のすじいのそーさく(笑)日誌100・・鉄路は好きだけど・・
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のすじいのそーさく(笑)日誌100・・鉄路は好きだけど・・

2019-04-07 00:07

    餓鬼の頃、鉄道の街と呼ばれた
    田舎の小都市に生まれ
    スーパーを物資部と呼び
    国労動労鉄労全動労の差異が判り
    約束通り時間に集まることを
    何故か定時現発と言い習わし
    21時とか18時とかの時間表記を
    幼稚園保育所の児童が普通に使ってて

    小学校高学年の男の子は親父のカメラ持ち出して
    放課後や日曜日、駅横の機関区や
    其処始発線の最初のカーブにある丘で
    望遠レンズも無いのに蒸気機関車の重連や
    蒲鉾と呼ばれたちょい異形のD51機関車や
    貴婦人の中の貴婦人、C57の01番機関車を
    アイドルを追うように皆が追ってた・・

    フィルム現像の金など無いからベタ焼き
    フイルム原寸でポジにする簡易写真を比べあい
    クラスの半数は居た鉄道員の娘、息子から
    レア機関車や保線車両、ムカデ貨物の運行予定を
    親父の勤務日と運行場所聴いて推測し調べ

    磐越西線、羽越線、上信越戦、弥彦線、越後線あたりの
    駅名を始発から終点まで言えるやつが
    大概クラスに一人は居て=博士=と呼ばれ

    新開地の住宅街の半分は鉄道官舎と言う二棟長屋
    商店街は国鉄物資部協力店の琺瑯看板が掛けられ

    春夏秋冬、夜を往く列車の鋼鉄の車輪が奏でる
    遠く低い=だだっだだーん=と言う鉄路の音を
    子守唄や深夜の想い耽りの友にして育った・・




    そんな街あげて=鉄ちゃん=な故郷の記憶には
    今、無法と迷惑の限りを尽くす=撮り鉄=なんぞという
    凡そ真人間とは思えぬ歪んだ非常識の輩は
    あまりと言うか殆ど見かけなかった気がする。

    其れは故郷の連中が老若男女悉く生活の中で空気のように
    鉄道職員が1分の遅延生み出さぬため日々如何働き
    其の為にどんな勤務体制で過ごすか見ていたからだ。

    鉄道線路に落ちた小石や障害物でいともたやすく事故が起き
    その都度処分喰らった知己の兄貴の保線係が呑んで荒れるとこや
    物資物流の要があの鉄路にあると餓鬼なりに知ってたからだ。

    だから小生は今の撮り鉄とかいうマニアを基本認めたくないのよね。

    あの連中には鉄路に暮らす鉄道屋の矜持など判らんだろうし
    自分たちの姿が如何に醜く周囲に映るかさえ気づけないようでは
    必死に撮る映像にもたぶん本当の美しさは映らないと思うのだな。

    線路の仕事 赤咲湊 ハルオロイド 銀咲大和(Cevio)



    C57の一号車を今でも郷土の麗人と密かに呼びならわす街で生まれ
    同級の複数人は未だJRに奉職し実家隣には駅ホームを模した駄菓子屋があり
    日本でも稀有の0(ゼロ)番線ホームに屯して青春過ごした親父はね・・




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