のすじいのそーさく日誌38・・浴衣の君はぁ時に笹団子・・
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のすじいのそーさく日誌38・・浴衣の君はぁ時に笹団子・・

2017-08-27 01:26
    夏が逝く・・・踊るように夏が逝くってオメガトライブだったかなあアルバム。

    夏が始まるとき梅雨がらみでぐずぐずと顔を出すのに
    終わるときはいつも存外にあっけなく終わると言うか儚い。

    夏は暑いし正直電気代も掛かるし飲食費とか出費嵩(かさ)むし
    最近は海に行くほどの気力体力も無いので自宅でただ避暑三昧。

    たださあ・・夏は浴衣の子が結構うろついてて其れは眼福なのよねえ。
    夏が終わると浴衣があんまり見られなくなるんだよねえ。
    秋祭りも9月だと浴衣姿の子も居るんだが、ちょい趣が違うと言うか。

    この日本衣装・・元々は呉服の名が示す通り中国三国時代
    魏呉蜀のうち南方に位置した孫子の国・・呉の民族衣装でねえ。
    だから通気性に富みどっちかと言うと南方の服なんだわ。
    其れで夏に浴衣ってえ訳じゃ無いけど意外と着てると楽ではある。



    まあ、本来着物、呉服自体が胸部臀部平坦な女性に似合うんだが・・

    実はむっちむちころっころのちびデブが
    必死に可愛く着ようと努力しまくって
    帯も緩やかな三尺で子供っぽく誤魔化したものの
    妙に色っぽい笹団子シルエットが丸わかりで
    可愛いやらエロいやら目の毒やら気の毒やら・・な光景や



    絶対下着ライン出ないように、と・・
    安直にも直(じか)に着てしかもそれが化繊の廉価品で
    汗かかなくても微妙に光加減で酷く眼福になるような
    明らかに本来の湯帷子(バスローブ)と化した絶景。



    渋い色目なら痩せて見えるかな、と悩んだ挙句
    何処から持ち出したのかi一度袖通したら洗い張り必至な
    古渡りの絽や紗の逸物、価値判らずにざっくり着て
    すげえ安物の子供っぽい山吹色の祭り三尺なんぞ
    腹部のお肉隠すように高帯に巻いてたりする奇観



    そ、そう言う艶麗で阿呆くさく何処か隠微な夏姿・・
    案外嫌いじゃ無いんだよねえ、呉服屋の息子だったから(大笑)
    最近はすっかり廃れたと言うか呉服屋自体潰れてるし。
    自分の店も近年客筋が悪くなって最終的には閉めた。

    畳紙(たとう)の一つも持たず、衣文かけの意味も分からず
    まして洗い張りなんざ何の事やら・・な姉ちゃんが
    やれ変色しただの黴(かび)が出ただの言って持ち込んでくる
    明らかにB反(柄の位置や織りにずれや錯誤のあるゾッキ物)仕立てた
    正直幾らで売ったやら、な代物の対応が出来なくなったからだ。

    和裁の仕立てがまともに出来る仕立屋さえ希少価値になっていて
    浴衣の既製品など100%近くフィリピンやインドネシアでの縫製
    だから昔のようにそのひとの体形に合わせた設(しつら)えなど無理で
    細やかなアフターフォローも出来なくなったと言う理由が大きいが。

    あと、店を開けてた愚母が惚(ぼ)けで商売どころじゃ無くなったのもある(笑)

    其れこそ昔は、浴衣一枚・女並みの普通仕立てでも
    向かいの桶屋の何々ちゃんは=乳がでかい=から
    剣先高めにして八ツ口小さくしないと格好が悪い、とか
    常連の客の採寸と体形合わせなんざ普通にやってたんだが。



    ああ、ちょいと感傷に浸って妙なことを書いてしまった(笑)

    でもまあ、浴衣のおんなは其れなりに美しく、婀娜(あだ)っぽく見えるもんだ。
    だから、時に浴衣の一枚、単衣もんの一枚くらい着てみても良いかもねえ。
    なにせ元々湯帷子、昔の風呂である蒸し風呂に入るときに付けたバスローブと言うか
    汗を吸い陰部恥部を人目にさらさぬための下着が浴衣なんだから。

    江戸中期、銭湯が一般化し大衆文化に湯屋が関与し始めた元禄ちょい前あたりから
    辰巳とかの粋筋が女湯にこの浴衣で通う姿が何とも色っぽく小粋だ、と
    一気に此れ外出時に来ても無作法じゃないというレベルに格上げされた
    今でも浴衣って書くとおり、着るバスタオルみたいなもんだった訳だし。

    うん、そりゃあ見ると欲情するわなあ・・元々が浴場用だけに(爆)





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