のすじいの小説もどき・・どれみふぁ・らぷそでぃー⑪
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のすじいの小説もどき・・どれみふぁ・らぷそでぃー⑪

2020-05-23 02:11
    第11章 此れほどのベタ甘は無い昭和の莫迦レンアイプロローグw

    で、その日の夕刻近い・・とある山奥の青年研修施設。

    独り、体育館の横っちょの大きな欅か何かの木の下、彼の指定席と言うか
    低音金管の連中が晴れた日パート練習を行う場所に陣取って
    何かメロディらしいものを結構情感たっぷりに吹いてるのは・・・=先輩=。

    緩やかなテンポだけど微妙に抑揚のある広域な音域を使う其のメロディは
    クラシック好きな奴なら大概は知っている有名な旋律。

    =亜麻色の髪の乙女=・・・フランス印象派クロード・ドビュッシーの作品。
    前奏曲という楽曲集の中の一番著名で美しく甘いメロディアスな小曲・・・
    普通はバイオリンやチェロなどで演奏されるライトクラシックの佳曲だ。

    一般にチューバと言う楽器は・・吹奏楽では通奏低音、和音の土台を吹く役割。
    其れと同時にリズムの前打ちと言う基本中の基本なパートも受け持つ・・・

    よって8分音符=♪=より短い音があんまり出てこないような楽譜が主で
    メロディラインなんざ余程の事でもない限り合奏で回ってくることが無い
    なんともある意味縁の下の力持ち的な運命を背負った楽器なのである。

    其れゆえか如何は定かではないが・・大概のチューバ吹きは一人で吹かせると
    いや、個人練習を課されると音出しの吹き込みや音程安定のロングトーン
    音符の切れを作るアタックと言う息の使い方や舌での空気の切り方なんぞと言う
    基礎練習を一通りこなし、吹くべき曲の難易な場所をおさらいしたりしたあと、
    何故か普段は回ってこないような=メロディ=をひっそりと吹きたがる傾向がある。

    大概の場合其のメロディと言うのは、トランペットの指が縺(もつ)れるような
    凄まじく早いパッセージ(経過句)を持つテクニカルな代物か
    嫋々と謳い上げるような甘美かつ落涙もんのメロディだったりする。

    いわば慢性的なメロディラインへの憧れとでも言うべきチューバ吹きの性向。
    絶対に回ってこない主役の座を夢見る馬の脚俳優の気分と言ったら言い過ぎか・・・

    で、其の傾向は此の朴念仁にも色濃く在ったようで、
    実は体つきに似合わずおセンチとも言える音楽趣味を持っていたらしき
    此の=先輩=は・・間違いなく後者、うっとりしながらメロディ吹いて
    自らを慰めるタイプの
    =歌い込み型=とでも言うべきチューバ吹きの典型だったらしい。

    但し、チューバがメロディ吹くと言うのは結構な難儀と言うか・・・・
    なにせ重厚で分厚い低音=もったもたしたどんくさい音でも在るわけだから
    如何に美麗で妖艶なメロディでも何処か滑稽さが付きまとうのは否めない。

    野太い声のお兄ちゃんが精いっぱい甘い恋歌を歌うようなものだ。

    じゃあ、最初からそんなもん吹くなよ、とお思いの皆さんも多かろうが
    実は、チューバの高音域は聴きようによって、いや、吹き手の腕によっては
    ちょいと切ないくらいの妙な美しさを奏でることが出来たりもする。

    其の不器用さと重さが逆に其の音の中に秘められている金管楽器特有の
    柔らかで切ない人間の声に似た甘く哀しい響きを際立たせるのだろうか・・

    ちなみにイギリスの作曲家ヴォーン・ウィリアムスが音楽史上でも稀な
    此のチューバソロのための協奏曲を此の世に送り出しているのだが
    其の曲の第二楽章のチューバのソロパートたるや繊細と甘美をミックスし
    其処にたっぷりと哀愁と憧憬まで振りかけたような=泣かせ節=・・・

    で、此の曲の第二楽章が嫌いなチューバ吹きは・・想像通り皆無と言ってもいい。
    つまり本来自分は出来る子、ってな思いが此の楽器吹けば吹くほど強くなると言う
    ある意味因果な憧れが大概のチューバ吹きには在ったりするようなのである。

    でも、メロディ奏でる管楽器ながらやってることは打楽器と低音弦のお仕事(笑)。

    そんな複雑な性格を有するチューバは、其の吹き手もちょいと変人が多い、と
    クラシック畑では常識のように言われて居たりもする楽器なのだが
    そう言う楽器の性格ゆえか本人の性格ゆえかは定かではないものの
    此の=先輩=も人気(ひとけ)の多い場所での練習時にはメロディなぞ殆ど吹かない。
    まあ、幾分以上の羞恥と言うか、この楽器らしからぬ事、と言う=想い=から。

    が、誰もが休憩中のほんのわずかな時間、誰も来ない事を見計らうと
    思いっきり・・・自分の吹くメロディに酔うように情感を込め、強弱を謡(うた)い
    時に妙なビブラートまで使って=咽(むせ)ぶ=ように独りで・・・吹く。

    で、其の時間、此の朴念仁は完全に自分とメロディだけの世界に入ってしまうのだ。

    そして、此の兄ちゃんは暗譜したお気に入りのメロディを独り吹くときに
    必ず其の曲の印象世界を脳裏で景色として思い浮かべて吹くと言う癖があった。
    まあ上手い下手は別にしても・・視覚化された光景は強いロマンチシズムを誘引し
    其処から吹き出される旋律は否が応でも感情的に成らざるを得ない。
    で、此の朴念仁が其れこそ高校時代から好きで吹いていた曲が
    ただ今ひとり人気のない体育館裏の欅の樹下で演奏中の・・亜麻色の髪の乙女。

    因みに、亜麻色という色は御存じだろうか・・黄色を帯びた褐色のこと。

    もともとは金髪の形容詞に使われたらしいが、此のころの一般認識では
    グループサウンズ時代の和製ヒットポップスの曲名になった事の影響か
    栗毛色の淡い茶色っぽい髪の女性も亜麻色の髪の範疇に入っていた。

    其れを独り嫋々と誰に聴かすでも無く吹くときに、今まで此の兄ちゃんの脳裏には
    其のメロディと共にまあ金髪と言うか栗毛の古いフランス映画の少女とかが
    ほんのりと想像されていたのだが・・・この日は・・・どうもいつもとは違っていたらしい。

    そう、=先輩=の脳裏にはっきりと浮かび上がってきたのは
    ・・・自分の胸ほどの背丈の妙に素直で妙にテンパった眼をして
    自分を見るといつも=きゅんきゅん=している幼げな=女の子=

    ぽっと染まった頬、小さな指、柔らかくて可愛い手の温もり、そのちょい舌っ足らずな声。

    ・・・な、何で、稚美(あれ)が・・此処で・・・

    呆然としつつ慣れたメロディを吹き続けるうちに、何故かいつも以上に
    其の音色が奇妙に情感を帯び始め、今までならば普通に
    朗々と歌い上げ思いっきり吹き上げてるフレーズが
    妙に切なげに囁く柔らかな吹き方に意識せずに変わってくる。

    其れは・・此の兄ちゃんのこころの動きが期せずして音に出たようなもの。

    口に出せない何かがメロディに没頭しちょっと忘我状態になった瞬間に
    誤魔化し切れず其の音と旋律に不思議な程素直に漂いだしたと言う=奇跡=。

    本来冷静さと客観視はプロ演奏者には不可欠の資質と言うか条件。
    メロディは聴き手を酔わせこそすれ奏でる方が酔ってたら其れは自慰だ。

    だが、其れは己が演奏能力を極限まで磨き上げたプロならではの話。
    アマチュアの此の兄ちゃんレベルの場合、其の自己陶酔が時として
    本来の理屈や脳内で無意識に描く己が音の固定概念をぶち壊し
    ある意味天然無垢な素直な音を奏でさせるという稀有なケースが在る。

    此の時の=先輩=の吹くメロディは幾分その領域に踏み込みかけたものだった。

    初夏の夕暮れが迫りかけた深緑の山中、大きな木の緑のした・・・
    余韻嫋々と響く=亜麻色の髪の乙女=は、偶然の産物とは言え
    此のまあさほど上手くない素人チューバ吹きの=先輩=にとって
    本人は気づいては居ないものの、10年近い彼のチューバ演奏のなかでも
    群を抜いて聴くものの何かを擽(くすぐ)る=快演(奏)=だったのである。

    そして、誰も聴き手の居ない此の演奏を実は耳にしていた人物が居た。

    独りは学生指揮者で本来はコントラバス奏者と言う
    吹奏では異色の楽器担当だった薄田その人・・

    =先輩=の座した樹下からちょい離れた体育館の壁によっかかり
    独り静かにロングピース燻らせつつ夜さらう曲のスコアなぞ見て
    何やら楽想なんぞ思いうかべていたちょいと変わった・・・
    何処か人当たりは良いが孤高なイメージのある4回生。

    此の吹奏楽部の演奏のほぼ全てを統括する学指揮は特殊な幹部で
    2回生の頃には既に4回生時に其の職分に就任することが決められる。

    そして団費を以ってプロの指揮者に月に2~3回指導を受け続け
    3回生の時には定期演奏会や夏の地方公演で数曲を=指揮=し
    4回生時の指揮専任と言うある意味此の部に不可欠な存在になる、と言う
    他の幹部とは幾分毛色の違う一種の=技術職=なのである。

    其れゆえか楽器の演奏も図抜けて上手い奴、楽論学理もある程度わかり
    ちょいとした編曲程度は出来てしまうような=音楽通=が殆どで
    其れ以上に=聴く感受性=のようなものを不可欠の資質として要求される。

    其の学指揮を務める薄田と言うちょいと物静かで微妙に頑固な兄ちゃんは
    其れゆえ、此の部でいちばん=耳が良い男(音楽的に)=と言っても良い。

    其の薄田が広げているスコアから一度は眼を離して聞き耳を立てるくらい
    此の時の=先輩=の音色の情感の籠もり具合は=尋常ならざる=ものだった。

    ・・哲つぁん、何時になく上手い・・いや、上手いって言うより・・何だろうねえ・・・
    ・・ああ、妙に其の、正直に沁みるっていうか・・・素直な音だね・・
    ・・ふうん、何時もなら妙に理屈っぽい、インテンポ(テンポ通り)なんだけど・・

    「チューバ色っぽく吹くなんて、存外にやるもんだ・・うん・・。」

    で、薄田が此の快演をちょいと吃驚して密かに聴いてるころ
    実はもう一人此の演奏を偶然聴いて固まっちゃった人物が居た。

    右手に譜面の束、左手にホームランバーを持ったまま陶然の其の人物は
    ご想像通り、譜面管理の新米にしてど天然お花畑の愛すべきおちびちゃん。

    深沢先輩の悪辣(笑)な計画に完璧に引っかかったこのおちびちゃんは
    各パートの譜面をまとめると自分のパートからあたふたと先輩に配りだし
    最後、実は一番最初に纏め終わってた=先輩=のパートの譜面・・・
    チューバとユーフォニウムの低音金管の譜面を右腕に抱え込むと
    共用冷蔵庫の製氷室にしまっておいたレトロなアイスクリームを
    大事そうに一本だけ左手にしつつ、=先輩=が何時も居る場所が在るのよ、と
    フルートの十川先輩に吹き込まれた(笑)体育館裏の大きな木のあたりへ
    =とことこ=と、でも、何処か遠慮がちに=こっそり=と歩み寄っている途中で・・・

    此の、妙に余韻嫋々、何処か甘く切ない響きのチューバの音を耳にする。

    まあ、学指揮の薄田とは違い、此のおちびちゃんは
    素直で筋が良いとは言うものの単にフルート吹いた経験が在り
    楽譜くらいは読めると言うレベルの女の子で・・・
    故に=普通レベル=で音楽の良し悪し上手い下手は判ったにしても
    薄田指揮者のように其れが何故上手く聞こえるかとか
    メロディラインの微妙な機微の変化なぞまで思い及ぶ知識も経験も
    =耳=も持っては居なかった・・そう、居なかったが・・・

    素直ゆえのある種無垢に近い=直観=は図抜けて鋭かった。

    しかも、=大好き=と思い始めた=先輩=が何故かふつう以上の気分を込めて
    一生懸命吹いてる其の甘美なメロディの中には在ろうことか自分自身の姿・・・
    そんな事まで気づきはせぬにしても此の天然おちびちゃんの=耳=というか
    有態(ありてい)に言えば乙女ごころの一番敏感な部分が無意識に反応した。

    ・・せんぱぁい、凄ぉい・・すごく上手・・ああ・・綺麗なおと・・
    でも・・すごく・・聴いてると、どきどきするの・・どうして・・だろ?

    そんなことをぼんやりと思いつつ、暫く立ちどまって=きゅんきゅん=しつつ
    其のメロディに聞き惚れていた=稚美(ちび)=ちゃんだったが
    ふと、左手のレトロなアイスクリームの存在を唐突に思い出してしまう。

    あ、そうだ・・=せんぱぁい=の好きな・・これ・・
    溶けないうちに=せんぱぁい=に食べてもらわなきゃ。

    此のところ、ただでさえほんわかした状態に在った此のお花畑ちゃんのこころの中は
    今、聴かされた尋常ならぬ感情の籠もったメロディで更にほわん、としてしまい
    いつも以上にお花畑お星さま状態、と言うか、ちょいと後先の見えぬ状態に陥り・・・

    普段の照れ屋ぶりやお子ちゃまな恥じらいなぞ何処かに置き忘れたかの如く
    ふらふらっとした足取りで大きな木の真横から演奏に夢中の=せんぱぁい=に
    大胆にも無言で急接近し、笑顔で正面にひょいっと出現して・・何故か棒立ちになった。

    其の理由は、と言えば・・・其処で目を閉じて夢でも見るような
    何とも子供っぽい無心な表情で一生懸命チューバ吹いてる=せんぱぁい=の、
    今まで見たことの無い表情の柔らかさを直視したこと。
    其の表情と雰囲気の妙な可愛さと言うか、滲みだす切なさにどきっとして
    此の=お花畑おちび=は・・・見事にフリーズしてしまったのである。

    ・・・せ、せんぱぁい・・・か・・かっ・・・かあっ・・・・=可愛いぃ~っ=(ぽっ)

    まあ、此のどっちかと言えば無粋極まる若親父な朴念仁が可愛く見えてること自体
    既に此のおちびの精神がある種の=感情=に著しく深く侵(おか)されていることの
    明確な兆候では在るのだが・・・実は其の兆候は、間違いなくもう一人のほう・・・
    半ば陶酔状態で己の吹くメロディに入れ込んでる=先輩=のほうも実は同様。

    いや、こっちは心中で此の=ど天然お花畑ちび=の面影を=描き=つつ、
    気分は半ば恋文綴(つづ)るが如き甘さで大好きなメロディを奏で、
    其処に更にまた此の=お花畑=の笑顔なぞを思い浮かべ・・・そして・・・

    =いい子だよな=とか=ちっちゃくて健気で=とか=とっても素直だし=とか・・

    一般的な=先輩=が好意的に見る=後輩=の形容段階を既に超えて・・・

    =ほ、ほんとに・・お、俺の事好きなんかも?=とか=凄え、可愛い・・よなあ。=とか
    =い、意外とグラマーだし・・=とか=手以外も・・ああ、柔らかいんかなあ=とか(笑)

    此の年代の兄ちゃんの妄想にしては、あまりにも純情可憐ではあるものの
    まあ、所謂(いわゆる)=ちょいとセクシャルな妄想=のあたりまで、
    無意識のうちにとっくに=到達しまくって=いた事は・・・まあ、想像に難(かた)くない。

    と言う理由で・・片や忘我、片やフリーズ状態の此の凸凹(でこぼこ)男女は
    暫しの間、初夏の夕暮れ近い木陰で微動だにせずに一種の風景と化していた。

    が、すべての事象と言うものには必ず=終わり=が在る。
    故に、此の=先輩=の奇跡的快演にも・・当然の如く最後のフレーズが来る。

    夕暮れ近い綺麗な木漏れ日の下、段階的に高音域に駆け上がるような
    此の曲のサビとも言える循環的メロディの最後のフレーズを・・・

    恐らく本人は万感の思いを込めて=吹ききった=のだろう。

    何時も以上に長く余韻を引いて最後の全音符を吹きのばした=先輩=は
    演奏終了と同時に、ふうっと大きく息を吸い込んで・・ゆっくりと吐き・・・
    多分本人も想像外の言葉を無意識にぽろっと囁くように・・・=零(こぼ)した=。

    「・・・稚美(ちび)・・・いや・・稚美(ともみ)・・かあ・・」

    此れが、此方もうっとりと其の=快演=に聞き惚れていたと言うか
    演奏者の無心の童顔を思わせる表情にうるうる来てしまって佇立中の
    愛すべき=お花畑稚美(ちび)=の聴覚、いや、=はぁと=を直撃する。

    「はっ、はぁいっ!・・・せんぱぁいっ!・・・此処にいますうっ!」

    間髪入れず発せられた切羽詰った感じの悲鳴に近いトーンの返事。
    そんなもん=先輩=にとっちゃ全くの予想外にして想定外に決まっている。
    しかも、演奏に自己陶酔中に=みょうに可愛い後輩のおちび=を、
    明確に自分のこころのなかで=たぶん好きなおんなのこ=に変換直後、の
    微妙に照れくさい感情に翻弄されてる己の、ほんの目の前の空間からいきなり・・・

    案の定、うわああっ、と言う心底驚愕した妙に子供っぽい大声が響き渡り
    物陰でスコア見てた学指揮の薄田までが、=すわ何事っ=と顔を覗かせる。

    其処にはチューバ取り落としそうになって呆然の朴念仁=哲つぁん=と
    目の前で殆ど真っ赤になってちょい震えてるお花畑=稚美(ちび)=。
    朝のご対面同様殆ど微動だにせぬ木陰のにらめっこが勃発中である。

    ・・・こ、この二人、何を始める気って・・まあ、普通なら・・其の・・ねえ・・・

    流石に、此の状況下に出て行けまい、と思いつつ、殆ど強制的に
    此の光景を見物させられている薄田の表情が・・徐々に緩(ゆる)む。
    まあ、引き続いての此の二人の会話を聞けば其れも当然の反応と言うべきか。

    全身に=どきどき=オーラ纏った=お花畑=が消え入りそうな声で・・・

    「・・、せんぱぁい・・ふ、譜面・・配りに来たんです・・けどぉ・・その・・」

    半ば呆然自失の無防備表情で今度は=朴念仁=が必死に・・・

    「あ、ああ、ああ・・其れはとても・・ご苦労さ・・
     いや、わざわざ・・どうも・・その・・」


    双方狼狽の度合いが一気に高まり、状況は殆ど=樹下のお見合いコント=と化す。

    「あ、あの、・・かっ、和樹せんぱぁいが好きぃ・・だっ・・て・・・これ・・っ」

    =せんぱぁい=に食べてもらうの、うふっ・・てな思いで持ってきたホームランバー。
    左手に在ったレトロアイスが、既に半ば其の形状を失ってとっくに地面の上・・とは
    此の状況の=お花畑ちゃん=が、まあ今さらながら気づくわけも無く・・・

    其の対象不特定な=好き=という言葉が今度は=せんぱぁい=を直撃する。

    「・・・お、俺っ?・・うん・・まあ・・その・・
     ああっ・・もう、な、なんで此処で・・

     そ、そんなことを・・いきなり・・れ、練習中に・・其の・・なんだ・・」

    一瞬咎められた?と誤解した=お花畑ちゃん=は、必死に弁明らしき事を始めるが・・
    既に此の段階で此の二人の会話は=幸運な食い違い=状態に突入・・・

    「えっ・・わたし、だから・・その・・ごめんなさい・・
     でも・・あのぉ・・・
    =せんぱぁい=が・・
     好きだから・・・あの・・・・きいて・・」


    =好き=と言う言葉が差しているものが違う事に既に気づけなくなってる=先輩=は
    此処にきて、遂に覚悟を決めたと言うか・・遂に何事かを決意したと言うか・・・

    「・・弓丘あっ・・俺はなあっ、お前・・いや・・稚美(ちび)っ・・」

    「・・せんぱぁい、・・好きなんです・・よ・・ね
     ・・あの・・その・・この・・・」


    次の瞬間、=決定的な齟齬=は=決定的な告白=に衝撃の変貌を遂げた(笑)

    「ああっ!好きだよっ!悪いかっ!・・大好きだっ!
     アイスじゃなくて・・・お、お前さんが、だっ・・・」

    「そうですよねっ、このアイスクリー・・ム?
     ・・・じゃなくてぇ・・えっ?・・・ええっ?
     ・・・えええっ?・・・・ええええええ~っ!」

    「そ、其れじゃなくて、ああっ、・・だからっ!
     =お前さんが好き=だ、と・・・さっきから言ってんだろうがっ!
     ?!#・・うわっちゃっ!・・俺・・今、何を言っ・・」

    ラヴェルなら4管編成の金管大咆哮、ブラームスあたりで全楽器のフルパワー
    チャイコフスキーやベルリオーズに至っちゃ、嬉々としてコンサートホールで
    大砲1発ぶっ放してくれそうな=衝撃=いいや=笑撃=の盛り上がりの瞬間であった。

    此処に至って某ギャラリー1名、堪えきれずに=無言で爆笑=中、は言わずもがな(笑)

    まあ、青天の霹靂と言うのがこういう状況の場合も適応される
    言葉かどうかは別にして、ある意味不幸な偶然が引き起こした
    此の=先輩=の大告白は凄まじい効果を発揮した。

    そりゃあ、此のお花畑ちびにとっちゃ例の階段KISS誤認の一件以降
    様々な事象の積み重ねと周囲のおせっかいによって誘発され
    こころのなかで密かに夢見てたらしき状況の具現化が不意打ちで来た訳で・・・
    しかも、在ろうことかメロディに耽溺してた直後の=先輩=のほうが
    まあ、此の兄ちゃんがおよそ絶対に言わぬような類の一言を
    思いっきり誤解のしようのない状況で=告(こく)ってしまった=形である。

    出会いがしらにして致命傷負いかねぬ=レンアイ大事故(笑)=勃発。

    ぱさっと、譜面らしき紙束が地面に落ちる音が結構大きめに響き
    既に真っ赤を通り越し、幾分青ざめてんじゃね?と思えるほどの顔色の
    お花畑おちびは、ぽかん、と其の可愛いおくちを開いたまま一瞬石化し
    其のあと間髪を入れず、ちょっと切なげにぶるぶると震えだし・・・
    最後は大きく開かれた半ば吃驚目の瞳に大粒の涙まで浮かべ・・・

    「せ・・・せん・・ぱぁい・・・ ・・・ ・・・・ ふぇええええ~ん(泣)」

    いきなり小学生も斯くやっ、てな表情で泣きだしたから状況は更にややこしさを増す。
    偶然にも此の光景を目撃させられてる学指揮の薄田は爆笑通り越して既に苦悶中。

    まあ、普段なら間違いなく飄々と人を喰ったような諧謔的対応に
    専念するであろう=先輩=、いや哲つぁんのほうも、
    先ほど思わず口に出た内心に秘めた思いが、何というか
    強烈な自爆要素となって慚愧のあまり連鎖爆発的な周章狼狽を起こし
    お得意の気の効いた喋りなぞ何処へやら、顔が夕焼け並みの真っ赤に染まり
    此の大泣き始めたちびっこい生き物をどう扱っていいのやら
    殆ど判断すら出来ぬプチ・パニックに陥ってあたふたした挙句・・・
    無意識により状況を複雑化させかねぬ行動に突然及(およ)ぶ。

    其の瞬間、物陰から否応なく此の凸凹ツーショットを観察させられ爆笑苦悶中の
    =学指揮=薄田が、思わず=のほっ=と奇声をあげ驚愕するような行動に。

    事ここに至ってはすべ無し、と観念したのかそれともパニクったのか
    =先輩=こと=哲つぁん=こと=和樹さん=こと此の朴念仁は
    膝上からずり落ちかけのチューバを徐に自分の椅子の横にひょいとおっ立て

    呆然と泣いてる此の=稚美(ちび)=ちゃんを妙に切なげに見つめ・・

    無言で其のまま、有無を言わせず、上半身を傾け
    その結構逞しい腕を伸ばして、みぃみぃ言ってる=稚美(ちび)=少女を
    まるで先程抱えてた楽器のように、其の可愛い22.5㎝の靴の底が
    地面から浮き上がるくらいの勢いで両腕で思いっきり抱きよせて・・
    膝の上に完全に抱え上げると言う・・・およそ此の二人の此処までからは
    想像もできないちょい濃厚なスキンシップに移行すると言う=壮挙=に出たのだ。

    吃驚して固まったお稚美を抱き上げて=お父さん抱っこ=状態の=先輩=

    「・・・稚美(ちび)っ!、落ちつけっ、だから、その、・・おまえっ・・・あの・・
     あんまり可愛い事ばっかりするからっ、泣くなよっ、・・なあっ、頼むからっ。」

    =先輩=の太腿のうえにちょこなん、と安置されて真っ赤に成りながら
    首を必死に後ろの方に向け、泣きながら一生懸命何事かを主張するお稚美。

    「・・・ふぇえええ~ん、せんぱぁぃ~~・・そんなの卑怯(ひきょ~)ですぅうう・・・・
     だってぇ~ぇ・・・いきなりぃ・・・そんなぁ・・・そんなぁ・・・そんなぁ・・・」

    卑怯(ひきょ~)の一言で思わず狼狽し、ちょいと腰を浮かしかける=先輩=

    「・・・す、すまん・・・ああっ・・
     やっぱ、お前・・・俺の事・・・そこまで好きじゃない・・・か?」


    ずり落ちまい、といきなり上半身をよじって=先輩ぃ=の首辺りに
    思いっきりしがみついて、無意識に密着度を高め、其れに気づいて真っ赤のお稚美。

    「・・・ふぇええ~ん・・違うぅ・・せんぱぁいよりもぉ 
     もっといっぱいたくさんすごく・・・」


    既に其の発言は文章と言うか意思疎通可能な言葉の域を超越している。

    「・・・?・・・、な、何だって?・・・
     こ、混乱してるぞっ・・・おいっ・・・お稚美(ちび)っ

     気を確かにもてっ・・だからっ・・い、厭ならすぐ降ろすからっ
    ・・・その、あの、なんだ・・
    ろ、論理的に簡潔に・・
     け、結論だけ・・って・・うわわっ・・こ、講義じゃねえってのにっ。」


    其の狼狽は思いっきり=先輩=に伝染、相乗効果を齎して更に此の二人を発熱させた。

    「ふえぇ~ん・・わかんないぃ~・・でもお・・
     そのお・・あのお・・稚美(ともみ)ぃ~・・

     すっごくすっごく=だぁいすき=~・・・=和樹=せんぱぁぃ~ぃ・・って
     ・・稚美(ともみ)から言おうと思ったてたのにぃ~・・
     ずるい~ぃ・・ふぇえええ~~ん。」


    もはや、完全に混乱した論理思考と無茶苦茶な感情論の不毛な激突(笑)だが
    不思議なことに此の二人はきちんとお互いの言いたいことを瞬時に理解し・・
    いいや、理解する必要も無かったのか・・此の=変な睦言=はすんなり成立する。

    夕暮れの樹下、大きめの兄ちゃんの膝から上の脚の部分に
    ひょこっと抱きとめられたように収まって器用にしがみ付いてるちっこい女の子。
    其れを壊れ物でも持つようにそおっと抱いている大照れの若親父。

    恋人たちの抱擁と言うにはあんまりにも雰囲気が素っ頓狂で初心(うぶ)すぎ
    まるで親父がちいさい娘を抱っこ状態のような代物のうえに
    其の違いすぎる体格が何処となく妙に現実離れした光景が静かに続く・・・

    が、本人たちにとっちゃ生まれて初めての=レンアイ=の大告白後に起きた
    思ってもみなかった大胆不敵で想像外の=初めての本格的接触=である。
    両方とも切羽つまって大真面目だけに其れは傍から見ると存外=可憐=に見えた。

    いや、本人たちが純粋と言うかその手の感情に耐性免疫が乏しい分
    何処か現実離れしたおとぎ話の絵本の挿絵のように見えたんだよね・・・と
    此の現場を目撃させられた唯一のギャラリー(笑)は後々語っていたようだが。

    おりしも夕暮れのちょいと茜色に染まり掛けた日差しが木漏れ日となって降り注ぎ
    さらさらと初夏の夕暮れの風が木の葉をチェレスタのように鳴らして吹きすぎる中
    大きな欅の老木の樹下で、腕の中でみいみい泣く=お稚美(ちび)=を
    まるで繊細な何か弦楽器のようにそおっと抱え込んだまま座している=先輩=。

    どうやら此の二人に関してはお互いの状況の把握と感情の整理らしきものが
    どうにかこうにか纏まったらしく、徐々にお互いが=とろん=とした目つきになって・・・
    普通の此の年代の男女なら間違いなく急激に其の関係が更にエスカレートしそうな
    第二段階肉体的接触に突入しそうな気配にまで、ちょっと見、至り始めていたのだが・・・

    $のすたる爺の電脳お遊戯。

    ・・・うわ~・・こりゃ・・階段のKISS騒ぎが現実化・・するかな?
    ・・・劇的瞬間って奴・・・ま、まあ、無理か?あの哲つぁんだし。
    ・・此処まで頑張っただけでも・・ははは・・奇跡の行動だろうしねえ。

    結局、此の一件唯一のギャラリーの観測と推察は実に正鵠を射ていた・・・。

    ある意味、レンアイ巧者なサックスのますみ辺りが見て居たなら
    何そこで止まってんのよっ、先輩っ、一気に行きなさいよっ(笑)・・くらいの事は
    言いかねないほど、妙に子供子供した表情でへにゃっとしたまま
    此の二人の幸福そうな=パパと娘抱っこ=が飽きもせず続くのみ。

    はは、やっぱりねえ・・・妙に、其の、・・ああ、美樹の言うとおり少女漫画だねえ。
    まあ、哲つぁんだし・・・この辺が限界だろうねえ・・・今んとこは(笑)

    しかし・・・見てたのが僕だけって・・・哲つぁん、幸運だったかも、だぜ?
    ・・此れが深沢とか=ますみ=とかだったら・・・大騒ぎで済まんというか・・・

    ・・・しっかし・・此処まで見せられると微妙に・・笑えるけどちょいと癪だねえ・・

    あまりの成り行きに苦笑しつつ、さて、声掛けるべきか否かと微妙に悩み始め
    最後は、ええい、悩むのがもう=馬鹿馬鹿しい=・・と、独り苦笑する薄田青年。
    無論此の件は僕一人の中で秘匿しておいてあげよう、と気遣いもしつつ。

    まあ、此の兄ちゃんの場合、優しいとか=先輩=と仲が良いから、と言うよりも
    元々、此の手の学生レンアイなんぞ、一時の夢みたいなもんだ、と思ってた節が在り
    結婚なんてものは働いて親、親戚の勧めで見合いしてするもんじゃねえの、なぞと言う
    妙に古風な考えも持ってたが故の、其の手の行為に対する無関心さと言うか
    =朴念仁=とは違うある種のどーでもいいから好きにしなよ的放擲感と言うかが
    其れをさせたと言う部分も幾分以上に在ったりはしたのだが・・・

    此の直後・・突発的なイベントを否応なしに目撃させられた学指揮の薄田は・・・
    此の二人のまき散らす=致死性ほのぼの菌=の=最初の被害者(笑)=になり
    其の今までの概念を180度転換せざるを得ない、彼自身思ってもみなかった
    ある種の状況に陥ることになることなぞ微塵も想像せず、此の光景を見ていた。

    で、何時しか此の凸凹男女は至福の表情で黙り込んだまま微動だにしなくなり・・
    時折ひっくひっく言ってる稚美ちゃんに、妙に柔らかな声で何か囁いてる
    =先輩=の声以外は夕暮れの山風の音だけが聴こえる体育館裏の欅の樹下。

    ムードは最高潮だが傍から冷静に見りゃ爆笑ものの=レンアイ寸劇=は
    ごく僅か、いや、一名のギャラリー、いや=被害者(笑)=に見守られどうにか終幕した。

    後に此の二人の=最初の被害者(笑)=と呼ばれる薄田学生指揮者さえ、
    此の時は、実のところ妙にほんわかした多幸感に無意識に浸らせられ
    一連のコメディのような此の=突発大告白=シーンを眺めていたのだから

    此のふたりの持つ雰囲気と言うか人徳と言うか=のほほん=加減と言うか
    妙な=和(なご)み感=は=稀有な代物=だったのだろう・・

    其の証拠に、最後には、ふだん他人の男女関係なぞ気にもせぬ薄田が、
    妙に照れくさそうな苦笑さえ浮かべつつ・・音楽好きも堂に入ったような
    =微妙な感慨=なぞひとり無意識に呟(つぶや)くほどに。

    ・・あ~あ・・何か、メロディ聞こえてきそうな景色になっちゃって・・・

    しっかし、あの二人がねえ(笑)・・・いやあ・・まあ・・ねえ・・なんてえか・

    あ、そうか・・あの子が原因で・・哲つぁんがさっきの音吹けたってことかい?
    お、音で=おんな=口説くって、プロでも出来ねえようなことをっ(笑)

    ・・でも、まあ、それだったら・・・僕が立場上文句言う筋合いじゃあ・・無い(笑)。
    ・・何であろうと上手く吹けるってことは・・良い事だよ、うんうん、良いこと。

    其れに、良く言うじゃん?昔からさ、小唄じゃなくて・・なんだっけ、ほら・・

    「♪人の恋路を邪魔する馬鹿は、馬に蹴られて死にやがれ♪・・って。」

    江戸っ子の遊野郎のような都都逸めいた独り言を、にやつきながら漏らすと
    此の若い=棒振り(指揮者)=の兄ちゃんはそおっと此の現場を後にしたのだった。

    ただ、まあ、意識せず・・此の=ほのぼの菌=に確実に伝染した状態のまんま・・

    そして其の=即効性ほのぼの菌=が更なる感染症を無差別に巻き起こす事に
    其の時点で全く気付くと言う事さえ無く・・妙な多幸感を抱きつつ・・・。

    そして、其の=ほのぼの菌(ウィルス)=は・・さほど間を置かずに=蔓延=を開始する。

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