18年前に出たゲームの聖地巡礼に行ってきた『美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語』 遠野編 その1
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18年前に出たゲームの聖地巡礼に行ってきた『美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語』 遠野編 その1

2015-09-27 18:00
  • 2
──1997年8月7日
プレイステーション版ゲームとして、とある作品がフォグから発売された。
それが、今回訪れた遠野が舞台のひとつとなっている
美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語である。

その後、セガサターン版、廉価版、ゲームアーカイブス版も発売されることになるこの作品は
旅ゲーの元祖とされ、のちに発売され人気を博した風雨来記シリーズへと繋がっていく。



2015年秋、私は17年ぶりに、みちのく秘湯恋物語をプレイ。
と言っても、全く同じモノをやったわけではなく
今回プレイしたのは…




ゲームアーカイブス版、みちのく秘湯恋物語 Kaiのほうだ。
撮影の権利が入りやすくなったりした以外、基本的には初代と変わっていない。※その3で追記有
一応手元には初代もあるのだけれど
そこはやっぱり新たな気持ちで、またあのふたりと久しぶりに再会したかったのだ。
ちなみに、1999年に発売されたKai(廉価版)からは
「美少女花札紀行」の文字は除かれている。


ここで、再びゲームの解説を。
この作品は、主人公天草遊也(あまくさ ゆうや)と
ヒロイン佐藤朱鷺子(さとう ときこ)の、このふたりを中心として
東北地方の名所を巡っていく恋愛アドベンチャーゲームとなっている。

カメラマン志望で大学生の遊也は、写真コンテストの作品を撮るため、今回東北に来訪。
ただ、コンテストに入選できなかった場合
家元である花札の家督を継がなければいけない。

一方の朱鷺子も、遊也以上に辛い事情を抱えていて
父の葬儀のあと、訪れていた平泉中尊寺にて
遊也にモデルとしてスカウトされることとなる。






ゲームは、以下の5日間の旅で構成。

1日目:平泉
2日目:遠野
3日目:角館・田沢湖
4日目:十和田湖
5日目:恐山・青森

今回巡礼に行ったのは、ふたりが旅の2日目を過ごした遠野であるが
なぜ遠野を選んだのか?その最大の理由は…

他の地域はゲームに関係なく、この長い年月の間
友人や家族等とナチュラル聖地巡礼を行っていたから。
さらに言えば、平泉に関しては、ゲームをプレイする以前に行ったことがあったのだ。

遠野は、車や電車で通過したことは何度かあるものの
遊也や朱鷺子が訪れた名所には、一度も行ったことが無かったのである。




──2015年9月23日
数時間前までゲームを堪能し、熱も冷めやらぬその足で
私は、岩手県遠野市へと車を走らせるのだった。




そういえば、初代の美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語をやり終えた際
「いつかはこの舞台となった地を訪れてみたいなぁ」と、ボンヤリと思ったことを思い出す。
自分が車の免許を取り、ハンドルを握る姿をまだ想像できなかった頃の話なので
その後本当に、舞台となった地を訪れるとは思っていなかったのだが
今日であの時の思いが全て果たされると思ったら
興奮して1時間も寝ることができなかった。


さあ聖地巡礼の始まりだ!


右上にあるデンデラ野と水車は、かなり遠野駅から離れた場所にあったものの
このマップは、実際の場所とだいたい同じ位置を示していた。
今回の巡礼は、太郎かっぱから時計回りに巡って行くこととなる。



太郎かっぱ

初っ端から目的地まで辿りつくことができず、地元の方に道を尋ねると…
車で1分もかからない所に太郎かっぱがあることを、にこやかに教えていただいた。
お兄さんありがとうございました。




遠野物語に記されているように、この流域には河童の伝説が数多く存在する。
ここの太郎河童は、この岸に洗濯や水仕事に来る女たちの腰あたりをのぞきこむ
いわゆるエロガッパだったそうな。
下流の淵には太郎河童に言いよる女河童もいたらしく
その説明を読んだ朱鷺子も、思わず少女の顔に戻り、吹いてしまうのだった。





ふたりが和やかに会話を交わした、この太郎かっぱの地。
今も変わらない姿で、優しく旅人を受け入れてくれた。







暖かな陽気に釣られて、太郎がひょっこり顔を出すような
どこか温もりを感じるような場所だった。
このゲームのファンならずとも、是非、訪れてほしい。







サムトの婆

何度か通り過ぎてしまったが、無事サムトの婆(ばば)に到着。
太郎かっぱからは少し離れたところにあるが、車なら3分程度の距離だ。




民話「遠野物語」のなかでも特に有名なのがサムトの婆。

ある風の強い日、若い娘が神隠しにあう。
数年後の大風の日。その寒い晩、見知らぬ老婆が娘の家に現れる。
だが、老婆は、神隠しにあった娘だったのだ。

明治維新前後にあった実話とされ、地元では冬の前ぶれの風の強い日を
「サムトの婆の帰ってきそうな日」と、語り伝えてきたそうだ。








ぬおおおおおおおおおおお…

サムトの婆に着くなり問題が発生した。
上の朱鷺子が写っている画像を見ていただきたい。

六角牛山(ろっこうしさん)をバックに、サムトの婆の碑の前に朱鷺子は立っている。
六角牛山は、神隠しにあった娘が、山の主に引き寄せられて起こったとされている。
となれば、私もこの構図で撮影したかったのだが、木の枝が碑にまで垂れ下がってきており
それは叶わぬ夢となってしまったのだ…。
写真家を志す遊也なら、この窮地をどう打開しただろうか。





なお、ゲームやオフィシャルガイドブックでは六甲牛山と書かれているが
正しくは六角牛山である。
早池峰山(はやちねさん)、石上山(いしかみやま)と共に
遠野三山のひとつとして親しまれている。


ここ、サムトの婆の側には、田園風景が広がっていた。
日本の原風景とも呼べるこの景観は、時間に追われる忙しい日々を忘れるには丁度良い。
ふたりも、こののどかな風景を眺め、一時のやすらぎを得たのではないだろうか。





飢饉の碑



遠野の人々は、古くから自然との闘いを強いられてきた歴史がある。
江戸時代には、大飢饉が10度もこの地を襲い、村人を苦しめてきた。
特に1755年(宝暦5年)から続いた大飢饉には
領内の人口の3分の1にあたる4300人以上の餓死者を出した。

この飢饉の碑(ききんのひ)は、その亡くなった民を供養するために建てられた碑である。
私も勘違いしたのだが、画像の一番奥に見えるのが、その飢饉の碑となっている。





遊也はここで「苦しさと喜びは背中合わせ」なのではないか、と、朱鷺子に語る。
遊也と朱鷺子が遠野に来たとき、素敵なところだと感じたのは、きっとそれは
この土地の自然や暮らしが、時として厳しい一面を持っているからだと。

遊也のこの言葉に自分の境遇を重ね、胸を抉られた朱鷺子は何を思う…。







朱鷺子の十八番というべきか遊也の技術のせいか
時折、モデルである朱鷺子が豪快にメインの碑や建物に被るときがある。
だが、遠野の地を実際に訪れると、そんなちっぽけなことはどうでも良くなってしまう。



古道跡





飢饉の碑から東へしばらく車を走らせると、早池峰古参道跡がそこにある。
この古道跡(こどうあと)は、その名の通り、霊山である早池峰山の参道跡である。

遠野のシンボルとしてこの古参道跡の朽ち果てた鳥居は
かつてはポスターにも使用され有名だったのだが
恐らくふたりが訪れたときと現在では、鳥居は違うものになっているのではないだろうか。
2本の柱は変わっていない気もするが
横に伸びる「貫」が明らかに違うモノだと思われる。

ネットで探せばすぐ出てくるのだが、以前のボロボロの今にも倒れそうな鳥居が
あまりにも良い味を出していたこともあり、ふたりが見た鳥居とは違うその新しい鳥居に
私は残念な気持ちと、新しく整えられホッとした気持ちで
ちょっぴり複雑な思いに駆られてしまった。







古参道跡のすぐ近くにあるカッパの安全太郎は、今も健在であった。
朱鷺子に、遊也とちょっと似ていると言われ、遊也が軽くヘコんだ場所だ。





古道跡とカッパ淵は、この伝承園の駐車場に車を置いて見に行ける。
こちらにも是非訪れてみよう。





遊也はファインダー越しの朱鷺子の瞳に、心を奪われていく…



──次回
18年前に出たゲームの聖地巡礼に行ってきた
『美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語』 遠野編 その2

カッパ淵・デンデラ野・水車・キツネの関所・八幡神宮を巡ります。どうぞご覧ください。


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このゲーム名前は知っていたのですが、花札ギャルゲーだとばかり思っていました。観光スポットが実写で、旅している気分に浸れるゲームだったなんて。ニコニコでちらっと検索してみましたが、とても雰囲気がありますね。サターン版が18歳以上推奨だったとはw
17年経った今の風景と比べるのもいいですねー。次回も楽しみにしております。
54ヶ月前
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>>1
ベンジャミンさんコメントありがとうございます!

私も当時プレイしてみて、思っていたよりちゃんとした旅ゲーだったので
これはこれで良いなぁ、なんて思った記憶があります。

その3の記事でちょっと触れましたが
セガサターン版はセクシーなシーンが結構あるみたいですねw

その4まで続くので、時間があるときにでも
ご覧になっていただければ幸いです。
54ヶ月前
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