ロズさん のコメント

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ロズ
>>1
はじめまして!
新しい水車小屋の画像を確認いたしました。
…綺麗になりましたねw
聖地巡礼するならやはり早めに行くのが吉だと思いました。
このシリーズの記事でも書いたSLみたいに、無くなってしまう場合もありますから。
また遠野に行きたくなりました。ご報告ありがとうございました~!
No.2
22ヶ月前
このコメントは以下の記事についています
今回は、カッパ淵・デンデラ野・水車・キツネの関所・八幡神宮の順に巡って行きます。 カッパ淵 おそらく、ここが一番全国的には有名な場所ではないだろうか。 かつて、この淵には、たくさんのカッパが住んでいたとされ、多くの伝承を残してきた。 釣竿には「名人専用につき触れないでください」の文字が。 この頃になると、遊也と朱鷺子はすっかり打ち解け 巧妙な掛け合いも披露してくれる。 カッパがふたりの絆を深めてくれたのかもしれない。 遊也からカッパ淵に伝わる伝承を聞く朱鷺子。 今回「カッパにエサを与えないでください」の立て札は残念ながら見られなかった。 もしかしたら違う場所に移してあったのかも。 ふたりが訪れた当時もやっていたのかは分からないが 今現在は、釣竿の先にカッパの好物、キュウリを吊るしている光景が見られる。 「カッパさんに引き込まれないよう、特に美男美女の方注意」と黒板に書かれていた。 …身の危険を感じる! カッパ淵の奥にある稲荷堂。 400年の歴史を持つとされる、このあたりでも古い社のひとつらしい。 カッパ淵まで訪れても、こちらにまで足を延ばす方は 見た感じほとんどいなかったが、忘れずに足を運んでおきたい。 旅の雑記帳が置いてある祠(ほこら)は、今も人々に大事にされている様子が窺えた。 そして「カッパ淵の思い出ノート終了分が伝承園にて展示してあります」とある。 遊也と朱鷺子の残したメッセージが、そこには記されてあるのだろう。 デンデラ野 カッパ淵からはかなり離れたところにあるデンデラ野。 ここは、遊也が遠野に来たら、一度は訪れたかったと言っていた場所だ。 その昔、このあたりの貧しい農家では、60歳を過ぎた働けない老人たちを この山に置き去りにし、捨てていった。いわゆる姥捨て山だ。 捨てられた老人たちは、ここで肩を寄せ合う様にして暮らした。 昼は里に降りて農作業を手伝っては、僅かばかりの食料を手に入れ なんとかその日の命を繋ぎ、夜は仲間に見守られながら 静かに最期のときが訪れるのを待ったという。 こうして見比べると、当時はデンデラ野に通じる坂道が舗装されていないことに気付く。 デンデラ野を降りて、すぐ近くにある高室橋。 朱鷺子はここでも心を痛めてしまうことになる。 子が年老いた親を捨てに行く図がそこにあるが 捨てる側の子も、このデンデラ野に来ると「次来るときは俺の番なのだ」と、悟ったとか。 デンデラ野から見下ろす美しい田園風景。 その昔、このあたりで悲しい歴史があったなどとは、とても信じられない。 ここに運ばれた老人たちは、どういう思いで里を見下ろしていたのだろうか。 ここでちょっとブレイク。 その1では書かなかった、ゲームのシステムに触れておこう。 このゲームはタイトルの通り、花札をするゲームだ。 朱鷺子を撮影したければ、彼女と花札で勝負をし、勝たなければいけない。 つまり、ヒロインたちと花札勝負をして撮影の権利を得て 各名所で撮影を行っていくのである。 この花札なのであるが… ゲームが、撮影、そして移動の、一本調子になることを 絶妙のタイミングで防いでくれている。 しかも、この花札自体が面白いので、意外なほど時間を忘れてプレイしてしまうのである。 それは17年前も今も、何も変わっていなかった。 この隠れた名作、今ではゲームアーカイブスでもプレイできるので 是非とも気軽に遊んでいただきたい。 水車 朱鷺子が水車を発見し、ふたりはここに立ち寄ることとなる。 この水車は山口の水車と呼ばれ デンデラ野と同じ山口地区に位置している。 遠野駅からはかなり離れているので、できれば車で訪れたい。 山口の水車も、当時と変わらぬ姿で私を迎え入れてくれた。 朱鷺子の後ろに写っている、建物の屋根の色も変わっていないことに、どこか安堵。 ここで遊也と朱鷺子は、感謝の言葉をお互いに述べるのだが ふたりの思い出が増えていくのと同時に、別れのときも確実に近づいているのであった。 キツネの関所 山口の水車から遠野駅方面にしばらく車を走らせると 国道沿いに五日市のキツネの関所が見えてくる。 ただ、北からここを目指した場合、見逃して通り過ぎてしまう可能性も高いと思うので 気をつけておきたいところだ。 画像は、国道からキツネの関所を見上げる形で撮ったもの。 遠野は、内陸の土地と海沿いの土地の間に位置していることもあり それぞれの産物を取引する町でもあった。 そんな事情もあり、自然と馬を使った輸送業が盛んになったのだが ここキツネの関所は、馬引きたちが実際に通った場所で キツネに化かされて、大事な荷物を盗まれてしまったという逸話が残っている。 美しい女が「酒っこあがんせ」と微笑みながら男を誘いかけ …夜が明けると我が身は泥田やこえだめにつかり 大事な荷物やみやげはとうに消えていたそうな。ドンドハレ。 もし朱鷺子がキツネだったら…化かされるのも悪くない。 絶景を見ながら素直な気持ちを語る朱鷺子に、遊也は照れてしまう。 八幡神宮 次に訪れたのは遠野郷八幡宮。 創建から800年以上続く歴史ある神社だ。 その広い敷地には馬魂碑(ばこんひ)も建立されている。 遠野は古くから馬の名産地で、明治以降も軍馬や農耕馬を生産し続けた。 そこで産馬の魂を顕彰し、名馬の産出を祈念するため、この馬魂碑が建立されたらしい。 画像の右に写る細長い碑は、鳥獣慰霊碑。 狩猟した鳥獣の霊を慰める神事、鳥獣慰霊祭が10月に行われているそうだ。 良く見ると柵の位置が変わったことに気付く。 それでも、当時と変わらない安心感を覚える。 今にも狛犬の後ろから、朱鷺子が微笑みを浮かべながら現れそうだ。 ふたりが訪れたときと比べると、灯篭が無くなっていたり 右に写る建物が建て替えられていることがわかる。 ここは、朱鷺子が、カメラしか取り柄が無いと言う遊也を 「そんなことない」と、諭したシーンで使われた場所でもある。 遊也と朱鷺子はいつ遠野を訪れたのか? 上の画像は、その1にある飢饉の碑でのワンシーンである。 これを見ると稲刈りが終わったことがわかる。 この記事のキツネの関所の画像を見比べても、それは明らかだ。 植物の様子や朱鷺子の服装、1日目の宿、夏油(げとう)温泉での会話を併せて考えると… おそらく10月頃、ふたりはこの遠野の地を踏んだに違いない。 早くても9月の終わり頃だろう。 では、実際に撮影されたのはいつだったのか? このゲームが発売されたのは1997年8月。ゲームの舞台は秋とくれば… シナリオライターである加藤直樹氏が東北を巡ったのは 1996年の10月頃ということになる。 この加藤氏の体当たり取材旅行の様子は 「みちのく秘湯恋物語 オフィシャルコンプリートワークス」に載ってあるので是非一読を。 ──次回 18年前に出たゲームの聖地巡礼に行ってきた 『美少女花札紀行 みちのく秘湯恋物語』 遠野編 その3 遠野駅・遠野市内・コンセイサマ・五百羅漢を巡ります。では、また会いましょう。
んっふっふ~なブロマガ
S4U!中心に書くブロマガっぽいよ!