• のすじいのそーさく日誌118・・夏待ちの季節に・・

    2019-07-15 11:28

    30余年前の今頃をふと想起する。

    毎週、故郷県内くまなく田舎祭りの撮影に
    ほぼ土日、飽きもせず走り回ってた・・

    で、戻ってきたら徹夜で編集して完パケ。
    次の土日の浅い時間、ローカル売りのCタイム・・
    かき集めた田舎スポンサー提供の、
    今ならYouTubeでも流れぬような映像を
    番組と称して放送してた田舎テレビ。

    まあ、牧歌的っちゃ牧歌的だったんだけどね。

    ああ、往時は大概の祭りでサラシ巻いて短パン
    下手すると褌(ふんどし)姿の少女が
    堂々と祭りの子供屋台引いてはしゃいでた・・

    何時からだろうねえ、そういう子の姿を
    窃視するみたいに厭らしく撮影する
    性質の悪い素人の餓鬼が跋扈し始めたのは。

    自分は少女を描くのが好きだけれど
    ああいう現実の露骨な下衆(げす)は好きじゃない。

    特に人格の在る生き物、其れも子供に対して
    性的な視線を意図的に向けるような行為は
    どうもあんまり粋じゃない気がする。
    被写体としての可愛さや表情の愛らしさは認めるけど。

    もちろん、実際にそういう対象に性的行為に及んだら
    有無を言わさず犯罪なのは言うまでもないけど。

    何よりも夏が・・遠い記憶の中の何かが
    穢れるような気がするから・・ね。

    まあ、其れ言ってて此の絵かよ、ってえ突っ込みは甘受する(笑)
    みんな童顔だけど成人だから、うちの子たち~(苦笑)



    ああ、余談だが北九州の大都市で毎年行われる
    勇壮な曳山の祭りがあるんだけど・・
    何故かあれだけ有名な祭りなのにCSも含めて
    生中継ってのがあんまり無いんだよね・・
    あんな偽ソーランの外来種踊りでさえ全国中継番組在るのに。

    実は、あの祭りは未だに締め込み、つまり褌姿の男衆同様の
    思春期から童女年限くらいの女の子が結構参加してる。

    で、ある日、自称公共放送な見てるだろ詐欺のの親玉局が
    ニュースソースになると意気込んで生中継したと思いねえ。

    実は此の祭りの男衆の褌は締め込みと言い
    生地的には相撲の廻(まわ)しに近い生地で
    がっちり締めるとかなり頑強なんだが
    其の頑強さゆえに解(ほど)ける、
    解(と)けることが少ない代わりに
    締め込んだ状態のまま=落ちる=場合があるのだそうな。

    なぎら健壱の悲惨な戦いにある若秩父のそれのように。

    で、全国中継の生放送、本番の男衆登場の前に
    インサートのつもり程度でカメラに映された
    こども、女児を含めた其れの映像の中で
    其の・・若秩父同様の状況になった少女が居て
    其れが生放送で流れた・・とか、何とか。

    まあ、一部業界に言い伝えられてる伝説なんだけどね(笑)。




    でも、最近の浜辺の水着なんかもっと危うい構造の奴
    売るほど在るような気もするんだが(苦笑)
    特にメキシカンなマイクロ何とかとか・・・
    あれは既に水着じゃなく前張りじゃねえか、と(爆)

    実は黒のワンピースでローレグが一番隠微なんだけどなあ・・

    夏祭り (ジッタリンジンカバー・さとうささら)



    ああ、梅雨ももうすぐ明ける・・今年はどんな夏が来るのかな。
    きっと足早に来て、踊るように逝くのだろうな。

    夕暮れの空が微妙に淡い紅(べに)のようだ。

    初めて化粧(けわ)う少女の唇のいろに似て・・






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  • のすじいのそーさく日誌117・・NOSUJI(のすじい)出現w

    2019-07-12 16:38
    最近、ジョニーさんと言う
    ニコ動Pのオリジナル曲何曲か
    歌詞を書かせて戴いてる・・

    最初に旋律を戴けるのである意味イメージはしやすいが
    逆に好きな言葉書きとばして行く創作法は合わない。

    何故なら譜面のリズムに乗せる言葉には
    幾分の制約が出てくるから・・
    文字数、語呂、旋律と単語のアクセントを合わすか外すか。

    無論、歌詞が字幕で出るにしても
    聴いてわかる平易な言葉を
    なるべく使うように心がけるとか
    韻を踏むまで行かなくとも語感を揃え
    リズムの流れを壊さぬようにしつつ
    曲のサビに向かって言葉を配列し
    意味のある物語の流れを作っていく作業は
    普通の文章と違っていて興味深い。

    で、最初に書かせて戴いたのが此れ・・
    海辺のレストラン、と言う題を付けた香澄さんオリジナル

    海辺のレストラン 緑咲香澄 作詞: NOSUJI 作曲: JOHNNY


    メロディライン戴いた瞬間にふうっと浮かんだのが
    実は銀色の洋食器を寂しげに玩(もてあそ)ぶ女性のイメージだった。

    CeVIOの緑咲香澄さんの公式設定は確か20代後半の独身女性。
    まあ、痛いことも気持ちいいことも全部経験済みで
    充分大人だけどまだ妻でも母でもない、完熟寸前のおんな。

    そんな女の人が何処か虚ろに
    銀食器玩ぶシチュエーションって
    どういう時か・・

    夜の孤独な一人住まいのキッチン?
    いや、其れとも親友の結婚式披露宴、
    しかも新郎の側の末席?

    色々妄想していたらふと思い出した曲があった。
    =失恋レストラン=という昭和のポップス歌謡。

    人気のない、隠れ家的な海辺のホテル・レストラン
    光る銀食器は銀色の波頭の反射光の乱反射だとしたら
    窓から海の見える極上のテーブルだろうし
    其れゆえ指定席(リザーブシート)確定。

    ディナーでは陽光が入らないから此れはランチだな
    其れも昼飯にしては結構豪華でお洒落な・・
    独身の妙齢の女性が一人、またはごく気の合った人だけ
    連れて行ってゆるやかな時をすごす秘密めいた安寧の店。

    ・・・ってことは、待ち合わせの相手は・・

    うん、女同士なら結婚の報告され、先越されたと思いつつ
    如才なくフォーク玩ぶんだろうが・・此の旋律聴いてると・・
    どうもそんなコミカルなイメージの言葉は付かないなあ。

    ・・あ、すっぽかされたのか・・其れも男、たぶん恋人。
    ・・で、20代後半のおんなが秘密のランチに誘おうってんだから
    ・・た、たぶん結婚してほしいくらいには思ってる奴で・・

    そいつに自分がセッティングした席、すっぽかされたら
    そりゃあ大人のおんなでも怒るし、昼酒の一杯くらい呑んで
    待てるだけ格好つけて待とう、とか思ってるな、たぶん。

    其処に常連相手のギャルソンチーフが慇懃に
    でも優しく様子伺いに来て、もう一人来ないから・・

    =何か在られたのでしょうか?もう少し待たれますか?=

    ・・もう少し・・待たれますか・・
    曖昧な笑みで 泣き顔隠す おとなのおんな・・。

    此れだよ、 ♪もう少し、待たれますか 曖昧な笑みで 涙隠すの♪・・


    そんなこと妄想しつつのすじいの場合は歌詞が出来上がる。
    ワンフレーズが決まれば其処から物語が派生していく。

    あとはリズムと旋律意識して言葉を探してくるだけだ・・

    音の響きの合う、同じ意味の違う言いかえや言い回しも駆使して。
    余裕が在れば聴いてわかる言葉に基本的に統一して・・
    字幕はニュアンス、カタカナ表記と漢字表記の違いとか
    そういうの生かすためのツールだからその辺も意識して・・

    人に依っちゃ色んな手順が在ると思うけども・・

    で、最近も引き続きのすじいは時々NOSUJIに変身しちゃ
    ジョニーさんと言う自分から見たら天才っぽいPの
    オリジナルの歌詞、書かせて戴いたりしてるのだな。

    うん、実は楽しいのだ・・二曲目の放課後のグリーンスリーヴスは
    イラストまで描かせて貰っちゃってるし、しかもあの少女のイメージの詞
    ちゃっかりと実体験含めて書かせて貰っちゃったし・・

    は、発注は合唱コンクールで歌える曲ってイメージだったんだけど
    色っぽくなり過ぎなかったかなあ・・とか思ったり。

    ああ、此の曲もサビの一言が出てきて一気に書けたんだよね・・
    ♪風は光に 光は風に♪・・って、キラキラした若葉と初夏の午後の風と日差しの。 





    最新のオリジナル、潮騒は・・のすじいならぬNOSUJIにしちゃ
    かなり攻めた歌詞、書かせて貰っちゃってる・・。



    此の二曲の作詞中の気分なんかもそのうち
    此処に駄文書かせて頂くかも知れんが・・

    しかし、作詞のプロってすごい才能なんだな、と
    見様見真似でやってみて思った、今日この頃ののすじいw

    自分唯一のオリジナルの詞は
    実は原型が此の子の落書きで
    訳詞は結構意訳で拵えてるけど
    原詩が在るからねえ・・




    そういう意味で希少な体験中なんだわ、のすじいw
    改めてジョニーPに御礼の意を込めて上梓。

  • のすじいのそーさく日誌116・・夕暮れの似合う乗り物・・

    2019-07-09 20:41

    実は路面電車とか箱電車・・酷く好きだったりする。

    大学時代東京で最後残された都電荒川線に良く乗って
    何の目的もなくふらふらと散策しまくった時期があるからか。

    不思議と・・まあ三丁目の夕日などと言う漫画誕生の前から
    此の荒川線には夕陽が似合う・・そんな風に個人的に思ってた。

    何せ終点か始発の三ノ輪橋あたりは場所でいえば日暮里界隈
    日暮里、日暮れ里ってえくらいだもの・・

    さぞや昔は夕陽の綺麗な鄙じみた場所だったのかもな。


    そういえば日暮里の駅のとこから出てる都バス・・
    其の停留所で見た夕陽も30年以上前だが妙に綺麗だったような。

    東京と言う都会の割には妙に田舎の郊外駅みたいな風情で
    田舎者の自分には何となく楽な雰囲気の都会の一角だった。

    秋も近づいた8月の終わり、往時ままごとのような半同棲してた
    脳足らずのちび娘と何となく乗った都バスの荒川方面行
    都内と思えぬ良い意味の田舎っぽさ、鄙びた空気につられて
    日暮里の水道跡にあった公園のような場所を彷徨った時
    故郷の日本海に沈む夕日にも劣らない夕焼けを見た記憶がある。

    付かず離れず後ろをくっついてきたちび少女が
    其の夕焼けの色に何かを予知したのか・・

    自分の手の指数本をぎゅっと握り
    無言で、てこてこと付いて歩いてきたときの
    何とも言えぬ多幸感と寂寥感の混ざった感情。

    ・・此のまんま、どっか行こうか・・夕日の沈む方へ・・

    其の無粋な口説きに頷いた無垢すぎる脳足らずは
    其のあと本当に西方の遠すぎる楽土に逝ってしまったが・・






    都電と言えば、あとは何故か大塚・・山手線の下に在った停留所。

    山手線の大塚はどっちかと言えば地味な、用のない限り行かぬ駅だったが
    お気に入りの場所だった雑司ヶ谷の鬼子母神へ行くのに
    貧乏アパートの在った新庚申塚あたりから乗る都電荒川線だと
    結構大きな、乗降者の多い停留所で時に途中下車したりしたなあ。


    出来たばかりの本格珈琲売りものな喫茶店で呑んだ水出しのモカ。
    学生にはちょいと切ない値段だったが妙に嵌ったっけ・・

    今も在るんだろうか、商売っ気の少なそうな夫婦が笑顔で営んでた純喫茶。

    ああ、往時の、30余年前の昭和後期真っ盛りな東京は・・
    まだバブルも始まらぬ不況のなかでは在ったけれど
    貧乏学生には妙に優しく、何処か雑駁だが暖かいとこも在った。

    東京 マイペース  カバー 緑咲香澄(CeVIO)



    もう一度あの日々に戻れるものなら・・と、時に思う。
    間もなく元号さえ変わらなくなりそうな此の国の陋巷・・

    やっぱり昭和はバブル前までがノスタルジアの対象かあ。
    やっぱ昭和は夕陽が、何処か貧乏くささと切なさが似合うんだよな。