Lv1勇者を救い出すのは33人の娘達!?
ニコニコ自作ゲームフェス4<大賞>受賞作、
ドラゴンクエストシリーズ開発の中村光一氏絶賛!
超人気自作ゲーム待望のノベル化!
ニコニコ連載小説では、4回に渡って小説を掲載!
まさか勇者がさらわれた!?「序」は
こちら
33人の娘が全員レベル1に!「第一話」は
こちら
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「うえぇぇん……」
「ひぐ、ひぐ……く、屈辱だわ……」
「て、手も足も出ないなんて……」
「ぼ、俺をいの一番に潰して来るなんて……わ、分かってるじゃないか……」
「あたしの攻撃、全部1ダメしか通らなかったんだけど……」
「呪えなかった……」
完敗だった。為す術もなく「兵士です!」にボコられたララ達はボロボロの身体を引き摺って拠点の酒場へと逃げ帰り、えぐえぐと泣き腫らしていた。
別にラルフと冒険しているときだって、パーティが全滅してしまうのは珍しいことではなかった。けれど、今回の「全滅」は今までとは明らかに格が違った。
「む、無双された……」
完全に別次元のボコられっぷりだった。
それに加えて構図が普段の「多対多」の戦闘とは異なり、「一対三十三」という数だけはこちら側にこそ仁義の欠片もない状況だったのも追い打ちを掛ける。
言うなれば「兵士無双」。もはや「Hero and Daughter」というよりは「ヒーローアンドドーター ヒーローズ」に近しい状況であって、ララ達はお手軽操作で爽快コンボの実験台、無限に湧いて出る雑魚同然の扱いで蹴散らされてしまったのである!
ストレーガが髪を掻き上げながら、ため息と共に言い放つ。
「……レベル1って、想像以上にへっぽこなのね」
その言葉に続く者はいなかった。誰もが完全に納得してしまっていた、から。
――重ねる言葉は無粋なだけで、少女達はそれぞれが事実と向き合う必要に迫られることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ララ達と「兵士です!」の戦闘は時間にして数分、3ターンも掛からずに終了した。
いとも容易くボッコボコにされたララ達は拠点へと送り返され、捕らわれの桃姫状態だったラルフ(とエロサモナー)も場所を移動させられることになる。
牢屋の中に、だ。
「くそおおおおおおおおお!」
牢にぶち込まれたことでようやく束縛を解かれたラルフだったが、先程の一戦は彼の心を荒々しく波立たせるには十分過ぎるほどだった。
ラルフは、あまりにも無力だった。
彼にはララ達がボコボコにされる光景を、指を咥えることすら出来ない束縛状態で見ていることしが出来なかったのだから!
「皆がやられるのを、見ていることしか出来なかった自分が腹立たしい……!」
苛立ちのあまり、ラルフは牢屋の石壁に自身の拳を打ち付けた。
けれど、それは今のラルフにとっては自傷行為以外の何者でもない。
そこには一切の「破壊」はなく、彼の拳に纏わり付く鈍い痛みだけが確かな輪郭を保っている。全力で殴りつけても、破砕されるどころか、傷一つ付かない石壁――それはまさに今のラルフの現状そのもの。「無力さ」の象徴以外の何者でもない。
「……ラルフよ。落ち着くのじゃ」
さすがに黙っていることが出来なくなったのだろう、同じく牢にぶち込まれていたエロサモナーがラルフを宥める。けれど、その助言を素直に受け止められるほど、今のラルフに余裕があるわけもなくて。
「無茶を言うな! 落ち着いてなんていられるわけないだろ!」
「ううむ……確かにラルフにとってはかつて無い光景だったじゃろうしな……」
「そうさ! あんな光景は――」
「いつもならラルフがまず誰よりも早く戦闘不能になってたわけだしの。自分が無傷のまま皆がやられていくのを見るというのは刺激的過ぎたのかもしれんの」
「それは、まぁ、その…………」
「だが、忘れてはならんぞ。ここで荒ぶっても、何も事態は進まないのじゃからな」
「…………そうだったな」
的確な事実を突き付けられ、ラルフはハッと我に返る。
「で、でも、だったら俺はどうすればいいんだ? 教えてくれ、エロサモナー!」
そしてラルフはエロサモナーに教えを請うべきでは、と考えた。
この老人は今までもラルフに何度も心強い助言を授けてくれていた。彼ならば、現状を打開する素晴らしい考えを持っていても不思議ではないはずだ!
「いや、どうもしなければいいんじゃね?」
「……え?」
「どう考えても何も出来ないでしょ、わし達。だから、出来ることなんて何もないって」
「な……」
ラルフは絶句した。何も出来ない? そんなバカなことが――
「ひ、一つぐらいは、あるんじゃないか?」
「そうは言ってもねぇ」
エロサモナーが呆れた様子で肩を竦める。「わしもラルフもMPとTPがスッカラカンで何も出来ないしのう。しかも、ここは非常に居心地の悪い『粗末な牢屋』だから、どれだけ休んでも体力すら回復しないっぽいし」
さすが牢屋である。
この劣悪な環境にはちゃんとした理由があるらしい。
「…………えっと、なら、そうだ! しょ、召喚! 召喚はどうなんだ!? 自分をワープさせたり、誰かを呼び出したり、エロサモナーはそういうのが得意だったはずだ!」
「あのねぇ、ラルフ。わしの話、ちゃんと聞いていた? MPがないのも問題だけど、誰かを召喚したりさせたりするなら『召喚石』が手元になくちゃ無理なのよ。だから、今のわしは何も出来ないの。ここにるのは、ちょっとお茶目なだけの普通の賢者なわけよ」
「そ、そんな……」
ラルフは頭を抱え、軽い立ち眩みすら覚えていた。エロサモナーの言っていることが本当だとすれば、現状は完全な「詰み」ということになる。導き出されたのは、この牢屋の中にいるのはまるで無力な勇者と爺さんだけだという悲しい事実だけなのだ。
そして更に絶望的なことに、唯一の希望である娘達もまた「兵士です!」のせいでレベルを1に下げられてしまったではないか。
いくら予めステータスアップアイテムでドーピングしていたり、魔法や技は覚えたままだとしても、レベル1というのは圧倒的に弱い。そして恐ろしいほどに、絶望的だ。そのことは誰よりもラルフ自身が最もよく理解している。
今までは、全く逆のことを思っていたというのに。
『皆にも少しはレベル1になる哀しみを分かって貰いたい』と。
けれど、今となってはその思いは反転していた。こんな深い絶望には――誰であっても決して触れるべきではない。本気でラルフはそう思う。
そして、だからこそ――
「やっぱり皆が、心配だ……」
大切な仲間達が絶大なショックを受けているであろうことが、ラルフは気になって仕方がなかったのである。
娘達は身体を張ってラルフの救出に来てくれた。だが、結果はどうだ? レベルを下げられるわ、ボコボコにされるわで散々としか言いようがない結末なのだ。
今、拠点の酒場がどんな空気になっているかを想像するだけでラルフは居た堪れない気持ちで胸がいっぱいになってしまう。
優しい彼女達のことだ。きっとラルフを救い出せなかったことを気に病んでくれているに違いない。酒場が目に浮かぶ――どんよりとした暗い沈黙に埋め尽くされ、普段の活気に満ちた光景は完全に姿を潜めてしまっている光景が。
思い詰めた表情の娘達の姿が!
「む……ッ――お、おいラルフ!? 大変じゃ! 凄いものがあったぞ!」
不意に、エロサモナーがラルフの肩を叩いた。
ラルフは非常にかったるそうに振り返る。確かに今、自分に出来ることが何も見つからないのは確かだが、エロサモナーの相手をしている暇もないと思ったからだった。
「なんだよ、エロサモナー。エロ本でも見つけたか」
「ふざけてる場合じゃないぞ! これは『遠見』のマジックボールじゃ!」
視線を向けると、牢屋の一番奥に巨大な水晶球のような物体がふわふわと浮かんでいるではないか。
「聞いて驚くがいい。これは離れた場所の様子を一方的に眺めることが出来るレアアイテムなのじゃ。しかも、MPは消費しない。今のわし達にも使い放題じゃ!」
「テレビ、みたいなモノか?」
「甘いのう、ラルフ。そんな黒物家電とは比較にならない一品じゃよ、これは!」
「な、なんだって! テレビと比較にすらならないってことは……例えば、どんな場所でも自由に見られるとかか?」
「いやいや。そんなに凄かったら、さすがのわしもちょっとビビっちゃうって。だってのう? どんな場所でも自由に見られるってことは、つ、つまりじゃぞ――!?」
「…………興奮してないで、さっさとそのアイテムについて教えてくれ」
エロサモナーが何を考えているかは、その無駄に乙女のように赤らめた頬から手に取るように分かったが、ツッコミを入れる気が起きなかったのでスルーすることにした。
エロサモナーがラルフを冷ややかな目で見ながら続ける。
「つれないのう。ま、とにかくじゃ。この『遠見』のマジックボールは予め設定された場所の様子を見ることが出来るのよ。だから、こんな物がこれ見よがしに牢屋の中に置いてあるってことは――多分、酒場が今、どうなっているかを見られるはずだと思うんだよね」
「な、なんだって!」
「見たい?」
「当たり前だ!」
「わかった。すぐに準備しよう」
おもむろにエロサモナーがマジックボールの底辺部分に手を伸ばし、その出っ張り部分を指で押した。それで接続準備完了だった。「マジック」という感じは全くしなかった。
「やっぱり、ほとんどテレビと同じじゃないか……」
「ラルフ、黙っとらんか! ほれ、やっぱり酒場と繋がっとるようじゃぞ!」
「……!」
ラルフはグッと息を呑み込み、マジックボールの画面に視線を向けた。
そこでは彼の予想通り、悲痛に嘆き、ラルフのことを心配してくれているであろう心優しき少女達の姿が映っているに違いないのだから――
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画面を見る限り、全ての娘達が酒場に勢揃いしているようだった。
エロサモナーの酒場は横に広い設計のため、三十を超える人間が同席するには少々不向きだ。とはいえ、今回は状況が状況ということで、座る席などはかなり詰め詰めの状態ではあるものの、全員が全員の顔を見渡せるシチュエーションを選んだらしい。
『よし、皆、いるー? じゃあ、これからあたし達がどうすればいいのかについて、考えていこうよー。あ、なんか、あたしが仕切るのが一番後腐れがないからってシルトさんとかアウインさんに言われたから、前に出ちゃったけど、それでいいのかなー?』
快活な声で率先して中央に進み出た橙髪の少女が周囲に語り掛ける。すると、ざわついていた娘達はピタリと無駄話を交わすのをやめて、少女に視線を向けた。
ふむ、彼女は……。
「中心にいるのはラルフィーちゃんみたいじゃの」
「みたいだな。シルトにアウイン……しっかり者の二人が、ここは自分達が出るよりもラルフィーに任せた方が上手く行くと判断したってところか」
「かもしれん。なにしろリーダーのラルフが不在じゃからな。やはり、こういうときに場を仕切る力は父親譲りということかの」
「フッフッフッ。そりゃあ俺の娘だからな……!」
一方的に娘達の話し合いを眺める形のラルフとエロサモナーだったが、まずラルフィーが場を取り仕切りだしたことに共に納得していた。
ラルフィー。
父親譲りの橙色の髪をショートに纏め上げ、同じく父の面影を残した碧眼は強い意志の光を携えている。だがそれ以外の部分はそこまで父親似というわけではないようで、母親になったであろう人物の影響からか、非常に可愛らしい顔立ちをしている。
彼女、ラルフィーこそがしばしば「娘」と呼称されるラルフの仲間達の中で唯一、本当にラルフの血を引いた本物の娘――未来世界から召喚された勇者の実娘なのである。
「(ラルフィーなら、この場を上手く回してくれるはずだ。あの子は俺に似て、とてもしっかりした子だしな……!)」
マジックボールの画面を通してラルフィーの様子を見守るラルフの心境は、まさに学校の授業参観に初めてやって来た父兄そのものだった(もっとも、今のラルフは子供どころかまだ結婚すらしてないわけだが。ラルフだってラルフィーの母親が誰なのか、未だに教えて貰っていないのだ)。
『じゃ、皆もそれでいいみたいだから、あたしが話を進めるねー。ええと、まず皆が一番強く思っているであろうことを代弁しようかなー。いちおう、代表者だしねー』
おもむろにラルフィーがグルリと辺りを見回した。
そして、娘達も一様に首を縦に振る。どうやら彼女達の中では既にある程度の合意が取れているようで、皆が同じように「感じていること」があるらしい。
「(一番強く思っていることか……そりゃあ『捕らえられた俺達を救い出せなかったことについて』だろうな……クソッ! 皆にこんな心配を掛けていることが悔しくて堪らない! 皆、気にする必要なんてないんだ! 皆は悪くない! 俺が本来の力を出せさえすれば良かったはずなのに……!)」
ラルフはギリッと奥歯を噛み締め、やるせない思いでいっぱいになる。
全てラルフが情けないせいなのだ。
優しい仲間達にこんな心配をさせてしまうなんて――
『とりあえず、お父さんのことは置いておくね。皆、今はどうでもいいでしょ?』
『そうね。ラルフが全く話にならないのは分かり切っているし、後回しで』
……。
…………。
…………あれ?
『やっぱり皆が一番気にしていることといえば――レベル1になっちゃったこと! これ以外にないでしょー! だよね!?』
『レベル1とか、あたしが呪わなくても呪われてるようなもの……』
『ずっと個性的になりたいとは思っていましたけど、この個性だけはいりません!』
『レベル1の元魔王なんて、レベル1の勇者と変わらないくらい、存在自体がへっぽこだと思うんですよねぇ……勘弁して貰いたいです!』
『レベル1なんてイヤっす! これじゃあ、あたしの筋肉が見せかけみたいじゃないっすか! 見せ筋なんて言語道断! 肩書きだけ残っても意味ないっすよ!』
ラルフィーがレベル1という言葉を口にした瞬間、まるで堰を切ったかのように愚痴り始める娘達。一方、ラルフは全く想像していなかった展開に目を白黒させ、ただただ阿呆のように画面を眺めることしか出来なくなってしまう。
何もしなくても呪われているようなもの。
この個性だけはいらない。
存在自体がへっぽこ。
肩書きだけ残っても意味がない。
そして娘達が口にするレベル1への恨み辛みは、そっくりそのままラルフにも返って来るのだから困り者だ。
さすがのラルフもこれにはショックを隠し切れず、
「えっ……み、みんな、レベル1についてこんなこと思ってたの!? 酷くない!?」
「うーむ。そりゃあ、まさかラルフが見ているとは皆も思ってないはずだからのう。あとは普段から皆がレベル1に対して抱いていた負のイメージが、自分もそうなったことでついに爆発したってことじゃないかな。わしもレベルが1になったらさすがに普通じゃ居られないと思うしね。服を着ないで出歩くくらい恥ずかしいじゃん、レベル1って」
「その妙に具体的で生々しい喩えが一番傷付くんだけど!?」
「裸の王様ならぬ、裸の勇者様ってわけじゃな。ふふ。ウマいこと言ったの、わし」
「ぐ、ぐ……! 確かに、裸の王様と今の俺があまり変わらないのは事実だけに否定し切れない……!」
レベルの下がっていないエロサモナーにすらこき下ろされたラルフは頭を抱えるしかなくなる。
だが、娘達の勢いは全く止まらなかった。
このあと、ラルフは実感することになるのだから。先程のレベル1に対する罵倒が、どれだけ心優しい部類の発言だったのか、ということを。
実はこれらの台詞を口にした娘達は普段からラルフを罵倒するタイプの子達ではなかった。ディエ、フェリーチェ、アルエ、ルージュ……基本的にはラルフにしっかり好意を寄せていたり(ディエ)、非常に快活だったり(アルエ・ルージュ)、とても普通だったり(フェリーチェ)と、言ってしまえばあまり「辛辣」な面々ではなかった。
では、この未曾有の状態において、常日頃からラルフを罵倒しまくっているような娘達が――都合良く何も言わないでくれたかといえば、そんなわけがなくて。
二人、いた。
この事態に――本気でブチギレている者達が。
『えっと……ところでさー。さっきから見るからに全力で怒ってる二人は何も言わなくていいの? 隣に座ってるアイとかサキアーがあたしの方に「なんとかして!」って目線を物凄く送って来てるんだよねー。このままだといずれアイと眼が合って操られちゃうよ』
言いながら、ラルフィーが思わせぶりに目線を切り替えた。
すると、どういう理屈かは分からないが、マジックボールの画面が切り替わり、丁度ラルフィーが話を振ったと思われる二人の娘が同じ画面に姿を見せる。
『もちろん、言わせて貰います。言わせて貰いますとも。だって…………こんなの本当にありえないことじゃない…………!』
『右に同じく。あたしもサイアクの気分だから。あーあ、ホントふざけてるわよね』
「げぇっ! ストレーガとホーリー!?」
ラルフはその二人が映った瞬間、すかさず絶叫していた。隣で見ていたエロサモナーもさすがにラルフのその怯えた子兎のようなリアクションに眉を顰めると、
「二人が画面に現れただけでその反応……こちらの反応が向こうに伝わってなくて本当に良かったのう」
「だ、だって……ストレーガとホーリーだぞ!? 知ってるだろ、エロサモナーも! あの二人はまるで容赦がないんだ!」
「ふふふ、まだまだ若いのう、ラルフ。それこそがあの二人の魅力なのじゃよ」
「本当にそう思ってるなら俺の目を見て言ってくれ……」
あまりにも納得の二人だった。
むしろこれまで全く話題に加わらず、ラルフを罵倒していなかったことが奇跡とすら言えるようなラルフの仲間達における「二大毒舌家」とも言うべき少女。
一人は、おでこと癖毛がチャーミングな赤毛の魔術士・ストレーガ。
彼女は非常に勤勉でしっかりした性格なのだが、少々怒りっぽい部分がある。特に今回のラルフ救出作戦においては終始キレっぱなしと言っても過言ではなく、縛られたラルフを見ては謝罪を要求し、果ては後衛タイプの魔術士だというのに何故か最前線で「兵士です!」と口論した挙げ句、身体的特徴を揶揄されるようなあだ名を付けられ、ついでにラルフにまで当たり散らしていたくらいなのだから。
そしてもう一人は――
『あたしがレベル1よ。本当に笑えるわ……。こんなの生きているだけで恥ずかしくなって来るわ。羽根を片方どころか両方毟られた気分よ』
ホーリー。
それが彼女の名前だった。ホーリーは色素の薄い金髪と背中から覗いた純白の羽根が印象的な少女であり、酒場に集う娘達の中でも一際目立つ外見をしている。
ホーリーは「天使」なのだ。
だが、本来は母性と慈愛の象徴とも言うべき天使でありながら、ホーリーはそんなイメージとは真っ向から対立するような性格をしている。
というのも、
『ああ、最低の一日だわ。レベル1だからってお姫さまみたいにさらわれるなんて、勇者なのにどれだけ無様なのかしら――なぁんてあいつのことを嗤っていたら、自分がレベル1になっちゃうなんて。これも全部、オッサンと一緒にロープでグルグル巻きにされていたばかのせいよ。あのばかがあまりに滑稽で、しかも本人が相当恥ずかしがっているみたいで、赤面してて、それがあまりにも面白過ぎたせいで油断したなんてね……全然、笑えないわ』
――ホーリーは、ドS天使なのである。
ラルフもこれまで事あるごとに彼女から罵られてきた。だから、彼女がキツいことを言うのはむしろ当たり前だとすら思う。ところがだ。
「……これは?」
今回のホーリーの様子は、普段とは少し違うように見えた。
ホーリーが、全く笑っていないのだ。
普段のホーリーはラルフを蔑むときも常に意地の悪い微笑を絶やさなかったし、何か言い返そうものならば木苺のように赤い舌を「べぇっ」と突き出してラルフを良いように手玉に取るのが常だった。自由で、気まぐれで、遙か彼方から悠然と、それでもラルフと真っ正面から向かい合ってくれる――それがホーリーという少女のはずなのだから。
今のホーリーは真剣だった。
いつものように腰を下ろした丸椅子の上で足を組み、すらりとした脚線美を見せつけてこそいるが、その表情はまるで氷のようだった。そこに一切の笑顔はない。
ホーリーがぽつりと言った。
『目的を、変える必要があるんじゃないかしら』
思わせぶりな言葉だった。進行役のラルフィーは眉を寄せ、訝しげな表情でホーリーに訊き返す。
『んー? どういう意味さ。もっとちゃんと話してくれないと分からないよ』
『あたしは分かるわ。この子の言いたいことが……!』
『ストレーガ? 気のせいかなー。なんか毛先が逆立って見え――』
『ああもうっ、こ、これは地毛! 悪かったわね、あの兵士にも散々バカにされるような癖毛で!』
『あれー? アイツがバカにしてたのは、むしろ生え際じゃなかった?』
『違うわよ! あくまで、おでこよ! おでこ! 生々しいこと言わないで!』
激昂するストレーガ。
よくよく見れば、ストレーガの様子も普段と違うような気がした。
確かに彼女は相当な怒りんぼだし、その被害を最も被って来たのもラルフである。彼女に言われるがままに謝らせられたことだって数え切れない。
だが、何というか……今、この瞬間のストレーガには微妙な違和感があった。自分でも正直奇妙なのだが――なんだか見慣れない怒り方をしているような気がするのだ。
同じ「怒る」でもラルフと話しているときの「怒る」とでは、全く意味合いが異なるような…………そんな風に思えてならなかったのである。
と、そのときだ。
キレまくるストレーガを一瞥した後、ホーリーがとんでもないことを言い出したのだから。
『あんた、その辺にしておきなさい。話が進まないわ。あたしが言いたいのは、ラルフを救い出すことよりもあたし達には優先すべきことがあるんじゃないのかってことなの。もっと、分かり易く言うわね。あたしは無様に取っ捕まったオヒメサマを救い出すよりもまず先に、あの兵士に――仕返しがしたいわ。平たく言うと、ブッ殺したいわ』
「えっ」
完全な問題発言だった。思わずラルフは口をぽかーんと空け、信じられないモノを見る目でマジックボールの画面を凝視することしか出来なくなる。
自分を救い出すよりも先に仕返しがしたい……だと……。
い、いや、待ってくれ!
確かに捕まったのはラルフが悪い。これは認める。全ての責任はラルフにある。けれど、捕まった人間を放置して「ボスとの戦いこそが本題」と主張するのはさすがに人道に反するというか、ちょっとばかし薄情と言いますかですねホーリーさん――
『そう、それ! あたしも同じことを思ってたのよ! 奴に借りを返さないと腹の虫が収まらないの!』
「!?」
ところが、だ。この過激論を支持したのはホーリーだけではなかったのである。赤髪の魔術師、ストレーガが威勢良く続ける。
『ラ、ラルフなんて、その……今は、どーでもいいじゃない。あいつ、しぶといし。とにかく無駄にしぶといし! 少しぐらい、放っておいても平気だわ。だから今はあたし達のレベルを下げて、しかもあたしのことを、ハ、ハげ――ゴホン! あまりに卑劣な呼び方をしたムカツク兵士を叩きのめすこと! こちらこそを優先させるべきなのよ!』
「えええ…………」
「ラ、ラルフ……こ、この展開、わしらヤバくね?」
「ヤバい……と思う……」
エロサモナーも壮絶な表情を浮かべ、とんでもない方向に転がり始めた会議の行く末に肩を震わせる。
――二人が完全に意見を一致させてしまった。
けれど、遥か彼方から盗撮めいたやり方で成り行きを見守っているに過ぎない二人には動き出した会議を止めることなど出来るわけもなくて。
『あはははははははは! いいんじゃないかな! かな! かな! どうせ0.0001パーセントぐらいの力しか出してなかったにしても、ラルフを助け出すよりも、そっちの方が面白そうだし!』
『精霊王さんにお任せするほどのことではありません。私が暗殺して来ましょう。ラルフさんは勇者とは正々堂々と戦うものだと言っていましたが、私は暗殺者なので』
『私のようなアンドロイドは戦うために生まれた存在――あの兵士が相手ならば、その機能を十分に活かせるような気がします』
場の雰囲気は完全に「救出」ではなく「復讐」をすることがメインとなりつつあった。
手段と目的が入れ替わりつつあったということだ。
当初は『ラルフ達を救出するために「兵士です!」を倒す』というのが娘達の目的だったはずが、「兵士です!」にレベルを下げられ、徹底的にボコボコにされたせいで、なんと娘達と「兵士です!」の間に因縁が芽生えてしまったのである!
盛り上がる娘達を制して、ラルフィーがパンパンと掌を打ち鳴らし、周囲に視線を巡らせた――結論が出た、ということだ。
『んー、じゃあ、この辺でいいかな! じゃあ、お父さんのことは置いておくとして、まずはあの兵士を倒すために感じでー。ええと、ひとまずレベルを上げないとね。お父さんもいないし、全員でダンジョン潜ちゃっていいのかな……ええと、ここからはもうあたし一人じゃ決められない、かな? どう思いますか、アウイン姫!』
『ありがとうございました、ラルフィーさん。そうですね。ダンジョンには四人ずつでしか入れないのですから効率を考えてパーティを八つ作るというのはどうでしょう。四×八で三十二……もっとも、このままでは一名、余りが出てしまいますが……フラッといなくなってしまったヘイティさんを捜しに行くべきでしょうか……?』
『姫。そこはあたし――アヤメを除いて考えて頂けるとありがたいです。あたしは単騎であの兵士のところに向かうつもりなので。あたしはあくまで正々堂々と、奴を暗殺してきます』
『……分かりました。アヤメさんの意見を尊重して、それでは、アヤメさんを抜いた三十二人でパーティを作ることに致しましょうか。シルトさんはいかがですか?』
『問題ないと思う。ただ、やはりアヤメが一人なのは心配だな。いくら暗殺スキルが相手のレベルに左右されないとはいえ、君がレベル1なのは変わらないはずだ。それにアレはボスには無効だったのでは……?』
『大丈夫です。勇者と違って暗殺者はレベル1でも本質は失われません。それに今回は普通のボス戦というよりはイベント戦に近いものを想定しています。きっと――空気を読んで殺されてくれると信じています』
『……そこまで言うのなら。健闘を祈るぞ』
ついには娘達の数少ない良心とも言える一国の姫「アウイン」や王国剣士の「シルト」といった面々も会話に加わり、「対・兵士です!」のための準備が整えられていく。
そこにラルフの話題を出す者はいなかった。
「…………俺、主人公だよね」
思わず、ラルフは噛み締めるように言った。エロサモナーが重々しい口振りで答える。
「一応は……」
「やっぱり一応、か……」
「いや、だって」
「分かってるさ。パーティに参加していない以上、俺の主人公っぽさが激減しているということぐらいは……!」
「ついでに、レベル1の子がいっぱい増えたこともあって『レベル1勇者』っていう数少ない個性も消滅しかかってるよね。ただでさえ他の子とは違って、ヨソのゲームだったら街で冒険者やっているような『兵士です!』と同じ標準的な外見でしかないのに」
「グラフィックのことは……言わないでくれ……」
「っ――お、おい! どこにいくのじゃ、ラルフ! も、もう遠見を止めるのか!?」
「すまん……なんだか、そういう気分じゃないんだ……」
完全に意気消沈してしまったラルフは、覚束ない足取りでマジックボールから距離を取ると、部屋の隅に置いてあった干し草の上に、力なく倒れ込んだ。
それどころか自身の身体を掻き抱き、シクシクと乙女のように涙を流し始める始末。
そのくるんと丸まった背中の惨めさと来たら、まるで敵の自爆攻撃を食らって絶命した地球人戦士と瓜二つの有り様だった。
なんて、無様。
元々、ラルフは娘達に負けず劣らず感情の起伏が激しくタイプで、特に涙もろい傾向は強かったとはいえ――
「……レベル1になって戦う力を奪われたどころか、今回は捕まっているせいでそもそも戦う機会すら与えられていないわけだからなぁ。ラルフのダメージは想像以上に大きかったってことなのかも」
エロサモナーも事の深刻さに大きくため息をつく。
今の会話だって、普段のラルフならば『そっちだって人のこと言えないグラフィックだろ!』とツッコミを入れてくれているシチュエーションだったはずだ。
だが、そんな力は、もう今のラルフには残されていないようだ。
自分の無力さ故に誘拐される、目の前で大切な仲間をボコられる、仲間達は自分を放置してボスへの復讐に躍起になる、誰もラルフのことを省みようとしない。
そして一番辛いのは――やっぱり、自分は何もすることが出来ないこと。
たとえ勇者というものが徹底的に孤独な職業であるとはいえ――仲間と過ごすことの暖かみを知ってしまったラルフにとって、この現状はあまりに酷過ぎたのかもしれない。
「――だが、それでもわしはラルフの味方じゃぞ?」
「すまん。冗談に付き合っている力ないんだ。放って……おいてくれ」
「…………しくしく」
エロサモナーの「爺デレ」にすら反応しないほどラルフはやさぐれ、消耗していた。
続く【6月18日(木)更新予定】
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