のすじいのそーさく(笑)日誌 11・・都電の名が消えて・・
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のすじいのそーさく(笑)日誌 11・・都電の名が消えて・・

2017-04-30 18:32
    大学生だった昭和後期・・良く都電に乗った。
    西早稲田から荒川方面に繋がる路面電車に。

    下の戯れ絵は山手線大塚駅の高架下に在った半地下の停留所
    不思議と此処はトンネルのような電車の入り口から
    初夏に成ると夕陽が微妙に差し込んで来て・・
    大都会の喧騒とまで行かぬ大塚と言うちょい寂びれた街の
    何とも殺伐だが何処か温い雰囲気にぴったりだった。



    無論、此の路面電車がその雰囲気を大きく搔き立ててたのは言うまでもない。

    まあ。、山手線の大塚はどっちかと言えば地味な、用のない限り行かぬ駅だったが
    お気に入りの場所だった雑司ヶ谷の鬼子母神へ行くのに
    貧乏アパートの在った新庚申塚あたりから乗る都電荒川線だと
    結構大きな、乗降者の多い停留所で時に途中下車したりもしたな。

    出来たばかりの本格珈琲売りものな喫茶店で呑んだ水出しのモカ。
    学生にはちょいと切ない値段だったが妙に嵌ったっけ・・
    今も在るんだろうか、商売っ気の少なそうな夫婦が笑顔で営んでた純喫茶。



    不思議と・・まあ三丁目の夕日などと言う漫画誕生の前から
    此の荒川線には夕陽が似合う・・そんな風に個人的に思ってた。

    何せ終点か始発の三ノ輪橋あたりは場所でいえば日暮里界隈
    日暮里、日暮れ里ってえくらいだもの・・
    さぞや昔は夕陽の綺麗な鄙じみた場所だったのかもな。

    そういえば日暮里の駅のとこから出てる都バス・・
    其の停留所で見た夕陽も30年以上前だが妙に綺麗だったような。
    東京と言う都会の割には妙に田舎の郊外駅みたいな風情で
    田舎者の小生には何となく楽な雰囲気の都会の一角だった。



    ああ、往時の、30余年前の昭和後期真っ盛りな東京は・・
    まだバブルも始まらぬ不況のなかでは在ったけれど
    貧乏学生には妙に優しく、何処か雑駁だが暖かいとこも在った。
    あの想い出の都電の景色・・夕暮れの似合う景色のある路面電車のように。

    ところで一昨日付で発表になった気がしたんだが
    此の都営荒川線・・東京さくらトラム・・と言う名に変わるそうな。
    確かにあの沿線・・飛鳥山は江戸時代から花見の名所だし
    本郷近辺から雑司ヶ谷、早稲田、面影橋のあたりには
    名も無い民家の夫婦桜なんぞが在って・・
    講義に行く途中に見惚れたことも数多く在った気も。



    追憶ついでに惚気のような恥晒しをちょいと呟けば・・
    雑司ヶ谷の鬼子母神で初めて駄菓子屋デート(笑)したとき
    真昼間で乗ってた客が自分と脳足らずの後輩娘二人だけで
    じゃれてるうちにちょい微妙な傍迷惑になってた記憶も(笑)



    ああ、東京さくらトラム(軌道電車)・・悪くない名だなあ。
    でも、東京ゆうひトラム・・なんてのも捨てがたい気もするよなあ。

    晴天の連休前半、ふと思う遠い日々の妙に鮮やかな色彩。




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