• No Control

    2018-06-20 23:36

     ①Teenage Last

    90年代もそろそろ終わりを告げる。
    僕は1980年生まれだから2000年になると20歳になる。
    …ということは10代全ての時間が90年代ということになる。
    モラトリアム。
    ピストルズは70年代に「No Future!」って言ってたらしい。
    僕の10代は、90年代は、全てが不在で、何もかも空っぽだった。


     ②「無罪モラトリアム」

    NHKの少年少女プロジェクト「君たちの声が聞きたい」とか、ニュース23の「シリーズ学級崩壊」とかがムカツクのは、そこで語られている事が絶望的なまでに無意味で、死にたくなる程のどうでも良さで満ちまくっているからであり、キレる若者とか、学級崩壊とか、摂食障害とか、なぜ殺しちゃいけないの?とか、本当の私とか。
    ニュースでユースな私語りにコミット且つ、コミュニケートする(したい)解かりやすさは、彼ら(筑紫哲也的人権リベラリスト)のもの解かりのいい大人補完でしかなく、彼らの無邪気さは不眠症をもよおしかねない。
    では、19歳になりつつ日曜の昼下がりという絶望的空間を「中学生日記」で逆説的希望としてやり過ごす僕は大人なのだろうか?
    オタクにもヤンキーにもジャンキーにもダンスにも過剰適応できない。
    僕らは愛の不在を笑う。
    そして椎名林檎と貴方に恋をする。
    愛の告白をしようにも、ストーカーにすらなれない不在の不在。
    無罪モラトリアム。

     ③「ここでキスして。」

    そう、そうなのだ。ここでキスされるのは僕のはず。
    いや、僕でなければ困る。
    確かに「アナーキーなあなた」ではないし、情報的に虚無的であるかも知れない。
    だからこそ「手錠をかけられるのは只 わたし(僕)だけなの」だよ。
    僕は「何処にだって」行かないのに、君は「行かないでね、一緒じゃなきゃ厭よ」と言うんだろうね。
    「あなたしか見てないのよ」と言う君は、同様にあなたの事が見えないと言ってくれるかな?
    言ってくれるよね?
    だって僕は長い睫毛も華奢な身体も持っているんだ。
    偶然じゃないよ、君の事が大好きだからさ。
    君はそれを愛してくれるのかな?
    いや、抱きしめてくれるよね。

    君は救われたいの?
    僕は救われたいの?
    君は逃げ出したいの?
    それとも死にたいの?

    僕は消えて、在りたいんだ。
    薄く薄く確認したいんだ。
    きっと君は、僕の体臭を消臭してくれるだろう。
    僕は欲情したくないんだぜ。
    例えば、それは少年愛のように?
    もしくはレズビアンのように?
    動物を愛するように?
    それとも植物愛のように?
    無機的セックスを望んでいるだけだよ。
    成熟拒否、そうかもね。
    だって「どんな時もあたしの思想」なんて見抜いたりなんかしないもの。
    でも「今すぐ此処でキスして ねぇ」。
    そう、僕はいつだって君の事を「ねぇー」と呼びたいだけなんだよ。
    ねぇー。

    誤魔化された夏の夜、僕は君の部屋で含み笑いを浮かべ君を待っているだろう。
    「吹き荒れる嵐に涙」し、「先攻エクスタシー」に達する君を僕は快く迎えるよ。
    そうすれば、僕のエクスタシーは退行するはず。
    それはとても心地良いことだね。

    「例えあたしが息をとめても」僕は君に息を吹き込むことはなく無表情な笑みを浮かべ、
    音楽を聴きながらアルコールを飲み続けるだろう。
    君は、果たしてそれを反転させてくれるかな。
    とりあえず、ここでもキスをしよう。
    別にしなくてもいいけど。

    僕は君の「警告」に同調し、無視するだろう。
    君は何を「警告」しているの?
    きっと何も「警告」なんてしていないんだよね。
    つまり、それが君の虚しさなんだね。

    でも、僕はちっとも虚しくなんかなくて幸福なまでに虚しいんだよ。
    何故って君が只そこに居るから。
    そして「伸ばした髪も意味ないから」さ。
    君は何を苦しんでいるんだい。
    だけど僕はそれが「何故か少しも気にならないよ」
    僕は「機械の様に余り馬鹿にしないで」って君に云って欲しいだけなんだもん。

    ところでさぁ、その何だ……「ベンジー」って誰?
    まぁ、いいさ。
    僕のことを「グレッチで殴って」くれればそれだけで満足だよ。

    それにしても君はサド~マゾへの往復運動が激し過ぎだよ。
    それだけ生きたいってことなのかな?
    後は死ぬだけだね、って言ったら大袈裟かな。
    そんな君の無為な絶頂、ニヒリスティックな交通。
    それは生きる故の君なりの「幸福論」なんだね。

    僕は君の幸福という欲望の行動にコミットできそうにないよ。
    行動は苦手なのさ。
    欲望という仕掛けは逆説的な補完を供給するだけなんだね。

    「君」とは僕で「あたし」とは君なんだね。
    「君」と「あたし」にどんな関係があるんだろうね?
    君は「君」にコミュニケートするつもりはないみたいだね。
    僕は君を見ているよ。巧妙に目を合わせないようにね。
    君は僕を見ていないよね。その事に気付いているのかな?それとも見てるつもりなのかな?
    どちらにしてもOKさ。

    所詮、君は不感症なんだよ。
    「君」という僕は死ぬ、これ絶対的真実故に幸福なんだよ。
    君は幸福になりたいの?
    僕は幸福になりたいの?
    僕は「本当の幸せを探したときに」非幸福的被幸福を考えるようになったんだよ。
    屈折?退廃?自虐?
    そんなことはどうでもいいこと。
    こんなのは「時の流れ」であり「空の色」と同じさ。
    僕は「何も望みはしない」。
    君は「エナジー」を燃やしてくれればそれだけでいいんだよ。
    僕が消去するくらいにね。
    また、キスしようか。
    しなくてもいいけどね。

     ④No Control
     ………………………………………
    もし君のことを退屈させてしまったのなら、謝ろうと思う。
    「ごめんね。」────────────

    ちょっと情緒的過ぎて恥ずかしかったけど、平気さ。

    でもね…
    それでも、
    僕は君のことを好きなのかも知れないと考えているんだ。
    「ゴメン」
    何が「ゴメン」だかは解らないけど。
    No Control……。
    THE END.

  • 広告
  • Lust For Life

    2018-06-10 00:32


     ①1997.

    「何だかね、わたしの中がおかしいの。身体の中がおかしいの。
    生理が来てないとかそういう事でもない感じで。」
    キリコはとても悲しそう目で僕を見つめていた。
    部屋にはいつも音楽が流れていたのに、ここ最近は何も鳴っていない。
    「大丈夫?何か買って来ようか?」
    「いや、そういうんでもなくて…大丈夫よ…ごめんね。」

     夜、2人で洒落たバーに行く。
    キリコはひどく酔っ払って「重いのはわたしの想いだけで…」と繰り返し言っては語尾に「ごめんね」を必ずつけていた。
    店内にはテレヴィジョンの『フリクション』が流れていて、今夜全てのバーで起きているであろう大なり小なりの摩擦と衝突が、謝られてばかりいる不甲斐ない自分にのしかかって来てるような気がして「うるせー」と思った。

     帰り道。
    生まれて来てから何度、月を見たのだろう?
    どうして月を見てると、懐かしくなるんだろう?
    そんな事を思いながら歩いた。
    いつもの街は、以前は煌びやかだったはずなのに、今は深くそして暗く感じられた。
    「何の不安もなく、2人で手を繋いで歩きたいな。」
    「あぁ…。」
    「そんな顔をしないで。わたしの気持ちを支えているものはあなただけなの。
    あなたが好きよ。」
    僕はキリコの手を握ることが出来なかった。

    僕らには何もかもが溢れていて、
    それから何もかもが欠けていた。
    名前のない気分を持て余しながら、僕は再度月を眺めた。


     ②1998.その1

     僕は映画の脚本をひたすら書いた。
    整合性のなさや物語上の不備が一目瞭然のものから、なかなかの出来のものまでとにかく量産していた。
    それをキリコが見たいと言ったが、僕は見せなかった。
    また「わたしだけのものにする」と言われるのが怖かったからだ。
    それがキリコには不満だったらしく、そのフラストレーションは言語化され僕にぶつけられる。

    「ねぇ、見せてくれたっていいじゃない。やましい事でもあるの?」
    「何を言われたって見せないよ。映像化できたらその時、作品を観てもらう。」
    「あなたの才能に惚れ込んでいるから見たいだけなのに…」
    「才能なんかないよ…というか何もないよ。」
    「ねぇ、将来、映像の世界に進むんでしょ?わたしがその第1人者になりたいの。」
    「将来って…明日の生活にすら楽しいヴィジョンを見出していないのに…。」
    「わたしは楽しいわ、明日も楽しいはずだし、来年だって楽しいはずよ。そうなると未来だって楽しいはずだよ。」
    「明日なんて知らない。来年のことなんて考えたくもない。」
    「………」
    「面倒くさいね、生きるのって…。」
    「あなたはいつもそうね。」──────────────

     結局、キリコに脚本は見せなかった。
    いつまでも、ただ使い古しの言葉たちに頼りながら僕らは生きている。
    もう2度と戻らないから綺麗なんだろうな。

    「ねぇ、わたしには見せないで、どうせ佐々木さんには見せるんでしょ。」───────


     ③佐々木 美依

     彼女は16歳。
    マンションの8階に住んでいる。
    背伸びをしたい年頃で、何か悪いものに憧れを抱いている。
    くわえタバコに、細いハイヒールを履いて澄ましてみたって親に怒られる。
    だって、まだ青さしかない16歳だもの。
    彼女が聴きたいのは、耳障りの良いポップスじゃない。
    彼女が欲しているのは、まとまりの良いアートじゃない。
    ロック&ロールなのさ。
    精神と肉体を震わすアートなのさ。
    今日もチャックベリーの『Sweet Little Sixteen』を「私の為の曲!」と誓い、大音量で流しながら踊っては親に怒られる。

     誰かにギュっと離れないように、抱きしめられたい。
    そんな事を考えたりもするけど、相手がいないので寂しくなってしまう。

     虹が出たのは午後3時のこと。
    うつむきながら歩いてて、何とかしないといけないと思って空を見上げたら、
    七色のパレードがそこにあった。
    心が救われた。
    突然、こんな想いになるんだから日々も捨てたもんじゃないなと思った。

     涙の理由は午前3時のこと。
    とにかく眠れない。
    夜は、何か大切なものがなくなっていくような感覚になる。
    すり減っていく感覚になる。
    夏祭りに行った時のことをふと思い出す。
    周りの同級生は浮かれていて、うらやましくなった。
    でもね、日常は夏祭りが面白いと感じるほど退屈なのかな?とも思った。
    それで、何とかしないといけないと思って窓の外を眺めたら、
    真夜中の花びらが舞っていた。
    心が救われた。
    世界も捨てたもんじゃないなと思った。

     空を飛行機が飛んでいる。青を切り裂いて。
    「ぎゅっと離れないように抱きしめて」と言いたくなる事もあるが、すぐに虚しくなってしまう。
    夢のかけらを拾い上げても、自分を変えることができない。

    「先輩、私は朝も昼も真夜中も、夕方までも愛されてみたいなぁって思うんです。」
    「ふ~ん。」
    「秋も冬も春も、そして夏にも夢見てたいって事なんですよ。ただそれだけなんです。」
    「悪くないね。」
    「あと先輩に借りたマジー・スターのレコード良かったです。儚いし暗くて好きです。それにしてもヴォーカルの人の名前が『ホープ・サンドヴァル』って凄いですよね。ホープなんかない音楽やってるくせに。」
    「はは。」
    「…先輩が書いた脚本を読んでみたいです。」
    「あぁ、人に見せる代物じゃないよ。」
    「そうですか…彼女さんには見せてるんですか?」
    「いや、見せてない。…というか誰にも見せていない。なんかね、実のところ別に誰に見せても良いと思っているんだけど…今の段階で見せてしまうとギリギリ保っているタイトロープから転げ落ちてしまうような気がするんだ。」
    「う~ん、転げ落ちたとしても弱い部分も含めて受け入れたいんだと思いますよ。」
    「そうかねぇ、でも僕は転げ落ちたくないし、弱さを受け入れて貰おうと思うと甘えが出ちゃう気がして。大人にはなりきれないよ。」


     彼女はとってもデリケート。
    彼女の表情は揺れている。あどけなく。
    彼女の心は澄んだ空の色のよう。
    夢見がちな日々に、ただ一瞬だけ訪れる真実が彼女を惑わす。
    彼女がどんなに真剣に話したって、彼女の声は先輩には届かない。
    今日も世界は彼女を見捨てるさ。

    くだらない言葉。はしゃぎ過ぎた場所。
    今夜、抱きしめられたい。ぎゅっと離れないように。
    窓の外はいつもの夜。
    窓を開ける。8階の高さに吹く風は生ぬるいものではなく、とても冷たい。
    ほんと寂しくなってしまう。
    それにしても彼女はどうしてこんなに孤独なんだろうね。
    泣いた顔を鏡に映しても、そこに見えるのは悲しみに酔った汚さ。

     真夜中の果て。記憶。とても小さいメロディ。

    「私みたいなゴミでもナンパされたことがあるんですよ。」
    「へぇー。…でどうしたの?」
    「ついていくわけないじゃないですかー。
    私は何かを求めて叫び狂うような生き方がしたいんです。」─────────

     言葉はすぐ色褪せる。そして出来立ての新しい風景に変わっていく。
    彼女と先輩をつなぎ止めている「今」はどんどん変化を遂げていってしまう。
    散らかった言葉。その上を新しい言葉が散らかしていく。
    心だけが回り続けている。2人を運び出していく。
    出来立ての新しい風景に連れて行ってよ。
    うわの空を青が切り裂いていく。
    「先輩は私にとっての生の全てなんです。この瞬間が全てなんです。」
    2人がとどまっていられるのは今、言葉があるから。
    真っ白な原稿用紙を何もかもで埋めていっても、何かが隠れてしまう。そんな気分。
    何となく空を仰いでいる。
    「死んだふりをしているつもりだったのに、いつも間にか死んでいるなんてニヒリストも滑稽なもんだよな。」という先輩の言葉が仰ぎ見る雲と共に2人を覆った。

     彼女は16歳。
    キム・ゴードンが好きで、リディア・ランチが好きで、日暮愛葉が好きで、ミニー・リパートンが好きで、鈴木いづみが好きで、真理アンヌが好きで、シャロン・テートが好きで、シルヴィア・ピナルが好きで、パーマをかけて家に帰ったら親に怒られた普通の女の子。


     ④1998.その2

     キリコの手は青白くて、血管が透けて見えそうなくらいだった。
    キリコは絵を描き始めた。
    「元々、学生の頃に趣味で描いていたんだけど、ある作品を読んでいたら急にまた描きたくなってね。」
    「へぇー、なんて作品?」
    「そこに置いてあるの。あなたにも読んで欲しくて。」
    「OK!暇な時にでも読んでみるよ。」
    そこには『キューティーコミック』という漫画雑誌が置いてあって、てっきり小説だと思っていた僕は拍子抜けをした。
    「作者がわたしと同じ『キリコ』って名前なの。ページ数も少なくて気軽に読めると思うから是非、読んでね。」
    「了解。」
    「あとね、知り合いが企画する個展にも出そうと思っているの。
    この絵が完成したら展示してあげるって言ってくれてるし。」
    「じゃあ、完成したら2人で個展を観に行こう。」─────────────

    キリコは絵を描くことに夢中になっていた。
    僕は絵を描いている時のキリコの折れそうな手首に見とれていた。
    そして僕は相変わらず誰の為かもわからない、誰に見せるわけでもない映画の脚本を書いていた。
    部屋にはマジー・スターの曲が流れていて、キリコは「このサイケデリックの先にある希望が素敵ね…」と言いながらキャンバスばかりを見つめていた。

    そうこうしている間に僕の髪の毛はボサボサに伸びていった。
    死んだ目は髪の毛で覆われてしまった。
    いつも髪の毛を切ってくれていたキリコはずっと絵を描いていた。───────────

    キリコの絵には人を惹きつける何かがあった。
    ひどく暗い、干からびた胎児の死体の絵。
    「チューブをしぼる度に、大事な何かがなくなっていく気がする。」とよく言っていた。
    そして「個展に間に合わないかも。」とも言っていた。

    ある日の朝、キリコが仕事に行く前に僕に手紙を渡してきた。
    きちんとした茶封筒に入っていた。

    「グルーヴで突破できないこと。
    胸が引き裂かれる思いです。幸せよりも辛かった事ばかりが頭を巡ります。
    こんなことを書くと嫌がられるのはわかっていますが…
    あの時、わたしが妊娠していて出産していたら子供は今、1歳ぐらいかな?
    抱きしめて。抱かれた事実とか、何回抱かれたとかじゃなくて抱きしめて。
    色褪せたとしても、色混ぜて抱きしめて。
    触れる度に遠くなっていく感覚がとても苦手です。
    あと告白しますが、あなたがいない間にあなたが書いた脚本を何本か読ませて頂きました。
    対象が散漫なのと、空っぽの自分を容認できていないなぁ~という印象でした。」

    大切にギリギリ守っていたタイトロープから音もなく転げ落ちた瞬間だった。
    急転直下、真っ逆さまに落ちて美しく粉々に散っていくと思っていたのに、落ちた瞬間から、ふわふわ浮遊する感覚でぼんやり宙ぶらりん状態になっている感覚だった。
    またキリコとの関係の中で、僕が甘えることで2人のバランスが保たれるのなら違和感を覚えるなと思った。
    そこで、甘えて来て欲しいキリコの気持ちを汲んで甘えることが出来たら良かったのに、僕にはそれが出来なかった。
    やっぱり大人にはなりきれなかった。

    帰宅したキリコは「手紙読んでくれた?」と聞いてきた。僕は「読んだよ。」と返した。
    「それだけ?」
    「情けないし、悔しい。モラトリアムに浸っているみたいでみすぼらしい。」
    「正直な人ね。あなたのそういうところが綺麗だと思う。」
    「……」
    「一生抱き締めてあげるから、一生抱き締めて。」
    「何かを求めて叫び狂うような生き方は僕の性に合ってない事だから。」
    「ねぇ、こういう時は泣いていいのよ。」
    「どんな風に笑えれば、こんな時間は過ぎ去っていくんだろうね?」──────────

     ──────────────────────────────────


    「わたし、刺青を入れるわ。左肩というか、左の肩甲骨に…太陽の模様のやつ。
    失ったものの為に体を傷つけることはとても綺麗な事だと思うの。
    純粋だと思うわ。」
    キリコが笑った。多分、明日は晴れだろう。

    キリコの小さな手が何かを思い出している。
    小さな手を伸ばしたところで、指先は何にも触れない。
    何気なく季節は変わるが、変わる事ができない僕が佇んでいた。
    2人の輝かしい時間だけを抽出して、そこをさらにピックアップしてルーティンにして過ごしていたら、ずっと笑っていられたのかな?
    モラトリアム。
    割り切れなかった。本当は割り切りたかった。
    簡単に信じ合うことも、簡単に許し合うこともできたはずなのに。
    いつだってこの胸を撃った時は雨だった。
    いつだって思い出すことは雨の日のことだった。
    通り過ぎた場所に、忘れ物のように穴があいていて、懐かしい未来を思い描く。

    ただ何もかもが。
    そして何もかもが。
    ただ何もかもが。
    そして何もかもが溢れていて、
    やっぱり何もかもが欠けていた。

    僕は絵を描くことを邪魔するわけにはいかないと言ってキリコと距離を置いた。─────


    結局、個展には間に合わず、
    しばらくして会った時には、キリコは絵を描くのを辞めていた。
    左肩には太陽の刺青が入っていた。
    そして以前よりキリコは、内にふさぎ込む事が多くなった。
    その頃には、僕らはケンカさえもしなくなっていた。──────────────────


     ⑤1999.

    「自分の事を愛せないと、他人を愛せないってよく言われている事だけど、わたし達はどっちも自分の事を愛していない。お互い愛し合っていないのかもね。」
    「自分の事なんか一生愛せなくて良いよ。」
    「一体どうすれば良いのよ。わからないよ。うまくいく事なんて、何一つないわ…」と言ってキリコは泣いていた。
    「一生、あなたに触れていたいのよ…」
    僕には「大丈夫だよ。」と言ってあげられる度量がなかった。
    自分の事をそんなに簡単に愛せるわけが、許せるはずが無いじゃないか…。
    「わたしはこれからどうすればいいの?」
    「………」
    「もう今更、他の人となんて付き合えない。あなたが好きよ。あなたと一緒に生きていけないのは嫌だ。」
    「何かさぁ…もう終わりじゃないかな。何もかも終わりだと思う。」
    「あの頃に戻れないことぐらい知っているわ…今からまた2人で始めれば良いじゃない…。」
    「僕は…キリコに上手に甘えることはできないし、依存もできない…。」
    「…わかったわ…。お願いを聞いて欲しいの。これから海を見に行こう…」

     僕らは車に乗って、海へと向かった。
    キリコはずっと泣いていた。声を出して泣いたり、すすり泣いたり、それがおさまるとまた声を出して泣いていた。
    カーラジオからヒット曲が流れていたが、耳には何も入って来なかった。
    僕らはぶっ壊れたストーブのようだった。
    何をしても温度が上がらない状態だった。

    キリコの匂い、キリコのほくろの場所、細い指、折れそうな手首、まつ毛の長さ、太陽の模様、コンバースの靴、黒い髪、透き通った声、ギターに書いた落書き、ピンボケした写真、錯乱、アパートの鍵、告白。
    いつでも僕の片方は影の中に、もう片方はキリコの中にあったんだ。
    キリコの世界は僕で、僕の世界はキリコで、キリコの傷は僕で、僕の傷はキリコだった。
    そのうち、どんな髪の匂いで、どんな目をしていて、どんな風に微笑んで、どんな音楽が好きだったとか…全部忘れてしまうんだろうな。

    そんな事を考えていたら、目的地に辿り着いた。
    いつかの海は、なんかとにかく寒くてキリコが息を吐くと真っ白になった。
    愛しさと憎しみ。
    背中に空がのしかかってくる。
    「ねぇ、これから何があろうとあなたはわたしの中にいるわ。どんな時もあなたがそばにいるような感覚で生きていくと思うの。わたしの中でこんな日はずっと続くと思うの…。
    ねぇ、誰からも愛されないで。わたし以外の人に愛されて欲しくないの。」

    時々、思うんだ。
    もしもあの時、僕がキリコから逃げなかったら、どうなっていたんだろう?って。

    帰りの車中は沈黙が続き、カーラジオからはノイズにすらならない無味無臭の曲が垂れ流れていた。車はブラックホールに吸い込まれるように暗闇を走っていた。
    そして街の灯りが見えて来た頃、ピチカート・ファイブの曲が流れて来た。───────


     ⑥Sweet Soul Revue

    この街のどこかで誰かが散歩している。
    この街のどこかで誰かが働いている。
    この街のどこかで誰かが夢を見ている。
    この街のどこかで誰かが悲しんでいる。
    この街のどこかで誰かが何か言っている。
    今夜もお月様が眠っている。
    そういや、最近お月様を見ていないなぁ。
    そういや、あの人達は何をしているんだろう?
    今、あの人は恋をしてるんだろうね。
    この街のどこかで誰かが何か言っている。
    君に会いたいだけ。君が笑うのを見たいだけ。君を抱きしめたいだけ。
    この街では白い雨が降る。
    次に君が住む部屋に雷が落ちる。
    今までのこと、過去の経験全てが小さな川に流れて、やがて海に出る。暗い海に流れる。
    走り去っていく幾つもの言葉。遠くなっていくあの頃の僕ら。
    雨に救いを求めたってどうにもならないのにね。
    追いかけては遠くなっていって、届かないまま時間だけが過ぎていくんだろうね。
    今より少しマシになりたいだけなのに、何も出来ない。
    僕はまだ若い。
    だけど、このままで平気なのかな?ってよく思う。
    不安が胸をよぎる。
    この不安を言葉にしよう。この不安を映像にしよう。このままで平気なわけがないんだから。
    夕陽が味方してくれてたあの頃には戻れない。
    真夜中に誰の為かもわからずに、誰が観るかもわからないのに映画の脚本を書いている。
    今までこの身体から垂れ流れていった幾つもの言葉。
    今までこの身体から飛び出していった幾つもの映像。
    この目に映るものは綺麗じゃないから、映像を撮ろう。
    大袈裟な事は撮らないようにして、ここにある全てを映像に残そう。
    人がうらやむような普通の映像を撮ろう。
    馬鹿らしいけど、他にやることが見当たらないよ。
    この街のどこかで誰かが愛し合う。
    男の人は酔っ払って、女の人は可愛いダンスを踊っている。
    遠くで誰かが唄っている。遠くで誰かがつぶやいている。
    孤独、過ち、恐怖、不安、怠惰、はかり知れない悲しみ。
    言葉は夜空を越えて、あなたが眠る街まであと少しで届くよ。
    欲望に負けることもあるだろうけど、待っててね。
    世界中の窓から花束を投げることが夢なんだ。
    言葉を1つ1つ燃やしては、心を焦がしている。
    今、あなたはどんな気分?
    今、君は文章を書いている。
    今、あなたは文章を読んでいる。
    色褪せていく街に、そっと寄りかかって海が見たいと言った。
    黒ずんでいく空が、そっと流れ込んで海が見たいと言った。
    遠くの方で煙突が大空に伸びている。
    白い煙を上げて、あの雲のフリをしている。
    不安な時はいつも…なんとなく隣にいて欲しいと思うもんだよ。
    どこまでも行こう。果てしない向こう。
    心を切り開いて胸を張って生きよう。
    一瞬で世界が変わることもあるのだから。
    星が降って来る。夜の雲があなたを捕まえにやって来る。
    生ぬるい君の宇宙の中に連れていってよ。
    この街のどこかで誰かが歌っている。
    世の中にはハッピーやラッキーがいっぱいあるよね。
    こんな日が続くんだとしたら、月日が経っても何も変わらずにいられるはずさ。
    意味もなく浮かれている夜も、とりとめのない悲しい夜もずっと続いていくんだね。
    この街のどこかでやっぱり誰かが叫ぶ。
    君に会いたいだけ。君がちょっと微笑むのを見たいだけ。君を思いっきり抱きしめたいだけ。
    全ては、こんがらがった青さについてのフィルムのために。

    曲が終わるとキリコは「クソくらえだわ。」と言った。──────────────


     ⑦1998.その3

    寝転んでは、まどろんでいる怠惰な夕暮れ時。
    ボーっとした頭で、ずっと忘れていたキリコがオススメしていた漫画を読む。
    作者は魚喃キリコと書いてあった。そういやキリコと同じ名前だって言ってたっけ。

    白と黒のコントラストが印象的な背景の中に文学が踊っていた。
    その漫画のラストカットには「きっとあたしはこれから一生、2番目に好きな人を愛したままで暮らすんだ」とあった。─────────────────────


     ⑧2004.

     あの日以来、僕はプカプカ浮かびながらタイトロープを眺めている。
    どうやら、人生はこんな事を繰り返していくみたいだ。
    これから、幾度となく僕の眼前に現れる壁などの障害物や登り坂を、僕はタイトロープの横を揺れながら、漂いながら呑気に眺めていくのだろう。
    時間だけが過ぎる。僕が逃げても時は追いかけてくる。僕はいずれ捕まってしまうだろう。
    過去は捨てても追ってくる、なんてね。

    街でキリコとよく似ている人とすれ違ったよ。
    とてもかわいい3、4歳の女の子の手を引き連れて。
    左肩の太陽の模様がノースリーブから顔を出していて。
    声をかけようと思ったけど、言葉が見つからなかったよ。
    そのかわいい女の子の笑顔と、太陽の刺青を見ていたら、思わず涙がこぼれ落ちそうになったよ。
    もしあの時話しかけて、コーヒーと映画は今でも好きだよ。
    映画の脚本もたくさん書いたよ。監督して完成させた作品もたくさんあるんだ。
    是非、キリコに見て貰いたい。…なんて言ったらキリコは笑ってくれたかな?
    最後まで伝えられなかった言葉。
    今もあの想いのまま生きている。
    キリコ、お幸せに。心より。──────────────

     ⑨Lust For Life.

     生身の欲望。生きるための欲望。確かに僕はあの瞬間を生きていた。
    今日も夜が来る。長い1日を終えてゆっくり降りてくる。
    この瞬間が全て。生の全て。
    記憶の中で君を想う。その空しさも知っている。

    THE END.

  • L.S.D(Lost Sunshine Day)

    2018-05-15 23:392

     
     ここ数日、僕は川本真琴を聴く羽目になっていた。
    キリコが購入してきたからだ。
    「すごく良い曲だと思わない?露骨で、可愛い声で。」

    「僕と君は他人同士 他人同士だからこそ一緒にいられるはずさ」
    「(D)だいっキライ(N)なのに(A)愛してる」

    …なんかそんな事を唄っていた。僕にはエロい曲にしか聴こえなくて、
    「あなたの中のDNA」ってフレーズに、SEXの唄にしては直接的だなぁ、という印象しかなかった。
    僕は「ペイヴメントが聴きたい。川本真琴は飽きた。」なんて言うと、キリコは「わたしがいない時に聴けば良いでしょ。2人で一緒に居る時はこれが聴きたい。」って笑顔を見せた。


    「ねぇ、あなたの子供が欲しい。」
    「カナビスを嗜む人には産んで欲しくないな。」
    「真剣に言ってるのよ。」
    「……16歳の奴に?」

     今にも泣き出しそうな表情。垂れ流れるSEXの唄。
    他人同士だからこそ一緒にいられる決定打。
    君の子宮。僕のDNA。ガチャガチャのロックンロール。

    「映画ばっか観てて、よく飽きないわね。」
    「暇だからね。」
    「毎月、生理が来るのが、安心はするんだけど、哀しいって言うかさ…。」
    「……」
    「あなたが死んじゃったみたいで。」

    紅い血、死んだDNA、真夏の太陽。

    「…映画が撮りたいな。海をロケ地にしてさぁ。家にボロいけどカメラもあるし。」
    「うんうん、良いんじゃない。」
    「こんな日常を、深い所で黒く湧き立っているものをちゃんと形にしたいなぁ。もし本気になったら協力してくれる?」
    「いいわ。」────────────────────


    コーヒーの過剰摂取。キリコの身体。何を忘れる為の涙なのかな?
    僕はキリコの部屋で映画の脚本を書き始めた。
    深くて厚い雲が僕の上に垂れ込んでくる。
    まさかあの向こう側に青空があるだなんて、到底思えない。
    僕はだらしなく過ごしている。
    その間、キリコは働く。
    だけど日が暮れてキリコと再会すると、元気なのは君の方。
    些細な出来事をキリコだけはわかってくれると思って、必死になって話していた。
    キリコには伝わっていたんだと思う。
    このとりとめもない、無意味で深く落ち込んで気分が。
    それでもキリコは気づかないフリをして笑っていた。

    「全てわかっていたくて。それで眠れないの。」
    「夜中まで通して貴方の邪魔をすることは、そりぁ間違っていると気付いているわ。」
    「身体の疲れだってさ、誤魔化すのも精一杯よ。」
    キリコの言葉が脳内で乱反射する。
    「ねぇ、口でシてくれ。」

    どうして君は嫌なくせに「いいわ」って言うんだい?

    こんな日はいつまで続くのかな?
    願うのは容易で、言葉にするのも容易で、
    瞬間は困難で、伝わるのも困難で、
    分かり合うのは難儀だ。───────────────


    「ねぇー、子供が出来た……。
    わたし、妊娠しちゃったかも。」
    「………」
    「ずっと生理が来てないの、多分そういうことだよね。」
    「ちゃんと調べたの?」
    「ううん。」
    「…まぁ、何にせよきちんと調べよう。」
    「それにしても貴方、何て顔をしているの?」
    あてのない2人。1/2から1/3に。

    震えている声、くしゃくしゃの顔、見つめる目、キリコの匂い。
    若さをもて遊ぶこと。色褪せるペイヴメントの曲。
    昼も夜も越えて、幾つもの日々を乗せて。
    欲望の有様、死んだ目、いつかのうみ。

    「あなたの事を一生、好きでいられる自信があるわ。
    好きな人の子供は産みたい。」──────────────

    それから市販の妊娠検査薬を使用した。
    陽性反応は出なかった。
    産婦人科に行って調べても妊娠はしていなかった。
    お医者さんに想像妊娠かもね、なんて言われて病院を後にした。
    帰り道、キリコは突然泣き出して「わたしの中に何もなくなってしまったわ。」と言った。
    「こんな事になってしまって、なんか埋まらない穴が開いたような感覚だよ。」とも言っていた。
    「揺るがない幸せが欲しい。」と言ってキリコは空を見上げた。
    それにつられて僕も空を見た。
    空はよく晴れていた。
    僕らの気持ちや気分なんかはお構いなしの青空だった。

    秋の匂い、ちょっと冷たい風。
    それから川本真琴を聴きたがらなくなったキリコ。

    「太陽を失った感覚だわ。」とキリコは何度も言っていた。

    そうこうしている間に、映画の脚本が完成した。
    キリコの部屋で脚本を書いている時、コーヒーを淹れてくれては「コーヒーと映画の相性は良いものよ。」と言っていたが完成する頃にはコーヒーがアルコールに変わっていた。

    完成した脚本をキリコに見せると「この脚本は映像にしないでね、わたしだけのものにする。誰にも見せない。誰にも共有して欲しくない。」と言った。

    男性に汚された女性が太陽に照らされ、
    太陽を失った日に、光に抱かれる2人の物語だった。

    太陽を失った日。

    こんな日はいつまで続くのかな?

    To Be Continued…