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  • ブロマガ内容移動に伴う更新停止について

    2021-05-27 21:50
    ご愛読の皆様
    Twitterでの報告等ですでにご存じとは思いますがドワンゴにおけるサービス停止に鑑み、主な記事は別の場所へ順次移動させております。
    それに伴い本ブロマガは更新を停止し、新規記事は移動先のサイトにて続けておりますことをご報告いたします。
    今までありがとうございました。
    これからもよろしくお願いします。
    岡山工場(inpipo)
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  • TRPGシナリオの役には立たないお話 その7

    2020-10-13 22:54
    封印が解かれた我々式TRPGの2年前の動画を見ながら思い出話を少々。

    諸般の事情により「我々式TRPG」ルールなるものを構築することとなった最初期のセッションだったと記憶しています。
    「その男、食害」や「クラレルフィア装置を追え!」と同時期でしょうか。

    以前の当ブログで触れたとおり、我々式は簡略化されたシステムとはいえ特殊な新システム故にGMとプレイヤーが慣れるのには時間がかかりました。
    ですので2年前のこの動画を今あらためて見ると試行錯誤の連続だったとしみじみ思い起こされます。

    慣れるまでプレイヤーはロールやダイスロールの要領とかタイミングとかが掴み切れなかったため、セッションの中でGMが知恵を絞ってほのめかしたりお助けロールを出したりしていました。
    さらに、シナリオ的にGMが自分なりに無理のない整合性を取ろうと苦心したり、絵師さんとの話し合いで出た情報からシナリオの一部改変を提案してくれたりと八面六臂の活躍でした。
    GMのその努力は今でも続いており、頭が下がります。
    当時はシナリオ面でもストーリーが複雑にならないようにし、ダイスロールの機会もわざと作るなど、常にプレイヤーの意識を導くように工夫していたと記憶しています。

    あれから二年。
    メンバーは皆、成長しました。TRPGでも素晴らしい卓にお呼ばれされて頑張っていたり、TRPG以外でもそれぞれの才能を開花させていたりと、惚れ惚れいたします。

    そんなこんなで。
    たまには思い出話もいいな、と思った今日この頃です。



  • TRPGシナリオの役には立たないお話 その6

    2020-08-06 03:55
    今回は我々式TRPGルールの設計に関するお話。

    以下は私個人の「TRPG観」による設計に関する覚書みたいなものだ。
    だからあなたの「TRPG観」とは食い違うことが多々あると思うのでご注意及びご勘弁を。
    まあ、斜め読みして「こういう考え方もあるのね」と思っていただけたら、と。

    *******************************************************

    TRPGのゲームを設計する場合、三つの概念がある。(あるとして話を続ける)
    一つ目は、『システム』。
    二つ目は、『世界観』。
    三つ目は、『物語』。

    一つ目の『システム』は、遊ぶために必要となる最低限のルールのことだ。
    具体例を挙げると次のような項目になる。
    ・GMを設置するのか、するならどこまでの権限を持たせるのか。
    ・可能性決定手法としてダイスやトランプや乱数表を使用するのか、すべて議論で進めるのか。
    ・地形ボードなどの補助道具を使うか。
    ・プレイヤーの持つ能力は何か。(HPやMPや精神力や練度や知識度や敏捷度等々のうちどれをどう設定するか)
    などなど。

    二つ目の『世界観』は、そのTRPGの特徴を決定づける本体になる。
    ゲーム設計する時にはこの『世界観』から図面が広がる。
    具体例を挙げた方がわかりやすいので『世界観』を幾つか。
    ・ドラゴンが住む世界で魔術や剣術を用い仲間と協力してクリーチャーや黒魔術師と闘いながら目標を達成する。
    ・日常の裏側に宇宙的恐怖を具現化したクリーチャーの存在に気づいてしまい自らの狂気に怯えながらも抗う。
    ・コンピューターに支配された理想郷(デストピア)で協力して問題を解決すると見せて足を引っ張り合い密命を果たす。
    ・秘密を抱えた者同士が今の世に秘かに伝えられた忍術を駆使して協力あるいは裏切りながら仇敵を討つ。
    などなど。

    三つ目の『物語』は、『世界観』を具体的に落とし込んだ「その世界のサンプル」ともいえる起承転結(序破急)。
    これは一般的に「シナリオ」と呼ばれている。

    日本国内で一般的な「TRPGルール」ブックを開けば、まず『世界観』が語られ、それを遊ぶための『システム』が示されているだろう。
    さらに体験するための幾つかの『物語』として「シナリオ」が添付されているかもしれない。
    『世界観』を具体的に体験するために設定された『システム』を用いて再現する『物語』がTRPGを形作っている、ということだ。
    さらに、『システム』と『世界観』を理解することで誰でも「あなたが空想する」『物語』を「シナリオ」として落とし込むことが出来る。
    自分の空想の中にだけあった楽しさを同好の士と共有しながら遊ぶことができるのだ。
    TRPGとはなんと素敵な遊びなんだろう。

    それを踏まえて見てみると。
    我々式TRPGルールは独特な構成をしている。というか、ワザとそう言うタイプを採用している。
    まず、『システム』、それも「基幹部分」だけをルールとして設定している。
    『システム(基幹部分)』とは、「可能性決定手法は六面ダイスを使用」とか、「プレイヤーの能力値は「洞察」「知識」「説得」「隠秘」「心理」「器用」の六種類」とかいった部分だ。
    基幹部分のルールには「クリティカルやファンブルの存在」や「具体的技能の種類」や「セービングスローの値」などは書かれていない。
    日本国内で一般的な「TRPGルール」ブックにはそれら詳細設定についても『システム』の説明の場所に書かれているだろう。(【パラノイア】の某「版」のように例外はあるけれど)

    いやいやそれどころではないもっと特異な面がある。
    我々式TRPGルールには、どんなTRPGルールブックでも設計者が力を込めて書き込むはずの『世界観』が設定されていないのだ。
    では、欠落しているそれらの重要要素はどこに設定されているのか。

    答は、「シナリオ」、だ。
    「シナリオ」の中に、ルールの詳細部分や『世界観』が盛り込まれている。
    「『システム(基幹部分)』さえブレなけば「シナリオ」で詳細設定や『世界観』を補填出来るため、ゲーム全体の設計が自由に創造できる」ということだ。
    このような仕様のTRPGルールは海外では見かけるが日本ではあまり見ない。
    それ故に「シナリオ」作成には癖(ノウハウ)とテクニックが必要となる。
    もしこの先の未来で「我々式TRPGルールブック」なるものをまとめるとすれば、『システム』はさることながら、「シナリオ作成におけるツボとコツ」を詳細に書かなければならないだろう。

    ここで、我々式TRPGルールが何故そのようなシステム設計になっているのか、という疑問が生じるかもしれない。
    もちろん、理由がある。ざっくりと列記すれば、
    ・GMやプレイヤーがセッションを楽しむことは必要だが、そのさらに前提としてリプレイを視聴者が動画として楽しめなければならない。
    ・特定の『世界観』にしてはいけない。(ホラーばかりとかになると視聴者の絞り込みが発生する)
    ・我々だメンバーがプレイする。(不特定多数によるセッションを想定していない)
    ・某Gr氏が「全員生還なんて面白くないだろ?」等々圧力をかけてくる。
    などなど。
    これらの要求事項に対応するには『システム』を可能な限り削ぎ落とし、「シナリオ」に自由度を持たせるのが最適解、という判断故なのだ。
    知人から「ファンブルはあるのにクリティカルはないルール?」と聞かれるが、正確に答えるならば、「ないルールではなく、ないシナリオ」という表現になる。
    クリティカルが必要ならばシナリオの中で設定すればいいし、1D6では確率的に付けたくないのならそのシーンは3D6のシナリオにして確率調整する手もある。

    このゲーム設定手法に対しては、日本で一般的に広がっているTRPGルールで育った方は違和感を覚えるだろう。
    しかしこの世界にこういうタイプの設計手法が存在しているのは、それなりの利点があるからだ。
    それを語りだすと【パラノイア】の設計思想とかまで広がってしまい長い話になるのでまた別の機会に。

    話は変わるが。
    「シナリオ」と言えば我々式TRPG動画が「いつごろ作られたシナリオか」でプレイヤーの自由度が違うことにお気づきだろうか。
    当初「プレイヤーの行動が動画に出来ないレベルにぶっ飛んだセッション」が発生したため自由度を抑制した一本道に近いシナリオが採用されたのだ。
    最近では我々だメンバーのロールプレイ熟練度が増したため動画不可のぶっ飛びは減った。
    動画化の許容範囲内でのぶっ飛びで抑える絶妙な経験値がメンバー内に蓄積されたのだ。
    このため、少しずつマルチエンディング式のシナリオに移行している。
    この辺りの裏話もまた別の機会に。

    ちなみに、『物語』が「一本道かマルチか」についても「シナリオ」次第といえる。
    「我々式TRPGは一本道が多い」という認識があなたにあるとしたら、あなたの見ている動画のシナリオに「一本道の「シナリオ」が多かった」ということだろう。
    (ちなみに一本道のシナリオは演劇シナリオに近づいていく)
    「シナリオ」作成の順番と動画化の順番は違うので、最近の動画が最近の「シナリオ」とは限らない。(ややこしい)
    あれやこれやについてもまだまだ深い裏話があるが、また機会を見て。

    ※なおいつものようにこのブログにコメントを頂いても返信できませんことを深くお詫びいたします。