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【ネタバレ】TC03ドラマパート「誰ソ彼ノ淵」- 館3人組に関する考察
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【ネタバレ】TC03ドラマパート「誰ソ彼ノ淵」- 館3人組に関する考察

2020-07-31 19:00
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どうも、ノーロ皿です。
ブロマガ書くのなんて何年振りなんだろ……

 今回は、最近僕がハマっているアプリゲーム「アイドルマスター ミリオンライブ!シアターデイズ」内の楽曲「クルリウタ」のCDに収録されているボイスドラマ「誰ソ彼ノ淵」の内容についてネタバレ全開で考察していきたいと思います。

「誰ソ彼ノ淵」はいわゆる劇中劇で、「アイドルマスター ミリオンライブ!」に登場するアイドル達が架空のホラー映画に出演しているという設定なのですが、これがアイドルもののコンテンツとは思えないほどガチで作り込まれていて本当に怖いんです。いやマジで。

 と同時に、かなり真実をぼかして描いていたり、こちら側の想像で補わなければならない余白を多く残す作品でもありました。なんてったって死人に口なしですからね。


 というわけで、ここからは一オタクの想像する「館の真実」についてのネタバレありの考察になります。これからドラマパートを聴かれる方やホラー・グロ系が苦手な方はブラウザバックを推奨します。















 はい。それでは「なぜこのような凄惨な事件が起こってしまったのか」について、館に住まう3人の人物の側面から見ていきましょう。

1.館の女主人(千鶴)について
 千鶴さんは今回、孤島にそびえる謎多き館の女主人役……もとい、全ての惨劇の中心にいる張本人を好演していました。彼女は食人嗜好(カニバリズム)のある女性であり、劇中では常に食料となる人間の確保を目的として行動します。
 といっても、すぐ襲い掛かってくるような野蛮な行為は決してせず、登場人物全員に対して終始優しく囁くような口調で語りかけ、遭難者の4人の抱く疑念を上手く嘘で丸め込み、脱出につながる行動を牽制し館に留まらせる巧みな話術の持ち主です。遭難者の皆は彼女の口車に嵌ってしまい、結果的に4人中3人は殺害され彼女の食料となってしまいます。

 しかし、一方で自分にとって有益な人間、好ましい人間は生かして側に置くこともあるようです。「この島の全ては私の所有物」と語るとおり、島にやって来た人間達も彼女にとってはモノでしかなく、どのように扱うかも彼女の心の赴くままです。
 これだけ人心掌握に長けていながら、どこまでも人の心を持たない。彼女は真のサイコパス、極悪人と言って差し支えないでしょう。

 でも逆に言えばこれ位しか書けることがなくて、一番謎のヴェールに覆われたままで考察の余地すら与えてくれないんですよね。どうしてこんな孤島に住まうようになったのかとか、どうして人を喰らうようになったのかとか、本当の家族はどうしてしまったのかとか、そもそも彼女自身本当に普通の人間なんだろうかとか。全然判断材料がありません。誰ソ彼ノ淵2はまだですか




2.メイド(志保)について
 志保は島で起こった全ての殺人の実行犯であり、感情のない冷酷な使用人を見事に演じ切って見せました。彼女がなぜこの館で使用人をやっているのか、なぜ左目に眼帯をしているのか、なぜ躊躇いなく人を殺せるのかについてはこのドラマにおける大きな謎、考察ポイントだと思います。

「感情のない冷酷な」と書きましたが、実際は彼女が少し感情を高ぶらせているシーンが劇中に2回登場します。それは「伊織を殺害(遺体を解体?)するシーン」「エレナと茜ちゃんに『どうして』と問われるシーン」の二つです。前者では焦燥しているように息を荒げながらナイフを突き立てる様子が、後者では「ちゃんとしないと、私がご主人様に叱られてしまうんです……!」と少し震えた声で、半ば自分に言い聞かせるように語る様子が描かれています。
 また、伊織の解体現場を目撃してしまい、館からの脱走を決意した歌織先生に対して「あなたも大人しくしていれば、生き残れたかもしれないのに。……私のように」と一人呟くシーンなどから、恐らくは志保も元は同じ遭難者で、不本意に千鶴さんに飼われているのではないかと考察できます。

 彼女は茜ちゃんたちと同じようにこの孤島に漂着し、助けを求めて訪れた館で千鶴さんに食料として命を狙われてしまいます。「このままでは殺される、死にたくない」と思った志保は、(千鶴さんに選択肢として提示されたのか、それとも自ら命乞いのために志願したのかは分かりませんが)館のメイドになり、千鶴さんの便利な道具に、所有物に成り下がることで生き延びる道を選んだのでしょう。
 左目に眼帯をしているのは、(これも最初に命を狙われた時にやられたか、メイドの『仕事』の不手際に対する罰なのかは分かりかねますが)千鶴さんに眼球を食べられてしまったからと推測できます。
 メイドの地位に就くことで一応の安全を確保した志保ですが、千鶴さんからはあくまでも道具として、感情を持たず、何も考えず、全て主人の命ずるままに行動することを義務付けられました。そして、劇中で殺害されてしまった遭難者の面々+伊織だけでなく、もっと昔から数多くの人間を、主命に従ってその手にかけてきたのです。最初のうちは葛藤や恐怖もあったでしょうが、「やらなければ自分が食べられる」と言い聞かせて殺人を繰り返すうちに、もはや見ず知らずの人間を殺すことに対する躊躇いは無くなってしまった、と考えられます。
 伊織の死体を切り刻む際に少し息が荒かったのは、館に囚われているという意味では遠からぬ境遇であり、短い間(推測)ではありますが館で生活を共にした伊織に対し多少なりとも同情があったからと考えれば辻褄が合います。(それでも千鶴さんに殺せと言われたら殺すんですけどね)
 千鶴さんが見ていないところでは少し感情を見せてくれる点を踏まえても、志保はまだ完全に人間をやめて殺人鬼と化しているわけではない、と思います。誰の目にも明らかな最悪の加害者でありながら、彼女もまた被害者なのでした。




3.館の女主人の娘(伊織)について
 さて、みなさんお待ちかねのスーパーアイドルいおりん(の演じる、劇中での伊織)についてです。まともなセリフは本当に2~3文くらいしかなく、残りは嗚咽や息遣いなどの声にならない声ばかりでしたが、それでも気迫溢れる演技でドラマ全体を引き締め、花を添えてくれました。個人的には彼女の境遇や、なぜ女主人の家族であるはずの彼女までもが殺されなければならなかったのか、というところが一番面白い考察ポイントかなと思います。

 伊織の謎多き言動、そして死の理由については、前述のとおり伊織自身のセリフの少なさによってほとんど劇中で語られず、それゆえ言外を読むのが苦手な人によってはちぐはぐな脚本のB級スプラッタ映画のような印象すら抱きかねない気がするのですが、ここに「ある1つの前提情報」を与えてやることで全てが綺麗にまとまります。

 その情報とは

彼女は二階堂千鶴の娘などではないということです。

 劇中で千鶴さんが語っていた伊織に関する情報は全て嘘っぱちでしょう。志保と同じく、彼女もまた昔この島に流れ着いた遭難者であり、そして恐らく(志保に比べて感情がまだ大いに残っていることや、プロローグでの様子などから)志保よりも大分後に館を訪れ、同じように千鶴さん(の命を受けた志保?)に襲われてしまったのだと考えられます。
 そして、彼女は命を奪われない代わりに「娘」としてのロールプレイを押し付けられました。自分と一緒に仲良く食卓を囲み、自分と同じ「食事」をほおばる。そして、自分の言うことを聞かなければメイドに躾をさせる。メイドとは違いある程度は感情があっても許されるのでしょうが、それでも千鶴さんの所有物であることに変わりはなく、自分の娘らしからぬ行動は許されません。
 そして、そんな境遇にありながらも何とか生き永らえてきた彼女が劇中のあのタイミングで殺されてしまった理由は、こっそりと裏庭に「お墓」を作っていたことが千鶴さんの耳に入ってしまったからです。
 茜ちゃんとエレナの言葉を借りれば、裏庭には木の枝がたくさん、十字架状に立てられていたようです。「たくさん」がどれくらいを指すのかは測りかねますが、それはおそらく、彼女がこの館に来て「娘」となってから、この島で命を落とした、そして自らが生きるために仕方なく口に入れてしまった人間の数と同じなのでしょう。そして、茜ちゃんとエレナが裏庭を訪れた際に作ろうとしていたのは恐らく律子先生の……。
 孤島の館に住み、島の外に出ることは許されず、母を騙る狂人とその使用人から延々と人肉を食わされ続ける極限下にありながら、彼女は亡くなった人々に思いを馳せ、悼み、弔うことができる優しい心の持ち主だったのです。あるいはそうすることで、この狂った島の中で自我を保とうとしていたのかもしれません。
 ところが、これが千鶴さんの逆鱗に触れてしまいます。他の人間を食料としてしか考えていない千鶴さんにとって、「娘」として共に食卓を囲む伊織がその価値観を共有していないことは即ちロールプレイの崩壊を意味するわけです。彼女自身もそのことは理解していたのか、バレてしまった途端震えてナイフ(食事用)を床に落とし、泣き出してしまいます。そのまま志保に連れていかれてその後は描かれていませんが、恐らくは客人たちが食事を終えた後に千鶴さんから志保に追って指示があり、彼女は「娘」から食料へと格下げされてしまったと推察されます。
 全体として全く救いのないこの物語の中でも、伊織は特に報われない結末を迎えた最大の被害者だったのでした。




 かくして、伊織を見限った千鶴さんはプランを変更し、客人全員を食料にするのではなく1人は新たな「娘」として迎えることにしたのです。(茜ちゃんも腹部を刺されてはいますが、恐らく急所は外していたのでしょう。千鶴さんも志保も人体にはかなり詳しいはずなので、治療もできるものと考えます)
 そしてエピローグでは、プロローグで伊織に起きていたことと全く同じ状況が茜ちゃんにも起こっています。そしてあろうことか、口に運ばれてくるのはかつて同級生、先生だったもの。
 これからは茜ちゃんが、「娘」として人肉を食べさせられ続けるのでしょう。伊織と同じように、千鶴さんに見限られ、自らが食料になるその日まで……。

 クルリウタの歌詞にある「延々繰るり」とは、この無限ループのことを指しているんじゃないかと思います。伊織の前にも「娘」役をしていた子がいた可能性もありますし、茜ちゃんが食料となってしまったらまた新しい誰かが「娘」として島に閉じ込められるのでしょう。恐ろしい限りです。




 はい。ここまで読んでくださってありがとうございました。

 こういうオタク的考察を捗らせれば怖さ薄れないかなあと考えて怪文書をしたためましたが、むしろよりこのお話に対する恐怖感が強くなった気がします。

 夜想令嬢やChalrotte・Chalrotteのドラマパートでも思いましたが、やはりこういう結末や事象の結びつきをちゃんと説明しないお話は考察しがいがあっていいですね。今後も気になったものがあればこうやってブロマガに書き留めたいなって思います。

 それでは。









4.「お墓」に手向けられた花について

 って感じで終わろうかとおもったんですけど、もう1つだけ余談を。

 伊織の項で触れた「お墓」ですが、たくさんある中に一つ花が手向けられているお墓があることに茜ちゃんが気づくシーンがありましたよね。
 どんな花だったか、皆さん覚えてますか?

 そう。
 オレンジのガーベラです。
 やたら意味深だったのに最後まで伏線が回収されなかったんですが、わざわざ花の色と名前まで出してきたってことは何らかのメタファーなんじゃないかと思うんですよね。

 オレンジといえば千鶴さんや茜ちゃんのイメージカラーでもありますが、彼女たちはまだ生きているので関係ないはず。かなり前に死んだ特定の人物に向けた花と考えるのが自然です。
 なおかつ、お墓自体はたくさんある中で花が手向けられてるのは1つだったことも踏まえると、その人物は伊織にとってとても思い入れの深い人物だったことが伺えます。茜ちゃんにとってのエレナのように、もしかしたら親友だったのに目の前で殺され、後にその肉を食べさせられてしまった可能性もあります。

 ちなみに、ガーベラの花言葉は「前向き」「希望」。オレンジのガーベラには、これに加え「好奇心」「我慢強さ」といった意味があるそうです。
 いつも前向きで明るく、希望に満ち溢れていて、好奇心旺盛で、つらい生活を送りながらも我慢強く頑張っている……そんな人物だったのでしょうか。


 あ!そういえば、伊織はTCの投票で「館の女主人」役2位、律子さんは「先生」役2位だったことで今回このように脇役として配役されたんですけど……








「メイド」役2位だったアイドルは
 高槻やよいらしいですよ

おわり


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鳥肌があああああ
9ヶ月前
×
詳しい考察ありがとうございます。

今回の誰ソ彼ノ淵のドラマ内容が良く分からず、考察を検索してこちらにたどり着きました。
ドラマで描かれていない部分の補完が出来て、少し溜飲が下がりました。
描かれていない部分が多すぎて、聞き終わった後に、なんじゃこりゃとなって、ドラマ内容の恐ろしさより不可解な部分が多すぎて、混乱していました。

考察を拝見して、私なりに推察した部分がありましたので、ご参考までに述べさせて頂きます。

メイド志保に関して、眼帯をつけている理由に、眼球を食べられたとの考察がありますが、伊織考察部分の「ロールプレイ」というところを前提で考えると、別の推察もあるかと思いました。

人間を「食料」「島を管理させる側近」「娘」と当てはめた時、千鶴さんは「食料」のみを口にしている形になっています。
仮に志保を食料認定していた場合、眼球だけ食べて、生かすことをするでしょうか?恐らく全身食べられていたかと思います。

私が考察した志保さんの眼帯の理由ですが、「人間としての理性を保つため」ではないでしょうか?
惨劇を目の当たりにしながら、生きていくための現状を受け入れる状態になった時、両目で見る狂気に耐えられず、片目を閉じたのではないかと思います。(もしくは自分でえぐった可能性もあります。)

感情を高ぶらせるシーンは恐らく人間性(正気)を残しているために出たものだと感じました。

クルリウタの歌詞を見ていて、「誰ソ彼ノ淵」の内容がリンクしていないなと思っていたのですが、この歌詞を志保の目線で見ると、納得できるところが多くありました。

クルリウタの歌詞ですが、

『白い 細い 首に手を かけて
「違う」 惑う 本音を消した』

ここは人間を食料として、処理しているところだと思います。
人間はそもそも共食いをする種族ではないので、「違う」と惑う本音が出る訳です。

『偽りながら 愛することが 人間の正しさならば
正常を纏わせて 隣で生きようか』

ここは千鶴さんのそばにいるところの描写だと思います。
「偽りながら、愛する」=愛していることが食べることではないので、偽りです。(正常な人間の感覚)
もしかしたら、千鶴さんにとって、食べることは愛することなのかもしれません。(考察にあるカニバリズム)
「正常を纏わせて、隣で生きる」ということは志保さんは正気を保ったまま、主人に仕えている状態です。

『守るべきは この世の道理
それとも真心か』

この世の道理…人を食べてはいけない
真心…千鶴さんが人を愛する心(殺して食べているのは危険)

『肌の裏で 蠢く痛みに 狂おう心』

人間性(正気)を保っていれば、この状況に蠢く痛みに心も狂う状態になります。

ハッキリと表現しない部分があると、受け手側で色々な表現になるので、ある意味悪くない描き方だったと思いました。
でも、出来ればハッピーエンドなお話が見たいです。
「Girl meets Wonder」で癒されたいと思います。

以上、ここまでの長文、失礼しました。
9ヶ月前
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