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ビタリー・カツェネルソン『「奇跡の薬」を2つも擁する、ギリアド社の株価は…』
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ビタリー・カツェネルソン『「奇跡の薬」を2つも擁する、ギリアド社の株価は…』

2016-10-05 21:56

    米国のバイオ創薬大手、ギリアド・サイエンシズ社についての株価分析です。前回に引き続き、バリュー投資家のビタリー・カツェネルソン氏による論考。ネタバレになりますが、ギリアド社の現在の株価は安く、バリュー投資の対象たりうるという論旨です。

    日本でもっとも成功しているバイオ創薬企業といえば、そーせい社でしょうか。時価総額は約3000億円。それに対して、時価総額世界1位のアムジェン社は12兆5000億円、2位のギリアド社は10兆3000億円。めまいがするほどの規模の違いですね。

    平易でありながらポイントを押さえた論理の流れ。素人の私の頭にも、ギリアド社のすごさと、これほど巨大な時価総額でありながら、なおも株価が安すぎるというその論旨が、すっと頭に入ってくるかのよう。これがカツェネルソン氏の文体の持ち味ですね。

    翻訳・転載の許可を下さったカツェネルソン氏に感謝いたします。

    ====================================
    ・原文は こちら です。カツェネルソン氏の投資情報ブログ「コントラリアン・エッジ 」に掲載された記事です。
    ・〔四角いカッコの中〕は訳者による補足です。
    ・表題は訳者によります。原題の直訳は「ギリアド・サイエンシズ社の奇跡の薬の組み合わせ」といったところです。
    ・文中のドル金額は、1ドル=100円で訳注しましたが、各時点でのレートとは差があります。あくまで参考程度にお考え下さい。

    ====================================

    「奇跡の薬」を2つも擁する、ギリアド社の株価は…
      Gilead Sciences’ Miracle Drug Combination

      ビタリー・カツェネルソン Vitaly Katsenelson
        CFA〔公認財務アナリスト〕、インベストメント・マネジメント・アソシエイツ社最高投資責任者

      2016年2月23日〔原文公開日〕



    1968年。ぼくは、当時まだソビエト連邦だったロシアの中学生だった。政治情報学 political information ――つまり、プロバガンダ――の授業のとき、先生がこう教えてくれた。「米国では HIVウイルス〔ヒト免疫不全ウイルス〕によって何百万人も死んでいます」。

    米国の政治経済体制の欠陥に対する天罰です――と、ハッキリ言ったわけではない。でも、そう聞こえる口調だった。

    「そのウイルスを治療することはできないんですか?」と質問されて、彼女〔女性教師〕はこう答えた。このウイルスはつねに変異しつづけるので(これは事実だ。HIVは一日に1200万回も増殖する)、治療はできません。感染すなわち、死刑宣告なのです――。

    ぞっとするほど恐ろしい、確実で逃れがたい死。彼女の声の禍々しい響きを、ぼくは今でも覚えている。


    非常に長いあいだ、彼女の言ったことは正しかった。


    2016年まで早送りしよう。AIDS〔後天性免疫不全症候群。AIDSは病気の名前で、HIVはその原因のウイルスの名前〕はもはや、死刑宣告ではない。北カリフォルニアに本社を置くバイオ・テクノロジー創薬企業、ギリアド社が開発した奇跡の治療薬、一日一回服用の「ツルバダ」薬と「アトリプタ」薬のおかげだ。今日では、HIVウイルスに感染した人々も、ほとんど正常に近い寿命をまっとうすると期待できる。ライフスタイルも、元気さの具合も、健康な人と変わらないはずだ。決まりをきちんと守って暮らせば、他人にウイルスを感染させることもない。

    ギリアド社の両薬は、ウイルスを血流のなかから完全に除去してしまう(ただし、骨髄とリンパ節に潜んでいるものは根絶できない)。この治療は、副作用がきわめて少ない。最近になって導入された類似の治療薬、「ゲンボイヤ」薬――ギリアド社の特許を2029年まで延長する役目を果たす――にいたっては、副作用はさらに少なくなる。


    ところがだ。ギリアド社の奇跡は、HIVの治療薬だけでは終わらなかった。

    2011年、ギリアド社は、正気を疑われることをやってのけた。110億ドル〔1.1兆円〕を支払って「ファーマセット」社を買収したのだ。プリンストン州ニュージャージーに拠点を置くこのファーマセット社は、売上がゼロ。フェイズ2で試験中の薬を1つ持っているだけ〔米FDAの新薬臨床試験。フェイズ3をクリアしないと販売できない。フェイズ2は少数の患者を対象に安全性などを確認。販売可能かどうかさえ不明な段階といえる〕。従業員はたったの80人。

    だが、ギリアド社にとって幸運なことに――いや、幸運ではなくて、目利きの力かもしれないし、その両方かもしれないが、とにかく――、この買収は大当たりだった。ファーマセット社の「ソバルディ」薬――と、その後継薬である「ハーボニー」薬――は〔米FDAによって〕承認されて、不可能と思われていたことを可能にした。

    肝臓を攻撃するC型肝炎ウイルス。その治療だ。


    ギリアド社は何百万もの人命を救った。そのことを賞賛するのは簡単だし、気分もアガる。でも、この会社を分析する段になったら、ひとりの資本主義者たる投資家 a capitalist investor としての僕と、ひとりの人間としての僕は、かすかな利益相反を覚える。それは自分でも認めざるを得ない。

    どういうことかというと――。証券分析 financlal analysis をするからには、対象となる企業のビジネスを、収入の反復性 recurrence とか市場の成長性とかいう側面から評価しなければ、話が始まらない。

    たとえば、「ソバルディ」薬と「ハーボニー」薬は、きわめて効果のある飲み薬だ。12週から24週のあいだ飲み続ければ、ハイおしまい。C型肝炎は治ってしまう。

    ビジネスの見地から全体を眺めると、C型肝炎の市場は、わりと小さい。米国では300万人、西部ヨーロッパに260万人、日本に160万人、それ以外の世界に2億人ほど。先進国では、C型肝炎の患者は増えてはいない。


    これは素晴らしいよね、ほんとに。ぼくはひとりの人間として、ひとりの父として夫として息子として、ハレルヤ!と言いたい。

    でも、証券アナリストとしては、C型肝炎の治療薬というのは、すごいビジネスだとは申し上げにくい。一人を完治させるたびに、まさしくその一人分、売上げ見込みが消滅して、市場が縮小していくんだから。


    HIVの方はというと、C型肝炎とはまったく違う。こいつは夢のようなビジネスですよ。HIVの市場は先進国で毎年5%も拡大している(C型肝炎よりも感染しやすいからね)。しかも、HIV治療薬を飲み始めた患者は、残りの生涯、ずっと飲み続けなければならない。ビジネスとしては、ほとんど SaaS 〔サース software-as-a-seivice。利用者がネットワーク経由で必要な機能だけ呼び出して利用するサービス〕みたいなものだ。売上は安定しているし、市場は成長していて、顧客のリピート率はおそろしく高い。――こんなことを書いている自分がちょっと嫌になるけどね。人間のことを収益源 revenue stream として見るなんて、自己嫌悪を感じるのが当然だ。でも残念なことに、これが証券アナリストの仕事だ。

    それどころか、もっと嫌らしいことだってしなくちゃならない。こうした分析というのは、人命に値札をつける。この値札は、人がどこに住んでいるかによって数字がちがう。米国なのか、西部ヨーロッパなのか、中国なのか、パキスタンなのか。「ハーボニー」薬は高価だ。治療コースは、米国では5万ドル〔500万円〕、西部ヨーロッパでは3万ドル〔300万円〕、パキスタンやその他のいわゆる中所得国 mid-income countries では3000ドル〔30万円〕から7000ドル〔70万円〕といったところだ。アフリカの貧しい国では、ほとんど無料で治療を受けられる(抗AIDS薬もそうだ)。


    ギリアド社は、いったいどういうわけで、こういう価格体系を決めたのか?

    新しい薬を一つ開発し、製造販売にまでこぎつける費用というのは、HIVのばあいも、C型肝炎のばあいも、そうそう大きく異なるわけではない。HIVとC型肝炎は、どちらの市場も、わりと小さい方だ(心臓病とか勃起不全の市場のほうがずっと大きい)。したがって、患者一人あたりの価格は高くなる。限られた市場のために、わざわざ新薬を開発するなら、製薬会社にはそれだけの動機となる値段が必要となる。これが一つ。

    薬の値段の公平さとか適切さを判断する方法には、もう一つある。その薬を使わなかった場合の治療費 alternative treatments との比較だ。

    C型肝炎に感染してしまうと、多くの患者は、やがては、肝硬変または肝臓がんへと進展し、ついには肝不全〔肝臓の機能障害〕に至ってしまう。そうなったら、入院は避けられない。臓器移植、または透析をしなければ、苦痛に満ちた悲惨な死に直面することになる。その全部の治療費は、合計したら200万ドル〔2億円〕にも達する。ところが、ギリアド社の「ハーボニ―」薬は、C型肝炎患者の95%を治してしまう。このことを念頭に置くならば、5万ドルなんてタダみたいな激安価格だ。

    ギリアド社による「ファーマセット社」の買収は、史上最良の取引として社史に大書されることだろう。2015年、「ハーボニー」薬と「ソバルディ」薬は、あわせて200億ドル〔2兆円〕を売り上げた。


    米民主党の社会主義的な大統領候補〔サンダース候補のことか〕なら、こう言うかもしれない。〈なんというガメつい金儲けだ。利益のほとんどは研究開発に使わずに、株主で山分けしてるじゃないか。〉 その通りです。ギリアド社が研究開発に投じているのは、年に32億ドル〔3200億円〕。薬の粗利益 gross margins は、なんと90%。この会社は非常識なほどにボロ儲けしている(ドナルド・トランプなら「でぇっかぁぁぁく huuugely」と言うところだ)。

    でもここで、ぼくの中の資本主義者が登場とあいなる。

    新薬の発見というのは、宝くじを当てるようなものだ。何十億ドル〔何千億円〕というカネを研究開発(R&D)と呼ばれる底なし穴に注ぎ込むにもかかわらず、新薬として日の目を見るもの(そして儲かるもの)は殆どない。

    政府が介入して、〈製薬会社は儲けすぎだ〉と断罪したならば、たぶん一年か二年くらいは、いい気味だとみんなが留飲を下げるかもしれない。――だがそれも、新しい薬が必要になるまでのことだ。善意あふれる米民主党の社会主義者のおかげで、バイオ製薬ベンチャーや大手製薬企業は、宝くじに投じるお金、つまり研究開発費を、とっくに削減してしまっていることだろう。


    『C型肝炎治療薬の価格ぽっきり、ギリアド社がお買い得! いまなら抗HIV薬が無料でついてくるよ!』Buy Hep C and Get HIV for Free 。――ぼくの考えていた、この原稿の表題だ。頭のいい友達が、「どうもあんまりいいタイトルではないんじゃないかな」って言うから、やめといたんだけどね。

    タイトルにするかどうかという点では、そいつの言う通りかもしれない。でも本質的には、そういうことだ。いまの株価はずいぶん低く評価されている。――ギリアド社は、2016年の純利益 earnings の、たった7倍の株価で取引されている。それが数字の語るところだ。

    かりに、ギリアド社のC型肝炎薬が、先進国市場の患者の70%と、発展途上国市場の患者の5~20%を治療するとしよう。すると、税引き後利益で、あわせて1400億ドル〔14兆円〕が、今後10年間で稼ぎ出される。これは1株あたり、100ドル分にも相当する税引き後利益だ(この原稿の執筆時点では、ギリアド社の株価は90ドル以下)。


    ぼくは、ギリアド社が市場シェアを100%占有するなどとは仮定していない。これは二つの理由からだ。まず、すべての患者が治療を受けるわけではないということ(感染しても診断を受けない人たちがいる)。これが一つ。

    もう一つには、「アッヴィ AbbVie」社と、「メルク Merck」社が競合薬を出しているということがある。とはいっても、この両社の薬は安いのだけれども、副作用が大きい。患者が自費で薬代を払うのでないかぎり(そういうことは非常に珍しい)、医者は薬の値段など問題にしないのだから、処方できるなかで一番よい薬(副作用の小さいもの)にするに決まっている。そしてそれは「ハーボニー」薬というわけだ。

    ギリアド社のC型肝炎治療薬の特許は、2020年代の終わりまで有効。そして、先進国市場のC型肝炎は、そのずっと前に撲滅されてしまっていることだろう。

    ギリアド社のビジネスのうち、残りの部分(全体の約三分の一)は、株価としてどう評価できるだろうか。C型肝炎薬を除くと、HIV薬とその他のいろいろな薬が残る。そこだけを切り離して考えても、1株あたり3ドルから3.5ドルを〔年間で〕稼いでいる。研究開発費を含め、すべての一般費用 all corporate expenses を差し引いた後の儲けでだ。これは、おおざっぱに考えて、株価でいえば45ドルから50ドル分にも相当する。

    さらに言うと、ギリアド社は、正味財産はプラス has a net cash balance sheet であり、潤沢な現金流入 cash flows を自社株買いや配当に充てている。


    1986年。ぼくは13歳の子供で、人生はもっとシンプルだった。世界は白黒にクッキリと分かれていた(社会主義が善で、資本主義が悪だ)。大人になるにつれて、ぼくは、世界の複雑さと、複雑であることの価値を知るようになった。経済現象というものは、その多くが、薄いグレイや濃いグレイを帯びている。そうありつつも、資本主義と、リスクを果敢に取ってゆく企業――ギリアド社のような――のおかげで、世界はより安全になり、怯えることなく暮らせるものになってきているのだ。



    〔おわり〕


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    ビタリー・N・カツェネルソン Vitaliy N. Katsenelson
    Wikipedia

    ロシア出身。米コロラド大学および同大学院金融学科卒。CFA〔公認財務アナリスト〕。自身の投資情報ブログに「コントラリアン・エッジ」。コロラド州デンヴァー市の「インベストメント・マネジメント・アソシエイツ社」の最高投資責任者。著書『攻めのバリュー投資 Active Value Investing』〔邦訳『バリュー株トレーディング レンジ相場で勝つ』パンローリング社〕、『横ばい相場の攻略本 The Little Book of Sideways Markets』。著書は8ヶ国語への翻訳あり。フォーブス誌にて「ベンジャミン・グレアム〔バリュー投資の元祖にして最高の理論家〕の再来」と称される。


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