マメガのあとがき
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マメガのあとがき

2017-05-23 16:05

    【0】はじめに
     みなさんこんにちは、埜村武です。

     今回はこの下の動画を制作したキッカケや、作っている最中の心境、作り終わってどう思ったかの、動画の感想文みたいなのをダラダラっと書いていきます。なので、何か技術的なことやコツみたいなのは書けないので、音MADってこんな感じで作る人もいるんだなぁ程度で読んでいただけると幸いです。



    ☝この動画について書いていきます


    【1】ひとりのバカのキッカケ
     2016年の2月にさかのぼります。「カチューシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」という、Z会とロシア民謡のカチューシャを合わせた音MADを投稿した月でした。
     次の作品は、何を作ろうかと考えていた時に、たまたま(意味深)、水曜どうでしょうの「サイコロ1」を見ていました。知らない人は「サイコロ1」ってなんやねんと思いますが、「サイコロ1」とは「水曜どうでしょう」という北海道にある放送局で放送されていた番組の放送初回の企画です。私はその番組のファンだったのですが、ついその「サイコロ1」の放送日が気になったのでネットなどで調べたところ、初回が、”1996年10月9日”と記されていました。そこで、「水曜どうでしょう」が2016年10月で20周年を迎えることに気づきました。バカみたいにファンだった私は「私として何か微力でも祝えることはないか」と考えた末、2016年の10月に向けて、水曜どうでしょうの音MAD動画を制作しようと決断することになります(ただのバカですね、ハイ)。

     ただ、20周年だからといって、わざわざ音MADを作らなくても、Twitterのつぶやきで祝えばいいじゃないかという考えもできますが、断固なる音MAD制作の決意が私にはありました(くさい話が続きますが、ブラウザはそのままで!お願いっ!)。
     
     初めて見た「サイコロ5」ですっかりハマってしまい、今では、病気なほど、水どうの魅力に取りつかれた素人の1人であります。
     それと同時に、私は音MAD製作と別に「実況動画」を投稿する「ゲーム実況者」のかぶれでもあります。話が脱線しちゃうのですが、2012年ぐらいにニコニコ動画を中心に「マインクラフト」の実況動画が流行していました。流行に乗っかり私も実況動画を投稿したところ、Youtubeで少し再生が伸びて、若干名が知られるようになったのですが(投稿者:底辺実況者)、定期的に動画を投稿するというスタンスが自分には合わず、更新をほったらかしていました。それでも、ある程度のユーザは見てくれていたので、それを糧に実況を続けていましたが、あまりにも更新間隔があいてしまっていたので、ユーザがどんどん離れて再生数も下がっていき、今ではオワコン実況者になってしまいました(元からオワコンっていうな?)。
     それとこれとでは何の関係があるねんと思いますが、つまり、音MADでも中途半端、実況動画でも中途半端な状態は、動画投稿者としてどうなのだろうと疑問に思いました。投稿者として路頭に迷う中で、「水曜どうでしょう20周年」というある1つのキッカケがたまたま目の前に現れました。そこで、先ほども言ったように、「私として何か微力でも祝えることはないか」と言いましたが、その「祝う」ということと投稿者として形を残したい「プライド」がたまたま一致した結果、「水曜どうでしょうの音MADを作ることで、20周年を祝おう」という考えになりました(知らんがな)。
     
     しかし、私もバカではありません。20周年を祝うということは、それにふさわしい展開にしていかなければなりません。ちなみに「水曜どうでしょう」は、6年間もの間、毎週(2000年後半を除く)放送をしてきました。20分程度の番組だったのですが、ふさわしい展開にするためには、他の「水曜どうでしょう」ファンが、私の映像を見て「水曜どうでしょう20周年おめでとう!」と思えるような素材選びをしなければなりません。つまり、素材選びにムラのない展開を要することを意味します。ということは、6年間の映像のほとんどを使って編集することが考えられたのです。この膨大な素材量をすべて扱うのは無理なのじゃないかとフツーは思いになりますが、私はバカだったので「やったれムンムンかましたらぁ!」の思い出、制作し始めたのは、3月の半ばごろだったのです…。


    【2】膨大な素材の量との闘い
     いざ作ろうといっても、水曜どうでしょうは30分番組です(厳密には22分前後が多いですが)。ただでさえ素材として30分を長いのに、20周年を祝う動画を作るにあたって、素材のムラを出すわけにはいかないので、まんべんなく素材を切り取る必要がありました。ですが、まんべんなく素材を用意するだけでも大変なのでまずは曲を決めることにしました。

     何がいいかなぁと音MADの動画をあさりまくっていたところ、ある一つの動画を目にしました。「【合作】Z会交響曲 ~ The not Studying Forever」というZ会の合作動画です(これまたZ会、なんでそれしか見ないんだあああああああああ!)。その中で「Mermaid_Girl」という音ゲーの曲が収録されていました。その合作の完成度の高さに感動していたのですが、そこで初めてマメガを聞いて、何とも楽しいけど物悲しいメロディから「なんて興味深い曲なんだろう」と思い、気付いたらすっかり気に入ってしまいました。それと同時に、水曜どうでしょうの20周年を祝う曲として、構成としても組み合わせがしやすく、素材とマッチしていると勝手に思い、この曲で音MADをつくろうということになりました。

     マメガにも過去に音MADが投稿されており、特に鉄道系の動画がたくさん上がっていました。それぞれの映像を通じて思ったことは、作者のみなさんがその鉄道や車両に対する「愛」を感じました。そこで、私は「愛」は「愛」でも「水どうに対する愛」としてのその感情をぶつけてみようと思いました。そういうところも選曲のひとつの理由になっているかもしれません。

     曲は選びましたが、膨大の素材の量は変わらないので、まず、マメガを何回もリピートして、曲のイメージをつかむことに専念しました。次に、今までの水どうの名場面・名ゼリフを当てはめて、何が一番違和感がないか、脳内で編集をしていきました。そこでは、「どうでミー賞」がかなり参考になりました。当てはめるだけでは見ている方も苦なので、シーンごとのつなぎ重点に、流れのある構成にしようとしました。それについては、【4】に詳しく書いてたり書いてなかったり…。

     曲のイメージを掴んでいると同時に、どうでしょうの素材の収集にも取り掛かりました。ですが、先ほども言ったように膨大な量なので、すべて収集するのは時間と労力が追いつけません。なので、各企画の名シーンや名台詞を中心に素材を集めることにしました。ここでカギになったのは、自分がどれだけどうでしょうを見てきたか、だったのです。ネット上には、水曜どうでしょうの名シーンをまとめたサイトがいろいろあるのですが、いかに脳内のどうでしょうマッピングが繰り広げられているか、そこも重要になってきました。
     「そういえばこのセリフ、何の企画の第何夜の放送だったっけなぁ…」と頭の中で思いながら、母親に頼まれたお使いをする子どものように、どこに何があったかと何回も繰り広げながら素材収集をしていました。

     そんなこんなで、頭の中で構成を考えながら素材収集をしていき、内容が固まってきたところで、やっと音編集に入るようになります。

    【3】構成ともに考えた音編集とMIXの深さと尊敬
     さて続いては、音MAD動画を制作するにあたって必要不可欠な音編集に入っていきます。ちなみになんですけど、私は、2011年の末から音MAD制作を始めたにもかかわらず、いまだ音MADの音編集について、正確な知識を持っているわけではありませんでした。なので、どうすれば、音MADとして聞きやすくなるかを、ネット上に転がっているあらゆるサイトを転々として、いろいろなエフェクトをダウンロードしました(常に初陣の気持ちで)。

     ここですごいなぁと思ったのは、音MAD作者のブロマガやTwitterなどの音MADに関する豆知識やVSTの紹介がネット上にちらほら転がっていたのですが、「なんでこんなに知ってるんだ」と感心するとともに、当時、音MADを作って5年にもなろうかという中堅底辺作者が何も知らないことに、自分で「ダメだなぁ」と思い「グチグチ」言いながら作業をしていました…。

     そんなことはさておき、素人が素人なりに音編集をしていくと同時に、映像編集の構成も同時に考えていきました。例えば、「ここからここまでの小節は、こういう映像にしたいから、こういう台詞合わせにしよう」とか「ここは少し落ち着いた映像にしたいから、音合わせをメインにしよう」とか考えていました。なので、映像をよく見てもらうと、イントロ・サビ・間奏など、それぞれ特徴の違った映像編集・技法になっていると思います。パートによって映像技法が違うのは、音編集の時点で構成を練っていたからだと言えます。

     

    それぞれのパートによって、編集の技法が違う

     試行錯誤していくなかで、台詞合わせ・音合わせが着実にできていきます。音編集が完了することには7月ぐらいになっていましたが、まさかこんなに時が過ぎると思いませんでした…。
     やっとの思いで音編集が終わったのですが、本番はこれから、最後に映像編集が残っています。正直言うと映像編集が一番つらかったのですが、完成した今では「良い思い出だったなぁ」と思います。映像編集に関しては、7月から10月にかけてぶっ通しで制作していました。ちなみになんですが、動画内で「20年目の夏でした―」という場面がありますが、「水曜どうでしょう」の20年目の夏という解釈もできるのですが、「夏の間死に物狂いで映像編集をしていたんだよ」という意味も込めているのは内緒ですよ?

    【4】いろいろなことに挑戦した映像編集
     音MADの映像編集って、基本音に合わせて動画を反転させたりするのが基本です。これに関しては、零~ゼロ~さんの「原西と見る音MADでよくありがちな表現・オブ・ナイツ」がすごくわかりやすいです。この映像に出てくる技法が基本形だと言えます。それ以外にも、基本形からそれにとらわれない斬新な映像技法もたまに見られます。

     今回のこの編集に関しては、ひとことでいうと「挑戦」だと言えます。今まで私が作ってきた音MADは、流行の素材を用いて定番の曲に合わせたものなど、音MAD界隈では見慣れた作風を真似するような作品ばかりでした。なので、今回の作品では、少しでもオリジナリティを出したいと思い、ちょっと着飾った編集にしようとしたのですが、やはり凡人にはカッコいい編集は難しく、編集をいざ始めたのはいいものの、なかなか自分の創造通りうまく行きませんでした。なので、ニコニコ動画に上がっているCoolな映像編集を参考に、いろいろ研究をするとともにこの作品に用いてみようと、実験に近い形で編集をしていくことになりました。

     ここでは、ウダウダ文章で書くよりも、どのシーンが何の動画を参考にしたのかを参照した方が見やすいと思いますので、そこらへん羅列していこうと思います。

    【基本ベース(主に:#0:00~#0:50)】


     音MADって「音MAD」って呼ばれる前から、元凶の動画を模倣する流れが定番ですよね。私も、「Mermaid Girl」のRyu☆リミックスMADで元凶だと思われる「ShirahaMermaid Girl」とこちらの作品をリスペクトした「HanakuMermaid Girl」を主に参考にさせていただきました。(この2作品はどちらとも近畿を拠点に走っている鉄道の音MADですが、私は近畿出身です)

    【#0:50~#1:35】


     このシーンは、明らかに「LOVE Y.R.P」をリスペクトしています。こういうCoolな動画を作ってみたいという思いがありました。さらに、解像度を1920×1080で制作をしていたのですが、素材が必ずしも高画質ではないので、制作時の解像度と素材解像度の差分を無くそうと試みました。そこで、illustratorを使って一個ずつイラストを描くことで、差分が気にならないようにしていきました。

    【#1:35~#1:57】

     ここはオリジナルです。たぶん。曲のサビなので「どうでミー賞」で上位にあったフレーズを小節ごとに並べました。台詞がメインなので、どうでしょう特有の、ある映像の画を消し去るほどバカでかいテロップの技法がありますが、このシーンでも映像ではなくテロップをメインに編集をしていきました。うっすら見える後ろの動画は、それぞれの企画のお気に入りのシーンを並べています。

    【#1:57~#2:19】


     このシーンの斜め線は「とうよconcon」をリスペクトしています。「前枠・後枠も入れたい」という気持ちで大泉さんとミスターが交互に「水曜」と言ったのちに、スタイリスト小松の死刑宣告につながる構成です。前枠・後枠って見た人ならばわかると思うんですけど、衣装がメインだったりします。このシーンは、どうでしょうでも異才なセンスで才能を輝かせたスタイリスト小松の作品集だったりします。
     ここで言っとかないといけないのは、企画ごとにテロップを記していたのですが「激闘!西表島」の英語表記を「BATTLE IN NISHIOMOTE」と記してしまうという悔むにも悔みきれない失態を起こしてしまいました…。投稿した後にコメントで気づいたのですが、めちゃくちゃ悔しかったですね…。以後そういったことのないようしていきます…。ほんとすみませんでした。

    【#2:45~#2:47】

     ここは、動画ではなくニンテンドー64の「マリオ64」を参考にしました。マリオ64ってピーチ城の中にある絵画に入ることによって、多種多様な世界でマリオが冒険しピーチを助ける作品です。この動画でもそれぞれの年代によって、どうでしょうの世界観があるという表現をしたく、このような美術館みたいなデザインになりました。この中に入ってみたいかと言われてみれば、そうでもないような…。

    【#2:47~3:04】

     ここも、オリジナルです。このシーンも年代ごとにまとめていってますが、強いて言いうならば、1990年代に代表される凹凸のあるデザインを額縁で表現したならば、2000年代・2010年代に代表されるフラットデザインにした、というところでしょうか。

    【#3:04~3:40】



     最後のこのシーンは、たまたまPhotoshopのスキルサイトで見たのを参考にしました。このシーンは、放送当時から大泉さんが「どうでしょうでアカプルコに行きたい」と言ってきましたが、一度も行けてないという定番の流れがあります。巷のサイトなどでは「もしアカプルコに行くときは、どうでしょうが終わるときだろう」という文章がありました。この動画もそろそろ終わるということで、企画発表からアカプルコの浜辺で撮影を慣行するどうでしょう班を4コマ形式で表現しました。最後にフラッシュして黒幕になって終了するのですが、この企画は夢のままであってほしいという個人的なわがままでもあります。


     上記のように様々な動画を参考にしつつ、編集を練っていきました。パクっとるだけやないか!と思うかもしれませんが、はい、パクってます。パクリにパクってます。すみません。ただ、パクるにあたって参考元の動画には失礼のないよう、最善の努力はしたつもりです…。
     先に、「自分のオリジナリティ」という目的で編集していったのですが、いろいろパクっちゃってるので、自分的には「オリジナル」になってるのか疑問に思います。こういうことは、たぶん視聴者が決めることでしょうし、音MADってパクりパクられつつっていう界隈だと思います。なので、今までにない技法を用いた音MAD動画を作る人は、すごいなぁって思います(小並感)。

    【5】さいごに、動画を制作して
     ウダウダ~っと書いてきましたが、私の目標であった番組を「祝う」と、作者として形を「残す」というのは、達成できたかなぁと思います。その年の10選でも何名か選出していただいて本当に感謝しますし、さまざまな反応をもらったのも「作ってよかったなぁ」と常々思います。それとこの動画をキッカケに20周年だったのかと知っていただけたら、この上ないことだと思います。

     この動画以降も、何個か音MAD動画を投稿していますが、作って楽しい・見ても楽しい「音MAD」はどうしても飽きるに飽きないドラッグのようだと私は思います。巷では、マンネリ化やら言われていますが、時たまみられる度肝を抜く動画なんかまだまだありますし、グルメレースやRED_ZONEなどの定番素材を用いた動画も正当に進化していると思います。その中で、1人の音MAD作者として投稿できる喜びを伝えたくてこのブロマガを書いた次第であります。
     
     最後に、勝手に番組の素材を使って、勝手に楽曲を使って、勝手に作品を作って、勝手に自分で分析して文章化した自己満足な記事でした。本当すんません…。ただ、この記事を見てもらって、少しでも「音MAD」やら「Mermaid_Girl」やら「水曜どうでしょう」に興味を持ってくれたら、この記事を書いた意味があるのかなぁと思います。そして、動画を作ることの「楽しさ」が伝わったならば、よりうれしい次第であります。
     ヘタな文章ではありましたが、この行まで読んでいただきありがとうございました。またどこかで…。
     
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