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ハレルヤ

2017-03-27 20:05
     
    君がどっちを聴いたかなんて、たいした問題じゃないさ。
     聖なるハレルヤであろうと、キナ臭いハレルヤであろうと。

    ─レナード・コーエン『ハレルヤ』



     僕はだらしがない。
    どんなに弱音を吐いても、最終的には愛にすがりつこうとしている。
    本当にだらしがない。

     ニルヴァーナもだらしがなかった。
    ただそれでも、日々なんとかやり過ごしている不安や憎悪や怒りの核心を叩きつけていた。
    一時の快楽とか、応急処置のようなそんな生温いもので解決しないことを提示していた。
    膿を出し切ることで、傷口を眺めることができるきっかけがそこにはあった。
    無力感とフラストレーションが同時に訪れたときに、最高のグルーヴを生んでいた。
     僕はそんなニルヴァーナのだらしがないロックンロールが好きだ。
    そして僕は、何の役にも立たないようなジョークが好きだし、非生産的な目的意識のもとに行われる事柄も好きだ。僕は自由であり続けたいから、だらしがない音楽を聴き続けるんだと思う。

     それとニルヴァーナのヴォーカル、カート・コバーンの声が好きだ。
    露悪趣味的な容赦のない現実描写が目前に迫ってくる感覚と、始めから何もかも終わってるというニヒリズムが迫ってくる感覚があるからだ。
    でも、この声を聴いていると「何もかも終わってるんだったら、好き勝手やってやるぜ~!その事に気がついた僕、偉い。アイムハッピー♪」という馬鹿の中学性の典型のような気持ちにさせられるからタチが悪い。特に愛聴していたのは典型的な中学生だったわけで、アイムハッピー♪思想をアクセルベタ踏みで加速させていたわけで、今考えても、いや当時からマズイな、痛いなという感覚はあったわけだけど、それでも「アイムハッピー♪」と開き直っていたから思想は回転木馬で自由にひたすらグルグル廻っていた。
     自由を得ると、ヒッピーだったり、ファンキーだったり、パンキッシュだったり、ロケンローラルだったり、アブストラクターだったり、ヒップホッピーだったり、コアな方へ…いやハードコアラーとでも言おう、ん?それにしてもコアラちゃんは可愛いな。
    とにかく、かぶいた者への憧れが強くなっていって、スーパースターに依存して何も動こうとせず、主体性を放棄してしまう愚衆化の構造が嫌いになっていった。
    シンボルなき革命を遂行できない現代社会の中で生きる僕らに響くブルースだと楽しんでいた。
    とにかく声が好きだということと、コアラちゃんは可愛いという事だけを声高に叫んでいた。

     中学2年生を迎える始業式を終えて、浮かれ気分と不安が入り混じる学校を後にした。
    家に帰り、僕の心の中にある不安定な井戸に潤いを与えるためにニルヴァーナを聴いていた。お香の煙で充満している部屋を換気するために窓を開けると、春の匂いがした。
    春の風がさーっという音を立てて、ニルヴァーナの音楽とミックスされて心地良い空気になっていた。
    夢と現実が、いや、そんな大層なもんじゃないなぁ、現実と現実逃避が、いや、そんな大層なもんでもないなぁ、明日も行かなくちゃいけない学校とあらゆる事柄に対する面倒くせぇーがパレードのように賑やかに脳をかけ巡っていた。
    煙草に火を点けて、部屋の中がハイブリッド・スメルになっていった頃、枯れた井戸は涙で溢れていた。
    どこまでも続くんであろう面倒くせぇーに勝てる気はしないけど、まぁ…アイムハッピー♪

     テレビをつけると「ロック界のカリスマ、カート・コバーンが自殺した。」と久米宏が言葉を発していた。
    …カートが死んだ。───────


     僕はしばらくニルヴァーナを聴かなくなっていた。
    「感情を揺さぶられたくない」って誰か言ってたよな。
    でも、本当に感情を揺さぶられたくなかった。

     今が今である理由だけを感じながら日々過ごした。
    毎日、毎日突き刺さって来る数々の言葉。
    井戸に穴が空いた状態で、空を見上げる。
    大切な事は机の引き出しの中のファイルにしまっておこう。
    1発の弾丸が世界を暗くしたので、僕は無理やり軽くなった。
    全ては無意味な事だと大袈裟に吹き込まれ僕は10代を過ごした。
    1発の弾丸が青空を撃ち落としたので、僕は心を閉ざした。
    空っぽな身体にひねくれた心を乗せて、僕は90年代を過ごした。
    サティスファクション?うるせーよ。
    レット・イット・ビー?うるせーよ。
    ワット・ア・ワンダフルワールド?うるせーよ。
    ヘイ・ヘイ・マイ・マイ?うるせーよ。


     それにしても「生活」って奴はほんと残酷で非情だよ。
    だって、カート・コバーンが死んだことをヒロイックに慰めて、自己の世界に酔っていったってさ、なんやかんや忙しくなって、学校の宿題にしろ部活にしろね、それに部屋の掃除も部活で使うスパイクの手入れだってしなくちゃいけないし、ちょっと喉の調子が悪いと思えば病院にも通わなくちゃいけないし。
    そうやって日々の生活に埋没しているうちに「感情を揺さぶられたくない」なんて思いも曖昧かつ、淡白になっていって、不良に憧れている先輩に誘われて、先輩の部屋でお酒を飲んでいるとBGMはニルヴァーナだったりと、とにかくクールに浸っている時間なんて吹っ飛んでいた。

     そうこうしているうちに、ある日の真夜中、何のきっかけかは忘れてしまったけど、ラジオの電源を入れたらレナード・コーエンの声が聴こえてきた。
    とても小さな街の小さな部屋に、月だけが輝いているような感覚になった。
    その唄声は力強いのか、力弱いのかよくわからないけどとにかく素晴らしかった。
    この狂おしくも愛おしい世界の凡庸なジャングルの中を、面倒臭いけどもっともっと先に進まなくてはいけないと思った。
    ゴーイング・マイウェイ!アイムハッピー♪
    当たり前だけど、これからも4月を何度も経験する。
    僕は相変わらずだらしがないし、アイムハッピーだよ。長々と書いて来たけど言いたいことはただ一つ。
    ハレルヤ。
    そしてコアラちゃんは可愛い。
    それでは。
    愛を込めて。
    THE END.

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