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ブラック上司の元で働いてたんだが、もう私は限界でした…
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ブラック上司の元で働いてたんだが、もう私は限界でした…

2014-07-31 00:14
  • 110
どうもお久しぶりです。アパッチです。

今日は記事タイトルからも伺えるように、いつもとは大分毛色の違う記事内容になると思います。

※(今回の記事を読むにあたっての注意事項。)
・読んでいてあまり気持ちのよい内容の記事ではありませんし、いつもの記事のようにイラストなども掲載していません。
・書かれている内容につきまして、実際に私が体験した内容については全て事実ではありますが、そういった事実に対する意見や感想などはあくまで私個人の感覚(主観)で書かれています。(私の勤めていた企業がブラックなのかの判断についても、あくまで私の主観によるものです。)
・長文注意。


以上の注意事項をご了承の方のみお読み頂ければ幸いです。

では、以下私のブラック企業入社から退職するまでの流れをご覧下さい。











っと、本文にいく前に私の待遇につきまして軽く紹介を。
・(給料):手取りで20万ちょっと。多い時は25万程。
・(休日):完全週休2日制。祝日休暇はほとんどなし。
・(就業時間):(印刷課のみ)6:00〜14:45(交通渋滞を避けるため、朝の出勤を早めにしているようでした。)
・(通勤):車通勤で40分程。

では以下本文へ。










<2013年6月末〜9月末>
6月30日付けで某印刷会社(後にA社と呼称)へと入社。
私アパッチは、実はこれがサラリーマンとして勤める2社目の会社。つまりが既に1度退職を経験しているのだが、その話しは割愛させて頂きます.

今回入社することになったA社は、菓子パンや米袋などの袋に使われるビニール系の素材に
印刷加工を施すことを生業としていました。印刷の種類としてはグラビア印刷と呼ばれる技法で、皆さんが印刷と聞いて思い浮かべる雑誌の印刷等とは毛色の違う業種でした。

他の印刷技法を使う業界のことは分かりませんが、このグラビア印刷というものに使われる印刷機というのは扱うのがとても難しく、早くても一人前になるのに最低は3年かかると言われています。

実際私はこの印刷機のオペレーターの募集に応募し、その印刷機を扱った仕事に従事していたのですが…とにかく難しかったです。
具体的には私の語彙能力の低さ&専門用語による分かりにくい説明になってしまうと思うので、割愛させて頂きます。

しかしながら先に言っておきますと、仕事の難しさが辞めた理由ではありません。むしろ、仕事の難しさについては面接段階から重々聞かせて頂きましたし、私もそういった仕事にやりがいを感じれると思っていたので、難しかったですがそのことでやめたいとは思いませんでした。
そして入社から3ヶ月間は、先輩社員の方々(といっても私の所属していた印刷課は自分を含めて4人しかいませんでしたが、)も新米ということで仕事の失敗も多めに見てくれていました。

しかしながら入社し始めてから1週間が過ぎた頃から残業時間は1日3時間程になり、一月経つ頃には1日5、6時間するようになっていました。

<2013年10月末〜11月中旬>
最初の転機。

昔の3K(きつい、汚い、危険)が具現化したような職場(20kのインキ缶を持って走り回ったり、20k以上ある鉄のロールを一人で機械に脱着させたり、一歩間違えば腕が飛ぶような早さで回る機械があったり、まぁこの辺りは工場関係の職場ではどこも同じような感じかな。)での慣れない難しい仕事を、連日朝の6時から夜の9時10時、時には11時頃までしていたこの頃。(家に着くのはだいたい12時まわったぐらいが多かったです。)

連日の遅くまでの残業と疲れからか10月末頃、私は朝の車通勤で自損事故(車は全損、幸い私は全身のむち打ちぐらいですみました。)を起こしてしまいました。

っと別に今回の事故に関しては、私が起こした交通事故である以上私の不注意による所が大きいので、別にそれを仕事のせいにする訳ではありませんが、仕事の疲れがあったのも確かです。

私自身は全身のむち打ちと打撲程度で済んだのですが、同じ課の先輩社員の方はわざわざ自宅までお見舞いに来てくれました。

この点は面接段階でお会いした時も、仕事はめちゃ厳しいが人情は厚いと自称されていただけあってとても心配してくださっていました。その時はホントに心配して下さってありがとう、早く仕事に復帰して恩を返さねば!と胸を熱くしていましたなぁ。(※今思えば、これは後の私に対する洗脳の一端だったのかもしれませんが。)


その
後は仕事にも無事復帰して、会社側からの配慮(半ば強引でしたが)で仕事に慣れるまでは1日の残業を3時間はまでということになりました。

そして11月中旬あたりまでは、会社からの配慮もあり運転中に居眠りすることもなく(実は事故を起こす前から居眠り運転することがちょこちょこありました)、仕事にもすこしづつ慣れていく事が出来ました。

<2013年11月末〜12月中旬>
最初の異変。

仕事に少しづつ慣れて来た…といっても、一人前になるのに最低3年はかかる仕事。まだまだできない部分が多く日々四苦八苦していたのですが、11月末頃最初の異変が起こりました。

今日も今日とて仕事でミスをしてしまったのですが、今回は注意を受けた後にこれからは1ミスにつき先輩社員一人にジュース1本のペナルティが科されることになりました。

先輩社員…といっても、実はこの時点では二人しかいなかったのですが。(入社当初にいたもう一人の先輩社員は鬱になってしまったらしく、この頃は長期療養されていました。)

まぁ普段から仕事のミスで迷惑かけてるし、勉強代と思ってジュースぐらいなら…という思いで払っていました。

しかしその翌日、さらなる異変が。

それまでは会社との約束…というか配慮により残業を3時間であがらせてもらっていたのですが(仕事の量自体はまったく減っておらず…というかどんどん増えていっていました。)、この日からはまた以前のように皆と一緒の時間にあがる…つまりが事故以前と同じように夜の9時10時まで残っていくように言われました。

私は自分の知らないとこで、もう3時間縛りはなくなる話しでもあったのかな?とか、自分だけ早く帰るのは配慮とはいえやっぱり心苦しいなという思いがあって、ほとんど何の疑問も思わずに以前のように残業していました。

しかしながら以前と違う点が一点…それは、残業が3時間経った時点でタイムカードを押すように指示されたということ。

しかも、それであがらせてもらえるという訳でなく、そのまま引き続き残業はしていました。つまりが、他の先輩社員の方は残業代付きの残業をしている側で自分だけサービス残業という図式でした。

ただこの時も、自分は仕事のミスとか事故で先輩に迷惑かけたから仕方ないのかなという思いでいましたね。

そしてそんなジュースペナルティと自分だけサービス残業の日々が続くこと2週間……次の変化までの期間短いですねw


<2013年12月中旬〜2014年1月中旬>

ある日また私は仕事でミスをしてしまい、いつものようにペナルティのジュースを買いにいったのですが、そこで先輩に言われたのが「もうこれでは許されないよ。」
(※ちなみに私は1日に3回程ミスをしていました。ミスの判定は先輩の独断で、ひどい時は先輩の指示を聞き間違いしただけで1ミスとか、先輩に教えてもらった知識についての質問に間違った答えを返してしまっただけで1ミスとか判定されることもありました。)

先輩の言い分としては、この時期の私の成長具合はこの業界の一般的な成長具合と比べて遅れているから、これからはもっとミスを減らすためにペナルティを重くするというものでした。

それで言い渡されたペナルティの内容が「1ミスにつき先輩社員一人に500円+ミスをした日は反省文(400字詰め)3枚描く」とのことでした。

単純計算でこれまでの5倍(ジュースは一本100円だったので)の金額に加えて、反省文を追加されたってことですね。

しかしながら、この頃から追加されたのはペナルティだけではありませんでした

実はこの頃から、ミスをするたびに先輩から暴力まがいのことをされるようになってきましたね。それまでは軽い拳骨とか、背中を叩かれるぐらいだったのですが、この頃になってからそれが叱るレベルを逸脱しはじめてきました。

具体的な内容は、この頃によくされていたミスに対する制裁が…ペンチで思い切り皮膚を挟む(今思えば痛がる様子を見てよく笑っていましたね、先輩)、シンナーを股間部分にかける(すごく痛いです。)、スネを安全靴で思いっきり蹴る(安全靴なので、つま先に鉄が入っています。当然痛いです。)

そしてこのようなペナルティ&制裁が加えられるようになってから2週間後…さらなる変化がありました。


<2014年1月末〜2月末>

ここからさらに一気にペナルティと制裁が激化します。

ペナルティに関しては1ミスにつき先輩社員一人に1000円ずつ+ミスをした日は次の日までに反省文(400字詰)10枚。

ミスに対する制裁は…シンナーを股間部分に直接かける、シンナーを顔にかける(しばらく涙が止まらず、息も満足にできません。最初死ぬかと思いました.)安全靴で同じ箇所を一度に5・6回、ひどい時は10回以上同じ場所を蹴られました、不意打ちによる腹パン(普段と変わりない表情で呼び出し、無防備に立っている所にです…腹の中のものを吐き出しそうになるわ、我慢できず跪くと、他の課の人にバレるから我慢しろ!と罵られます。)

ちなみに制裁の中で特に頻度が高かったのが「スネを安全靴で蹴る」なのですが、あまりにも蹴られ過ぎたために、内出血が脚中で起こって一時期脚全体が3倍くらいに腫れ上がり、足部分については紫に変色してました。(1日は休ませてもらえましたが、それ以降は痛みに耐えつつ働いていました。幸い自然治癒で治るとのことだったので。)

さすがに他の課の人に怪しまれましたが、もうこの頃になると先輩社員による洗脳も大分進んでおり、自分が全て悪いと思い込んで、インキ缶に足をぶつけただけですという無理な嘘で通してましたね。

さらにこの時期、ここまでにお話しました鬱で療養されてる先輩社員の方が退職されることが決まり、その方が管理していたボイラーや原料の在庫管理をなんの引き継ぎもないまま任されることになりました。

ちなみにその時先輩社員からは「在庫切らしたら殺す。」とか言われましたが、殺すとか言われるのは日常茶飯事だったので別になんとも思わなかったです。

ただ、引き継ぎがなにもなかったので、何をどうすればいいのか分からずその先輩社員の人に聞いてみたのですが、先輩「その管理はしたことないから分からない。他の人に聞け。」アパッチ「誰に聞いたらいいですか?」先輩「○○に聞け。」アパッチ「○○さん。この管理はどうすればいいですか?」○○「私が管理してたのは大分昔だから、その頃とは管理の仕方大分違うから分からないなぁ」

…殺すとか言われた事より、こっちの事態の方が参りました。結局、退職の挨拶?(鬱なのになんで来たのか分かりませんでしたが)みたいなのに偶然会社に来ていた、その鬱で辞められた先輩社員を発見!分からない事を全て聞き出し、なんとか事なきを得ました.


<2014年3月〜6月末>

ついに仕事での制裁が最高潮になった時ですねw。

この頃になるとペナルティはさらに厳しくなり、1ミスについての罰金金額はそのままだったのですが、反省文の枚数が15枚とか20枚とかにふえたのと(もうこの頃になると徹夜しないと書き上がらなかったので、平日はほとんど寝てないです。)、大きなミスをするとその都度別で(鷲巣麻雀流で言うボーナス払い的な?)罰金を支払う事になりました。ちなみに最高で1ミス2万ずつ計4万払ったこともあります。…まぁそれだけ大きなミスをしたという自覚もあるので、今思えばおかしいことですが、その時は仕方がないと思っていました。

そして罰金より個人的に厳しかったのが暴力ですね。内容については、正直多岐にわたるので、その中でも特に嫌だった暴力の内容をいくつかあげますね。…硬化剤(その名の通り、空気に触れると固まる薬剤)を股間部分にかける(一度固まるととれないので、次の日にはそのズボンは履けなくなります。ちなみにズボンは自腹です。)。怪我した所を安全靴で蹴られる(多岐にわたる暴力で打撲とかの怪我した所を蹴られます。ちなみに怪我の箇所は自己申告させられます。嘘つくと更にひどいです。)。鉄の棒で体中を殴られる(バイオハザードでおなじみの鉄パイプ!…みたいなのをどこで見つけてきたのか仕事場に隠しており、制裁としてその鉄の棒で体中を殴ってきます。主観ですが、あれはほとんど思い切りでした。頭と絵描きの命利き腕を守るのが精一杯でした。ちなみに逃げられないよう、目撃されないように細い一本道の通路にわざわざ連れ込まれて行われます。)




そして運命の日(退職を決意した日)が近付いてきたこの頃…私は、以上のような罰金やら暴力やらの反省文の毎日を過ごし、ようやくたどり着いた土日休み!(正直この週休2日制だけが救いでした。)

そんな2連休を前にした金曜の夜11時30分頃の帰り道…私はまた居眠り運転をしてしまいました。

幸い今回も自損事故で済んだのですが、車はまた全損…新車でめちゃ気に入っていたので精神的ショックぱなかったです。

そしてその3日後の月曜の朝…愛犬が寿命を迎え天国へと旅立ってしまいました。

しかしながら愛犬を悼む時間もそこそこに出社時間になってしまったので、私は会社へと向かいました。

ですが、ここが私の限界だったようです。



私は出社途中に謎の吐き気に襲われました。とても我慢する事ができるレベルを超えていたので、路肩に車をとめ側溝にもどしてしまいました。

最初は朝食べたものがまずかったかな?とも思いましたが、腹の中のものがなくなっても吐き気は収まらず、結局その場を3時間位は動けなかったと思います。

私は会社に体調不良で休むことを伝え、その日は休みました。しかし…いろんなことが重なって、いろんなことを考えて考えて考えて…人生で初めて泣きながら親にすがりました。



全てを聞いた父親は怒り、母親は泣き、なんだかドラマみたいだなと人ごとのように一瞬思いました。

とりあえず、全てを話せたことで逆に話しを聞いた両親よりも自分の方に余裕が生まれ、怒りで今すぐにでもその先輩社員二人のもとに向かう!と言い出した父親をとめ、とにかくまずはその会社を辞める事にしました。



そのあとの顛末については次の記事で簡単に説明させていただきますね。


ではここまでのかなりの長文お疲れ様でした。ありがとうございました。
こういう出来事を体験して、不運ではありましたが貴重な社会勉強をさせてもらったとプラスに思う事にしています。

ですが、それだけではちょっともの足りなかったので、記事のネタにしちゃったのが今回の記事になります。

それでは今回の件についての記事は次の記事で簡単にまとめさせていただくので、そちらでよろしければまたね!
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他100件のコメントを表示
×
この人、根本的に駄目だな・・・。
現状に無理矢理納得しようとしてる。
社会勉強した程度で済ませてはいけない。
82ヶ月前
×
怒鳴り散らさないから、舐められんだよ。
もう精神崩壊した人間を取り繕えばよかったんだよ。
先輩もさすがに引くだろ
82ヶ月前
×
ブラックってよりとんでもないパワハラ上司だったんやね。
洗脳って怖いなぁ
82ヶ月前
×
1ミスにつき100円とかいう時点でそもそもおかしい。
労働契約法上、損害賠償の予定は認められていないし、そもそも経営者でもないたかだか先輩社員にそんな権限はない。
にもかかわらずそれを強要したのであれば、立派な恐喝罪だと思うのだが。
それが1000円、10000円とつり上がっていることからも、看過できない違法性があることは明らか。
82ヶ月前
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この記事を読んですごく胸を痛めつけられました
きっと、他の人に言っても後で何かされると思って言えなかったのではないですか?個人的意見ですが...
でも、やっぱり相談って大切ですね。
既にやっていたらあれですけど、訴えた方がいいのでは?
またこの人が後輩に同じことをしていたら、大変です。
お体お大事にして下さいね。
82ヶ月前
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ちょっと、これは傷害罪どころじゃないでしょ?
訴えてくださいよ
82ヶ月前
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傷害罪ですぐに警察と弁護士に相談してください。
世の中には、他人を傷つけずには生きられない人がいて、彼らから攻撃の対象になった場合、決して人としてまともな人生を歩むことはできなくなります。
徹底的に距離を置くようにしないと本当に殺されます。
DVやストーカーや猟奇殺人事件に発展します。
82ヶ月前
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警察と弁護士に相談してそのクズ共を豚箱に、会社を倒産に追い込みな
82ヶ月前
×
大変つらい思いをされていたんですね(泣
社会に出て何がただしいのか、何が間違っているのかは、自分だけでは気が付きにくいものですよね。
間違いに気が付くのは、誰かに相談した時や、命の危険を感じた時でしょうか・・・

私も以前勤めていた会社でつらい思いをしましたが
体罰等がなかっただけ、私はアパッチさんよりましだったのかもしれませんが・・・つらかった。


アパッチさんお疲れ様でした。
これからの人生良いことが有りますように祈っております。
82ヶ月前
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まともに働きたかったら(ご自身にその意思があったら)
病院に被害申告するかしないとだめだよこりゃ。
完全なリンチじゃん。

自分から言い出さないと
社会が面倒みてくれる訳じゃないんだからさー…
82ヶ月前
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