MADの話~『流石』と言われるまで、言われてから~
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MADの話~『流石』と言われるまで、言われてから~

2014-06-21 00:31
  • 2
こんばんわっす。

流石・・・これを辞書で調べるとこう書いてます

評判や期待のとおりの事実を確認し、改めて感心するさま。なるほど、たいしたもの。「この難問が解けるとは―だ」
つまり「流石だ」と言われるからには、以前に何か結果を残してる事になります。
そして

期待通り

の部分でいつも考えさせられる今日この頃です。

■細かい配慮こそ、視聴者の心を掴む■
さて、自分は時々MADの動画を中心として紹介する生放送をおこなってるのですが、そこで流れた動画の一つが、他の動画に比べて遙かに音量が小さい動画でした。
その動画の音量に付いて自分が「音小さいのが残念だな」とのコメントを書いた所、そのコメントに対して

「そんなの見てる側の音量を上げればいいだけだろ」

とのコメントが。
うむ、それも一理ある。
コチラが音量あげればそれだけですむ話ではあります。
ですが、それこそ、動画投稿者からすれば

小さいけど配慮するべき箇所

だと思えるのですよ。
簡単に言えば

視聴者に気持ちよく観て貰う

これが出来るか出来ないかで、正直な話、動画の出来にも繋がってくると思うのですよね。

自分は動画初期はこういう配慮が正直足りてなかったと思います。
勿論現在も、100%配慮できてません。
ですが、見る側の立場になり、細かい配慮をなるべく忘れないようにしております。
この配慮の積み重ねこそ

『流石だ』

とコメントしてくれる結果になってくると思うのです。

という事で個人的に徹底している細かい配慮部分を紹介していきたいと思います。

■音量は的確に■
さて、素材の音量というのは案外一定ではありません。
その為色々な素材、音源の状態次第じゃかなりの音のばらつきが生じます。
ここで、残念に思えてくる動画は、その音源をそのまま使用している所です。
自分の場合は、小さい音源の場合は音量を上げ、大きい場合は下げたりして、自分のPC上ではありますが、現在投稿されている動画と大体同じ音量になる様に仕上げています。

ほぼ動画のコメントにて音量を調整している部分に対してお褒めの言葉が付く事はありません。
ですが、面白い事に、音量が小さいと、ソレに対して「音量が残念」等のコメントが付く事があります。
コメントが付く事は動画にとって嬉しい結果にはなりますが、この手のコメントは動画をサムネから見る場合見かけてしまうと、クリックしてもらえない要因の一つになりうると思うのです。

だからこそ自分はなるべく音量には配慮しております(勿論全て調整できないですが)

■止まらないエンコードを■
さて、このエンコードに関しては以前語ったので細かい事は語りません。
http://ch.nicovideo.jp/nisedaiti/blomaga/ar255258
(↑のアドレスで、動画制作での拘り部分にて少し語っております)

■マイリストを用意する■
投稿動画を気軽に検索してもらう為にもマイリスト製作はするべきじゃないかな?
などと自分は思っております。



とりあえず小さい配慮でぱっと出てくるのはこんなものかなぁ?
ただ自分も最初から気をつけてたわけではありません。
動画投稿の積み重ねから色々と考える結果になってきたわけで。

・・・という事で少し自分の動画製作の話でも。


■最初からうまくはいかない■
自分の動画制作の歴史を紐解くと最初は

ニコマス

と呼ばれる場所でアイマスが主軸の動画制作をしておりました。
ただ自分の場合は当時では珍しく

アイマス+まったく関係のないアニメやゲーム映像を絡ませたパロディ動画

この構成の動画を投稿しておりました。
参考動画



 アニメMADでは昔からあるネタMADをアイマスでやっていた・・・という感じです。
そして、シリーズ作品としてしばらく投稿してました。
ランキングに乗る事はまったくなかった動画ですが、それでも投稿する度に観てくれる人、コメントしてくれる人が多くなってきました。
するとコメントにも変化が出てくるもので・・・

「今回は面白かった」
「今回はいまいち、次回に期待」

など、その作品を評価する時に、それ以前に投稿した動画が評価対象になっているのです。

それを頭に入れてから。


■一定の投稿期間を過ぎると・・・■

というわけで、流石 と呼ばれる場合

・過去に実績のある動画を投稿している
・そして一定の出来を持続している

この2つが前提にあると思います。
そして、昔の動画に比べて同等かそれ以上の出来の作品を投稿した時にでる言葉が

「流石だ」
「流石のクオリティだ」


などの言葉になってくるのでしょうか?
もし、「流石だ」と言われるまでになりたい場合は、まさに

継続は力なり

これが一番になってくるかもです。


■見る側のハードルが高くなる■
少し前にニコマス系動画で

昭和メドレー

というイベントに参加しました。


これに参加する少し前に手描きの方法を覚えた自分ですが、その過程で

ときめきトゥナイトのEDを手描きで再現しよう

と、思いつき、ちまちま制作しておりました(制作=1枚づつの手描き)。

そしてある程度完成してきた時に上記イベントを知り、それを参加作品として参加させてもらいました。

そして約900枚も描いた手描き動画・・・多少変な部分もありますが、かなり良い出来だと自画自賛しつつ、評価を気にしておりました。

なお上記イベントは誰がどの作品を制作したかは最後の参加者紹介まで解りません。
その為、作品が流れている部分でのコメントはその作品自体の出来によりコメントが付いている事になります。
そして、自分のパートのEDパロ部分は手描きで再現という事もあり、かなりのコメントをもらえる結果にはなっておりました。

そこまでは良いのですが・・・。

最後に制作者紹介で自分の名前が出た時に付いたコメント。

「ニーサン(動画内ではP名)だったのか!流石だ!」

とのコメントが

!?

ここでの流石を考えると

手描きで再現できて当たり前、自分なら出来るという意味

に取れるわけですよ(゚∀。)
あの手描きはほぼトレス&8ヶ月もかけたから・・・なので、もし、今後その部分を期待されると正直無理なレベルです。
ですが、視聴者というのは一度高い部分を見てしまうと、それが当たり前に思う場合もあるわけで・・・。

動画の出来を良い方向に評価してくれる部分は嬉しい事ですが、評価基準が高くなってくると、ちょっとした切り貼り動画を投稿するだけで

「手抜きか」

と言われる可能性が出てくる事も。
中々難しい部分でありますね(´・ω・`)


■過度な期待は■

今回、結局何を伝えたかったかといいますと

「流石と言われる人はそれなりの配慮をしている」
「ただ、動画制作者に対して過度に期待するのは控えめに」

これを言いたかった次第でした(`・ω・´)

自分の動画でも、他の方の動画でもそうですが、コメントを見ていると前回と比べての評価コメントをしたり、次に対してのリクエストがかなりの高いハードルだったり、結構多いんでえすよねぇw
「流石」と呼ぶぐらい評価する事は良い行為だとは思いますが、それを規準は酷になってくると思いますので、ご注意を・・・。




なお自分のモットーは

同じファンの人が喜んでくれる為に

これがどの動画でも含まれている要素となっております。
そういう意味で同じファンの人が喜んでくれている、高評価してくれるのは嬉しい限りではありますなぁ・・・。



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細かい配慮という点で非常に共感できるお話でした。
画質もまたしかりですが、自分に出来る事で手を抜かないのはやはり大切なのだと感じます。

ちなみにニーサンさんを知ったのはアイマス昭和メドレーの千早からでした。
ログの『アカツキちゃんの~』でマイリス覗いたら千早のサムネがあって驚いたしだいですw
64ヶ月前
×
>>1
コメントありがとうございます。
画質も自分は最低限の配慮として拘る部分であり、高画質素材とまではいいませんが、ある程度みれる画質の素材が集まらない限り作る事はしない方向になってますなぁ。

マイリスもまさにそんな感じで違う作品を知ってもらう為に必要な部分だと思うのですよねぇ。

自分もよく、マイリストをみて「あーこの動画、この人だったのか」と知る結果になる事もありますw
64ヶ月前
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