七階で出会った「聖女」について(3)
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七階で出会った「聖女」について(3)

2020-02-26 13:39
    キャラの口調はドラマCDやら原作を参考にしているけれど、怪しいところが結構あるので指定いただければ幸いです・・・


    シーン3

     

     姫子さんと初めて言葉を交わした日から、頻繁に、というほどではないが会話をする機会があった。私はたいてい一人で談話室にいるし、彼女もお見舞いが来ていない時は談話室に来ることが多かった。

     取り立てて何か共通の話題があるわけではない。年齢も離れているので流行のことも私には良くわからなかった。しかし彼女の話す言葉は不思議と心に染み入った。彼女が楽しそうに話せば私も楽しい気分になるし、彼女が悔しそうに話せば私も不思議と悔しい気持ちになった。彼女が話し上手なのか、私が単純なのか、いずれにせよ退屈はしないで済んだ。しかし一方で偽名を使い、自分を偽りながら彼女と接していることに後ろめたい気持ちが常に心の中にはあった。

     また姫子さんに妹がいることも知った。なんと私の下に通ってくる若いヘルパーさん、彼女が姫子さんの妹さんだったのだ。まさに寝耳に水と言う顔をした私を見て、姫子さんは笑っていた。しかし姉妹なのであれば、彼女たちに類似した「神聖な雰囲気」を感じたのも納得というものである。

     さてそんな変わらない日々が続くこの七階に、少しだけ新しい風が吹き込んだのは夏の暑さのピークが過ぎ、少し涼しい風も吹き出す、そんな頃だった。いつもは定期の診察にだけやってくる医師が、ここ最近頻回に七階を訪れるようになっていたのだ。病棟の性質上いつ何が起こっても不思議ではないので特別意識はしていなかったのだが、どうやら医師が足しげく出入りしているのはあの姫子さんの部屋だったのだ。ということは、そろそろ彼女のタイムリミットが近いのかもしれない。

     私は知らず知らずのうちに彼女を気にかけるようになっていた。もちろん彼女の不思議な人柄に興味を持ったこともあるが、あまりにも早い七階入りを果たした彼女がここでどのような結末を迎えるのかが気になっていたのである。もちろん奇跡的に病気が回復して退院、というような夢物語を期待しているわけではない。絶対にありえないとは言えないが、その可能性が低いからこその七階なのである。私の持論として「人は死に際にこそ生き様を見ることができる」というのがある。空虚な私とは違う、明るく輝く彼女の最期はどのようにして訪れるのだろうか。そしてその瞬間には、どのような光景が広がるのだろうか。

     私が彼女の臨終の場面に立ち会うことは決してないだろう。しかしもし可能のであれば、伝聞でもいい、その一瞬を感じてみたいというのが私の本心である。我ながら悪趣味な話である。少しだけ罪悪感を持った私は、「一応神様に祈っておこうかな」とひとり呟き、姫子さんをまねて不格好な祈りを教会の方に向けて捧げてみたのだった。断罪するかのように教会の鐘の音がなったのは、はたして偶然だったのだろうか。

     ちょうど鐘の音が鳴りやむ頃、彼女の妹と友人の女性が現れた。私は定位置の談話室のソファでほぼ一日過ごしているため、人の出入りはよくわかる。彼女たちはいつにもまして頻回にお見舞いに来るようになっていたのだ。医師の頻回の来訪、親族の頻回のお見舞い、これが意味するところはここにきていやというほど知らされてきた。皮肉な話である。我々に巣食うやつらは、若いものほど早くに向こう側へと連れて行ってしまうのだ。私のような中途半端に年を取り、中途半端に体力のあるものは虚しく時を刻み続けなければならないのである。

     姫子さんの友人と妹が再び談話室にいる私の前に現れたのは、面会時間が間もなく終わるころだった。ふとみた彼女たちの表情には明らかな違いが見て取れた。どこか浮かない表情を浮かべる妹さんに対し、彼女の友人はどこか悟ったような表情を浮かべていたのだ。もちろん長い時間を共に過ごした妹の方がショックは大きいだろうが、彼女の友人のあの表情はいったいどうしたわけか。実はそれほど仲が良くなかった?いやそんなわけはないだろう。現に彼女は今も談話室で妹さんの肩に手を置き、なにやら語りかけているのであるが、その顔からは負の感情は読み取れない。仲が良くない友人の妹に積極的にかかわろうとする者はきっと多くはないだろう。しかしそうだとすれば彼女のあの表情はいったい何によるものなのか。これは本人に聞いてみるよりほかはないが、それは私が知り得てよいことなのだろうか。もし私が知る必要があるのだとしたら、それはきっと神様とやらがふさわしい場を設けて下さるだろう。なんたってここはキリスト教系の病院なのだから。私は「待ち」の姿勢をとることに決めた。自分の中で方針を決めると、談話室で語らう二人を横目に自室へと戻った。

     それから数日の時が流れた。医者の出入りの頻度は少し減少した。悪いなりに様態が安定したのだろう。姫子さんの友人と妹の表情にも少し柔らかいものが混じるようになっていた。いつもと変わらない時間を消費する私は、その日も談話室でぼんやりとテレビを眺めていた。そこで久しぶりに私は姫子さんと遭遇した。かなりやせてきているようで、以前の血色のよかった肌は、いまでは少し青白くなり、頬もこけてきているようにみえる。

    「久しぶりだね。なかなか大変な状況ではないか?」と珍しく私から声をかけた。彼女は少し微笑み、

    「ええ、まあ・・・わかってはいたんですけどね。私も何人も見送ってきたんで。でもいざ自分の番が回ってくると精神的に来るものがありますね。」と言った。

    「そうか・・・」

    「ここまで来るのに、本当に色々な事がありました。私より若い子を見送ったこともあります。七階まで行かなくても治療の難しい病気を抱えた子と関わったこともあります。その子も私より年下でした。いろいろあって、私自身、いろんな思いと向き合ってきました。でも・・・」

    そう言って彼女は伏せていた顔を私の方に向けると、

    「やはり怖いものは怖いんですね。もう乗り越えられたと思っていたのに・・・」と言った。私は何も答える事が出来なかった。かつて「聖女」の片りんを見せていた彼女は、今や一人の女性であった。当たり前だ。私が彼女の雰囲気にあてられて、そこに「聖女」を見出していたに過ぎない。彼女は私の半分も人生を送っていない、ただの若い一カトリック信徒の女性なのである。

    「黒田さん、私は怖い。けど、それを由佳や千尋には見せられない。だからすみません、恐怖に負けそうになったとき、笑っていられなくなった時、また話を聞いていただけますか?」

    「それは構わないが、なぜ私なんだ?」

    「黒田さんは、こういっては失礼なんでしょうけど、同じ七階の人だし、どこは他人と距離をおこうとしているように感じるんです。今の私にはそうやって、踏み込んでこない人の存在がとてもありがたい」そう言って弱弱しく微笑む彼女に私は無言でうなずいた。しかしこれだけは聞いておかなければならない。「すまないが、由佳さんと千尋さんって誰だ?」

     彼女はきょとんとしたのち、大笑いした。

    しばらく笑った後、

    「すみません、そう言えば名前はお伝えしてませんでしたね。よく私の所に来る女の子が二人いるでしょ?ふりふりの服を着て、気の強そうなのが、由佳。私の親友です。ほら、よく私と一緒にいる子ですよ。千尋は良くご存知ですよね?この前お話しした、私の妹です。黒田さんの所にもよく行ってるんでしょ?」

    「ああ、なるほどね。なんとなくわかったよ。」

    「しかし絶妙のタイミングでその質問、黒田さん、よく天然って言われません?」

    「いや、そんなこと言われたことないが。そんなにおかしなタイミングだったかな。」

    「いや、いいんです。天然の人はみんなそういうんです!おかげで少し心が軽くなりました。じゃあ私、診察があるんで部屋に戻りますね。」そういって彼女は手を振りながら、部屋へと戻っていった。

    「途中まで真剣な話をしていたんだがな。どうしてこうなった。」ひとりぽつんとつぶやいたが当然返事は帰ってこなかった。



    (註)
    ・原作者様とは一切関係ありません。表現等に不適切な点があればすべて私の責任です
    ・実際の諸制度とそぐわない点があるかと思います。そこはフィクションだと割りきって読んでください
    ・登場人物や医療機関はすべてフィクションです

    プロローグ:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1865130
    シーン1:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1866049
    シーン2:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1867533
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