いつかのうみ
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いつかのうみ

2017-04-10 14:37
  • 2

 君の明日を~ぼ~く~に重ねて~♪
…とヴォーカルであるダンプが作った歌詞を、ダンプがシャウトする隣でギターを弾きながら口ずさんでいた。
これは本日のラストナンバーで、ライブはそれなりに盛り上がっていた。
天気予報では今日の夜に台風が来るとの事だったので、集客を心配していたんだけど50人ぐらいのお客さんが来てくれていた。
50人ぐらいの中に、やけに僕と目が合う女性がいた。
僕のボサボサに伸び切った髪の毛と髪の毛の間から映る女性は、美人というタイプというよりは可愛いタイプの女性だった。

 ライブを無事に終えて、ライブハウスの中でダンプとダラダラ話していたら、よく目が合っていた女性が僕に話しかけてきた。
「お疲れ様でした。良いバンドですね。」
「ありがとうございます。」
「ライブを観ていて気になった事があるんだけど、言ってもいい?」
「…ん、あぁ、ギタープレイでも何でも好きに言って下さい。」
「貴方の髪の毛を切りたいの。いくら何でも伸び過ぎよ。」
「…ん、あぁ、美容師か何かされているんですか?」
「いや、只のOLよ、ねぇ、切らせて。」
そんな会話を聞いていたダンプが持ち前の向こう見ずインスピレーションを働かせて、
「よし、今すぐ切って貰いなよ。こんな無茶苦茶な展開は滅多にないぞ!」と言い、ライブハウスのマスターのもとへ新聞とハサミを借りに行った。
僕は確かにダンプの言うとおりだなぁ…と思う好奇心と、女性の容姿が可愛いからという理由で「じゃあ、お願いします。」と言い、そのまま2人で楽屋へ向かった。

 ライブハウスのスピーカーから大きな音でヘアカット100の『フェイバリット・シャツ(ボーイ・ミーツ・ガール)』が流れて、「髪を切るからってヘアカット100なんて状況に合わせ過ぎた選曲がダサいですよね。多分、マスターの仕業だと思いますけど。」と僕が言ったら女性は「ダサーい!」と嬉しそうに笑った。

 僕の長い髪がジョキジョキと音を立てて床に落ちていく。
まとわりついた匂いとか、髪の毛ごしに見ていた世界がなくなっていく。
髪を切って貰っている間、僕は女性の匂いを感じたり、全く器用ではない手さばきに不安を感じたり、女性が屈んだ時に服の隙間から見える下着にちょっとした興奮をしたりと、とにかく色んな感情になっていた。
最初はテンションが高かったダンプも途中で飽きて、先々週号のヤンマガを読んでいた。
女性との会話の中で彼女が24歳であるという事と、名前がキリコだということがわかった。
敬語を使わないで良いという了解も貰った。電話番号も交換した。
工作用のハサミで切られていたので髪の毛が何度も引っ掛って痛かったけど、それ以外は特に何もなく、終了した。
「もっと変な髪型になると思ってたよ。」
「わたしも~、でも大丈夫だったわね、うん、まぁ、こんなもんでしょう!」

 それから家に帰るためにライブハウスを出ると風は少し強く、雨も少し強い程度だった。
台風はこれから直撃するんだろうね、なんて3人で言葉を交わしダンプはニヤっと笑い手を振り、キリコは僕とダンプに投げキスをして別れた。───────



 午前2時過ぎ、荒れ狂う台風の音を耳にしながら、本質的なだらしなさを罰するべくギターの練習をしていたらPHSが鳴った。
「明日、2人でドライブに行かない?」とキリコ。
朝までに雨風はおさまるらしい。それにしてもいつも予想もしていないような提案が次々と出てくるなぁ、ブっ飛んでいるなぁ、と思う一方で外の嵐同様、心がざわついた。
「オーケー、じゃあさっきのライブハウスの前で待ち合わせをしよう。」とだけ返した。

 午前10時、キリコは車を運転して現れた。台風は確かに過ぎ去っていたけど、カフェオレ色の雲が空を覆っていた。台風の後って、普通は晴れるんじゃなかったっけ?なんて思ったが、そんな風に勝手に思い込んでいるだけかもしれないし、そもそも今日は普通の日じゃないのかもしれない、なんて思った。
涼しい。
真夜中の嵐が真夏の子供達をさらっていったんだろう。
「車持ってたんだ。」と言うと「そうよ~、良いでしょう~。」と返って来た。
良い感じの車だった。性能とかパワーとかそういう事はわからないんだけど、フォルムや光沢の加減や内装が素敵だった。シートも座り心地が良かった。…なんて言えば良いんだろうね、ぴったりの形容詞が見つからなかった。
「いいね。」
「いいでしょ。」

 それから2人を乗せた自動車は走り出した。
「バンド活動や学校は忙しいの?」と聞かれたので「そうでもないよ。」と答えた。
「仕事は忙しいの?」と聞くと「そうでもないかな。」と返って来た。
…というか今日は平日じゃないか。その事に、今さら気付く。
「会社は?」
「さぼった。」
「そんな簡単にさぼれるもんなんだね。」
「簡単ってわけじゃないけど、いっぱしの大人なんだからそのくらいできなくちゃ。」
 
 コンビニに寄った。あれこれと買い込んだ。飲んでも良いと言うので、缶ビールを何本か買った。午前中から飲む習慣はなかったし、飲みたいと思っていたわけではなかったんだけど、飲んでも良いよとわざわざ言われると、せっかくだし飲もうかなという気分になった。
 いつの間にか交通量も少ない、だだっ広い道路を結構な速度で走っていた。
こなれた運転。ルームミラーにチラチラ目をやる様子も板についている。
キリコの意外な側面を面白く思った。
どこへ向かっているかはわからなかった。
とにかく何処かへ移動している、風景が後ろに流れている。
目に映るものがどんどん更新されていく。

 とりとめのない話をした。
最近観た映画、読んだ本、好きな音楽、出会った人、日々の出来事。
とりとめのなさが重なり合って出来るわずかな隙間に心が吸い込まれる。
カーステレオからはキリコが編集したであろうカセットテープから音楽が流れていた。
知ってる曲もあったし、知らない曲もあった。古そうな曲もあったし、新しそうな曲もあった。英語で歌われる曲が多かったけど、日本語で歌われる曲もかかったし、何語で歌われているのかわからない曲も数曲かかった。口ずさんだりもしてた。
1つのフレーズが次のフレーズに溶けていって意味は掴めない。
 
 出し抜けにキリコが笑い出した。
「何がおかしいの?」と聞いてもずっと笑っていた。
笑い終えると、ようやく言葉を返した。
「わたしさぁ…いい歳して学生みたいじゃない?」
「そうかな?」
「そうじゃない、ノリだけでこんなことしちゃってさ。」
「まぁ、そうだけど、それがそんなにおかしいの?」
「いつもおかしいわけじゃないけど、今は凄くおかしい。」と言って今度は短く笑い、流れてる曲に合わせて緩やかなメロディを口ずさみ始めた。
愛とか魂とかについての歌のように聞こえるけど、よくわからない。

 小さな街の中を走った。街を通り抜けて、田んぼや畑の中を走った。
荒れ地や空き地を何箇所も通り過ぎた。ずっと曇っていた。
あらゆる全てを曖昧にするかのような曇り空だった。
そうこうしているうちに、僕らは海に出た。

 どこの海なのかはわからない。どこでもいい、いっそわかりたくない。そんな気分になっていた。
海と空と大地が混じり合っていた。
他にもいろんなものが、喜びとか悲しみとか疲れとかトキメキとか死とか望みとかが混じり合っているように感じた。
そういえば世界ってこんなところだったよな、と不意に思った。
思った瞬間、なんだよそれ、とも思った。

 カモメしかいない浜辺で何時間か過ごした。
カセットウォークマンに繋がれた小さなスピーカーから音楽がずっと流れていた。
踊ろうぜとこっちが言い出す前に、踊ろうよとキリコが言って来た。
踊った。
踊っているうちに音楽に合わせて踊っているのか、踊るキリコに合わせて踊っているのかわからなくなった。
 少し酔っていたせいもあるかもしれない。
キスをした。
たった1回。
名付けようのない不思議な気持ちになった。
名付けようがないのは多分、経験した事がないからだ。
また踊った。波打ち際を走ったりもした。ずぬ濡れになる勇気はなかった。
息があがって元の場所に戻って腰をおろした。
「ちゃんと答えてくれる?」とキリコが言った。
「質問による。」
「わたしの良いところってどこだと思う?」
「なぞなぞみたいだ。」
「真面目に答えて。」
仕方がないから少し考えた。
「グルーヴかな。」
「グルーヴ?」
「グルーヴがあるんだよ、キリコって。」
「もっと言って。」
「バカなエナジーなんだけどさ、キリコといるとグルーヴを感じるんだ。そのグルーヴに乗ってると大概のことは越えていけそうな気がしてくるんだ。」
「最初のバカなエナジーってのは余計。」
「いいんだよ、グルーヴってのはひとつの知性なんだから。」
「ふ~ん。」

 …沈黙が続いた。それにしてもどうして誰もいないんだろう。なんか変じゃないか。その事を言いかけるとキリコが遮った。
「ときどき、耐えられなくなる。」
「…何に?」
「何にかな。わたしがわたしであることにかな。どうやってもわたしはわたしから抜け出せない。」
「ああ、それね。」
「わかる?この感じ。」
「わかってると思うよ。」
「そんな風になったりする?」
「しょっちゅう。」
「そんな時はどうするの?」
「外が嵐の時に誰かをドライブに誘う。」
そう言うとキリコは声を立てて笑った。素敵な笑い声だ。
「わたし、ずいぶん汚れた。」
「そうかな。」
「そう思う。」
「はじめっから汚れてるって。」
キリコは大きく見開いた目をくるりと回した。
もう一度、キスがしたくなった。でもしなかった。
僕はジョイントに火を点けて「お腹が減ったなぁ。」と言い、キリコにジョイントを渡した。
「わたしも……あっ!!」
キリコの顔がこわばっている。
「どうしたの?」
「ねぇ、あれ警察じゃない?」
「どこどこ?」
「あそこよ!」
「どこだよ、全然見えないじゃないか。」
「ほら、あそこだって。」
キリコは腕をいっぱいに伸ばして指を差す。
その白くて長い腕と細くて長い指を辿った。
「あ!」
「見えた?」
浜辺の遠くの方に立派な制服をまとった警官が見えた。
「つーか、この状況はやばくない?」とキリコは言うが、動かない。
「やばいよな。」そう答えたものの同じく動かなかった。
警官はどんどん近づいて来た。
とっとと逃げるべきなのに、僕達はずっとそこにいた。
警官は僕らに「こんにちは。台風の後は海鳥が多いと思って浜に来たのですが、あんまりいないですね。ハブ・ア・ナイス・デイ。」と言って立ち去った。
ウイッキーさん風のライトな挨拶をかまして来て小粋だなと思った事よりも、圧倒的に安心感が上回った。そして、今のくだりは一体何だったんだ?という不思議な気持ちにもなった。
キリコに「ねぇ、一体ここは何て場所なの?」と聞いたら「知らない。ここがどこだってどうでもいいじゃない。」と返って来た。
もはやどこでもない場所に意思すら持たずに2人は佇んで、そして見つめあった。
「わたしはこんな日がずーーっと続けば良いと思っているよ。」
「とりあえず、髪は伸びて欲しいかな。」
やがて僕らはまた別のどこかへ向かうんだろうけど、今はここにある瞬間を愛おしく思った。
2人で遠くを眺めた。
夏の終わりの海の色は、とても哀しそうだった。
それとは対照的にキリコの笑顔はまばゆい光を放っていた。
僕らは細い指と指を絡ませて遠くを見つめた。
THE END.

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ハブ・ア・ナイス・デイ ٩(๑◕‿◕。๑)۶
47ヶ月前
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>>1 パスピエさんありがとうございます!…この話、一応『THE END.』にはなっていますが、この後の話も書く予定ですのでダラダラ待っていて下さい。
47ヶ月前
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