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託さない覚悟
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託さない覚悟

2021-02-18 04:49

    久々に、今の自分の思うこと、そして今までもずっと思っていたことを書き残しておきます。
    例によって書きなぐりです。

    ぶっちゃけますが、ポジティブな意見ではありません。
    しかし、これを完全に後ろ向きな見方と取られるのもそれはそれで違う気がしてます。
    兎にも角にも、読んでくださったアナタに伝わればそれでいいです。

    「最近、(特に2020年内に)暗いニュースが多い」
    ……とは言いません。最近なんて枕につける必要もないからです。この世界はいつだって嬉しくないニュースに事欠きません。

    で、そういう、嬉しくないニュースにも種類があるじゃないですか。誰それが不倫したとかいう傍から見ればしょーもない話もあれば、失業者がどうの自殺率がどうのと、いつ自分の身に降りかかるかわからないような生々しい「いのちのニュース」まで。
    しょーもないとは言いましたが、前述の不倫ひとつとっても、当事者にとっては生きるか死ぬかの辛い出来事である可能性だってあるわけで……まあこれは余談、モノの見方の話。

    世界はどうだか知りませんが、とりあえず日本は後ろ向きになる材料で溢れかえっております。

    でまあ、その中でも、国家の上層は老害だらけだとか、差別がどう、マイノリティがどうみたいな、一部、または多くの国民が立ち向かって運動を起こすような、そういう社会的な問題だって沢山ありますよね。就労の話だってそうでしょう。ブラック企業、パワハラモラハラ、外国人労働者が云々……挙げればキリがないです。
    コロナ禍の話とか、もう呆れ返ったでしょ。どんな方向にせよ、です。金もそうだし接触も仕事もそう。何もかも。僕はニュース見てると疲れるのでテレビ見てません。ネットでもお腹いっぱい。


    本題はここからです。
    というか、言ってることはいつもと同じです。改めて言い残すだけ。

    誰かが立ち向かって、傷ついて、それでもなお変えられなかった世界があるとして。
    どうして、そんなモノを次世代に託そうとするのでしょうか。

    数学の難問とかだったらわかりますよ。一つ一つ式を積み重ねていって、いつか一つの理論に到達するような、誰も傷つく必要のない「夢」だったらまだわかる。
    解けずに志半ばでその道を諦めるという苦痛は付きまとうのかもしれませんけどね。

    人間てのは比べ合う生き物です。自分より弱いもののカテゴリを作って差別する。弱者が反抗できないほど絞めつけながら生殺しにする。インターネットで世界が繋がって、ヒトの全容がわかってきた現代において、この傾向が良い方向にはたらくとは思えません。
    世界が繋がったって、一人一人が護れるものには限界がある。どこかで線引きをしなければならない。自分を侵そうとするものまで許していたのでは、結局何も守れないまま奪われる一方だから。

    人間が生きている限り、この線引きが終わることはありません。必ず、どんな状況においても、あるモノとあるモノの境界を賭けて争いが始まります。もし、争わないための手段を選ぶとしたら、その時は「断絶」しかありません。その状態で自分が生き延びられるか、こちらが不可侵を選んだからといって相手も同様にするか、とかは別の話ですしね。

    託せますか、こんな生き様を。

    アナタにはアナタの許せなかった「世界の歪み」みたいなのがあると思いますが、その歪んだ世界に子供を残した時点で、アナタも歪みの加担者です。
    命を懸けても「間違っている」と思った世界ならば、そしてそれを自分の命をもって変えられなかったのならば、そんな世界に命を生み出すべきではない。命を想うとはそういうことだと思います。子どもなんかいなくていい。世界へのある種の憎悪と、しかしそれを変えなければならぬと思い立った正義とは、誰に届かなくたって一つの「愛」だと思います。「この歪みを誰にも残すまい」という覚悟をこそ僕は尊重します。


    こんな書き方で何が言いたいかわかってもらえるでしょうか。稚拙な日本語で申し訳ありません。


    反出生主義者とか自殺志願者とか、世の中探せば自分にぴったりな組分けみたいなものはいくらでもあると思うんですが、そういう括りに所属したいという思いも、「そうでない者たちに対する線引き」であり、自己防衛手段のひとつなんですよね。「ある正義」を自分だけで貫き通すのはあまりにも厳しいから。


    まあ、つまり。
    僕は「何も残さない」という選択肢を尊重します。かといって過激なことはしませんし言いません。というか、世の中の大多数はそうです。何もしないし言わない。
    何て言うんだろ。世界に敗けちゃった人、押し潰されちゃった人を大事にしたいんですよ。もちろん、それは自己愛でもあります。僕がそういう人間だから。
    皆にでくのぼーと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず……とかって、他人の文言を引用すると解釈のズレが起きるのかもしれませんが、でもそんな感じです。そうありたいと思ってる人は一定数いるはず。歳を取ってから身に染みた詩でした。

    この言葉が届く限りの、何も託さない人たちを赦せたら。
    そういう気持ちになった午前四時でした。


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