思えるのだ。

    また入院にはまた多くの人に面倒をかけた。これ以上治療を受けるつもりはなかったので、担当のソーシャルワーカーに頼み込み、ホスピスへの転院を実現したのだ。身元引受人がいないということも大きなマイナスだった。入院費については後見人をつけることで対処できたが、問題は私の亡骸を誰が引き取るのか、ということだった。運がよかったことに、この病院がキリスト教関係の病院だったので、神父さんに頼み込み、信徒となるなら、という条件付きで、亡骸の引き取りを約束してもらったのだ。もちろん洗礼も受けていて、洗礼名はジュリアン、だそうだ。もちろん名乗ったことはないが。

    私のような不信心な者がいる一方で、当然教会関係のこの病院においては篤い信仰心を持つ者もいた。

    私のもとにたびたび訪ねてくる若いヘルパー(どうも私の担当ではないようだが)がそうである。おおよそ宗教などというものに関心のない私が見ても、彼女はどこか神聖な、といっては言い過ぎかもしれないが、不思議な雰囲気をまとった女性だった。世が世ならきっと彼女は「聖女」と呼ばれていたかもしれない。そしてもう一人、この七階に「聖女」はいる。同じ「聖女」でもヘルパーの彼女は、どこか浮世離れした雰囲気をもっているが、もう一人の方はこの上なく俗っぽい「聖女」である。




    原作はしっかり読み込んでいるつもりでも、それを文字に起こすのは結構難しい

    (註)
    ・本家様とは一切関係ありません。ただの自己満足の小説です。
    ・実際の諸制度と異なる点が有ります。あくまでフィクションです。