だいぶ前の話で恐縮ですが、成人式の日、こんなツイートを見かけました。
今日成人式か。20歳で大人って凄い厳しいよ。自分が20歳の頃は思い出したくないくらい子供だったし周りにも大人と呼べる人は皆無だった。日本の決まりでは大人かもだが新成人達はあまり肩に力を入れすぎないで欲しい。時間経過で大人ではなく自分を子供だと受け入れ経験値を得て大人になろう。
― KIKKUN-MK-Ⅱ@MSSPさん (@KIKKUNmk2) 2013年1月13日
そうそう。大人になったといっても、まだまだ大人じゃないと感じるときありますよね。実は、この二つの大人は意味が違います。
大人の先には真大人がある
つまり、20歳で大人っていいますが、実はその後に「真大人(まおとな)」とでも言うべき次のステップがあります。上のツイートの中で語られている「大人(おとな)」はこの「真大人」のことです。「あの人おっとなー」というときの「大人」もこの「真大人」。大人の中の大人。大人 of 大人。この「真大人」。人によって「真大人」になる歳は違いますが、早くて30歳くらいで、まあ40歳くらいならだいたいの人がでしょうか。
「真大人」の基準は、単純にいうと勘が働くようになります。「大人」になってからさらに20年生きた経験によって、様々な物事に対して勘が働き、しかもそれが結構あたります。
プロ棋士は詰め将棋が見ただけで分かると言われています。何度も何度も詰め将棋を解くうちに考えなくても分かるようになるそうです。自転車に乗れるようになったら意識しなくてもすいすい乗れるのと同じように。
「真大人」も何度も何度も人生の局面に対応していることで、新しい局面に対して考えなくても答えがわかるようになります。そうやって細かい部分の判断を勘で済ますことによって、より大きな問題に取り組むことにできるようになります。
あなたが20歳を過ぎても、世の中には大人がいっぱいいて自分はまだまだ子どもだと思うことがあると思うのは、そんな「真大人」たちを見て、あの人達は「真大人」で自分はまだ「真大人」じゃないと感じているわけです。
「真大人」はそんなことは良く知っている
逆に「真大人」からすれば、20歳の「大人」は「真大人」でないとはっきり感じています。「真大人」から見て20歳の「大人」は子どもではないのですが、自分たち「真大人」でもありません。しかしどっちも同じ「大人」という言葉が使われるのでいろいろ混乱が起こってしまいます。「まだ子どもだな」みたいな言われ方をされてカチンと来るなんてのは、このことが原因です。私は大学に入ったとき、良く自宅の近所の小さな飲み屋に行っていました。もうすぐ駅が地下化する世田谷代田辺りにあった「たに津」という店です。今はもうありません。そこは遅くても定食をやってくれるので、晩ご飯を食いっぱぐれた時は、そこにいって食べてたのです。周りのお客さんが良くお酒をくれたりして、本当にお世話になりました。その飲み屋の常連で行われる花見や芋煮会とかにも呼んでもらってました。
でもその飲み屋の「真大人」たちにはさんざんいろいろ言われました。まだまだ若いと。一番象徴的な言葉は「お前は苦労してないからいかん」というものです。酔っぱらったおっさん達ですから、そういう話になりがちで、いったい何回聞かされたことか。「そんなこと言われても今すぐどうこうできませんよ、今順調なのにそれをわざわざ壊せというんですか」と毎回憤りながらも、「そのうち自分も苦労して成長していくだろうな」と思い描きながら、人生の先輩達の体験談を楽しく聞いていたものです。
実際、その後20年ほど生きてきて、自動的にそれなりの苦労をしました。昔「お前は苦労してないからいかん」については、「わざわざ苦労は買わなくてもいつかするやろ」と思っていましたが、やっぱりそうなりました。
結局彼らの言ってたことは、「まだあなたは『真大人』の前の『大人』であって、これからたくさんの経験を積んで『真大人』になるんだよ」ということです。でも経験を積むのは時間のかかる話で、すぐに何かできることがあるわけでもありません。「真大人」たちはそんなことはわかっているのに、「おまえは苦労が足らん」と言ってただニヤニヤしているのです。酒を振る舞う代わりに、酒の肴にしているわけです。あくどいですね。
冒頭のツイートも「大人」と「真大人」読み直せばわかりやすくなります。
今日成人式か。20歳で真大人って凄い厳しいよ。自分が20歳の頃は思い出したくないくらい真大人でなかったし周りにも真大人と呼べる人は皆無だった。日本の決まりではまだ大人でしかなくて新成人達はあまり肩に力を入れすぎないで欲しい。自分を真大人ではなく大人だと受け入れ経験値を得て真大人になろう。
20歳で真大人になることはできません。それを言葉が曖昧なせいで、大人になったからには一刻も早く真大人にならなくちゃと考えてしまいがちです。そんなことはありません。真大人になるのはまだまだ先です。真大人に何かいじわるなこと言われても、まだ真大人でないことを恥じることなく、大いに大人を楽しんでください。真大人達は大人がすぐには真大人になれないことを知ってていじわる言ってるだけです。
では「大人」の間はどう「大人」を生かすか
ということで「大人」は「真大人」に比べ経験では勝ちようがありません。でも逆に「大人」にできて「真大人」にできないこともたくさんあります。・緻密さ
真大人は勘が利く代わり、大抵の真大人はどんどん細かいことが苦手になります。細部までとことん考慮する、緻密な計画を立てるなど、ものごとに細部にわたるまで全力を尽くしましょう。真大人にはできない完成度の結果を出せます。その経験が後に真大人になったときに効きます。大人の時に真大人のような手の抜き方をしてしまうと、真大人になれないので注意。
・新しいこと
古い経験がないので、新しいことに取り組むのは、真大人より得意です。
・社会問題に正面から取り組む
アメリカでインターンで教師をするという画期的なプログラム「Teach for America 」を開発した人は、当時女子大生でした。画期的なプログラムといえど、既存の組織達がやろうとするとお互いの損得勘定を調整しなければなりません。真大人同士のやりとりというのは、複雑な駆け引きになりがちです。でも大人になったばかりの人は、そういう色もついていません。新しい大人が真大人のところに行って「こういう意義の大きいプログラムに参加してください」と言われたら断る術がありません。大いに自分の立場を利用して、ばんばん社会問題に取り組んでください。
・真大人の使い方
上でも述べたように、真大人と大人の区別が曖昧なために、真大人のアドバイスには「苦労が足りん」など時間が必要なため役にたたないことがほとんどです。ですが、やはり経験豊富な先輩達ですから、学べるところは学びたいところです。一つ大きく役に立つのは、自分の計画や成果を見てもらうことです。
真大人は細かいところは苦手でも、より高い視点から、あるいはいろんな角度から見るのが得意ですから、自分がまったく考えてなかった落とし穴を発見してくれるかもしれません。気付きさえすれば、また調べたりなんなり対応はできるでしょう。
大人、真大人どっちが偉いという話ではなく、がっちり組んでものごとに取り組めば、大人だけ、真大人だけでするよりも遥かに素晴らしい成果をあげられることでしょう。大人、真大人の違いをよく理解して、うまく活用してください。
ちなみに、60歳くらいでもまた次のステップがあるみたいなんでよね。研究中です。とりあえず形から入って、そば屋で一人で飲めるようになるところから始めようかと。
・併せてどうぞ
【幸せを感じる年齢】 40代になると幸せを感じる傾向が増えていくそうです。真大人になることと関連がありそうです。
【東大院生 町議トップ当選】 この記事の中で、本文で紹介した 「Teach for America」のことに触れています。